第54話:再愛
「うぅ…。」
「…英梨。」
気絶していた英梨が目を覚ます。
英梨はあの後、大勢の人に殴る蹴るをされ、気を失っていた。
紗那はなんとか持ちこたえたが、抵抗するほどの気力は残っていなかった。
もちろん衣服はボロボロに汚れ、マスクも奪われていた。
二人はどうやら、別の建物の中に移動させられていた。
あれから、約30分くらい経った。
暗がりの部屋に、手足を縛られて床に転がる二人。
「…意識ははっきりしてきたか?」
「…はい。すみません、何も…できなくて。…はっ。」
英梨が紗那の顔を見て驚く。
酷く、アザができた顔に。
「…紗那さん…。すみません。」
とても悔しそうな顔をしながら、涙をためて言う英梨。
「これくらい…全然大丈夫だしすぐ治るさ。…私こそごめん。英梨もひどいケガだ。」
もちろん、英梨も酷いケガのありさまだ。
「くっ。これさえほどくことができれば。」
紗那が縛られている手を動かす。
「紗那さん、こっち。私がほどきます!」
英梨が紗那に背を向け、縛られている手を伸ばす。
紗那も背を向けて英梨に近づき、縛られている部分を英梨の手へと渡す。
「…っ!…うっ。」
やはりそう簡単にほどけるものではなかった。
「目が覚めたみたいだね。」
二人を負かした女がそこに立っていた。
「自己紹介をしようか。私は北原って名前だ。まぁ覚えてもらわなくてもいいが。今ここには私しかいないから、身構える必要はない。」
そう言いながら紗那を蹴飛ばし、英梨との距離を離した。
紗那も英梨も、北原を睨みつける。
「これだけ傷ついても、その威勢か。やっぱり、腐らすにはもったいないな。気に入った。お前らはこれから私の下についてもらう。言っておくが、敗者に拒否権はないからな?」
そう言いながら、少し高そうな黒いソファに座る。
「それで、当分は雑用をやってもらうつもりだ。傷が癒えたら抗争に参加してもらう。私等もかなり大きくはなったが、対立するとこはあるからな。それで…。」
「おい。」
紗那が北原のセリフを遮る。
「…あ?」
「さっきから、何言ってんだ。拒否権はないだと?私達はまだ負けてない。あんたのあの一撃では、私はまだ、伸びてない。あんたには負けてない。」
「…屁理屈言ってんじゃねぇぞ。現にお前ら、ここで倒れてるじゃねぇか。」
「それは、あんたじゃなくて他のその他大勢がやったからだろ。あんたには負けてねぇって言ってんだ。」
負けじと英梨も言う。
「そうです。私達はまだ、あなたと戦えました!!」
「…威勢だけのガキがよぉ。」
今にもブチ切れそうになる北原。
そこに紗那が追い打ちをかける。
紗那も、切れているのだ。
「それとも、あのままやったら負けてたか???」
一気に北原の顔色が変わる。
「死にたいようだなぁ!!!死ねやぁ!!!!」
ドゴッッッッ
北原が紗那の腹を思いっきり蹴る。
「かはぁっっ!!」
「紗那さん!!」
英梨が這いずりながら近寄る。
「…っち。こんなことで無駄な事させんな。変に煽ってきやがって。…何か策があったんだろうが、てめぇの煽りにはこれ以上乗らねぇ。また後で来る。おとなしくしてろ。」
「…っっ!!」
英梨が北原を睨む。
北原は舌打ちをしてその部屋から出ていった。
「…紗那さん大丈夫ですか?!?!」
「あぁ…。ちょっと…痛いけど…。」
笑いながら言う紗那。
「それで、策って何だったんですか?私は全然わからなかったんですけど。」
「ん?策なんかなかったよ。愛華達みたいに頭は回んねぇからな。…普通に、あいつにむかついただけだ。」
「ええ!?!?だったらおとなしくしててくださいよ!!痛い目にあってほしくないですもん!!!!」
「ははは。すまんすまん。」
「…私達、どうなるんですかね。」
「北条と愛華が策を立ててくれると思うんだが。…あぁ、愛華が来るようなことはしてほしくないなぁ。」
顔を曇らせる紗那。
「そうですね…。愛華さんに、こんな目にはあってほしくないです。」
「あぁ。…でも。…うん。愛華も…。」
バタンとドアが開く。
「頭は冷めたか?てめぇらはもう承諾するしかねぇんだから。これ以上だるいこと言うなら、熱くするしかねぇな。」
そういって、北原は手に湯気の立つやかんを持ってきていた。
「一言一言、考えてしゃべれよ。声が出なくなる前にな。」
そのまま北原はソファに座る。
「もう一回言うぞ。おまえら…。」
バン!!!!!!!
