18.神殿依頼の演奏会1/魔道具親方の寡婦3 ~脂肪フラグ~
その日は良く晴れた。
市庁舎などの公共機関が並ぶ広場前には、平らに近い円形の大きな屋根を、幾つもの円柱で支える一角がある。そこでは市が立ったりなど、大掛かりなイベントが催されることが多いのだという。
「そんな場所で演奏することになるなんてね」
『もう始めるの?』
シアンの呟きを耳にしたリムがマジックバッグからいそいそとタンバリンを取り出す。
「まだ始まらないよ。もう少し待ってね」
「キュア!」
タンバリンをマジックバッグに仕舞ったリムの頭を撫でていると、ぼつぼつ集まり出した聴衆の中にニーナやクレールといった顔なじみを見つけて挨拶をする。
「これを食べてしっかり演奏しな!」
クレールがリムの好物である黄色いリンゴを差し入れてくれ、ニーナはトマトを渡してくれる。
「リムちゃん、こっちも食べな! ティオちゃんの分もあるよ」
「ありがとうございます」
「こっちは翼の冒険者たちの演奏を聴きに来た人たちに一儲けさせてもらう予定だからね。しっかりやんなよ」
商魂たくましく、集まった聴衆相手に商売をするつもりなのだという。
店の準備をするというニーナとクレールと別れた後、シアンの耳は聞き覚えのある声を拾う。
「フィルさん、一緒に聴くくらい、いいじゃないの」
「俺は一人で聴きたいんだ」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
ティオの巨躯の陰からそちらを窺うと、フィルと彼に纏わりつくサンドラの姿がある。
「サンドラ、本当に今日だけは勘弁してくれ」
相対して目をしっかり合わせながら真剣な顔で言うフィルに、流石にそれ以上は押し通せない様子で、サンドラは唇を噛み締めて無言で立ち去った。
「フィルのやつ、本当にシアンのファンなんだな」
「まあなあ、演奏に集中したいのに、隣で関係のない事をずっと喋られたら苦痛だろうからな」
「色男も大変だな」
いつの間にやら、フラッシュのパーティも来ていて、シアンと同じようにティオの陰から覗き見している。これでは出歯亀だ、と内心赤面する。
「今日は楽しみにしているよ」
「フィルほどじゃないにしろ、俺たちはシアンのファンだからな」
「ザドクたちも来たがっていたが、都合が合わなくて残念そうだったよ」
フラッシュの言葉にキャスが頷き、アレンが追随する。ザドクたちにも声を掛けてくれたようだ。
「コリンたちも来れなくて悔しがっていた」
今度演奏してやってくれというベイルに、シアンは首肯した。幻獣たちが楽器を弾く姿は珍しいことだし、一度は聞いてみたいだろう。
「俺はシアンの料理のファンだ!」
ダレルが力強く宣言する。
「グリッシーニドッグ、ご馳走様。ダレルは相当気に入ったみたいよ」
礼を言うエドナの後ろでベイルも頷く。
「エドナさん、お久しぶりですね。今日はパーティメンバー全員集合ですね」
『きゅうちゃんもいますよ。冷蔵庫のサツマイモづくし、ありがとうございます!』
「こいつ、冷凍庫の中身を、大学芋の他はもう食べてしまったんだ」
呆れ顔のフラッシュを他所に、九尾がうっとりした顔で見上げてくる。
『いやあ、サツマイモ尽くし料理、堪能させてもらいました。甘煮は予想できましたが、はちみつバター味も乙なものですね。他にも、ニンジンとサラダにするなんて!』
シアンが作った料理は美味しく食べてくれるが、さすがに好物を使った新しい味を楽しんだことに興奮している。
「私は豚肉とのピリ辛煮が殊の外、美味しかったよ」
「サツマイモは豚肉と合いますからね。今度は鶏肉と炒めてみますね」
フラッシュも自分の分を確保できたようで、一緒に楽しんでくれたのかと思うと嬉しい。次は何を作ろうかと気持ちが弾む。
『お願いします!』
「お願いします!」
