第34話:mix
「私も…一緒に手伝うよ。」
「…。」
照れ笑いする愛那。
だが、返事はない。
「…ん?愛那?」
私は何かしらの反応を期待していたせいか、少し食い気味に声をかける。
「愛那、私も手伝っていい??」
「…今の愛那なら、どんな選択をしても大丈夫だよ。」
「ん?どういうこと?」
想定していた返事と違う。
だが、それを最後に、場面が暗くぼやけていく。
「え?ちょ、愛那!なんか変だよ!どうなってるの?」
海の底深くに沈んでいくように、音も聞こえなくなり、暗闇へと変わる。
声も出せなくなり、自分が一体何なのか分から無くなった。
そして、小さな光が一つ、瞼を閉じて証明を見るようにぼんやりと現れた。
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「…先生、意識が戻られました!」
そんな、ドラマや漫画で聞いたことのあるような言葉が、はっきりと聞こえた。
それと同時に激しく眩しい光が見える。
久しぶりの光のような感じだ。
何だろう。
テレビでもつけっぱなしにしてたかな。
今の状況がまったく飲み込めない。
というか、ここはどこだ?
頭もまともに働いていない。
「渡辺愛華さん!私のことが見えたら瞬きを二回してください。」
初めて見る男の人にそう言われ、私は瞬きをする。
体は…動く気配はない。
何かに拘束されているのだろうか。
感覚もあまりない。
「良かった…。じゃあ、イエスは瞬き2回、ノーは長い瞬き1回でお願いね。辛くない限りでいいから。まず、自分に何が起こったか覚えている?」
なんだ?
さっきから、この質問は私に対してのものなのか?
私に、何かあったのか?
質問したいことはいっぱいあるのに、眼球もまともに動かないし、声も出ない。
そういえば口元に何か当てられている感覚がある。
状況を呑み込めない私は長い瞬きをする。
「…わかった、今はこの辺にしておこう。ゆっくり休んでいなさい。」
そう言ってその男は周りの人に指示を出し始めた。
それを耳で聞きながら、目を閉じ、考える。
というより、思い出す。
多分ここは、病院で、私は…。
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次に目が覚めた時、私の前にいたのは、またあの男の人だった。
結局あの後、どこまで考えていたかも忘れて眠ってしまった。
「それじゃあ、今日は声が出せそうかな?無理しないようにやってみて?」
「…ぁっ!あぁっっ。」
痛い!
久々に声を出したのか?
でも痛いのはその一回だけだった。
「はい、出せます。」
それでも大きい声は出ない。
「そうですか。よかった…。それじゃあ、少しずつ話していきますので、なるべく驚かないように。…まず、ここが病院であることは分かるかな?」
「…はい。」
目で見える雰囲気や器具などで大体察した。
それに今日はなんとなく感覚がある。
全身の感覚はないが、手足に何やらコード?のようなものが触れている感覚がある。
「うん、愛那さんは約3日前の夜に、ここに運び込まれたんだ。覚えてる?」
「え??」
全然わからない。
3日も経っていたのか?
っていうか3日前に何があったかもわからない。
最後に私は何をしていたんだっけ。
「愛華さんは交通事故に巻き込まれてここに運び込まれたんだよ。一命は取り留めることができたけどね。」
「…。」
返事に困る。
そういえば、前もこんな、情報が整理できないことがあった気がする。
「大丈夫、落ち着いて、聞いてくれるだけでいいから。愛華さんは3日前の夜。夜というには早すぎるけど、5月28日の午後16時くらいに、阿原山の歩行者用山道で乗用車に衝突された。その時のことを、辛いかもしれないけど、思い出せないかい?」
阿原山…。
そういえば最後に、山に登った気がする。
すごく座り心地が悪くて、手と足は自由ではなかった。
それと、何人か、見たことない人がいて…。
「思い…出しました。…ゴホッ。」
急にしゃべったせいか、咳が出る。
「あ、今はまだ大丈夫。無理しないで。ゆっくりでいいから、その時のことを教えて欲しい。」
「ありがとう、ございます。」
こんな風なことが次の日まで何度か続いて、ようやく私の記憶も復活しだした。
よくわからないコード?なども次第に減っていき(まだあるけど)、声もある程度出せるようになってきた。
そして段々と感覚も取り戻し始めて分かった。
腹部や胸部の打撲傷がズキズキ痛むのと、心臓部分がとてつもなく痛い。
体を起こせないから、見ることはできないが、胸のあたりに大きなけががあることを予測する。
男の先生の話だと、私は歩行者用の道を無理矢理通ってきた乗用車に轢かれたらしい。
それまでのことも何となく思い出した。
知らない女複数人に拉致されてボコられ、そこに愛那と紗那と金井が助けに来てくれた。
そしてその後帰っている途中で…。
ようやく頭の中も整理がついてきて、今回の先生との会話。
私は質問をする。
「…あの、愛那…もう一人私と一緒にいませんでしたか?事故の時。その人が救急車を呼んでくれたんですか?」
「…。」
ん?
