第37話:愛那ができるまで
幼い時から私は愛華の後ろを歩いていた。
いつだって人の輪に飛び込むのは愛華だったから、私はそれについていくことで精一杯だった。
だからなのか、紗那も私を支えてくれていた。
前の愛華と後ろの紗那。
挟まれながら成長していったから、私は楽しく人と関わっていけたのだ。
それでも少し臆病な所があるのは自分でも認めるけど。
お化けは怖いし、犬にほえられるとびっくりしてしまう。
知らない人の中に入れられると、とても話しかけられない。
私、渡辺愛那と言う人間は愛華と紗那がそろって初めて成り立つのだと思っていた。
小学生低学年の時、私は同級生の男子によく馬鹿にされていた。
この頃は酷い人見知りで、愛華と紗那がいたって私は何もできなかった。
そんな私だからか、男子は私をいじめの対象にしていたのだろう。
あの頃の男子だから、いじめとかはまだ分かっていないだろうから、からかわれていたに近い。
ある日の昼休み、1人でいた私は男子に突き飛ばされて、泣いてしまったときがある。
すぐに愛華と紗那が駆けつけて、男子を突き飛ばしてくれた。
それは衝撃で、私の目には、ヒーローに見えた。
「私達は正義の味方だ!!正義は遅れて登場するもの!!愛那は私達が守るよ!!」
べたべたなセリフで、べたべたなポーズを二人してとっているけど、当時の私にはとても頼もしかった。
だから泣くのを止めて、私も立って、一緒にポーズをとった。
「私だってやる!!!」
この時から、私は少しだけ強くなれた気がする。
頑張って話すことができるようになったのだ。
いつかもっと成長して、愛華と紗那に並んで歩けるようになれたらいいな。
それが中学に入ってからの私の目標だった。
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中学二年。
私と紗那は2年5組と同じクラスで、仲のいいグループみたいなのはあったが、基本私は紗那についているという感じだった。
愛華とは違うクラスだけど、同じバスケ部だし、登下校はいつも一緒だ。
だから、教室以外の愛華を私は常に見ていた。
そのおかげか、ある日の下校で、私は愛華の違和感に気付いた。
それは昨日までとは全く異なるもので、正確に言うと、愛華は違和感がまったく出ないようにしていた。
だからこそ、わずかな不自然さに私は気付いたのだ。
それを追求することはなく、次の日私は紗那にそれを話して様子をこっそり見ることにした。
昼休み、教室に愛華の姿はない。
いつものメンバーはいるのに。
トイレと言うわけでもなさそうだ。
「やっぱり、愛華に何かあったんだよ。」
「…愛那が言うならそうかもしれない。だとしたら私達に相談すると思うんだが…。」
「いや、愛華は頭がいいから、この時点で何もしてこないなら何か考えがあるのかもしれない。私達は私達で情報を集めておこう。」
いつでもサポートができる体制にしておく。
私はこの時点では少し楽しんでいたのかもしれない。
やっと愛華のために何かできるかもしれないから。
事情を知るまで、私は浮かれていた。
事情を知るのは案外早かった。
その日のうちに瞬く間に噂となって広がっていた。
愛華が不良グループに目をつけられたと。
「愛那!!どうする!?ほんとにやばいやつじゃないのかこれ!」
「…まだ様子を見る。愛華が何も言ってこない以上、理由があるはずだから。」
浮かれ気分は消えて、本気で不安になり始めた。
でもまだ何もできない。
愛華のことだ、何か考えがあるはず。
その日の放課後、愛華は部活に普段通り参加していた。
もちろん何も変わらぬ表情で、いつも通り。
ただ違うところは、同級生と一切話していないということだった。
私も紗那も気まずくて部活の最中は話しかけることができなかった。
そして下校。
これもいつも通りの感じだった。
やはり、私達に悟られないようにしている。
「なぁ愛華。あの…。」
「なに???」
「いや、今日のご飯何にする?」
「あ~、何にしよっか?愛那は何が食べたい?」
なんて会話をするほどだ。
やはり、何があったかなんて聞けない。
こんな風な放課後が続いて1ヶ月ほどが経った。
私達は結局、踏み込むことができないまま、それについては暗黙的に遠ざける日々を送っていた。
だが、この頃になると、登下校で愛華は隠す気力もなくなったのか、表情も暗くなっていっていた。
部活にも愛華は来なくなっていた。
ようやく、この段階になってようやく、私達の行動が遅かったことに気付いた。