九尾の鳴き声に、言葉は拾えずとも意味は分かったのだろうダレルも続く。こちらはサツマイモ好きというよりは食事全般に執着している。
「ダレルさんたちパーティ分も入れておきましょうか? でも、そうそう転移陣は使わないですよね。フラッシュさんの家に行く機会がないなら、料理を駄目にしちゃうかな」
シアンのように毎日転移陣を使う方が稀なことなのだ。
「私も工房はまた臨時休業にしている。そう頻繁には戻らないしな」
ダレルが転移陣を使う費用を算段し始めると、エドナやキャスに屋台や料理屋で購入した方が経済的だと諭される。
『シアンちゃんは心置きなく、芋栗なんきんスペシャルを作ってくれると良いですよ!』
九尾専用冷蔵庫と化しそうだ。天帝宮を経ることで、トリスのフラッシュ宅へ頻繁に戻っている。フラッシュと行動を共にする際には召喚して貰えば良い。
「栗は蒸して、カボチャは煮物、というのが定番だけれど、今度一緒に外出したら、カボチャのチーズ焼きでも作ろうか。あれは作り立ての方が美味しいからね」
『お供します!』
現実の尾と幻覚の尾も併せて激しく振る。リムがじゃれついてもご機嫌で相手をする。
芋栗なんきんを多めに購入して置こうと心に決める。
そうやってフラッシュたちパーティと話していると、高い可愛らしい声がする。
「きゅうたーん!」
「む、あれが噂の九尾の声を拾うというファンか?」
アレンがいち早く反応する。同好の士に興味があるのだろう。
リュカが父であるエクトルの腕を引いてやって来る。久々に見つけた九尾の姿に、前のめりで父親を急かしている。
「シアンさん、今日はよろしくお願いします」
言いつつも、視線はリュカが抱き着いた九尾に向けられている。
「エクトルさん、こちらがリュカの友人、九尾のきゅうちゃんです。そして、その友人たちである冒険者のみなさんです」
「これはこれは。いつも息子がお世話になっております。冒険者の方々も、お見知りおきを。私はエディスで商業を営んでおりますエクトルと申します」
幻獣の声を拾う子供を持つ親として、異類に分類される異界人の活躍には期待を寄せていると言うだけあって、如才ない挨拶をする。
「もしや、ディルス商会の?」
「おや、これはお耳汚しを」
流石に切れ者と言われるパーティリーダーだけあって、アレンはエディスの情報を色々仕入れている。エクトルがエディスでも有数の商人であるとすぐに気づいた。
フラッシュは久々に会うことが叶った九尾に夢中のリュカに話しかけている。
シアンはアレンとエクトルや九尾とリュカ、フラッシュを何とはなしに眺めていた。
「あの、翼の冒険者さん」
声を掛けられた方を見やると、先日訪れた魔道具工房で色々説明してくれた女性店員がいた。
「魔道具の工房の方ですね。こんにちは。先日は色々教えてくださってありがとうございました」
「こんにちは。こちらの方こそ、お買い上げただきまして。それであの時お話があった密閉できる容器のことなのですが」
そう言われれば、そんなことができないかと尋ねた。だが、巨大な冷蔵庫の真空性と機密性の確保を可能にすることができる精霊たちがいるのだ。彼らならば、保存用容器も作ってもらえるだろう。
「うちの職人の知り合いがそういった魔道具を作ることができる職人に心当たりがあるという話を聞いたものですから、お声を掛けてしまって。すみません、何だかお忙しそうだったんですが」
シアンのリクエストに応えられないかと他の者にも当たってくれ、わざわざ声を掛けに来てくれたと言う。シアンは謝意を述べた。
「ただ、その職人はドワーフという種族なんですが」
少し言いにくそうにする女性に、別方向から声が上がる。
「ドワーフ⁈」
「いたのか! 流石は異世界!」
寡黙なベイルが驚き、キャスがはしゃぐ。
「ファンタジーならではの種族ね。これはエルフも存在するかしら」
エドナが目を輝かせる。美形好きの彼女の反応に、エルフは見目が良いのだと知る。
