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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
111/630

19.神殿依頼の演奏会2/懐かしい顔ぶれ5

 

「お揃いですね。今日はよろしくお願いします、シアン」

 ジャンとルドルフォ親子にディーノがやって来た。その後ろには今回の主催者でもある聖教司たちがいる。

 大地、風、水といった三属性もの聖教司が集い、協力して何か成すことは稀なことだが、シアンはそれを理解していなかった。

 エクトルもそうだが、この演奏会を催すに当たり、ジャンもまたたっぷり喜捨をしていた。広場を使用する許可も市庁舎に掛け合ってくれた。

「今日はお越しいただき、ありがとうございます。子供たちも演奏を楽しみにしておりますよ」

 何とピアノまでも用意していた。

「昨晩は興奮して眠れませんでした。いやはや、未熟者です」

 自分たちこそが楽しみにしていたということを隠さず照れ笑いをする聖教司たちにジャンが笑う。

「楽しみがあるというのは張り合いが出て良いものですからな」

「そうです。励みになると捉えましょう」

 エクトルもジャンを支持する。

「そうですね。誘惑の多い街を出て崖の上の神殿で修行している者たちにも聞かせてやりたいものです。今日のこの日ばかりは修行を忘れたことでしょう」

 始まる前から随分と高評価である。

「崖の上に神殿を建てられたのですか?」

 現実世界でも驚くほどの秘境に宗教施設が建つこともある。

「やはり修業の場というのは人里を離れた場所にあるのですかな?」

 ジャンが問うと、聖教司たちは頷く。

「静かな心で世界の粋、精霊の気配と向き合うのです。雑音が少ない場所、世界の息吹が濃い場所であれば、彼らの気配を感じ取りやすいのではないか、と究極の場所で修行に明け暮れる者たちもいるのです」

 自分たちよりも、彼らの方がシアンたちの音楽に触れたがったはずだと言う。あまりの熱心さに信仰の対象とされている錯覚に陥りそうになる。シアンはそんな風に思ったが、真実、転移陣登録でシアンたちの魔力の一端を垣間見た聖教司たちは神託の当人であると確信していた。


 見習い聖教司たちがステージの準備が整ったと声をかけてきた。

 といっても、舞台があるわけでもなく、客席を設えられているのでもない円形屋根の内に立ち、広場へ向かって演奏する。そこから少し離れた場所に孤児たちが半円を描いて座っている。子供たちの後ろに他の聴衆が立ち並ぶ。

 ティオもリムももともと人の視線に頓着しない。シアンといえば現実世界で慣れたものだ。

 リムがタンバリンを前足で掴み、中空で後ろ脚立ちして、聴衆に腹を見せる姿勢を取る。ティオの大地の太鼓とピアノの間に位置している。

 大地と風、水の各属性の聖教司が一人ずつ前へ出て簡単な挨拶をしてから、始まった。


 シアンはまずはリュートを手にして、ティオと初めて会った時に弾いていた曲の序奏を奏で始める。ティオの太鼓とリムのタンバリンが加わり、より力強く華やかな音が響き渡ると、わっと声が上がる。

 牧牧歌的な風景を想像させる楽しく弾むリズムのその曲は、実在しない奇妙な生き物に関する歌詞がつく。だから、幻獣を呼んだのかもしれない。その出会いが、シアンに色んなものをもたらしてくれた。

 その後、リムの好きなテンポの良い曲を演奏する。リムが中空で後ろ脚立ちし、タンバリンを叩きながら素早く足踏みをする。楽しい気持ちが体の奥からあふれ出して踊り出す。


「ちびたーん!」

 拍手の合間にリュカの声がする。すると、孤児たちも声を上げ始めた。

「グリフォン、でっけー!」

「ティオー!」

「ちびちゃん!」

「はは、ティオ、名前を覚えられたね。リムも人気者だね」

 ティオは相変わらず我関せずだが、リムは嬉し気に鳴いた。

「キュア!」


 次々と演奏した後、リムに自分も聞いたことのない曲を聴きたいとせがまれた。聴衆が楽しんでいる様子に、自分も一曲くらいは聴き手に回りたいとねだった。そこで、シアンがピアノを独奏した。

 わくわくと目を輝かせるリムに、ふと思いついて鍵盤に指を乗せる。

 スキップするような規則正しく音が弾む。

 ちらちらと瞬く輝きが百八十度に広がりを見せ、あちこちで輝きが散らばる。地平線から頭上、後方まで吸い込まれそうな闇に輝きが広がる。

 千差万別の音が連なり、うねる。聴くものに囁くような輝き、力強い輝き、とりどりの彩を発する光を思い描かせる。

 飛び跳ね、小さくさざめき、大きく瞬き、微かにささやく、様々な光の輝きを、色とりどりの光を、音で表した。そして、同時に、どこまでも吸い込まれて行きそうな深く遠い闇を表した。

 シアンの脳の働きはこの世界で指や体を動かし、音として顕現し、聴衆に影響を与えた。

 この曲を、深遠と稀輝の音楽だとリムは殊の外喜んだ。

 最後はシアンがこの世界で初めてピアノを弾いた曲を、今度はティオとリムと共に奏でた。



 演奏終了後、どこにいたのか、マウロたち幻獣のしもべ団が姿を現した。

「マウロさん、聴いていたんですか。気づかなかったです」

「いや、凄いもんだな」

「あの黒いでっかい楽器を自在に操っていましたね」

「すっごい音だった! です! 何か、色とりどりっていうか」

「一つの楽器で色んな楽器の役割をしているっすね」

 しもべ団員たちが口々に言う。純粋な称賛が面はゆいが楽しんでくれてシアンも嬉しい。

「今まで、シアンの演奏はリュートしか聞いたことがなかったのか?」

 何故かフィルが自慢げに尋ねる。


「素晴らしい演奏でした」

 涙ぐむ聖教司たちが次々にやって来、いつの間にか取り囲まれ、シアンは動けなくなった。動こうという素振りを見せたら、即座にティオが聖教司たちを強引に散らしそうで、逆に遠慮が勝ってしまう。