「もう、私達で何とかするしかないね。…ごめん、私が何もしなかったせいで。」
「いいよ愛那。愛華は多分、自分一人の問題で、私達に迷惑かけないようにしてるだけなんだ。私達が何かしようとしても、多分受け入れてはくれないだろう。」
「そうだね。だったら、私達でこっそりやるしかないよ。南さんのグループに話し合いに行こう。」
愛華と紗那に挟まれていた私は、次第に、自分で前へと進めるようになっていっていた。
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「うぅ…えほっ、げほっ。」
「こんなことして…タダじゃ…すまねぇぞ。」
ある日の放課後、この場に立っているのは私と紗那だけ。
その周りには5人ほど女生徒が倒れこんでいる。
部活には愛華が来なくなってからは私達も行かなくなってしまった。
事が起こる前に、動画サイトで護身術や格闘動画を見ていたことが功を奏したのか、今の状況が出来上がった。
事の説明をすると、私と紗那が南のグループに接触し、いじめをやめるように交渉。
口交渉のつもりだったが、相手のこちらをバカにした態度に紗那がとうとうキレて腹にパンチを入れる。
そこからは流れるように殴り合いが始まった。
もちろん結果は勝ち。
ほぼ無傷だ。
「すまん愛那。ってかお前案外強いな。」
「体力はバスケで付けてたし、予習もしてきたからね。…こんな風にするつもりはなかったけど。」
口で交渉するつもりではあったが、念のための予習だった。
「ふぅ…。これに懲りたら、もう愛華に酷いことしないでよ!!次は、私も殺す気でやるぞ。」
口が悪いのは、私も怒っているからだ。
「…ぜってぇ殺す。渡辺愛華なんてどうでもいい。次はお前らだくそがぁ…。」
南が言った。
そういえば南の姉はかなりやばいヤンキーだと聞いたことがある。
でも今はそんなのどうでもいい。
「上等。」
なんだか怒ってるせいなのか、態度も大きくなってきた。
でもこれで、愛華はいつもの学校生活に戻ることができるはずだ。
私も紗那も、これ以上は関わらずに、その場を後にした。
愛華は多分、先に帰ってるだろう。
私達は教室に戻って鞄を持ち、家路につく。
その帰り道だった。
「おい、お前らだな。私の妹に手を出したのは。ちょっと顔貸せよ。」
そこにはさっきまで倒れていた南達と、多分、その姉のグループだろう、総勢9人がいた。
近くの公園に誘導されて、想像通り、お礼参りが始まった。
もちろん、返り討ちだったが。
「ぅぐっ…。」
先ほどと同様、新たな4人が地面に倒れこむ。
さっきの5人は驚きを隠せないのか、へたり込んでいる。
「う、うそ…。姉ちゃんが負けるなんて…。お前ら、なんなんだよ…。」
さすがに私達も少し殴られはしたが、大したことはない。
「もういいだろ?これ以上私達に関わらないで。」
これで本当に、やっと終わったのだ。
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次の日、愛華はいつもと同じく、表情失く登校していた。
それもそのはず。
私達は昨日のことを愛華に話していないのだ。
理由はもちろん、『こっそり』愛華に気付かれないように行動していたからだ。
でも今日でこの顔も終わる。
きっと教室ではちゃんと友達が話しかけてくれるし、部活にだって来るようになる。
そう思っていた。
昼休み、影ながら様子を見に行った。
そこには、孤立してご飯を食べる愛華がいた。
「え、なんで!!」
「…いや、そりゃそうだろ。誰も私等がやったこと知らないんだから。あえて南たちも言わないだろ。」
紗那の言うとおりだ。
安直すぎた。
そういえば、教室には南の姿がないな。
一応、昨日のことを先生に報告されたりしたらどうしようとかは思ってたけど、今のところ呼び出しなんかはない。
昨日の5人のケガは、見えるところ(顔とか腕とか)にいくつかあるはずだけど、日ごろからそんな傷をよく作ってたから、あえて言及されたりしないだろう。
とりあえずは、愛華はもう解放されていることを誰かに伝えよう。
私達は身近な人で、バスケ部の優に伝えることにした。
放課後、部活が始まる前に優の下へ。
「ねぇ、優。」
「え、なに、どうしたの?」
部活も行ってなかったし、気まずかったから優と話すのも久しぶりだ。
「愛華の事なんだけど、もう南さん達からは愛華に何もしないから、もう大丈夫だよ?」
何が大丈夫なのかは、ニュアンスで感じてほしい。
