第4話:相談室と初相談者
相談室に到着し鍵を開けて中に入る。
阿原高校は二つの棟、一般棟と部活棟に分かれており、それぞれの棟が向かい合わせに並んでいる。
南から北に向かってグランド、一般棟、部活棟、そして東の位置に体育館がある。
相談室は一般棟の1階のグランド側にある。
中の広さは一般的な教室半分くらいで、真ん中にそこそこ高そうな2つの大きめのソファーが、そこそこ高そうなテーブルをはさんで向かい合わせに置いてある。
窓辺の棚にはポットと粉のコーヒーや紅茶の茶葉があって紙コップが山積みになっている。
そこに下りている白いブラインドから夕日の日差しが隙間から漏れている。
あまり広くない部屋だが置いてあるものも少ないし二人だけということもあって、もったいないくらい広く感じてしまう。
今日の放課後からほぼ毎日ここに通わなければならないのだ。
環境的には十分に良いが、あとは活動がどうなるかだ。
「パット見結構いい感じじゃん!結構当たりの委員会なんじゃないかな?」
「当たりの委員会にあんなにやる気のない人が集まるなんておかしいと思うけどね。それでもこのソファーとかかなり高そうで…うわぁぁあ!」
「えぇぇえええ何!?!?」
ソファーに近づいて触ろうとすると、そこで人が寝ていたことに気付く。
愛那も驚いていたが、どっちかと言うと私の叫び声に驚いていた。
私の声で起きたその人はあくびをしながら起き上がった。
「ふわぁあぁ。…なんだお前らかうるせぇなぁ。そういえば二人で生徒委員になったんだっけ?」
その人は私達の担任の佐倉先生だった。
この人を最初に見るときは必ず寝起きな気がする。
と言うかなんでここで寝ているんだ?
しかも鍵をかけて。
いやな予感がする。
「あ、俺、生徒委員の担当だから。これからよろしくな。」
まさかと思ったが予感的中だ。
通りでやる気のない人が多いわけだ。
類は友を呼ぶと言うか…、この先生にしてあの委員長あり。
教師やめればいいのに。
「なんだ~、おっさんが担当なんだ。ここじゃなくて職員室で寝てろよ~。」
「誰がおっさんだこら。職員室で寝るような教師は速攻クビだぜお前。ここなら誰も来ねぇし生徒しか開けられねぇからな。へへ。」
「まいったまいった」みたいな感じで頭を掻きながら照れ笑いをする。
今のところこの人の評価は永遠0なのだが(マイナスを考えると面倒だから0以上の範囲)だからと言って他の人と接し方を変えたりはしない。
そもそもそんな評価をしたところで関わらない。
ちなみに佐倉先生は数学担当で授業では基礎をだらだらしゃべった後、進んだ範囲の問題をやらせてそのまま答え合わせをするでもなく解き終わるかチャイムが鳴ったら終わる。
佐倉先生は「分からなかったら来てね」というスタイルで、誰も来ない間は椅子に座って寝ている。
こんな教師は評価しづらいのではないだろうか。
少なくとも私はできない。
「私らここ使うからおっさんは出てって!相談者が来たら邪魔になるから!ね、愛華!」
「私は別に、どうせ相談者なんて来ないだろうし。でも強いて言うなら邪魔かな。」
「相談者はくるって!!」
「あ~うるせぇ!お前ら教師を敬えないのか!?そんなに言うなら意地でも居座ってやる!…と言いたいとこだが会議もう始まってるわ。お前ら後はちゃんとやれよ。鍵は持って帰っていいけど失くしたら鍵代払ってもらうからな。」
淡々としゃべって相談室を出ていく佐倉先生。
会議は始まっているはずなのに、最後まで焦る素振りはなかった。
さらに、遅れているのに走ることはせず、歩いて向かっている。
教師をやめた方がいい。
「よーっし。やっと始まったって感じになったね!とりあえず紅茶作ろう。」
伸びをしてポットに水を入れるため水道へ行く愛那。
私はソファーに浅く座り、その質感を堪能する。
ふわっふわだった。
「このソファーすっごい気持ちいけど、なんでこんな部屋に置いてるんだろう。」
確かにこの上なら寝たくなる佐倉先生の気持ちもわかる。
だからと言って寝てはいけないけど。
水を入れた愛那が帰ってきて、コップの用意をする。
「愛華は紅茶でよかった?私は紅茶にするけど。えーっと…アール、グレイだって。」
普段から紅茶なんてお互い飲まないから名前くらいは知っているものの、味はわからない。
