第8話:友達作り3
放課後になり相談室に行く前に巡川はトイレに向かう。
もちろん一人で。
トイレに行ったり、移動教室をしたり、お昼を食べたり、それらを今までは全て一人でやってきた。
もちろん他のこともすべて。
原因は入学式の日にある。
彼女は当日に遅めのインフルエンザにかかり、4日間ほど学校に来ることができなかった。
コミュニケーション力のない人にとって友達ができない状況を作るには十分すぎる時間だった。
初めて学校に来た金曜日、自分から話しかけることもできないまま初日を終えた。
話し掛けれないだけで話しかけたいとは思っていた。
周りに耳を傾け、常に様子をうかがう。
だから、周りの話声や情報はたくさん入ってきた。
もちろん入学式の日の渡辺姉妹のことも耳に入っていた。
放課後、校門を出る前に遠巻きに指さしながら「ほら、あの二人が入学式の…」と噂されていたのを聞いたのだ。
だから顔も名前も知っていた。
そんな風な誰とも話さない、1人きりの1週間を過ごした。
そして2週目の月曜日の朝、巡川は委員会を決める。
巡川のクラス、3組では委員長がプリントを作成していて、昼休みまでに名前を書いてくれと言うことで教室の掲示板に張られていた。
巡川は誰よりも早くその紙に自分の名前を書く。
人数1人までの環境委員会に。
この時までは巡川はもう、交友関係を諦めていた。
巡川は昼休みに職員室へ、1週間遅れたが、休んでいた時の配布物を取りに行く。
そこで担任に相談室を進められ、わずかな希望を持ったわけだ。
そして現在。
巡川は、手を洗いトイレを出る。
高校生活初めて、何か目的のある放課後に少し気分が高揚していた。
トイレを出るまでは。
「は~い。君、相談室の人と仲いいよね?ちょっといいかな?」
知らない2人に絡まれる。
瞬時に状況を理解した。
そして、そのまま体育館のステージ裏に連れていかれた。
巡川は抵抗できるはずもない。
ステージ裏に到着。
リーダー的女が口を開く。
「いや~ごめんね。ちょっと相談室の人に用があるからさ、しばらく言うこと聞いてもらうから。」
巡川は恐怖で声が出せなかった。
震えながら手を紐で縛られていく。
怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわい。
無意識に声を出すこともなく涙が出ていた。
顔を伏せ、見られないように泣いた。
拘束されてから誰も巡川に話しかけないし、巡川も顔を伏せたまま黙り込む。
しばらくたった後、窓ガラスが割れて人が降ってきた。
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「…ッチ、なかなかタフなやつらだな。どうします?」
愛那と紗那に暴行を加え続けて数分。
一向に根をあげない2人に対して、1人がリーダー的女に言った。
「あ~、じゃあそろそろこの子やっとくか。」
そういって巡川を着き飛ばし、巡川はそのまま倒れこむ。
愛那は顔を上げ、歯を食いしばり、詰め寄ろうとするが踏みつけられて抑えられる。
巡川の髪をつかみ、リーダー的女は言った。
「お前、お前のためにこいつら来てるのに何も言わないなんて、なめすぎだろ?こうなったのはあの2人のせいだってか?私はそういう態度の奴がめちゃ嫌いなんだよ。あの2人のせいなら、お前も鬱憤溜まってんだろ?あいつら殴って来いよ。」
周りの不良が笑う。
髪から手を放して背中を蹴飛ばされた。
「…巡川、思う存分やってくれ、お前は悪くないんだ。」
「私も同じだから。好きにやって。」
愛那と紗那は巡川に言う。
巡川は一瞬二人の顔を見て自分のふがいなさに顔を伏せる。
