第36話:愛華ができるまで
家を出て、いつもの通学路。
私の通う中学校は家から15分ほどの場所で徒歩での登校だ。
通うメンバーは3人。
紗那と愛那だ。
「ワン!!!!ワンワン!!!」
「うわぁああ!!」
家から中学校までの道は無数にある。
だから毎日私達は気分で道を変えて登下校をしていた。
かなり遠回りをしてでも新しい道を見つけたりしていた。
その、どの道を通っても、よく吠えてくる犬がいる家を必ず通ってしまうが。
「ほんと、ここの犬は吠えたり吠えなかったりするよな。吠えるときはめちゃくちゃうるさいし。」
「それにしてもビビりすぎだよ。もう慣れてきたよ私。」
「し、仕方ないじゃん!怖いんだし…。」
「今週くらいは試合のために臆病なとこ直すって言ってたのに…。紗那がわざわざ吠えやすい犬を選んだ道にしてくれたんだよ?」
「…いらないおせっかいだし…。」
「じゃ、今週は頑張って強くなろう!!行くよ!愛那!!」
「えぇ~~、今週は別々に行きたい~。」
少し臆病な愛那の手を引いて学校へ行く。
いつもと変わらない日常。
中学2年生の日常である。
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阿東中学校の2年3組が私のクラスだ。
全校生徒は600人程度。
一学年200人程度。
クラスは5~6クラスある。
その中でも私は2年3組。
愛那と紗那は共に2年5組である。
毎朝一緒に登校して、下駄箱で別れて教室に向かう。
下駄箱からはそこで落ち合ったクラスメイトと一緒にクラスに向かうといった感じだ。
「おはよ~愛華。日曜の試合残念だったらしいね。結局スタメンも取れなかったんでしょ?3年生無駄に多いせいだね~。」
「おはよ~南。」
この子はクラスで私が所属するグループの友達だ。
「スタメンはなかったけど、交代では出れたよ!っていうか3年生多いからっていうより皆上手だからスタメン取れなかったの!!なんか悪口みたいに聞こえる!!」
「あははは!ごめんごめん!」
この子の名前は千原南。
2年生で同じクラスになり、そこから話すようになってから、気付けば同じグループにいた。
元々中学1年生の時にもあったグループは、あまりばらけず2年でも同じクラス集まっていたから、そこに南が入った感じになっている。
紗那と愛那にはそれぞれ違うグループがまたあるけど、グループ同士で仲が悪いなんてことはない。
「おっす~愛華。優から聞いたよ。負けたんだって??」
「ちょ!!情報回るの早すぎ!!」
「よし!これでバスケ部は私等にジュースおごりな!!」
「あ~やっぱり覚えてたか。優も正直に言わないでよ~。」
「私も言いたくなかったけど奈々がしつこく聞いてくるんだもん!!」
「ふっふっふ!これでしばらくは喉が潤うぜ…。」
「え!?そんなに長期なの!?1回だけだし!!!」
これが私のグループ。
ジュースをねだっているのは赤井奈々。
同じバスケ部の子の美空優。
「っす~。あれ、何の話してんの?」
「バスケの試合負けたからジュース奢ってもらうってやつ。ってあれ?なに、買ってきてたの?」
「えぇ!!早く言ってよ!!私買ってきちゃったよ!!」
「おはおは~。お、この感じは…バスケ部負けたな!?おごりだぁ!!!」
ジュースを買ってきたのは田中結。
今来たのは中村明。
これが2年3組の私の友達である。
もちろん他の人とも仲はいい。
これが私の中学校生活だ。
放課後になればバスケ部の練習に行く。
愛那と紗那ももちろんいる。
普通に練習して、その後また歩いて帰り、ご飯を食べる。
このころから、母の仕事が忙しくなりだし、ご飯は自分たちで作ることが増えだした。
楽しい日々だ。
それが、ずっと続いていくと思っていた。
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ある日、南が言った。
「ねぇ、〇〇さんってなんかウザくない?しぐさとか。」
ありそうな会話だ。
南はこの手の話が好きなようで、よくこういった会話をする。
「ん~。まぁ確かにちょっとぶりっ子ぽいよね。」
「この前も陸上部の男子に色目かけてたらしいよ?」
「うぇ~よくやるよ~。愛華はどう思う??」
「う~ん。…確かにそうだよね。」
こういう話は嫌い、なんてことはない。
人の陰口なんて、悪いと思っている人は少ないだろう。
少しくらいならいい、この程度なら陰口にならない、どうせ他の人も言ってるんだからこれくらいは大丈夫。