「…へぇ。そうなんだ。…でも無理だよ。私達は愛華がどうとかじゃなくて、南とその周りが怖いんだよ。南の言うことに従わないと、次は私達が目を付けられちゃうから。」
愛華に前のように、仲良く話し掛けるなんてできない。
そう言った意味の言葉だった。
「え、ちょっと、何それ。自分の事ばっかりじゃん!!!」
声を荒げてしまった。
「し、仕方ないじゃない!!!!南のお姉ちゃん、ほんとにやばいグループにいるみたいだし、私は自分がひどい目に合う方が嫌だもん!!」
「でも…!!!?」
紗那が私の右手を抑えて、引っ張る。
昨日の殴り合いのせいか、無意識に私は拳を握りしめていた。
もしかしたら、殴ろうとしていたのかもしれない。
私は落ち着いて、紗那から手をほどいた。
「分かった。じゃあ不良がいなくなればいいんだね…?」
「そうだよ!!!分かったらもういいでしょ!!私達だって辛いんだから!!」
なんだそれ。
誰がつらいって、愛華が一番つらいに決まってるだろ。
私達は踵を返し、下駄箱へと向かった。
「愛那。私はお前についていくぞ。1人でやろうとするな。」
「…うん。ありがとう。」
泣きそうになるのをこらえながら、私は決めた。
恐怖で支配されているこの学年を、上書きするにはそれ以上の力がなければならない。
それがまったく中学校と関係のない場所であったとしてもだ。
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あれから数か月たって2年生が終わる頃。
南の姉は本当にここらでは大きな組織だったようで、最初は小規模な団体が来ては返り討ちにする形だったが、いつしかかなりの大人数を相手にすることが増えてきた。
私も紗那もほとんど喧嘩の毎日で、夜遅く帰ることが当たり前になってきた。
朝は起きることも大変になってきていて、登下校共に、愛華と一緒にする機会が減ってきていた。
愛華は、今も変わらずだ。
私と紗那が南の姉の組織の頭と対面した時には既に私も紗那も目は鋭く、髪も長く邪魔だったのでオールバックにして、角材なんかを片手にしていた。
少し臆病だったころの私なんて、どこへやらだ。
人を殴ることも、ケガをさせることも、することも、もう慣れていた。
南の姉がいた組織を潰して、その組織が地元で有名な族だったことを知る頃には、私達は学校中に知られるほど、有名な存在になっていた。
話し掛けてくる人なんて、いなくなっていた。
その後もいろいろな人が喧嘩を仕掛けてきたが、すべて返り討ちにしていった。
舎弟になりたいと言ってきたり、チームを作るべきだなんていう奴らもいたけど、そんなことはどうでもよかった。
愛華も戻れないところまで落ちてしまったように、私達も戻れないところまで行ってしまったのだ。
降りかかる火の粉は全て払う。
そんな生活を、2年が終わるまでずっと続けていた。
3年になる前の最後の春休み。
真夜中まで続いたその喧嘩は、もはや抗争と呼ぶほどの物だった。
数にして30人は相手にした気がする。
武器も相手の物をとっかえひっかえしたけど、ほとんどがボロボロになっている。
そんな抗争すらも、無傷で退けた2人。
終わって、その場に倒れこんだ。
さすがに、疲れた。
「…ねぇ紗那。」
「…なん、だよ。こっちは、まだ…息、切らしてんのに。」
「あはは…私も疲れたよさすがに。」
慣れたとはいえ、一体何時間ぶっ続けだっただろうか。
バスケなんかより数倍ハードだ。
「…あのさぁ、愛華、どこの学校行くか知ってる?」
「えぇ?…いや、聞いてないよ。」
もう3年生になる。
「まだ第1希望の欄書いてなかったんだよねぇ。私達さぁ、失敗、だったね。」
「…まぁ、成功ではないよな。」
愛華を結局、助けることはできなかった。
多分これからも、無理だろう。
私の判断のせいだ。
「だからさぁ、今度はちゃんと愛華のために正しいことしたいなぁ。」
「今度って?」
「高校生になったらだよ。」
「正しいってのが何かは分からんけど、私らでも行けるような高校じゃないとな。」
こんなことは、もうしないで済むようにしたい。
だからこそ、私は既に何をするか何となく決めていた。
「だからこれからは毎日、進路調査書を見るようにしてね。多分見せてくれないと思うから、こっそりね。」
「はいはい。できれば、遠くがいいんだけどなぁ。」
この付近は私たちの事を知っている人が多すぎる。
出来れば遠くで、愛華のことも知らない人でいっぱいの学校がいいな。
まぁどんな学校でもいいんだけど。
私はそこで、愛華が信頼できるような友達作りをしていこう。




