第60話:あと一歩のところで
昼休みの北条の電話を終えた私は相談室へと戻った。
といっても、今日まだ一度も入っていないから久々なのだが。
相談室に入ると、英梨と紗那が既にいた。
「お、よう愛華。遅かったな。どうだ?久々の学校は。」
紗那が揚々と話しかける。
「うん。久々だったし、急にいっぱい話しかけられたりでちょっと疲れたけど、楽しかったよ。こんなのは本当に久しぶりだった。」
本当に、久しぶりだった。
こんなに話しかけられたのも、学校が少し楽しいのも。
「おお!!そうか!よかった!!!」
「愛華さん!!ずるいですよ!!私にもちゃんとお友達は紹介してください!!」
「英梨も頑張らないとなぁ~。」
紗那が英梨の頭をなでながら言う。
英梨もさすがに頬を膨らませる。
「英梨、傷はどう?大丈夫?」
少しは治ってきているけど、何度見ても痛そうだ。
もちろん紗那もだけど。
「全然大丈夫ですよ!私も皆に心配されるとよかったんですけど…。」
英梨の傷に対してクラスの人達は触れるべきか触れないべきかでとても迷っていただろうことが想像できる。
まだ誰も英梨と話していないことだろうから。
「あ、そういえば、今日の放課後、北条さんが集合してって。」
「あ、私達もさっき聞いたぞ。最近の放課後は石丸のやつに任せているから安心して帰れるしな。」
「え、また俺だけ??」
「!?!?」
いきなり後ろにいた石丸。
「おぉおお!!びっくりさせるなよ!!!!殴るぞ!!英梨が!!」
「なっ!!殴りませんよ!!」
「ひっっ。ぼ、暴力には屈しない!!!」
怯えて両手でガードをしながら石丸が言う。
「びっくりしたぁ。委員長、入ったらちゃんと挨拶をしてください。」
「…。」
石丸がじっとわたしを見つめる。
「な、なんですか?」
「やっぱり、なんかこう、前より、柔らかくなったな。周りの人とも話してるとこ初めて見た。」
私が変わろうとしていることを石丸は知らない。
それでも、少しずつでも変わったと見られるなら、とりあえず私はうまくやれているのだろう。
「何だよお前、愛華が元々柔らかくなかったみたいな言い方するな。」
「えぇ!そういうふうにされるの!??」
「そう言ったんだろ。」
「いや、言ってな…、ん?言ったのか??あれ??」
「…紗那に洗脳されてるよ。」
「!?あまり俺で遊ばないで!!!紗那さん!!」
「っていうか愛華、いつまで弁当開かないんだよ。早く食べよ。」
石丸は無視して、紗那が言う。
そういえばここに入って会話に集中しすぎていた。
お昼休みももうあまり時間はない。
その日の昼休みは紗那と石丸の会話と言うか、一方的ないじめのようなものをBGMにご飯を食べて終わった。
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放課後になり、私と紗那と英梨は私の家へと向かった。
最近は英梨に来てもらうのも金銭的に少し申し訳ないが、北条が車を出せるときは出してくれているからか、英梨も気にせずに来てくれる。
そしてわが家へ到着する。
「北条さんからはあれから何もないね。」
「まぁ忙しいこともあるだろ。」
まぁ、待っていたらそのうち来るだろう。
もしかしたら作戦の準備をしているのかもしれないし。
原口も学校が終わり次第来ると言っていた。
「…することないね。」
そうだ。
他の人達から連絡もない以上、いつ来るかもわからない。
外に出るわけにはいかないし、かと言ってやることもない。
「絵しりとりでもしますか??」
「絵しとりかぁ…。」
あまり乗り気になれない。
「一人ずつ候補を出していくってのはどうだ?」
「あ!いいですね!!」
「5分間だけ考えて、一番面白そうだった人の案にしようか。」
「そうしようか。」
私達はこんな当たり前、何でもないことですらかなり貴重な体験なのだ。
こんな友達っぽいこと、学校の放課後に教室でするようなことでさえ、ワクワクしてしまう。
英梨も紗那も、私でさえ、この時間に高揚していた。
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ピンポーン
「お邪魔しまーす。」
原口が来た。
「あ、原口さんこんにちは。」
「お、みんなもういるんですね。…絵しりとりしてるんですか?」
結局、私達は絵しりとりをすることになってしまっていた。
