10.一緒にいたい ~えすぷりって服着ているんですか?~
後日、フラッシュがリムにタンバリンをくれた。小さい体に合わせたもので、鋭い爪で扱うのを想定して頑丈に作られている。
「これで、リムも一緒に演奏できるな」
リムだけ楽器を持っていないことに気をまわしてくれたフラッシュの厚意にシアンが礼を言う。
「キュア!」
リムも続く。
「どういたしまして。リムはシアンの真似をよくするな。やはり、子供が周囲の大人の模倣をして成長していくのは人間とそう変わらないんだな」
これもAIの学習能力の一環なんだろうか。
「責任重大ですね」
「その点では心配しておらんがな。私なんて九尾だぞ」
自分で言って心を抉られたようで深いため息をつく。
『きゅうちゃんはやれば出来る子だから!』
「普段からちゃんとやってくれ」
『真面目が服着ているようなものなのに!』
「真面目の定義を膝詰で小一時間説いてやりたい」
「きゅうちゃん、服着ていないよね?」
矢継ぎ早に言い合う二人に、だが、シアンはどこかずれたことを言う。
『訂正、えすぷりが服着ているようなものなのに!』
「服を着ているのに、僕には見えていないのかな? 幻影?」
九尾に台詞を流されたことに気づかないシアンは首を傾げる。
「エスプリ……定義としては、才気、機知、ユーモアのある、か」
フラッシュが考え込む。
「ウィットの間違いでしょうか?」
「いや、合っているだろう。面白いかどうかはわからんが、変ではある」
『誰が変態か!』
言い合う三人をよそに、リムがもらったばかりのタンバリンを振ったり叩いたりしてはしゃいでいる。
ティオが良かったね、というのに、嬉しそうに鳴き声を上げる。
「リム、思うままに曲に合わせてみて。リズムをつかんでメロディーに合わせるんだよ」
シアンは大地の精霊に捧げた曲を奏で始めた。
シアンのリュートに目を輝かせ、リムが後ろ脚を小刻みに動かしてタンバリンを振る。短い脚と、左右に揺らぐ長い尾をとでうまくバランスを取っている。
新しい楽器が発する華やかな涼しい音色に、心から楽しい、という気持ちが溢れ、体からリズムが湧き出ている様子だ。
中空に浮き、後ろ足立ちしながら足踏みしつつティオの近くまで行って、二頭で顔を見合わせて笑い合っている。
「グリフォンにドラゴンと音楽演奏、か。すごいなシアンは」
「すごいのはティオとリムですよ。二人が音楽を楽しいということを新たに教えてくれたんです」
「まあ、君がそんな風だから、二頭は音楽を楽しめるんだろうな。精霊王も君たちの音楽を気に入ったようだし」
『くっ、これが天然最強伝説か! 負けなくてよ、シアンちゃん! いや、もういっそ、入門してみた方が……?』
「それなんの道場?」
『もふもふ道場!』
「僕には毛皮はないけど」
『可愛い動物に好かれる道場? 可愛い動物の音楽隊?』
もはや道場ではなくなった。
以前、強制ログアウトを経験した湖は主がいなくなったから、のんびりするのに適しているというので狩りの休憩にやって来た。
風が吹き、湖の水面を揺らし、その揺らぎが水辺の葉に映り、透明な緑もゆらゆら光る。
「綺麗だね」
『そう? シアンが気に入ってよかった』
自然は身近で美しいと取り立てて考えることは少ないようではあるが、シアンの気持ちは斟酌してくれる。
「ほら、あの木の葉を見て。葉は自体は揺れていないのに、当たっている光が揺れているから、ちかちか緑に光っているみたいだね」
「キュア!」
元気な発見の声にシアンは笑う。
「水面が波打って、光を反射して、それが葉にも映っているんだね」
『きれいだね』
シアンの指差す方を見ながら、ティオも同意する。
「ティオやリムと一緒に綺麗なものを見て、綺麗だな、って言えるのが楽しいよ」
『美味しいもの食べたりとか?』
「そうそう、美味しいっていう気持ちを共感して」
『おんがくも!』
リムも声を上げる。
生まれたときから一緒にいるせいか、段々とリムの声も聞こえるようになった。どんどん流ちょうに聞き取れるようになっている。
