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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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15.冷蔵庫を作ろう2 ~羽つきオコジョが鍋を温める~

 


『食べ物を冷やしてどうするの?』

 風の精霊は些少なりとも危険の可能性がある突発的な事象をも防ぐが、シアンに張り付いて何でもかんでも見ているのではない。

「うん? 長持ちさせたいんだよ」

 呼び出した風の精霊が小首を傾げるのに、シアンが答える。ティオのお陰でリムが気落ちせずにいられたことに気を取られていたので、端的な答えとなる。

『ああ、腐敗を遅らせるのか。この箱で保管するの?』

「そうなんだよ。今、色々試していたんだ」

 そこでようやくシアンは気を入れて答える。

『では、真空性と機密性を確保しよう。温度を下げるのは闇のに頼むと良い。菌の中には低温に強いものもいるから、料理は一度きちんと加熱した方が良いよ』

 おそらく、ボツリヌス菌と同じ性質のものだろう。

 そして、とうとう精霊の介入を宣言されてしまった。こうなっては全ての問題がクリアされてしまう。

「色々ありがとう、英知。これで諸々の問題を乗り越えられそうだよ」

「……そうか、私の出る幕はなくなったか」

 精霊の言葉を拾うことができないフラッシュだが、シアンの台詞だけで全てを悟ったらしい。少し残念そうな顔をする。

「すみません、フラッシュさん」

 あれほどまでにきらきらと楽し気に試行錯誤していたにも関わらず、人知を越えた存在に簡単に解決されてしまう。自分で工夫を凝らす楽しみというのは何物にも代えがたいものだ。

「いや、私も恩恵に預かる器具だからな」

 そして、潔いフラッシュは固執せず、力ある者の助力を受け入れる。恐らく、この世界では冷蔵庫一つに拘らなくとも、色んなことにチャレンジする機会はいくらでもあるのだろう。フラッシュもまた、この世界を存分に楽しんでいるのだ。


「でも、深遠も力が強すぎて魔力を籠めるのは無理じゃないかな?」

 ふと胸に沸き上がった疑念を口にすると、リムが闇の精霊を呼ぶ。

『深遠!』

 黒い蛍火のような外縁がにじむ小さな円形がふわりといくつも現れ、互いが吸い寄せられる。合わさった途端、空間がたわみ、収縮したかと思うと伸び上がり、人型を取る。

『どうかしたの?』

『この箱の中をずっと冷たくすることはできる?』

 現れたたおやかな佳人に、リムが嬉しそうに近寄りながら尋ねる。

『うん』

「どのくらいの間できそう?」

 あっさり首肯する闇の精霊に、シアンは思わず尋ねる。

『君たちがもういいと思うまで』

 半永久的に、ということか。

「それは魔石はなくても?」

 シアンの言葉に闇の精霊が頷く。


 何となく、シアンは風の精霊を見やる。

『この容れ物は小さいね。もっと大きいものを使うと良い』

 風の精霊は大地の精霊に魔鉄と魔銀で相応の大きさの容器を作ってもらうと良いと言う。

 勧めに従って、大地の精霊の名を呼ぶ。

 床から乳白色に輝く先が尖った円柱が幾つも生える。中心にいくにつれ黄色いそれは幻で触れることはできないだろうが、それだけに幻想的に淡く輝いている。共鳴する涼やかな音が聞こえてきそうな結晶は突然砕け散る。無数の破片が一つの塊を作り、人型を取る。

 風の精霊の指示の元、大地の精霊が密閉性に富んだ構造の容れ物を作ってくれた。

 シアンは冷蔵庫で十分だと思った。しかし、折角マジックバッグがあるのだから、とフラッシュ宅に置く魔力供給不要の冷蔵庫とは別に、業務用冷蔵庫二つ分ほどの、もはや物置部屋ほどの大きさの冷蔵庫を作ってもらった。どんどん話が進み、そういうことになってしまったのだ。