私も同じものを頼み、愛那もお湯が沸くのを、私の向かいのソファーに座って待つ。
よく考えれば、家でも教室でも放課後も一緒に愛那と過ごすことになっている。
姉妹だから互いに気を使わないし、会話が途切れてても気にならないから楽だ。
暇だったので宿題でもしようとカバンからノートを出した。
愛那はケータイをいじりながら、ソファーに寝転んでだらだらする。
しばらくするとお湯が沸き、今度は私がコップにお湯を注いでテーブルに置いた。
愛那は起き上がって飲む前に一息ついて言う。
「なんか…家だね、これ。」
「うん、どうせなら帰りたい。」
「相談者来ないかなぁほんと。放課後が家と一緒なんて私やだなぁ。」
そう言ってお互いに初めてのアールグレイを飲む。
香りはすごく強く、入れた時から部屋全体に広がっていた。
コップを鼻先までもっていくともちろんその香りは強くなる。
「うへっ。何だろうこの味。んん~~。なんか…う~~ん。」
「なんか…よくわかんないけど濃いね。ミルクが欲しい。」
「冷蔵庫があったらなぁ。」
他愛ない会話をしながら私は宿題をし始め、愛那はまたケータイをいじりだした。
初めての紅茶と静かな教室に少しだけ響くグラウンドの運動部の掛け声。
夕日の射し方もブラインドによってきれいなラインをいくつも描いている。
宿題をしながら少しうとうとしだした時、教室にノックの音が響いた。
「あ、あああああのあの、し失礼します!そそ相談室って聞いて来たんですけど、今大丈夫ですか!?」
見るからに、聞くからに、ドギマギした子がやってきた。
顔を真っ赤にして。
「おおお!相談者だぁぁ!!座って座って!大丈夫だよ!!」
一気にテンションが上がる愛那。
一気にテンションが下がる私。
愛那が座っていた方のソファーを空け、そこに通そうとする。
来て欲しくはなかったが委員会だから来てしまった以上は仕方がない。
私は新しく紙コップを出しに立ち上がりコップの準備をする。
するとおびえるような悲鳴がドアの方から聞こえた。
「っひぃぃいいいいいい!!!!わ、わわ渡辺さん!?あ、、あああ、あの3年の不良を2人で病院送りにした!?ひあぁあ、…ダメだ。」
私達を交互に指さしながら、そう言ってその初相談者はその場に静かに倒れた。
それはそれは静かに倒れた。
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名前も知らないその人を、私と愛那はソファーに寝かせて数分経過した。
愛那は思いのほかショックを受けている。
「あぁ…病院送りまではしてないのになぁ…。大体、いきなり絡んできたあっちが悪いでしょ!紗那も私も手は出さないつもりだったのに向こうから来るから。あぁ~、別に私は不良じゃないのになぁ。」
「しょうがないよ。私だって紗那の代わりに勘違いされて不良だと思われてるんだから。」
今出てきた「紗那」という人物は、私が愛那以外で話せる唯一の人だ。
この人物については後に語るとして。
入学式の日に愛那が3年に絡まれている場面を目撃されているのは既に言ったことだが、その時に一緒にいた紗那を、どうやら目撃者は後に見た私と勘違いしてしまったらしく、噂が広まっているのだ。
「っていうか結局手は出したの!?」
「だ、出してな…いことはないけど…。いなして背負い投げしたら先生が来たから…それだけだよ!!やっぱりそれで不良だと思われてるのかなぁ。なんか3年の不良はそこそこ、この地域で有名らしいし。やっぱりそれで友達ができないのかぁ…。」
「…はぁ。まぁ、まだ2週間しかたってないんだから、そのうち愛那の魅力が分かって友達になりたがる人も出てくるよ、きっと。」
愛那は周りに避けられていることを結構気にしていたようだ。
かなり遠くの学校と言うわけじゃないから中学時代の愛那の噂が確実にないとは言い切れない。
その噂に加えての入学式だから、かなり致命的なのだろう。
「ん、んん…。」
相談者が目を覚ました。
まだ夢の中のような顔をしながら起き上がり、目をこすりながら言った。
「ここは…保健室?私何してたんだっけ。確か数学の問題を当てられてそれから…。」
全くかすりもしない発言をしている。
数学って佐倉先生なら当てたりしないから中学時代まで記憶が遡ってしまっているのか?