一歩もそこを動かなかった。
「…おい!早くしろよ!!だんまりしてんじゃねえよ!!」
他校の1人が巡川を煽る。
それにより、ほかの人も煽りに乗り始める。
騒がしくなる空間に巡川の顔つきは徐々に変わっていった。
巡川はコミュニケーション力が低いだけで、基本的な人間の機能は備わっている。
つまり、怒るときは怒るのだ。
「このコミュ障が!いい加減にしろ―」
「うるさい!!!!!!!!!!!!」
野次のセリフを遮り、巡川は精一杯睨みつけて声を絞り出した。
「…あなた達なんか、もう怖くないです。こうなったのは私が弱かったからなんです。ごめんなさい紗那さん、愛那さん。私が―」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!」
リーダー的女は足を振りかぶって蹴ろうとする。
倒れていた愛那の目が変わり叫ぶ。
いや叫びかけた。
窓ガラスが割れてバスケットボールが飛び込んできた。
そこにいる全員が一斉に顔を上げる。
その瞬間、窓から大量の竹刀が降ってきた。
「な、なんだよこれ。」
竹刀だけでなく防具もいくつか降ってくる。
そこそこ高い位置の窓なだけに重力により加速した竹刀と防具は当たればかなり痛い。
全員が手を上げて防ごうとする中、愛那と紗那は違った。
愛那がリーダー的女を蹴り飛ばし、紗那が巡川を抱えて隅に逃げた。
「大丈夫か巡川!!すまん、私達のせいでこんな目に合わせてしまった。」
「いえ、いいんです。私が周りに甘えていたからこうなったんです。私のために、ありがとう…ございます。」
安心して少し泣き出す巡川。
それでも昨日あった時よりも表情がしっかりしていた。
愛那は落ちている竹刀を一つ拾った。
「…ふぅ。サンキューだね竹刀をくれた人。へへ。チョイスも完璧だ。…さて、形勢逆転だね。」
竹刀をリーダー的女に向けて構える。
紗那も竹刀を持ち他の5人に向ける。
愛那と紗那の見立てではリーダー的女以外の5人はあまり強くない。
紗那1人で十分だ。
「形勢逆転?ハッ!笑わせるな!こっちは6人だぜ?それに竹刀って…ふっははははは!!!誰だか知らねぇけど面白いことしてくれるじゃん。おいお前ら誰か外行って今竹刀投げ入れたやつ見つけだしてこい。」
「あ~お言葉ですがリダ女さん。」
紗那が指示を遮る。
ちなみにリダ女はリーダー的女の略。
「リダ…!?誰のこと言ったてめぇ!」
「1人でも減るのは得策じゃないですよ。私をなめない方がいい。もちろん愛那も。」
そう言って紗那は5人を睨みつける。
5人の不良の顔が曇る。
5人からしてみれば紗那と愛那の実力は未知数だ。
「あの…本当に大丈夫なんですか?人数的にはかなり不利な気がするんですけど。それにあのリーダーの人、すごい強そうですよ?」
「あぁ私は大丈夫。それと愛那はああ見えて天才なんだ。1人で余裕だよ。もちろん竹刀を落としてきた人も天才だけどね。」
小さく笑いながら紗那は言う。
巡川は竹刀を投げ込んできた人に見当がついておらず、?マークを掲げる。
「お前こそなめない方がいいぞ橘紗那さん。おい、希望通り5人でやってやれ。竹刀のやろうは探せばわかるだろ。」
リーダー的女は竹刀を取り、愛那に向けて構える。
「で、ここからどうすんだ?この人数相手にチャンバラでもすんのか?」
「いいですね。でもそれより剣道のルールに従ってやりませんか?どちらかが倒れるまでなんてお互い疲れるでしょ?それに、そっちの方が得意なんじゃないですか?金井桃子さん。ですよね?」
ここにきて誰もその名は口にしていなかった。
リーダー的女、金井の顔が曇る。
「…お前、…何を知ってんだ?」
