第56話:愛華
夢を見ている。
そう思ったのだ。
私の意思とは別に、体が動いている。
じわりと痛みや感触が広がるが、それに対して何かをすることもできない。
だから、これはきっと夢なんだと思った。
目の前の、私をさっきまで攻撃していた人の映像を見ながら、私は何もできない。
映画を見ているような、そんな感覚の中にいた。
「よく見ててね。」
「!?!?」
声が聞こえた。
感覚的には後ろから。
だが、振り返ってもそこには誰もいない。
もちろん上下左右を見ても暗闇の中だ。
「…愛那!!」
私は確かにそう声に出したつもりだったけど、それが声となっていたかどうかは感じられなかった。
ふわふわと、夢を漂っている。
「愛華なら同じようにできるよ。よく見てて。」
よく見る。
目の前に広がる映像を。
相手の動き、息遣い、癖、果ては表情までも。
不思議と私は、意思に関係なく動いてるその体の感覚までも感じ取れていた。
自身の筋肉の動き、心臓の音、呼吸、目線。
夢だからか、これが一体何なのかを考えようともせずに。
そうして、目の前の疲れ果てた女を倒した後、その映像はスッとフェードアウトした。
「またね。愛華。」
夢の中だから変な表現ではあるが、私はそのまま意識が遠のいた。
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「………はっ!!!!!!」
飛び起きたのは自宅のベットの上だった。
一歩遅れて、殴られたとこの痛みが広がる。
だが、耐えられないほどではない。
「…みんな?」
私はすぐに日付を確認する。
日付は翌日の午前10時だった。
「…!!紗那、英梨!!」
記憶を辿る最中で、紗那と英梨が負けたことを真っ先に思い出す。
机の上にあるスマホを取る。
と、そこに置手紙のようなものがあるのに気付いた。
『愛華
覚えてないかもしれないからここに書いておく。
紗那も英梨も無事に帰ることはできた。
今日は二人ともそのまま学校に行っているから、愛華は家でおとなしくしておくように。
夕方には北条と原口も来てくれるからその時の昨日の話をするから。
とりあえずは、ゆっくり休んでくれ。
紗那』
紗那からの置手紙だった。
私が混乱しないようにと計らってくれたのだろう。
かなりありがたい。
私は紗那、英梨、北条と原口に目が覚めたことをメッセージで送る。
私はまだ自宅療養中だからいまから学校に行くこともない。
しばらくは昨日の記憶を思い出すことに専念しよう。
プルルルル
と、すぐに北条から電話がかかってきた。
「もしもし」
『あぁ。愛華。目が覚めたようだね。気分はどう?』
「いえ…、体が少し痛みますが、大丈夫です。北条さんも、大丈夫でしたか?」
『そうかそうか。まぁよかったよ。私の方は全然これと言った苦労もなかったかな。愛華、昨日のことは覚えているかい?』
「それが、まだ少しごちゃごちゃしてると言いますか…。」
『無理しない程度で思い出すといい。夕方にまた行くから、それまではゆっくりしておくことだね。それじゃあ仕事に戻るから。』
「すみません。わざわざありがとうございます。また後でです。」
それで電話が切れた。
プルルルル
またも電話がなる。
「もしもし」
『もしもし!!愛華さん!気分はどうですか!???』
原口からの電話だった。
「原口さん。体が痛むくらいで全然大丈夫だよ。わざわざありがとう。…っていうか授業は??」
『授業なんてトイレに行くって言って抜けてきましたよ!!はぁ~~よかったぁ。私が昨日見た時はかなり怪我がひどく見えたから心配でしたよ!!』
「授業抜けてきたの!?ごめん。そこまでしなくてもよかったのに…。」
『いやいや、しますよ~~。昨日のことはどうですか?覚えていますか??』
「ん?まだあんまり思い出せてないかな。今かrあじっくり思い出していくつもり。」