よほどビックリしたんだなぁ。
「あ…ひっ!!ごめんなさい私…!!いぃぃ!」
「待って!倒れないで!!ほら、本当は怖くないから!大丈夫、私達は何もしないよ!」
私たちを見て状況を判断したのかまた倒れそうになる。
ますますテンションが下がる愛那に代わって私が必死になだめる。
とにかく私は早くこの相談を終えたくて仕方がない。
数分後、ようやく落ち着いた相談者は大きく深呼吸をしてから小さく謝ると自己紹介を始めた。
「…私、巡川英梨と言います。1年3組です。今日はあの、相談があってきたんですけど。私、友達が一人もいなくて、友達の作り方を教えてほしくて…。あわよくば作ってほしいなって。」
思わず「え?」と言う顔をしてしまい巡川は「ひぃっ」と驚く。
怖い顔をしたつもりはないがそういう風に見えたのだろうか、速攻でなだめた。
しかし私は友達を作らない方法しか知らないし、愛那に至っては友達ができない。
私達が相談室にいた時点でお察し、大した役には立ちそうにない。
いや、たとえ委員長の紅がいたところで何もできないんじゃないか?
っていうか相談をどういう風に聞くんだ?
「ごめんなさい巡川さん、私達も交友関係は全くなくて、全然力になれそうにない。悪いけど先生に相談してみるのは…。」
我ながら上手い言い訳をしたなと思いながら今日のところは帰ってもらう作戦を使う。
と言うか友達がいない子にすら私達の噂が届いてるって、もう救いようがないのでは。
巡川の反応を見る前に、愛那が急に立ち上がり提案する。
「そんなの簡単だよ!!私達が友達になればいいんじゃん!!」
「え!?ちょそれは…。」
「あ…それは大丈夫です。」
まさかの巡川からNGだった。
やはり、私達はもう、どうしようもなく怖い対象なのだろう。
まぁ都合はいいけど。
私は友達以上の関係を作りたくないから。
またもはっきり落ち込む愛那。
「…そっかぁ。じゃあ愛華と2人で友達作る方法考えるよ。」
「え!?私無理だって!そんなのできるわけ…。」
「本当ですか!?それはありがたいです!!!!!」
さっきまでずっと目を泳がせていた巡川は待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべながら立ち上がる。
が、すぐに顔を赤らめ恥ずかしそうに下を向いた。
もうびくびくはしてないが、元々対人は苦手なようだ。
「じゃあ明日までに考えておくよ!明日の昼休みにまたこの部屋で話そう!とりあえず初仕事だから気合入れていくよっ愛華!!」
「もう…勝手に盛り上がらないでよ。う~ん。」
すごくめんどくさいけど巡川の「お願いします」顔を見てしまうと断りづらい。
帰ったら愛那にはしっかり言い聞かせるとして。
「…分かったよ。じゃあ明日までに考えてみるね。」
「…!!ありがとうございます!!」
ここに来る勇気で友達を作ればいいのに。
それでもここを利用したのだ。
委員会として最低限の仕事はこなすつもりだから、こうなった以上はやってみる。
なんだかんだ時間も5時半くらいで基本委員会の人は下校をする時間だ(もちろん部活動はまだ活動するようだが)。
「それじゃあ今日はもう帰ろうか。愛那ももう帰るでしょ?」
「あ、うん帰るよ。紗那も呼んで…あぁ!!そういえば紗那に委員会何にしたか言うって約束してたのに忘れてた!!やばい…マジでやばい。」
焦りだす愛那。
どうやら紗那との約束を忘れていたらしい。
愛那が焦っていることで分かると思うが、紗那は怒るとめちゃくちゃ怖い。
紗那も部活はしていないからどこかの委員会に入っているだろうし、下校の時間だからもう終えているはずだ。
もしかしたら、この教室に…。
ものすごい勢いでドアが開き、音が鳴り響いたと同時に人が飛び込んできた。
紗那だ。
「愛那ぁ!!!!お前約束守れねぇのかオラぁ!!!」
愛那に飛び蹴りをしたと思うと、すぐに首を絞めてヘッドロック、頭を拳でぐりぐりする。
愛那はそれはもう必死に謝っている。
「ごめ…っ、ごめんなさいぃいい!!」
「愛華も!愛那といるんだったら常に気を配ってて!!こいつは気が抜けるとどこまでも抜けたままなんだから!!」
「は、はい!!!」
思わず来たとばっちりに返事をしてしまう。
必死の謝罪に愛那へのヘッドロックが解かれる。
そこで初めて気づいた。
びっくりし過ぎて、再び静かに巡川は倒れていた。
「あぁ~!紗那のせいだぁ!!もう!!」
紗那にやり返しをするように態度を変えて言う愛那。
それに対して無言でにらみ返す紗那に、秒で謝罪をする。
私は巡川をソファーに寝かし、起きるのを待つ。
「…これ以上はもう倒れられないようにしたいなぁ。」
結局6時前に巡川は目を覚まし、その後私達は下校した。
結局準備した紅茶は一口も飲まれずに、帰る前に紗那が全部飲んでくれた。
私は濃すぎる1日に、初めて飲んだアールグレイの味をすっかり忘れてしまっていた。