その名は紗那も知らない名だった。
「答え合わせはこの1本の後でしませんか?あなたが勝ったら教えてあげますし仲間にもなりますよ。でも、私が勝ったら、今後私達に何もしてこないでください。」
「ふふっ。何を知ってようが関係ねぇが、知っててそれをするならてめぇ、バカだぜ?それに誰がそんなルールに従うと思う?」
「従わなくてもいいですよ。紗那そっちは任せた。」
「おう、任された。」
紗那は5人に詰め寄る。
その気迫に5人は誰一人として前に出れない。
動き出したのは紗那からだった。
5人が後ろに下がっている隙を見て切り込んだ。
1番左の人の手を叩き、蹴り飛ばして広く囲まれないようにしながら一人ずつ倒していく。
やはりこの5人は喧嘩自体あまりやったことないようだ。
「私は面打ち1本だけします。それ以降はあなたに任せましょう。」
「てめぇ…なめてんならいい加減にしとけよ?分かってんだろ?…まぁいい。私はお前が倒れるまでやるからな。」
そう言って互いににじり寄り竹刀の先が触れ合う。
金井は少しの警戒を持ちながら愛那を睨みつける。
仕掛けたのは金井だった。
鋭い剣先が顔をめがけて突かれる。
かろうじでかわし、距離を離す。
「おいおい、あんなに息巻いてたのにぎりぎりだぜ?とんだ素人だな。」
「はは、やっぱり上手いですね。あと一回でつかめそうです。」
挑発する愛那。
「あぁ?調子に…乗るな!!!!」
声を荒げているが竹刀の動きは冷静に上半身を狙ってきている。
愛那はぎりぎりまで見て、引き付けてかわす。
その行為が金井をまた刺激する。
追い打ちをかけるように竹刀を振るが愛那は全て避けた。
それでも振る。振る。
「なんで、避けれるんだよ?!」
「もうさっきので動き思い出したので。ふっ!」
愛那は金井の竹刀の根元に一太刀入れる。
強烈に力を込めて。
金井の竹刀が手から落ちる。
「…クソッ。お前経験者か!?」
「いや、竹刀を持ったのは初めてですね。」
「ふざっ…ふざけるな!!」
落ちた竹刀を拾い、面打ちの振りかぶりをする金井。
それを超える速さで愛那も面を打った。
渾身の力で。
金井は膝から崩れ落ちた。
「な…んで。」
「答え合わせです金井さん。中学剣道全国大会の個人選手ですよね?ネットに大会の動画が上がってましたよ。去年見たんですけどね。私、一回見たものは大体忘れないんで。金井さんの試合はよく覚えてますよ。まぁ覚えてるのは多分私だけじゃないんですけど。」
一度見た金井の剣道の動きを、愛那は覚えていて、それを2回の行動を見て思い出し、トレースしたのだ。
1年も前に見ていたものを。
この情景に5人と巡川は驚きを隠せない。
口を開けてそれを見つめる。
「…やっぱり、狙ってたのはこれか、愛那。」
「愛那さん…すごい…。」
愛那は笑みで返す。
そして愛那の目論見通り、金井はプライドを完全に砕かれてしまって立ち上がらなかった。
「お前!!」
1人が愛那の方に行こうとするが紗那が竹刀を向け静止する。
金井はふっと笑って言った。
「よく知ってたな。いや、よく覚えてたな、か。…渡辺愛那。強すぎるよお前。元剣道部が言うんだから自信もっていい。」
「ありがとうございます。金井さんの剣道のおかげですよ。」
「冗談じゃないところがまたイラつかせるな。ハハ。…みんなすまん。私の負けだわ。」
完全に得意な競技で、しかも有利であったはずの勝負で金井は負けた。
それは元剣道全国大会出場者の心を折るには十分だった。
その心情ですら作戦に含まれていたのだ。
「な、納得できないですよ金井さん!!うちらのチームがこのままだと…。それだったらうちらはもうチーム抜けますんで。」