『これで旅に出ている間も食べ物が長持ちするね!』

 リムが喜ぶ。

「う、うん、そうだね」

 戸惑いはあるものの、実際、冷蔵庫があると助かるのだ。ゼナイドはこの先、暖かくなる。そして、ティオとリムが狩ってきた獲物を無駄にせずに済むのだ。ほとんど売り払うにしても、調理する分を取って置ける。また、ティオとリムが外にいる時でも、冷蔵庫の中の料理を食べることができる。

『深遠、凄いね、ずっと冷やせるんだね!』

「そうだね。深遠と英知と雄大のおかげだね」

 リムが目を輝かせたので闇の精霊が面はゆそうに笑う。ティオが礼を言うと大地の精霊が皺を増やして笑う。

 シアンは風の精霊を謝意を籠めて見上げると、満足げに唇の両端を吊り上げる。

 精霊たちを掌で転がしている、と九尾が笑う


 フラッシュは精霊たちが作り出した冷蔵庫を開け閉めして熱心に確認している。

「凄い気密性だな! 内部の棚も取り外しができるようになっている。魔石を使わないでも半永久的に冷やせるのか。おお、鍋ごと入りそうだな!」

 フラッシュの言葉に、シアンは思わず一緒に覗き込む。使い勝手はシアンも気になるところである。


「リムは鍋を取り出して温めることができるから、沢山煮込みを作っておこうね。リムはバーベキューコンロの設置ができるものね」

「キュア!」

 中空で滞空しながら、後ろ脚立ちしたリムがぴっと前脚を挙げる。

「狩りの途中にお腹が空いたら食べてね」

 パンも入れておこう、甘いものも良いかもしれない。あれもそれも、とつい蓄えてしまうシアンは、フィールド上で羽付きオコジョがバーベキューコンロで鍋を温める光景の異様さを分かっていない。プレイヤーが目撃したら夢でも見たのかと思うこと請け合いである。そんな珍奇な有り様がよもや精霊の加護を得たドラゴンだとは思わず、うっかり攻撃でもしたら目も当てられない。


『シアンちゃん、うちの冷蔵庫にもお願いします!』

「うん、サツマイモやかぼちゃの煮つけとか入れておくね。冷たいままでも美味しいよ」

『煮物は冷める過程で味が染みると言いますからなあ』

 好物を挙げられて九尾も目じりを下げる。


『俺はこの前食べたロールキャベツが良い』

 声がしたかと思うと、中空に現れた光の粒がほつりと落下し、床に付いたかどうかという地点でぱっと弾け、閃光が人型を取る。

 光の精霊のリクエストにシアンは頷いた。

「じゃあ、僕がいない時でも食べられる様に作り置きしておくね」

『チーズを乗せて焼いてあげるね!』

「ソーセージを入れても美味しそうだね」

 リムがアレンジを言うのに、シアンも付け加える。ボリューム満点な食事になりそうだ。

 美味しいものを分かち合うことは喜ばしい。料理人を選択して良かったと思えるひと時だった。シアンもまた、フラッシュと同じように、職業を通してこの世界を楽しんでいた。


 魔力がある世界では電化製品に変わって魔道具が存在する。

 現実世界でも技術革命以前の中世の人間からすれば、電化製品は魔法の器具のようなものだ。この世界では、魔力を同源にして動く器具が魔道具だ。

「錬金術師もまた、レベルが上がると魔道具作成ができるようになるんだよ。更にレベルが上がると、特殊な薬を作成できるんじゃないかと言われている」


 ひとしきり冷蔵庫で騒いだ後、居間に移動して茶を飲みながら、フラッシュが言う。

「プレイヤーはスキルがあるから生産は楽にできるが、この世界の職人は凄い。一からこつこつと作り上げるんだからな。中世の人間はこうやって作っていたんだなあ、と頭が下がる思いだよ」