人それぞれ自分を正当化して、陰口をしているはずだ。
かく言う私もその一人だ。
南はこういった誰かを下に見ることが好きなようで、こういう話はよくしていた。
私達も、普段はしないけど、南が言う時だけはその話に乗っていた。
もちろん楽しいから。
だがある日、気付いたのだ。
南が私達がいないところで、別のグループといじめをしていたのだ。
気付いたのは私だけだった。
部活の帰りに、トイレに行こうと校舎に入った時、人目のつかない隅で、女子のグループが一人の女子を囲んでいた。
明らかに、暴力のようなものを振るっている。
陰口はするものの、はっきり分かるいじめは放っておけない。
なので、
「ちょっと!何してんの!?」
私はそこに割り込んでしまった。
「ちょ、なんだよお前。あ、3組の。南の友達じゃん。」
「愛華。愛華が思ってるのじゃないよ?こいつが綾の好きな人と付き合うから…。」
「いや、理由とかじゃなくて、こういうのはダメだよ南!さすがに!!」
そういって私はその子を庇った。
名前も多分知らない子だけど。
「…そーだね。さすがにやりすぎかも。綾ももういいっしょ?」
「うん、っていうかほんとやりすぎた。ごめんね。それじゃ。」
あまり話すこともなくはけていった。
「あの、大丈夫?」
そういってその子に手を差し出す。
が、その子は立ち上がるなり、何も言わずにその場を去っていった。
結局顔を伏せたままだし、誰かは分からなかったけど、とりあえずよかった。
その日の夜、その話を愛那と紗那にもした。
「おおお。それはがんばったな愛華。…でもそれ大丈夫か?」
「え?どういうこと?」
「あれだよ。いじめをやめさせたやつが次のいじめのターゲットになるってよく言うじゃん?愛華大丈夫なの?」
「あぁ、確かに。でも大丈夫でしょ。南が何かしてきたとしても、元々グループが違うし、優たちもいじめとか好きじゃないしね。」
放課後の人達は、元々南がいたグループの人達だろう。
3組にはそのグループの人達はいないから、私達のグループにいるのだ。
そんな中で私にいじめをしてきたりなんてないだろう。
その翌日、教室にいつものように入った私。
「あ、おはよ~愛華。」
いつものグループ。
その中から南が声をかけてくれた。
やはり心配するようなことはなかったのだ。
「おはよ~みんな。」
そういってグループに入る。
すると耳元で小さく南が言った。
「昨日はごめんね。あぁいうのはもうしないようにするよ。」
なんだか私はそれがうれしかった。
笑顔でうなずいて、いつもの他愛無い会話に戻る。
やはり私達のこの日常は、変わらずに続いていく。
南も楽しそうだ。
良かった。
こんな風に思ってたから、私は気付かなかったのだ。
南が私達の前でだけ、こんな顔をするから、他でどんな顔しているかなんて。
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あれからしばらくたったが、南はいじめをしているような気配はない。
名前も顔も分からない子だったから、そもそも学年も分からないし、確認もできないけど、いじめられなくなっていることを願っている。
この頃から、学校内にはある噂が広がっていた。
南の元々いたグループが近寄りがたいグループになりつつあると。
つまり、不良グループになってきたと。
クラスでも浮いていて、授業をさぼったり、タバコを吸っていたりするらしい。
だからどうしたという感じだが、何もない中学校生活なんて、そんな噂が広まるのも早ければ、続くのも長い。
だからこそ、私達は少し不安になりつつあった。
南がだんだんと私達と一緒にいなくなってきたのだ。
授業をさぼったりはしないが、休憩時間や昼休みはどこかへ行ってしまうのだ。
「はぁ~。今日も南いないね。まぁ私達とはもともと違うグループだけど、なんか寂しいよな~。」
「やっぱりあっちの方が楽しいのかもしれないしね。私には分かんないけど。」
「たまにこっちいるくらいでいいじゃん。グループなんて、国じゃ人だから、ルールなんてないよ。」
その通りだ。
少し寂しい気持ちもあるが、クラス替えや高校進学にともなって今以上に仲が変わることもある。
仕方のないことなのだ。
「お~い、渡辺。今日日直だろ?俺もそうだから、放課後ごみ捨てするぞ。」
「あ、うん分かった~。」
クラスの男子、確か中村君?が話しかけてきた。
「…ねぇ愛華。今の、絶対愛華のこと好きじゃない?顔見た?めちゃくちゃ照れてなかった?」