興奮する初見の冒険者たちに気圧された女性が後退る。
「ああ、すみません、私たちはアダレードからきたばかりなのです。あそこは異種族をほとんど見かけない国でしたので、免疫がなくて驚いたのです。しかし、それだけに偏見はありませんのでご安心ください」
アレンが礼儀正しく女性に接する。女性も異種族だということで気を揉んでいたようで安心して頷いている。
「宜しければ、そのドワーフの職人の方のお名前を窺っても?」
「ええ、もちろんです。フォマーという方です。今は確か、隣国の国都にいるのではないかと言っていました。それで、差し出がましいとは思ったのですが、一応、紹介状と言いますか、翼の冒険者がエディスのために尽力してくださった方なので、できれば便宜を図ってほしい、といったような内容をしたためてもらったのです。宜しければ、こちらをお持ちください。気難しい方だと聞きましたが、もしかすると、何かのお役に立つかもしれません」
差し出された油紙に包まれた書簡を受け取る。
思いもかけない心づくしにシアンは恐縮した。
「うちの職人もその知り合いの方も、もちろん私も、翼の冒険者には感謝しているのです。エディスの者ではない方がこの街のために尽力してくださったのですもの。このくらい、お安い御用です。きっと、エディスの人間の多くは同じ気持ちだと思います」
気持ちには気持ちが返って来る。シンプルなことだが、有難いことでもあった。
「その通りです。恩には恩を返したいものですな。ところで、そちらはナディアさんでは?」
エクトルが二度三度頷きながら会話に加わってきた。
「まあ、私をご存知なのですか?」
「もちろんです。私はディルス商会に勤めるエクトルというものです。商人は情報を大切にしますからな。ご主人のことは本当に残念でした」
「あのディルス商会の会頭!」
ナディアは驚きを露わにした後、何度もお辞儀をする。こういうところからも、気さくなエクトルがエディスの重要人物だと知れる。
「いや、親方を失っても、既に受注している分は作り上げて納品するのだと頑張っておられると聞いておりますよ。流石の心遣いですね。大した方だと思っておりましたが、シアンさんに対するエディスの者の気持ちをよくぞ代弁してくださった!」
こんなところで大物商人と出会い、褒められるとは思いもよかなかったのだろう。ナディアはすっかり面食らっている様子だ。気持ちは分かる。シアンも自分が成し得たことではないのに高評価をされることが多くて困惑することが多い。
「魔道具工房の行く末に関して算段が付きましたかな。部外者ながら、老婆心から言わせていただくと、親方権、あれはギルドに返すか同じ魔道具工房に譲渡するのが良いと思いますよ」
「そ、そうなんですか。うちの職人が変わりなく仕事ができる一番良いところへ渡したいのですが」
シアンには分からない話だったが、恐れ多いという風情だったナディアはエクトルの話に食いついた。前のめりになって耳を傾け、エクトルに意見を乞う。
「それならば、高値をつけてくるところ、特に異業種の工房を営む買い手は避けた方が良いでしょうな。何なら、私が仲介しましょうか?」
「宜しいのでしょうか?」
「もちろん。私はシアンさんの支援者になったのです。シアンさんに尽力してくださった方をおろそかにしませんよ」
ナディアは口元を両手で覆い、感謝の籠った視線をエクトルとシアンに向ける。シアンは何もしていないのに居心地が悪い。
エクトルは気晴らしにとナディアも演奏会に誘っていた。幻獣たちも楽器を演奏すると聞き、興味を持った様子だ。
「あー、こうやって信奉者を増やしていっているんだな、シアンは」
「信奉者が信奉者を呼ぶって感じだな」
「そりゃあ、二つ名がつくわなあ」
アレンたちが囁き合う。シアンは無言を貫いて、せっせとティオとリムを撫でることに専念していた。