他校の1人が言う。
「うちらは」と言っているから、ほかの人も抜ける気なのだが。
「…あぁいいよ。世話になったね。」
他校3人は舌打ちしながら出ていく。
さらに3年2人も一緒に出て行った。
その目はさっきまでの慕っていた目とはまるで違うものだった。
「いいの?友達だったんじゃない?それに何かありそうだけど。」
「もともと変な付き合いからできたやつらだしな。好きにさせるよ。」
面打ちによる頭のダメージを手で押さえながら起き上がる。
1つだけ気になることを聞いて来た。
「結局、竹刀を入れたのは誰なんだ?」
「…あ、私も気になります。」
巡川も小さい声でつぶやく。
紗那と愛那は顔を合わせて小さく笑う。
「あれは愛那と同じくらい天才なやつがやったんだよ。多分全部見越してやったなあれは。」
「私天才なの?!そうだったのか…。」
「あ~愛那は非才だったわ。」
いつもの感じで談笑しだす2人を金井が遮る。
「ちょ、ちょっと待て!見越してって、こうなることを予想してってことか?!この場にいなかったのに?!ちょっと違えば結果は変わってたぞ!?」
確かに正論だ。
少しうまくいかなければ結果は変わっていた。
それでも愛那には絶対的な確信があった。
「そうかもしれないですけど、多分、私達の実力とかを踏まえて1番確率が高いものを選んだんじゃないかな?愛華は…あ、言っちゃった。」
紗那が「あ~あ」と溜息を吐く。
「すごいです…。愛華さん。」
と同時に体育館側の扉が開いて先生が入ってきた。
「コラァ!お前ら何やってる!!…!?窓ガラスも割れてるし…なんだこの剣道道具は!」
舌打ちをする金井、怒られることに怯えだす巡川。
紗那は愛那を見て、その表情から察したのか何も言わない。
「金井先輩に剣道教えてもらってたんですけど、バスケットボール邪魔だったから投げたら窓に当たっちゃって。すみません。」
愛想笑いしながら先生に謝る愛那。
愛那はここにいる全員、金井も含めて場をきれいに収めようとした。
「剣道ってお前…服もめちゃくちゃ汚れてるし…、ガラスが散らばってるぞ!?」
「ガラスは剣道し終わった時に割れたんで。服は防具着るのめんどくさかったから…。」
「…う~ん。まぁとりあえず全員職員室に来なさい。話はそこで聞くから。」
「あ、巡川さんは関係ないですよ!え~と…たまたま環境委員の仕事でガラスの撤去してもらってただけなので!ね!巡川さん!」
「あ、ははははい!私環境委員会です!ほほほんとにほんとに!」
適当に言った委員会が当たっていたことに愛那は驚いた。
「…あ、はい!環境委員会ですので、彼女には撤去の続きをしてもらいましょう!」
「…分かった。じゃあ君はこのまま掃除をして、あとの3人は職員室に来るように。」
愛那と紗那が返事をし、先生は職員室に向かう。
「巡川さんごめんね?掃除よろしく。」
「いいいえいえ!こちらこそありがとうございます!」
「渡辺愛那。私も礼を言うよ。本当のことを言わないでくれて。」
「いえいえ、今度は本当に剣道、教えてくださいね。紗那も一緒に。」
「私は剣道でお前には負けないぞ?愛那。」
「はは。お前ら二人にはすぐ追い抜かれそうだ。それから、もしかしてなんだが、先生が来るのも…?」
「思ってる通りだと思いますよ。表に出てこない当たり多分、間違いなく。」
「お前らには驚かされっぱなしだよ。」
3人は元々友達だったかのように笑いながらステージ裏を出ていく。
戦いの後の友情と言うやつをまじまじと見る巡川。
そして巡川は1人残されて掃除度具を取ってくる。
また1人の時間。
だが、今までとは違って、すがすがしい表情をしていた。