第59話:久々の登校
私の家に皆が来て反省会をしたその次の日。
特に何かあるわけでもなく、私は明日からの久々の登校に備えて準備をしたり、遅れている分の勉強をしたりした。
と言っても勉強は既にほとんどの教科を一周しているから、見直してるだけなのだが。
その日の夜は紗那が来ただけでいつもの日常に戻っていた。
そして次の日。
久々の阿原高校への登校である。
「どうだ愛華。体の調子は。きつかったら休んでもいいんだぞ??」
「いや、大丈夫だよ。ケガしたところは痛いけど、それだけだからね。」
私と紗那は久々に一緒に登校をする。
思えばここ何週間かはずっと紗那は1人で登校していたのだ。
その時が寂しかったのだろうか、今日はとても嬉しそうだ。
「よし!!じゃあ行こうか!」
久々の電車に乗る。
紗那からはずっと学校の話を聞いていたから、委員会で何も起こっていないことも知っている。
私が知らないのは、紗那も知らない私のクラスのことだ。
愛那が亡くなって、私もしばらく休校していて、クラスの人達はどんな風に私達を思うのか。
少しばかりの不安もありながら学校へと向かった。
玄関に着く。
「…一人で大丈夫そうか?」
いつも通り、つまり私がまだ学校に通っていた時のいつも通り私達は学校に早くに到着していた。
他に人はいたりもするが、朝練だったり、普通に登校している人がちらほらいる程度だ。
だから、下駄箱でゆっくりと紗那と話すことができた。
「大丈夫だと思う。…どうだろう。」
元々クラスで話しかけてくる人も、仲のいい人も別にいない。
今更陰でこそこそ言われても大丈夫だろう。
そう思うが、私も少しは変わってしまったのだ。
昔の私に戻りつつある。
そんな中耐えられるかどうかは微妙なところだ。
「何かあったらすぐに言ってくれよ。」
「うん。」
「SHRまだ一緒にいるか?」
「いや、大丈夫だよ。頑張ろうと思う。」
「そうか。じゃあ行ってこい。」
私達は別れてそれぞれの教室へ行った。
ドキドキする。
教室に入ると、どうやら私以外に人はいなかった。
鞄が置いてあったりするのは朝練の人達のだろう。
紗那には見栄を張ったが、さすがに教室で1人待つのは難易度が高い。
「これは…無理だな…。」
私はそのまま入学式の時のようにトイレに隠れることにした。
結局変わり映えのない自分に小さく溜息を吐くが、今回ばかりは許してもらいたい。
鞄も一緒に持って行って私はトイレの個室に逃げ込んだ。
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トイレにいながらも聞こえるくらい、校内が賑わいだした。
賑わいだしたら賑わいだしたで教室に入りづらくなってきた。
こんなことなら最初から教室にいて寝たふりでもしておけばよかった。
時間がたつにつれその賑わいは小さくなっていく。
SHRがもう始まる。
「…よし。」
私はトイレから出て教室の前まで来た。
中からはまだクラスの人達の話声が聞こえる。
意を決して、私は中へと入った。
ガラガラガラ
案の定。
クラスの声はぴたりと止まった。
私を目視したとたん。
「…。」
「…。」
誰しもが一瞬黙って。
ヒソヒソとまた話し出す。
久々に見た私に驚いているのか、それともガーゼだらけのその姿に驚いたのかはさておき。
私はいつものように、何も気に留めないような顔をしながら中へと歩く。
実際に、思い描いた現実を目の当たりにすると、案外大丈夫なようだ。
そのまま席に座って窓の方に顔を向ける。
すぐにドアが開いて佐倉先生が入ってきた。
「ふぁあ~~。お前ら~SHR始めるぞ。」
今日に限って時間丁度に来た。
ヒソヒソされて気まずかった中、なかなかありがたい。
それでもまだ少しはヒソヒソしているのだが。
一瞬佐倉先生がこちらを見る。
ざわつきの元凶を見たのだろう。
だからって、何かしてくれるわけではない。
そう思っていたのだが。
「おい。お前ら。何か珍しいことでもあんのか?」
時間が、ピタッと止まったように教室が静まり返る。
「俺みてぇな奴が言えることじゃないが…俺だからこそ言うぞ。」
珍しく、少し怒り口調で言う。
「他人の不幸なんてどうでもいいと思ってるだろ。大した仲でもない他人ほど尚更だ。そうだろ?当たり前のことだ。俺だってそうだ。他人のために泣いてやったり悲しんでやったりできるような人間じゃないのは俺自身分かっている。…だけどよ、泣かなくてもいいし、親身にもならなくてもいい、ただ、空気を読め。」
佐倉先生らしい態度だ。
あまり、人としては良いことではないだろう。
だけど、今はそれが一番、私を救ってくれた。
「ん、じゃあSHR始めるぞ。」
いつものように簡単に終わり、佐倉先生は教室を出る。
教室内はまだ、重い空気が漂っていた。
「愛華さん、おはよう。傷はどう?」
その空気を破ったのは、石丸だった。
この重い空気の中、授業を受けていく気でいた私は少し驚いた。
「え?…あ、えと、大丈夫だよ。見た目ほどそんなに痛くないから…。」
「!!そっか~~。」