扉が思いっきり開く。
「!!?!?」
一同が驚く。
「愛…那??」
「紗那と英梨を…取り返しに来た!!!!!」
その入ってきた女は震えながらそう言った。
白い特攻服と、マスクをつけ、前髪を下ろし、入ってきた。
紗那も英梨も、重い顔をしながら同じことを思う。
愛華、どうして来たんだ。
*****************************
私は北条の車に乗って、ようやくアジトと呼ばれる近くまで来た。
その間に作戦を考えては北条に話、だめだしをされてはまた考えるを繰り返した。
そしてつく頃に決まった最終的な案はこうだ。
「じゃあ私がアジトに入って、周りの奴らを引き付けておく。これでも顔が利くから、なるべく大人数は集められるだろう。愛華はなるべく早く二人を助けるように。万が一、北原に出会ったら戦うな。…といってもどうしようもないからな…。とにかく見つかったら逃げろ。いいな??二人を救出したらすぐ逃げるぞ。」
「了解です!!」
「それとこれ…。ほら。」
北条は愛華に白い特攻服とマスクを渡す。
「これは愛那の分だ。愛華には貸すだけだから、汚すなよ。」
「分かってます。」
「それじゃあ、私から行く。まずは人をはけさせてからだからな。タイミングは連絡する。」
そういって北条はアジトの中へと入っていった。
私は車の外で目立たないように待機する。
「あ、北条さんお疲れさまです。」
「うん。今日はごめんね。集まってもらって。勝ったらしいから、祝杯をあげようと思う。」
「え!?まじっすか!?やったぁ!!!」
「うんうん。だからなるべく皆集めれる?北原はどこにいんの?」
「北原さんは今、今日の2人に焼き入れてるとこっす。一人でやるって言ってたんで、今どんな感じかは知らないんすけどね。」
北原だけが紗那達の相手をしていることにひとまず安心する。
これで愛華が出会ったとしても北原だけになる。
「よし、じゃあ北原は終わった後に呼ぶとして、皆集めてくれないか?3階の大部屋に集合ってことで。あ、ちなみに、どこの部屋にその二人はいるんだ?」
「あぁ、1階の部屋にいますよ。一応立ち入り禁止ってことになってますけど、北条さんなら行ってもいいんじゃないですか?」
「いや、いいよ。北原だけに任せよう。」
北条がここで行ったとして、北原の行動にどんな顔をしてしまうか分からない。
北条は北条のできることをする。
「じゃあ、皆集めてきますね。」
それからはすぐに人が集まり出した。
ものの数分だ。
北条はここで愛華に連絡した。
愛華が待って数分後、北条から連絡がきた。
『この中にいるほとんどは私が引き付けといた。祝杯あげることにしてるから、少々は騒がしくしても大丈夫だろう。紗那たちは一階の一番奥の部屋にいるらしい。頑張れ。』
私はスマホを閉じ、ほっぺたをたたく。
「ふぅ~…。よし!!行こう!!!」
私はマスクをして、上から特攻服を着て、中に入った。
******************************
ドアを開けて高らかに声を上げた。
少し、いやかなり、怖くて声は震えていたが、当時の愛那の様に見られれば幸いだが。
「…その服。お前、あの時の…。いや、違うな。はっきりとわかる。」
一瞬で見破られた。
「な…。」
私は、言いながらその女、北原の足元を見る。
分かってはいたが、紗那と英梨がそこに横たわっていた。
あぁ、あれだけ、感情的にならないって決めたのに。
こんな二人を見てしまったら、こんなボロボロの二人を見てしまったら、こんな気持ちになるのは当たり前だ。
「何言ってんだ。私が相手してやるって言ってんだよ!!つべこべ言わずに、かかってこい!!」
ちゃんと震えないように言った。
私は、怒っているのだ。
「…お前らの友達はこんな威勢だけの奴ばっかりなんだな。分かった。殺してやるよ!!!」
「愛華!!逃げろ!!!」
「!!!!」
私は、当初の計画通り、逃げる。
つもりだった。
飛び掛かってくる北原。
「私は…逃げない!!!」
私は、寸前で、北原を避ける。
「!?!?」
私も愛那と同じ血が流れているのだ。
私にだって、できるはず!!