『そうですか!まぁ、とりあえずは、学校終わったら愛華さん家に行くので、夕方また話しましょう!!今はゆっくりしててください!!』
「うん、うん。ありがとう!またあとでね。」
『はい!!それでは~。』
それで電話が切れた。
まさか授業を抜けてまで電話をしてくれるとは。
嬉しいことではあるがちょっと申し訳ない。
だが、私は何となくわかっていた。
こういうことでまっさきに授業をさぼる人のことを。
プルルルル
やはり電話が鳴る。
『愛華!!!目が覚めたか!!!くそ、なんでなかなか電話がつながらなかったんだ?』
紗那からの電話だ。
「紗那…。授業は??」
『授業なんて抜けてきたわ!!ってか電話がすぐ切れる現象が何度も起こったんだけど。』
「さっきまで北条さんと原口さんから電話が来てたからだと思う…。」
『なっ…。私が最初じゃなかったのか…。』
そんなことで落ち込まれても。
『調子はどうだ?大丈夫か?』
「うん。体が痛いくらいだけど全然良いよ。」
『そうかそうか。よかったよ。昨日のことは覚えているのか?』
「いや、まだうまく思い出せてないんだ。」
やたらとみんな、このことを聞いてくるな。
「…昨日何かあったの??皆聞いてくるんだけど。」
『ん?いやいや。大したことじゃないんだ。また帰ったら話そう。それより、とりあえず何もなくてよかった。』
「ありがとう紗那。っていうか紗那も英梨もケガとかは大丈夫なの?」
あまり記憶はないが、負けたということは覚えているから、その分ケガがあるはずだ。
『あぁ、私達は全然大丈夫だったんだがな。顔とか見えるところに少しだけ傷が残ってるから後で先生に呼び出しされてる。めんどくさい…。』
「そっかそっか。変に処罰とかされないといいんだけどね。」
『そこは多分大丈夫だと思うんだけどな。まぁその話も…。』
電話の向こうから戸が開く音が聞こえる。
多分紗那がいるトイレに誰か入ってきたのだろう。
『あ!!紗那さんもいるんですね!!』
どうやらそれは英梨の声だった。
『お、英梨も抜けてきたのか?』
『はい、結構…勇気出して抜けてきました…。』
すごい頑張ったんだろうな。
『あ、もう愛華さんと話してますか!?愛華さん!!どうですか??お加減は!』
「うん。全然だいじょうぶだよ~。ありがとう英梨。」
『良かったです!!』
「英梨も今から呼び出しがあるんだってね。紗那から聞いたよ。」
『あ、そうなんですよ。まぁ、先生とならまだ話せるので楽なんですけどね…。なんて言い訳すれば…。』
『そこは私に合わせてくれればいいから大丈夫だって。』
「二人とも頑張ってね。あと、授業はちゃんと出て。」
『授業なんか気にしなくてもいいだろ~。そんなことより…。』
また電話の向こうから戸が開く音が聞こえる。
今度は普通にトイレに来た生徒か?
『橘さん。トイレって言ってたけどほんとに大丈夫ですか??傷が痛むとかじゃ…。橘さん!!!??!?何してるんですか!!!!!』
どうやら、先生だったらしい。
『うわっやべっ。それじゃあまたな!!』
それで電話が切れた。
まぁ、しょうがないことだ。
よく考えれば、私が北条と話してた時からトイレにいたとしたら結構な時間授業を抜けたことになる。
それは確かに心配されるだろう。
英梨まで怒られていないといいけど…。
紗那からメッセージが来る。
『個室に入っておけばよかった…。』と。
私は少し笑って、ベットから起き上がる。
なにぶん目が覚めてからすぐの出来事だったから、しばらくベットから動けなかったのだ。
顔を洗い、ご飯を食べる。
電話で気になった、私は昨日の出来事を少しずつ思い出していこうと思った。
分かるところから紙に書きだす。
紗那と英梨が負けて。
アジトに私と北条と言って。
そのあと…。
私は、すこしずつ、昨日のことを思い出していく。
奇妙な夢の内容も踏まえて。
思い出していく。