 アダレードの牧場の主、ジョンが着ていたオーバーオールのような服はプレイヤーが作ったものだ。生産職の者がスキルを駆使して作った。プレイヤー間では人気があったが、初めて見る形をした衣服は忌避されたのか、この世界の住人には売れなかった。それを残念に思い、行く先々で物々交換を申し入れたプレイヤーに、ジョンは快く応じたのだと言う。機能的であれば問題ない、と。

「プレイヤーが生産したものも受け入れられないものはあるんですね」

 シアンは最近プレイヤーが増えたので、討伐依頼を積極的に受けていないことや、神殿の依頼で演奏をすることになったことを話した。

 フラッシュも時間が合えば聞きに行くと言ってくれた。


『きゅうちゃんもおいでよ!』

「リュカも会いたがっていたよ」

『そうですねえ。ただ、エディスは王城がまだ落ち着いていないでしょうし、きゅうちゃんの神々しい姿を見せつけては騒ぎになりそうですしねえ。それに、異界人たちが大勢やってきていますからね』

 王の治世の是非を問う九尾の狐が一角獣を解放したと言われている。街中をうろついているのを見られてはまずいかもしれない。

 そして、九尾は以前起きた事故で一部プレイヤーからよく思われていなかった。

 九尾を召喚獣に下そうとしたプレイヤーは無理やり召喚した自分の召喚獣の血肉を浴び、精神を病み、ゲームを離れることとなったからだ。召喚は呼び出す対象が存在できる十分なスペースを必要とする。自業自得とはいえ、悲惨な状況だった。

 また、九尾もその血肉と一緒に怨嗟にまみれ、結果、天帝宮を出ることとなった。

 そんな事情を知らないプレイヤーたちには、仲間の無残な結果のみが目に映った。


『冷蔵庫があるし、うちでのんびりシアンちゃんの料理を楽しむのも良いですなあ』

「お前、最近ようやく体を絞ることができたというのに、また太るぞ」

「きゅっ……!」

 九尾の遠慮を知りつつも、フラッシュは何も言わない。そして、フラッシュのパーティメンバーも心無い言葉を掛けられても特段気にしない。


「フラッシュさんパーティのみなさんやきゅうちゃんさえよければ、また一緒にあちこち行こうよ。ティオも最近遠出していないから、羽根を伸ばしてみるのも良いよね」

 シアンもまたグリフォンという高位幻獣に助けられることへの嫉妬を向けられることがままある。プレイヤーの目のないところへ出かけるのも良いかもしれない。

『いいね。シアンやリムを乗せて思いっきり飛んで行こう』

 エディス近隣はプレイヤーが多く活動するようになり、積極的に討伐依頼は受けることもなくなった。大空を翔けるティオとしては体がなまるのではないだろうか。水を向けてみると乗り気の様子だ。

『山を越えて水の中へ行き、お次は空の上ですか』

「いやはや、ティオの飛翔能力は凄いな」

 九尾の言葉に、フラッシュが感嘆する。

「水の中でも飛んでいたというか、羽ばたいていましたよ。ティオのおかげで色んな景色が見れるね」

 前者はフラッシュに、後者はティオに向けて言う。

「キュィ!」

 ティオが得意げに鳴き声を上げる。

 自分の能力に自信を持てどもそうそう誇ることはないティオだが、シアンをはじめ、リムや大地の精霊、フラッシュなど心を許した数少ない存在には自慢気になることがある。普段、泰然としているティオのそういうところが可愛く思えて、シアンは微笑みながら首筋を撫でる。

『シアンちゃんたちと一緒だと、見たことのない光景を見ることができそうですからねえ』

 九尾も心をそそられている様子だ。

『じゃあ、決まり!』

 リムが嬉し気に声を上げる。

「そうだね、神殿から依頼された演奏会を終えたら、エディスを離れてみよう」

 まだ見ぬ異世界の風景に心を馳せるシアンは自然と微笑む。

 その様子を、精霊たちがそれぞれ莞爾となって見守っていた。




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