私はその避けた勢いのまま二人に飛び掛かる。
かなりの怒りを持つが、それでもまずは、二人を助けるところからだ。
私は英梨の手と足の縄を持ってきていた果物ナイフで切る。
「よし、あとは紗那…!?!?!」
もう、北原が迫っていた。
後ろからの蹴りを、またぎりぎりでかわす。
だが、それに続く北原の掴み技を逃れることは出来なかった。
私はそのまま部屋の隅へと飛ばされる。
「がはっ!!」
英梨の縄は切ったが、それを解くほどの時間はなかった。
そのまま英梨は腹をけられて背中を踏みつけられる。
「くふっっ!!」
「ふ~。やっぱり威勢だけだな。」
もう一発英梨の腹を蹴る。
「げほっっ!!!」
「英梨!!!!!てめぇ!!!こっちにやれよおい!!」
叫ぶ紗那。
うずくまる英梨をほっといて北原は私のところへと来る。
英梨も蹴られている。
私はとうに、逃げる選択肢なんて捨てていた。
息を大きく吐いて立ち上がる。
思い出せ、愛那が昔見せてくれた動画の中に、格闘技の物があったはずだ。
わたしも、できるはずなんだ。
「おらぁ!!!」
北原は一気に間合いを詰めて、左手で私の服をつかみ、右手のストレートをかましてくる。
よく見ろ。
しっかり見て捉えろ。
パァン!!!!
私は左手で北原の右ストレートを受けた。
受けきった。
それでもかなり痛いが耐えた。
私はそのまま、間髪入れずに蹴りを入れる。
「うっっ。」
入った。
だが、こんなもんではもちろん、相手はひるみもしない。
「…そんだけかよおらぁ!!!!」
私はその一撃以上のことはできなかった。
きっと喧嘩ができる人はここから怒涛と攻めれるのだろう。
私にはそんなことできなかった。
腹を殴られ、蹴られ、私はその場に倒れこんだ。
つけていたマスクも取れてしまうほどに。
「やめろ!!!そいつに…手を出すな!!!!!!」
「そう…です!!私はもう、戦えますよ!!」
英梨がふらふらになりながら立ち上がる。
何とか紐を解いたようだ。
弱弱しく、構える。
紗那は愛華が落としたナイフを取り、急ぎ自分の紐を切ろうとする。
「そんなふらふらで、無理してんじゃねぇぞ。」
そう言いながら愛華を蹴る。
英梨は相手にしていない。
「おい!!!こっちにこいお前!!!私ももう立ち上がるぞ!!!」
紗那は少し腕を傷つけながらも、腕の紐を解いた。
そのまま足の紐を切る。
そして立ち上がった。
「紗那、英梨。いいから逃げて!!私よりあなた達の方が今は危ない!!!」
私は二人を確認して、北原の足にしがみついて言う。
「愛華!!私達は大丈夫だ!!まだ動ける!!それに今度は負けねぇ!!」
「あぁ!?!?そんなボロボロで、てめぇらの茶番に付き合ってるほど私も暇じゃないんだよ!!」
「こいよ雑魚が!!!今度こそ倒す!!!」
「それとも、怖いですか???弱いから。」
北原の顔つきが変わる。
北原は私が抑えている足で私を蹴り上げて放す。
「っ!!!!!」
「ぐは!!!!」
やはり、今の状態では誰も勝てない。
紗那も英梨も蹴り飛ばされた。
「紗那ぁ…英梨ぃ…。」
私は涙を浮かべながら、何もできない自分を呪う。
ダメだ。
目の前で、私のせいで、二人が傷ついていく。
紗那も英梨も口パクで『逃げて』と言う。
「…めて…。」
もう声も出すのもつらい。
それでも、私は二人の様に、立ち上がろうとする。
「お…願い…。や…めて。」
紗那も英梨も、酷くいたぶられる。
私はその光景を見て、悔しくて泣いてしまう。
「やめて…!!」
拳を強く握る。
自分の力で血が出るほどに。
怒りでどうにかなりそうだ。
心臓が鳴る。
痛いほど鳴る。
強く強く。
愛那の心臓が鳴った。
ドクン!!!!!!
「…やめろって言ってんだろ。」
はっきりと、良く通る声が聞こえた。
この場にいる、すべてを呑み込むような、そんな声が。
「…え??」
「…愛…那?」
紗那がそう言った。