「そうだね、音楽を楽しんで」
ティオとリムを交互に見やりながら、でも、と続ける。
「感じ方はそれぞれ違うから、必ずしも一緒だとは限らないし、同じに感じなくてもいいんだよ。ただ、僕はティオやリムが好きなものを美味しいって食べていると嬉しくなるから、それを一緒に体験できるのが楽しいよ」
同じ曲でもテンポが違うだけで、雰囲気が変わる。
ティオもリムも軽快なテンポの曲を好んだ。
飛び跳ねるリズムに乗ってリムが後ろ足で素早く足踏みする。早い音に合わせて小刻みにちょこまかと動かす。尾も楽し気に揺れている。前足でタンバリンを持って振ったり、もう片方の前足で叩いたり、時には尻尾で弾いたり、体全身で音を生み出している。空中で後ろ脚を下にしながら、器用に滞空しているものだ。
ティオも大地の太鼓で拍子を取る。
最後は軽やかに高い一音に合わせ、リムが片足でタンバリンを握りしめ、四肢を大の字に伸ばす万歳のポーズで終わった。
「この曲はみんなで色んな楽器で演奏すると楽しいよっていう歌詞がつくんだよ。実際に沢山の楽器で演奏すると全く違った雰囲気になるよ。機会があればやってみたいね」
得意げなリムに、思わず笑みがこぼれる。ティオも同じ気持ちなのか、小さな背中に顔をこすり付けている。
「今いる世界は楽しいからここにいて、っていう気持ちも籠められているんだ。でも、ティオもリムも翼があって飛んでいけるし、僕がティオにうまく運んでもらえたらいいんだけど。この世界には短い時間しかいないしね。一緒にいると楽しいからここにいてっていうのはやっぱり君たちのためにはならないのかなあ」
フラッシュがグリフォンは鳥獣の王だと言っていた。リムはドラゴンで生態系の頂点の一角を占める種だ。弱い自分といることによって、行動が制限されるのは申し訳ないという気持ちからそう呟いた。
後半は半ば自分への問いかけだった。
しかし、聞く者は受け止め方が違った。
『いっしょにいられないの?』
ティオが不満げに覗き込んでくる。
リムはその場でくるくると回り始めた。自分の尾を追うようにコマのように回る。
「キュアーキュアー」
「どうしたの、リム」
シアンいなくなっちゃう!と落ち着かないのを通り越してパニックを起こしていた。
悲痛な声に、胸が締め付けられる。
「ご、ごめん。何か考えるよ。いなくなるわけじゃないから、ね、落ち着いて」
ほんとう?シアンいなくならない?と今度はシアンの周りを回り始めた。
「うん、本当」
そっと手を差し出すと、勢いを殺さずにシアンの腕を登り、肩に乗った。シアンの首筋に顔をこすり付ける。
シアン一緒、を繰り返す。
「うん、一緒にいる。ごめんね、僕のエゴで君たちを引き留めているんじゃないかってずっと考えていたんだ。でも、一緒にいられる方法を考えた方が前向きで良いよね」
大地の精霊の加護で力加減がうまくなったのだから、まずはティオに背に乗せてもらって飛行することから始めてみることにした。
シアンにも加護が宿ったおかげか、激しく揺れる視界や安定しなかった乗り心地が大分緩和された。幾度か繰り返すうちに、短時間短距離でそれほど高度を取らなければ、ティオに乗せてもらうことができるようになった。
そして、シアンの異世界滞在時間は大幅に伸びた。シアンが眠る前にリムが不安そうにするから、短時間でまた戻ってくるようになり、計画的に時間配分を行うことにした。
そんなある日、街中で知り合った魔族の商人ディーノに魔族は闇を好み、闇は光を求めるのだと聞いた。何度か店に通ううち、商人は欲しいものを仕入れてくれるようになった。その中には情報も含まれていた。
それを聞いた時、シアンは吟遊詩人の職業訓練講座で習った歌の中に満月の夜に虹がかかるというフレーズを思い出した。
図書館や、吟遊詩人の曲を調べることによって、古い歴史として残された記述を見つけた。満月の夜に虹がかかる場所があるという。そこは山深い場所でおいそれと人の足ではたどり着けないとの注釈があった。
けれど、翼があればどうだろう。




