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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
108/630

16.漂泊の薬師、魔族と出会う

 

 トリスからエディスに転移陣で移動する。恭しい礼をする聖教司たちに曖昧な笑みを返してそそくさと神殿を後にする。

 ティオを連れていると翼の冒険者という二つ名の持ち主だとすぐに知られてしまい、熱心な視線を送られるか深々と頭を垂れられるかで、非常にいたたまれない。

 円柱一つとっても計算され尽くした静謐な空間は本来心が落ち着き、透かし彫りや天井などいつまで眺めていても飽きない建造物であはあるものの、早々に立ち去ることにしている。

 赤茶系統の屋根を持つ華やかな街並み、傾斜のついた石畳を歩く。大通りは様々な商品を売る店が軒を連ね、人通りも多い。中の円を越え、外側の円を描く通りに向かう。


 目的地の冒険者ギルドの扉を開けると、昼過ぎの時間帯であるせいか、人はまばらだ。だからか、買取りカウンターでもめている声がよく聞こえた。

「何度も申し上げている通り、買取りはできません」

 繰り返しやりとりしているのか、受付がやや声を荒げている。

 見ると、灰色のフードをかぶった者が何やら言っている。

「だから! 薬効があったとしても、こちらとしては必要とする者がいなければ仲介はできません。街で売ってください」

 買取りカウンターの空いている方へ行くかどうか迷う。その灰色のフード姿に見覚えがあったからだ。以前、エディスの街中でグリフォンに守られて名声も富も手に入れたとやっかまれたことがある。


「どうぞ、こちら、空いていますよ!」

 シアンの躊躇を見て取ったのか、受付から声が掛かる。

「もしかして、ヘンルーダの追加を持ってきてくれたんですか?」

「そうです」

 期待の籠った眼差しに頷けば、笑顔をこぼす。シアンよりもいくつか年上の男性だと思っていたが、笑うと少し年下にも見える。

「ありがとうございます! この時期、貴重な薬草なんです。いやあ、流石は翼の冒険者ですね!」

 一メートルにも届こうかという高さの緑の茎に細かい葉がたくさんつき、天辺に黄色い花を持つ植物を取り出す。葉からは強い匂いが香る。

 その香りに隣に立つローブ姿の少女がこちらに気づく。発せられた若い女性の声は聞き覚えがあった。

「まさか! 野生のヘンルーダがこの時期開花するなんて!」

 思わず、といった態で驚愕している様子だ。

「よほど大地の精霊の恵み深い場所なんでしょうねえ」

 受付も黄色い小花を眺めながら二度三度頷く。

「いやあ、大地の神殿でもさすがにこの時期はヘンルーダを出し渋られてしまって。本当に助かります」

 ほくほく顔で受付が色を付けた報酬を支払ってくれる。


「そんな、毒消しなら、この薬果でも十分な薬効があるわ」

 少女がシアンの買取りに口を挟む。

「ですから、実績がないものを顧客に渡すわけにはいかないと、何度説明すればわかっていただけるんですか?」

 少女に対応していた方の受付の年配の女性が疲れた様子を隠そうともしない。シアンの応対をしていた受付も加勢する。

「そうですよ。それに、先方はヘンルーダを欲しがっているのです。毒消しではありませんよ。顧客が欲しいものではないと、こちらも報酬をお渡しできません」

 言いつつ、シアンにそっとこの隙に行ってしまうように促す。下手に巻き込まれないように気を回してくれる受付に感謝しながら、さりげない動作で冒険者ギルドの建物を出た。


 ティオが待つ厩舎へ向かおうとすると、閉じた扉がすぐに開く。

「待ちなさい!」

 振り向くと灰色のフードの少女がいた。

「貴方、薬の製作に手を出そうとしているんですって?」

 対峙してみると、灰色のフードの裾は擦り切れ、汚れが目立つ。声にも張りがなく、肌もかさついている。

「どうでしょうか。仮に、そうだとしてもそれが貴女に何か関係がありますか?」

 断定はせず、逆に問い返す。翼の冒険者の噂を耳にしやすいとはいえ、ジャンやエクトルが簡単に漏らすとは思えない。

「とぼけないで。薬屋で聞いたのよ」

 険のある物言いに、肩に乗ったリムが小さく鳴きながら身じろぎするのを片手で軽く押し止める。

『シアン、いじわる言われているの?』

 少しの心配と少女への敵意が滲む声音に、そっと柔らかい毛並みを宥めるように撫でる。

 先日の一角獣の件からこっち、リムもティオも心配性になっている。関わりのない人には無関心だったのだが、シアンに敵意を持つ者を遠ざけようとする傾向が強まっている。

 シアンは既に建物の外へ出ている。ティオが騒ぎを聞きつけてやって来るかもしれない。


「私だってまず真っ先に薬屋へ持って行ったわよ。でも、どこへ行っても見たことのない、実績のない果物なんて取り扱えないって言われたわ! 薬果を知らない自分たちの無知を棚に上げて、言うに事欠いて得体のしれないものですって」