というのも、私と紗那が5分間考えている間に、英梨がずっと絵しりとりがしたいと言っていたせいである。
そんな強い願望をBGMにしていたら嫌でも絵しりとりをしてしまうものだ。
なにより、最中の英梨はとても楽しそうにしていた。
「絵しりとり!!原口さんもしますか??」
「うーーん。またする時に初めからやらせてくださいね。」
「む。分かりました…。」
少し落ち込むが、自分の番であるためか、英梨はすぐに集中して絵を描き始める。
「そういえば、北条さんから連絡がないんだけど、原口さん何か聞いてる?」
「いや、私も話してないですね。何かあったんでしょうか。聞いてみますね。」
「ん?誰に聞くんだ?」
「あ、グループの人です。一応少しは繋がりがあるので。」
原口は北条の作戦のためにグループに潜入のようなことをしている。
必然的に、グループ内の人とつながりを持っているだろう。
「原口さんは何も聞いてないの?作戦の事。北条さんが決定打があるみたいなこと言ってたけど、原口さんの情報からじゃないの??」
同時に、原口はずっと情報収集をしていた。
北条が決定打を見つけたのはこの前原口が言っていた情報が役に立ったからと思ったが。
「いや、私も詳しくは知らないんですよ。情報は北条さんが扱ってる…。」
言い終わる途中で、原口の顔色が変わった。
「…!?えっ!」
「!??どうしたの??」
嫌な予感がする。
「やばいです…。北条さんが…北条さんの計画が、本郷にばれたようです!!!」
「!?!?」
考え得る、いや、考えないようにしていた最悪のケースが起こった。
「ちょっ…。それどういうことだよ!!なんで!」
「分からないですよ!!でも…ばれたってことは…」
確実に、ただで済むはずがない。
それでもかなり本郷とは近しい仲だから、なんて考えても不安しかない。
「現状は、わかる???今どこにいるのかとか。」
「多分、本郷のところにいると思います…。呼び出されているんじゃないかと…。」
「そんな…!はやく、助けに行かないと!!!」
紗那が立ち上がり、おもむろに外へと向かう。
「原口!!!案内してくれ!!」
「私も行きます!!」
英梨も立ち上がり紗那に続こうとする。
「待って紗那!!!まだ、情報が少なすぎる!!今行っても、また危ない目に合うかもしれない!!」
もう、この二人が傷つくのは見たくない。
「でも、早くいかないと!!!」
「…原口さん、今からいうこと、今話してたその相手に聞いてもらえる??」
一刻を争う状態だ。
久しぶりだが、私なら大丈夫。
考えろ。
大丈夫。
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「呼び出された理由は分かるな?叶江。」
「…下の名前で呼ばれるのなんて久々だよ。最近はもう全然話してなかったから、話したくなった??……とかじゃあ、なさそうだね。」
北条は、本郷に呼び出されていた。
「…怒ってるの分かってるだろ?正直、かなりがっかりしたよ。あんたとはずっとやってきたと思ってたのに、一気に裏切られた感じだ。っていうより裏切られたのか?」
「…っ。」
この場に来た時から、大体の想像はできていた。
最悪のケースだろうと。
「かなり大きい組織との取引がある。初めての客だし、莫大な金が動くし、私自身が取引をしなきゃならない。そのデータを盗もうとしてたんだろ。何が目的だ?私を破滅させようとでも思ってたのか??」
本郷は北条の胸ぐらをつかんで言う。
「あんまりふざけたことしてると、殺すぞ。」
「っ!!!」
すごい力に息も止まる。
本郷がつかんだ胸ぐらを投げ捨てるように放した。
「っは!!はぁ…はぁ…っ。」
「裏切者には死より辛いことを。…だが、叶江はずっと一緒にいた仲間だからな。特別だ。」
今度はしゃがんで、北条の髪をつかんで持ち上げる。
「死で許してやるよ。…社会的にな。お前には数日、体を売ってもらう。それから、私がやるはずの取引にも参加してもらう。これで確実にお前は表で生きていけなくなる。破滅なんてさせねぇぞ。おい。」
歯を食いしばりながら、北条は言う。
「…でかくなりすぎたな。本郷。私達は…昔のままでよかったんだ。」
本郷は顔色一つ変えずに北条を殴る。
一発。
二発。
「しばらくはここから出れねぇと思え。相手が決まったら働いてもらう。」
そう言って本郷は部屋を出て鍵をかけた。