どうして、下を向いて黙るんだ?
「今日はちょうど、そのことについて話すつもりだったんだ。でも私の口よりは…。」
そう言うと立ち上がり後ろに下がる先生。
奥から看護師のようにきっちりした格好で母親が来た。
「お母さん?…ごめん、心配かけて。」
「…いいよ。辛かったな愛華。ごめん…こんな時なのにあまり来れなくて…。」
「全然いいよ。それより、愛那は?…来てないの?」
「…。愛華。愛那は…。」
きっと、頭がよく回る今だから、こんな風に色々考えてしまう。
そんなに含めないでよ。
やめてよ。
変なこと考えちゃうよ。
嫌だ。
「…愛那は、もう、いなくなっちゃったよ…。」
死ぬほど、泣いたのだろう。
母のその目はよく見ると腫れあがっている。
もう出ない涙が、まだ出ようと、まだ出したいと、そう言っているように、泣き声が響く。
「…え?」
それを聞いた私は、泣くことも、考えることもできなくなって、ただ天井を見上げた。
右手を母が強く握る。
渡辺愛那は、死んだのだ。
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それからはずっと心ここにあらずと言った状態だった。
私は今、集中治療室と言うところにいるらしく、面会などはほとんど制限されているらしい。
検査などをクリアしたら、別の棟に移れるらしいけど、もう、何がどうなのか考える余裕はなかった。
「渡辺愛華さん、今日は君の手術についての話なんだけど…大丈夫かい?」
「あ、大丈夫です。」
大丈夫って、何がなんだろう。
意識ははっきりしているし、体中は痛いけど話す分には大丈夫だ。
じゃあ、他には何が大丈夫で、何が大丈夫じゃないんだろう。
頭が回っているはずなのに、同じような自問自答が繰り返される。
「…いや、これはもう少し後にしよう。…愛華さん、ここには私達がほぼ24時間常についているけど、1人になりたい気持ちを無視するほど野暮じゃない。…感情的になったっていいんだよ?」
「…ありがとうございます。」
「…ふぅ。」
少し溜め息のようなものをして、先生は私の下を離れた。
まだ、頭の整理がついていないのだ。
いや、整理できるようなものじゃない。
きっと折り合いを付けるべきなのだろう。
次の日、私は検査をクリアしたのか、別の病棟に移されることになった。
憎らしくも頭は悪い方ではない。
受け入れたくもない現実に、私の頭は折り合いをつけようとしている。
気持ちと頭に、どんどんラグが生じる。
「愛華さん、落ち着いて聞いてほしい。君が今日この病棟に来て察したかもしれないが…。」
この病棟。
この病棟って…。
「君は心臓破裂に陥って、施術による修復は困難だった。だから、今の君の心臓は…。」
この病棟は『移植病棟』だ。
「君の心臓は、渡辺愛那さんのものだ。」
私の心臓が強く鳴る。
一気に、現実に気持ちが追いついた。
吐きそう、いや、吐いた。
愛那はもういなくて、私は愛那に生かされて、私は、私だけが、今も生きているのだ。