 それとシアンとどう繋がるのか。そんな思いが表情に出たのか、少女が口元を歪める。

「せめて、翼の冒険者ほどの実績がある者が持って来たものならいざ知らず、と言われたわ。分かる? 街中のほとんどの薬屋を回って、あちこちでそう言われた私の気持ちが」

 なぜ、関わり合いのないシアンが彼女の事情や心情を汲み取らなければならないのか。

「いいわね、翼のある幻獣を手懐けているおかげで、手に入りにくい薬草を手に入れられるのですもの。でも、薬果も知らなかった人間に、何ができるというのよ。薬草学は先人たちが一つ一つ積み上げてきた知識の集大成よ。その努力をないがしろにしないで! いとも簡単に手に入れるなんて、卑怯者!」

 声を荒げて一歩踏み出した足はすぐさま止まる。

 なめらかな筋肉の伸縮で音もなくするりとシアンの傍らをすり抜け、姿を現したティオが前へ出る。

 シアンを守るように睥睨するティオに怯みつつも逃げ出さない少女はいっそ天晴だ。


「僕たちはそれぞれができることを役割分担しているだけです。貴女にあれこれ言われる筋合いはありません」

 穏やかに、だが、きっぱりと言い切り、ティオの背中を軽く叩いて促し、踵を返した。

 ティオは唸り声一つ上げず、そっとシアンの体に首を寄せる。慰めるかのような仕草に、シアンは微笑み、頭を撫でる。



 力ある者に慕われ労われ、それを受け入れ、思いやる姿に、少女は歯噛みする。自分の言など、どれほどの影響も彼らに与えることはできないのだと思い知らされる。

「こ、こっちは命がけで世界中を旅して薬効のある植物を集めているのよ。自分の命ではなく他者の命を懸けている人間がのうのうと薬を作ろうなんて! そうやって安穏と守られているだけの貴方が!」

 去って行く背中にどれだけ言葉をぶつけても、手ごたえを感じることはなかった。

「もう止めておけ。とんだ言いがかりだって、自分でも分かっているんだろう?」

 耳に痛い言葉が、カレンに突き刺さる。

 黒い波打つ髪の下、薄い褐色の肌をした男が立っていた。

「こんな往来でエディスの英雄に喧嘩を売るなんて、エルフってのは随分肝が据わっているんだな」

 薄い唇の端を吊り上げて笑うのに、一歩後退る。種族の身体的特徴はフードで隠している。何故、知られたのか、と警戒心が湧く。

「魔力感知は得意でね。見ての通り、魔族だからさ。俺はディーノ。あんたは?」

 ディーノは自身で言う通り、感知能力に長けている様子で、自分の警戒をも読み取って、さらりと告げる。ストレートな物言いがすんなり心に届く。

「……カレン」

「カレン、か。さっきも言ったけど、翼の冒険者に八つ当たりするのは止めておけよ。エディスの街を敵に回すことになる」

 カレンも分かっていた。ディーノの言うことはその通りなのだと。自分のすることがことごとくうまくいかなくて、路銀も尽きて、ひもじくて苛々していた。そんな時、強者の恩恵に預かって、守ってもらってのほほんとしている人間、そんな彼が街でもてはやされているのが悔しかったのだ。おかしいではないか。血のにじむ努力をして薬草学を学び、苦労して各地を回る自分が無知なものどもにあざ笑われ、彼らは口々に翼の冒険者を称える。

 カレンの憤りは、自分を笑う者たちと同時に、彼らが慕う翼の冒険者にもまた向けられたのだ。


「あー……」

 黙り込んだカレンに、ディーノが髪をかき回す。波打つ髪がくしゃくしゃになる。

「何なら、俺が幾つか買い取ろうか」

「貴方が?」

「そう。俺、よろず屋やってるの。珍しいものを買っていく客も結構いるんだよね」

 驚いて長身のディーノを振り仰いだカレンは、笑いかけられてうろたえる。

「味の方はどうなんだ? あと、日持ちは? 干したものの方がありがたいんだけどね。そっちの方が往々にして栄養価も高いしな」

「も、もちろん、干したものもあるわ。味は少し癖があるけれど、甘みは強い」

「じゃあ、問題ないな」

 一つ頷くと通りの向こうを指し示す。

「早速現物を見せてくれないか。あっちに料理店があるから、飯を食いながら値段を決めよう」

 勝手に話を進めるなとは言えなかった。食事をしながら、というのはとてつもなく魅力的な言葉だったのだ。

「支払いはそちら持ちでしょうね」

「もちろん。珍しい物を見せてもらうんだしな」

 ようやく、自分が身命を賭してきたことへの肯定の言を聞き、思わず涙がこぼれそうだった。ぐっと歯を食いしばってやり過ごす。

 人通りの多い道を、さり気なく人を除けつつエスコートしてくれるのも良い。軽薄そうな男の評価をやや引き上げた。

 と、ディーノが足を止める。

「どうかした?」

 通りの向こうに目を凝らしている。

「いや、俺の見間違いだ。あの方がこんなところにいるはずはないな」

 最後の方の呟きは小さくて聞こえなかった。ただ、硬い表情が印象に残った。




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