「え?そんなことないでしょ。」
全然見てなかったし、私は全く、そういうことに気が回ってないと自分でも思う。
興味がない。
好かれていたとして、応えてあげることはないだろう。
「ふっふっふ。中村君、そこそこに悪くない顔だぞ~。」
「だから!興味ないって~!」
誰かが誰かを好きだなんて、中学生女子にとっては、興味津々だろう。
私にはどうでもいいことだけど。
そういえば、この前の子も、恋愛がらみのことであんな目にあっていた。
やはり恋愛なんて、今の私にとってはまったくしたいとも思わないものだ。
「ふぅ~。お、みんな何話してんの~。」
南が帰ってきた。
「お~南!実は、中村が愛華のこと好きなんじゃないかって話してたんだよ。」
「…え!?マジ!?」
「奈々たちが勝手に言ってるだけだから!!信じないで南!」
「私の目はごまかせないから!!」
思えば、この話を南が来る前に終わらせておけばよかったのかもしれない。
放課後、もっと人気のないところにいればよかったのかもしれない。
私はその日の放課後、ごみ捨てを終えた後、教室で中村に告白されてしまった。
急なことだったが、予告通り、私は中村を振った。
それを、南に見られてしまったのだ。
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そこから、私の地獄が始まった。
嫌がらせが始まったのだ。
次の日、最初は上履きが泥だらけになっていた。
すぐにはそれが、嫌がらせだと気付かなかった。
教室に入るといつものグループの場所に行くが、そこに南はいなかった。
「南はまだ?」
「いや、鞄はあるから来てるっぽいよ?どっかにいるんじゃないかな?」
「ふ~ん。っていうか聞いてよ。私の上履きがさ~…。」
そんな風に普通に過ごしていたが、確実にいつもと違ったのは、南が授業になっても帰ってこなかったことだ。
どうしてか、その時の私には分からなかった。
もちろん他のみんなも。
だが、その日の放課後、私は状況を完全に飲み込んだ。
放課後、あの日のように、私はあの噂されていた不良グループに囲まれていた。
もちろん南もいる。
見たこともない怖い顔で。
「あんたさぁ、南と一緒にいたんだろ?南の気持ちわかってやれよ。なぁ??」
何のことか分からないなんて、そんなことはしない。
すぐに分かった。
1度似た状況を見ていたせいだろうけど、南は中村が好きだったのだ。
その中村に好かれていたこと、私が振ったことを知ったのだろう。
いや、まだ愛那と紗那にしか言っていないから、多分見ていたのだろう。
だから、私はこの後何が起こるか分かった。
腹をけられ、殴られ、決して見えるところは傷つけないように、私は傷つけられた。
そして最後に
「誰にも言うなよ?南の姉は高校でガチのヤンキーだからな?誰かに言ったら今以上にひどい目にあうぞ。」
そう言われた。
南の姉の事なんて初めて知ったけど、これでもう終わりだと思い、その安堵の方が大きかった。
もう終わりだと思っていたのだ。
次の日、私は完全に孤立していた。
クラスに入った途端、空気が固まり、優たちは顔も合わそうとしなかった。
自ら話しかけに行くほど、強くはない。
私は、あのグループ、南たちによって孤立する空気を作られていたのだ。
その後も南たちからの嫌がらせは続いた。
殴られたり、教科書を捨てられたり等。
こんな王道のいじめを、してて楽しいのかと、今までは思っていたが、それは違った。
こいつらは、私に、学校へ来る気力を失くそうとしているのだ。
私の人生を潰すつもりなのだ。
楽しんでいるのもあるが、それだけではない。
そう思ったから、私は絶対にあきらめなかった。
何されても学校に行ったし、先生にも言わなかった。
もちろん相談できる人なんていなかったから。
愛那にも紗那にも母にも友達だった人達にも。
これは私一人の問題で、私一人の戦いだ。
そのまま、ずるずると、私は落ちるところまで落ちていった。
頼れる人なんていない。
後から分かったことだが、クラスの全員に南達が私を無視するように仕向けていたらしい。
不良と言うバックをちらつかせて。
その程度なのだ。
築いた友情など、周りの干渉で簡単に消える。
あぁ、そうか。
友達なんて、作るものじゃないのだ。
お前ら全員私を無視していろ。
私もお前らの手なんて借りないから。
ある日急に、嫌がらせがなくなるまで、私は、耐え続けた。




