第41話:愛のない学校
当たり前のことだが、2人の事故は次の日の内には担任から知らされていた。
もちろん愛華達がいた1年5組だけの話だ。
だが、元々悪い噂が広がっていた2人。
この話が校内を駆け巡るのに、そう時間はかからなかった。
「ねぇ、聞いた?」
「え、ほんとなの?」
「なんでも喧嘩中に事故にあったとか。」
担任、つまり佐倉先生からも詳しく説明はしなかったようで、噂は尾ひれをつけて広がっていく。
今までの愛華達の噂から色々なことが妄想されていった。
「まぁ、不良だし、自業自得でしょ。」
「そもそも関係ない人たちだったし。」
「今更どうにかなったって、私達にはどうでもいいよね。」
冷たい言葉で、愛華達の事故は、知らず知らずの内に収束していった。
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事故の次の日の昼休み。
つまり、佐倉先生から知らせがあったその日。
相談室には紗那、巡川、石丸が来ていた。
巡川も石丸も、紗那が事故の当日連絡していたから、事実を知っている仲だ。
「容体はどうなんですか?!」
焦るように、巡川が言う。
「まだ私にも分からない…。どうしよう…。」
目を伏せて、ソファーに座りながら、顔に手を当てて言う紗那。
昨日の時点で、巡川と石丸には連絡はしたが、色々もたついて遅い時間の連絡となっていた。
2人は内容を聞いているだけで、実際見てはいないから状況を把握しづらいのだろう。
「愛那さんも愛華さんも…。あぁ、信じらんねぇ…。」
石丸もかなり参っているようだ。
「なんにしても、今の私達は何もできないから、無事を祈るしかない。」
紗那自身も現状での詳しい情報は分からない。
愛華達の母からの知らせを待つばかりだ。
「ダメだ、落ち着かねぇ…。今日の昼はもう解散だ…。」
各々が不安を残したまま、昼休みの時間はまだ余っているが、教室に戻ることとなった。
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石丸が戻った1年5組の教室は朝から代わり映えもなく、愛華達の話でもちきりだった。
だが、確実に良い話ではない。
「どうなるんだろうね。」
「でも、このままでいてくれたら、わざわざ怯えなくても済みそう。」
そんな言葉が聞こえる。
「おう、石丸。また図書室でも行ってたのか?」
石丸は昼休みに相談室に行くことは基本伏せている。
と言っても、依頼時以降はあまり昼休みには行っていないのだが。
「それよりさ、渡辺さん達いないから、今日はお前ものびのびできるんじゃないか?」
「え?どういうことだよ?」
「だからぁ、お前、前に渡辺さんに脅されてた時あったろ?ほら…委員会決めの時!!あれは面白かったなぁ。」
男子グループは楽しそうに言う。
「事故にあったらしいからさ、しばらくはお前も怯えなくても済みそうだな。」
男子間のくだらない会話だ。
普段なら、簡単に合図値を打って適当に流すのに。
いや、なんならその話に参加して、一緒に盛り上がれるのに。
石丸は教室の男子とは仲は良いものの、それは話す程度の仲であって、親友と呼べるような人はいない。
当たり障りのない会話はできるし、ノリだって普段いい方なのだ。
部活動や委員会に所属していない、学校内での石丸の居場所と言ってもいい。
空気を読まなければ、そんな居場所、すぐになくなることは分かっている。
なのに。
今回は、空気が読めないかもしれない。
「なぁ…。」
手を握りしめて、なんて、そんな目に見えて『怒ってます』みたいなことはしない。
そんなところで勘づいてほしくない。
石丸の声で、真面目さで、気付いてほしい。
俺は怒っているのだということを。
少し間が開いて、続きの言葉が出ようとしたその時。
遮るように横から割込みがあった。
「君ら、渡辺さん達に失礼と思わないの?」
石丸は目をやる。
その子が怒っていることは分かるし、真面目だというのも分かる。
意外だったのだ。
その子は愛華を、遠ざけていたと思っていたから。
「え、秋山さん?いや、ごめんごめん!!ちょっとふざけただけで、別に渡辺さんたちの悪口を言ったわけじゃないんだよ!?」
「あんまりふざけないでほしいんだけど。そういう話は、私が聞こえないところでしてくれない?邪魔。」
驚いている。
驚きを隠せないでいる。
石丸は知っているからだ。
愛華と秋山の仲を。
秋山の正体を。