「ありがとう委員長。」
「無事そうでよかった。」
「あ、秋山さん。メッセージ、ありがとうね。」
秋山も来てくれた。
「はいはい。そんなもんでよかったらいくらでもするよ。」
石丸から紗那経由で話は聞いていたが、秋山はかなり猫かぶりを辞めているらしい。
素の状態で過ごしだしている。
もちろん幻滅した男子も多いようだが、そこにさらに好意を持つ男子も増えたようだ。
「あぁ、あと、これ。」
そう言って秋山がノートを渡してきた。
「あんたのノートなんて取ってくれる奴私くらいだと思ったから。ほら。」
私が休んでいた分の授業ノートだった。
「えぇ!?あ、ありがとう。」
嬉しいけど、こんなに尽くしてもらって逆に怖い。
「えぇ!?!秋山さんもノート取ってたんですか!?」
石丸もノートを持ち出してそう言った。
「はぁ??何で男のあんたがノート取るんだよ。」
「俺も愛華さんのノートは誰も取らないと思って…。」
さっきから私には誰もノートを取らないことを前提に話が進んでいる。
まぁ確かにその通りなのだが。
「ふふ。2人ともありがとう。」
「…。」
「…。」
「え?なに??」
二人とも私の顔を見つめる。
「愛華さんて、案外話しやすいんだね。」
石丸と秋山の間を縫って、一人の女子が話しかけてきた。
もちろん、名前は分からない…。
「あ、えと、ありがとう…ございます…。」
「ほんとほんと、ちょっと怖かったのにね。案外話しかけてほしかった系?」
みるみると、いろんな人から話しかけられる。
「あ、あの…ええと…。」
唐突の状況にてんてこ舞いだ。
今までのことが嘘のように、私に話しかけてくれる人が増えた。
石丸と、秋山のおかげだ。
いや、それから紗那と英梨と…。
もちろん愛那も。
「は~い、皆さん席についてくださ~い。」
1限の先生が教室に来た。
正直、転校生に話しかけられるくらいの量の会話をした気がする。
と言っても大したことは言えてないのだが。
終始相槌を打つことが精いっぱいだった。
でも、とりあえずは不安もなくなった。
後は、皆の名前を覚えていかなくてはならないくらいだ。
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4限まで授業をして、昼休み。
さすがに今朝の様に話しかけてくる人はいないが、それでも休憩中トイレに誘われたりはした。
断ることもできない私は全部の誘いに乗ってしまったけど。
トイレに良くいく人と認定されなければいいが。
そして今は相談室に向かっている。
その道中。
「おい。渡辺愛華。」
後ろから声をかけてきたのは佐倉先生だった。
「時間あるだろ?ちょっと外まで付き合えよ。」
「えぇ。なんですか?暇っていえば暇ですけど。」
「だったらいいだろ。ほら。」
特に急ぐ用事もなく、私は外へと向かう。
あまり人のいない、スペースに来て、ベンチに腰掛けた。
「ふ~~。…いや、まぁ、朝は悪かったな。変なこと言っちまって。」
どうやら、朝のことを少し気にしていたらしい。
私にとってはいい言葉だったが、本人はしっくりきてなかったのだろう。
「まぁ、いいですよ。先生らしかったですし。」
「…そうか。」
「…先生は泣きましたか?」
一応、聞いておきたかった。
「…泣いたよ。娘とわかってからになるけどな。亡くなったことより、今まで何もできなかったことにな。」
「…。」
やはりこの人も人間なのだ。
ちゃんと、私達の父親なのだ。
「まぁ、今更父親面なんかしねぇよ。渡辺愛那にも、お前にも。」
この人は面倒くさがりで、酷く落胆するところもあるけど、きっと不器用なのだろう。
「…母さんとは最近会ってるんでしょ??」
「ぐっ!!ゴホッゴホッ!!お前、聞いてたのか??」
「あはは。ちょっとだけね。まあ、すぐにとは言わないけど、少しずつ父親だって思うようにするよ。」
「お、おお。そうか。」
嬉しそうな、照れているような。
そんな顔をする。
「いつかまた、ちゃんと飯でも行こうか。」
「そんなセリフここで言ってたら誰が聞いてるか分からないよ?」
「かわいくねぇなぁ。まぁいい。話はこんだけだよ。あ、学校での俺のことは母親にはあまり言うんじゃねぇぞ。」
やっぱり駄目な人間だった。
「ほどほどに言っておくね。」
聞こえないくらいの声で私は言った。
佐倉先生も気づいていないようだ。
そのまま佐倉先生とは別々に戻ることになった。
プルルルルル
私のスマホから着信音が鳴り出した。
相手は北条からだった。
「もしもし。北条さん?」
『愛華。久々の学校どうだったかを聞きたいところなんだけど、早速、完璧な作戦が整った。今日の夕方、そっちに行くから余り遅くならないようにして。』
「完璧な作戦ですか!?」
『完璧ってのは言いすぎたかもしれないけど、おおよそ完璧だ。かなりの大組織と取引をする日時と場所が絞れたんだよ。さすがにそんな組織相手にすると本郷自身が動いてくれるはず。詳しくはまた話すよ。』
「分かりました。また夕方お願いします。」
物語は終盤へと動く。