 ディーノやジャン親子もまた、シアンたちの演奏に感激し、頬を濡らしていた。ようやく聴くことができ、念願叶ったと肩を叩きあっている。

 マウロたちは無事にグェンダルらゾエ村の者たちと合流したようで、幻獣のしもべ団員たちに混じってロイクとアメデの姿もある。


 思い思いに演奏の余韻に浸っていると、険のある声が聞こえてくる。

「あんた、こんな所で呑気にしていてもいい身分なのかね」

「今後の身の振り方は決まったのかい?」

「あちこちから声を掛けられていい気になっているけれどね、みんな親方権が欲しいだけだよ。勘違いすると後から恥ずかしい思いをするだろうから、言ってやっているんだよ」

「そうだよ、うちのに色目なんて使ってさ! ああ、嫌だ嫌だ。亭主をなくしたばっかりでよくそんな真似ができたもんだね」

 ナディアが年配の女性二人にまくしたてられている。交互に話す勢いに呑まれかかっている。


「ご両人、静謐を良しとする神に仕える聖教司たちが眉を顰めていますよ」

 薄い唇の片端を上げている男は通った鼻筋に力強い眉頭、甘い印象を与える茶色の目と同色の前髪をこめかみに流している。美男のアメデが指し示す方はシアンを囲みつつも何事かとナディアたちを注視している聖教司たちがいる。

 すぐ傍にエディスの有力者であるエクトルの姿もあり、女性二人はもごもごと口の中で言い訳めいたことを呟きながらそそくさと立ち去った。

「災難でしたね」

 追い払った二人にはもはや塵ほども興味を示さず、アメデはナディアににっこり微笑みかける。

「あ、ありがとうございました」

「いいえ、貴女のような女性を助けるのは男として当然の務めです」

 さり気なくナディアの手を取り、そのため体も近づく。


「また始まった……」

 呟いたのはゾエ村の人型異類たちだった。すかさずナディアを口説くアメデに、もはや慣れた様子である。面食らったのはマウロたち古参のしもべ団員たちである。古参と言っても、幻獣のしもべ団は最近できたばかりなのに、随分団員が増えたように思う。

「あのような言われないことは気にする必要はありませんよ。貴女のような女性はやっかまれるものですからね。きっと、自分たちの夫婦仲がうまくいっていないから、他の人間を攻撃しようとするのでしょう」

 そんなに顔を近づける必要があるのかというほど、囁く距離で顔を見合わせている。

「あいつ、いつもあんな感じなのか?」

 マウロが呟くのに、ロイクは肩を竦める。

「まあね。危険な世界放浪、精霊探しの旅に付き合わせているんだから、このくらいの余禄はあっても良いよ。前に優美で滑らかな女性特有の曲線が堪らないって言っていた。あれはもう矯正しようがないね」

 ロイクは達観していた。

 そう言うロイクもまた見目の良い若者だった。指通りの良さそうな金茶の髪に、厚めの下唇と柔らかな曲線を描く頬に乗せる愛嬌のある笑みが可愛らしい印象を与える。


「グェンダルさんたちもお久しぶりですね」

 一連の出来事に呆気に取られている聖教司たちの輪からそっと抜け出し、ゾエ村の異類たちに挨拶をする。

「ああ。相変わらず見事な演奏だったよ。ロイクたちとも面識があるんだって?」

「少し立ち話をした程度ですが」

 以前、エディスでゾエ村の行き方を尋ねられたことがある。

「あの、ロイクさんたちも自由な翼に?」

「ああ。世界放浪をする自分たちの経験も役に立つと名乗りを上げてくれてな」

 ロイクは精霊の姿を見ることができる感知能力に長けた人型異類だ。エディスで水の精霊の顕現があったことから、立ち去りがたいのだという。

 以前会った際、高位幻獣は精霊を感知することができると言われているから、とグリフォンであるティオに精霊を知らないかと尋ねられたことがある。

 近くでマウロが片目をつぶって見せる。シアンは口の端で笑う。

 どうやら、ロイクに精霊については伏せていてくれているらしい。

 マウロたちしもべ団創立メンバーはリムに精霊の加護があることを知っているが、話の流れからシアンがそのことを話していないことを悟って口を噤んでいてくれているのだ。

 察しの良いマウロたちに心の中で感謝する。

「みなさん、合流できたようで良かったです。何か不都合などはありませんか?」

「いや、異能ってのは凄いもんだね」

「私には適性はなかったが、ロラの修業がうまくいっているよ」

「俺、追い抜かされそうだ」

 そう言うベルナルダンは落ち込む様子はなく、逆に励みになっているようだ。

 痩せ気味の少女リリトは少し逞しくなった様子だ。

「不慣れな旅で不便はないですか?」

「は、はい。お陰様で。あの、路銀や物資をたくさん用意してくださったので不自由はないです」

 シアンに心配されて赤くなりながら答える。

 ゾエ村の異類たちが微笑ましく見守った。



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