だが、それを知るのはこの場では石丸だけで、言い換えれば、他の全員は秋山のことを当時の石丸と同じく、かわいい人だと思っているのだ。
秋山もそういう風に思わせているのは知っている。
なのに、今のは。
それに反する行いではないだろうか。
秋山はそれっきり、言葉を出すことはなく自分たちのグループに戻っていった。
その子たちも驚いているようだけど。
「…おい、秋山さんと渡辺さん仲良かったのかよ。うわぁ、失敗したぁ。」
ここの男たちは、やはり秋山にある程度の好意を持っているのだろう。
失敗を嘆く。
石丸は、そんな男達の嘆きを無視して、秋山の方を見る。
向こうはまったくこちらを見ようとはしないけど、石丸は何となくこう思っていた。
石丸のために、あのタイミングで秋山が割り込んだのではないかと。
石丸が空気を読まないことを阻止したのではないかと。
真実は分からない。
でも、結果はそうなった。
後で、必ずお礼を言おう。
そう思った。
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放課後。
相談室には昼休みと同様3人が集まっていた。
心ここにあらずといった状況だが、他に行くところもないし、1人でいても不安になるだけだ。
「まだ、何も連絡は来てない。病院に行っても家族以外は会うこともできないと思う。」
「…そうだ、昼休みなんだけど…。」
石丸が昼休みにあったことの話を伝えた。
「秋山さんが…。石丸君、お礼は早いうちにですよ。」
「うん。部活終わったらしようと思ってる。」
「でもやっぱり、いい噂は流れねぇな。こんな時でも…クソッ。」
いつもは愛那も愛華も気にしないから、紗那も何も思わないけど、2人がいない時の2人への悪口は酷く憤りを覚える。
目の前で聞いてしまったらどうなるか分からない。
ドアが開く。
「…っす。あ?もう2人はまだ来てねぇのか?」
紅が入ってきた。
噂ごとには疎いのか、やはり愛華達のことは何も知らないようだ。
「コウさん…あの…。」
紗那が言おうとしたその時、またもドアが思いっきり開いた。
「おい!!渡辺姉妹が入院ってマジか!?!?」
昨日、最後までではないが一緒にいた金井が来た。
もちろん昨日の時点では愛華達の事は知らない。
愛華達の事件の前には、1人でバイクで帰っていたからだ。
もちろん紗那は金井の連絡先なんかは知らないから、多分噂で聞いたのだろうか。
「いつだ?あの後あいつらにやられたのか!?」
「…そうっす。あの後の帰り道で1人が車で歩道に来て…。」
「…クソッ。まじかよ…。」
「…金井さんはいなかったんですか?」
昨日の状況が分からない英梨は金井に聞く。
「あぁ…。…帰りも一緒に帰ってれば…。それで、容体はどうなんだ!?」
金井も焦りを隠せていない。
「まだわからないです。」
「おい、さっきから何の話してんだよ。あの2人どうかしたのか?」
紅が割り込んでくる。
そういえばまだ状況を伝えてなかった。
それにしても、いつもはあんまり真面目じゃない紅も、さすがに真面目な顔つきになっている。
「昨日色々あって、その後事故にあったらしい。」
金井が代わりに言ってくれた。
「…。」
金井に言われなくても、紅は理解していたのだろう。
あくまで、確認だ。
今自分が想像していたことが本当に現実で起こっているのかの。
だから、何も返すことができない。
ピロン
紗那のスマホから通知音が聞こえる。
愛華達の母からだった。
『愛華は無事、一命をとりとめました。』
まずはその一文が送られてきた。
良かった。
愛華は無事なようだ。
そう思って紗那は、自分の、脳内で言った言葉を、呪った。
愛華は無事なようだ。
『愛那は亡くなりました。』
その一文は、かなり間が空いて送られてきた。
向こうも、母もなかなか現実を文章にできなかったのだろう。
「…愛華は無事だ。…愛那は…。」
皆の一瞬ホッとした顔がまた強張る。
「…死んだ…っ。」
歯を食いしばって言う紗那。
愛那。
嘘だろ愛那。
…ダメだ、泣いちゃダメだ。
愛華はまだ頑張ってるんだ。
崩れるように、英梨は泣き出した。
石丸も俯いているが、涙が床へと落ちる。
紅も金井も怒った表情で、行き場のない感情を持て余しているように見える。
紗那は、何も言わずに相談室を出た。
止まっていたら、泣いてしまいそうだから。
固く、固く握りしめた手からは、ジワリと血が滲む。
この日から、相談室に人が集まることは無くなった。




