第33話:愛の果てに
ゆっくりしたペースで山を下りる。
切り傷や、骨折はないものの、アザができそうなほどの打撲傷が複数ある。
完治にはしばらくかかりそうだが、それでも医者に診てもらうほどではなさそうだ。
「ふ~、ちょっと休憩。」
愛那と紗那は私を支えながら歩いているが、もちろん自分たちの鞄と、私の鞄も持っている。
それにこのスローペースだ。
疲れるのもわかる。
「紗那が先に荷物駅に持っていったら?私と愛華でゆっくり行くから、そっちの方が楽じゃない?」
「あぁ、確かに。じゃあ先に行ってるから、お前らゆっくり来いよ。」
そういって紗那が荷物を持ち、少し早めのペースで出発した。
私達はまだ座って休憩をする。
「愛華、痛い?」
「うん、でも運動した時の打撲みたいなものだから、すぐ直ると思うよ。」
「…。」
「なに、どうしたの?」
何か言いたそうな、そんな表情をする。
多分、今日の事だろう。
「ここまでしちゃったからね、愛華にもちゃんと言っておかないと。」
「…うん。」
ん?愛華にも??
私以外にもいるのか?
「全部は話せないけど、分かってほしいのはこんな話に巻き込みたくないからだから。…じゃあ。」
大きく深呼吸をして口を開く。
いつもの愛那とは違う、真面目な表情で。
「2年前くらいに、私達…私はここらの一番大きな不良グループを潰そうとしてた。不良がいるから、周りの人が怯えて、楽しい日々を送れないと思ってたから。でも、…今日の不良達のグループは規模が違ったの。だから3割くらいしかできなくて、途中でもうこんなことするのは辞めたんだ。」
初めて、愛那のことをちゃんと聞いている。
2年前と言えば中学の時。
あの頃は周りの噂と、遅い帰りや小さなケガとかから推測していただけで、どんなことをしていたかは全く知らなかった。
だから、こんなことをしていたなんて知らなかった。
もっと色々なことをしていたと思うが、たったこれだけでも、私は全く知らない人の話を聞いているようだった。
「…どうして辞めたの?」
自分の中で少しずつ整理しながら、質問をしていく。
平静を装っているが、それでも内心焦ってはいる。
「それは…愛華のために頑張ろうかなって~。」
照れ笑いをしながら言う。
そうか。
あの頃の私のために。
だから高校に入ってからはちゃんと周りと話そうとしたり、勉強したりと、普通になっていたのか。
「歩きながらしゃべろっか。」
私を立ち上がらせて、また一歩一歩と山を下っていく。
「それでさ、辞めたはいいけど、かなり恨み買ってたみたいで…。最近になって私のことをずっと探してたみたい。それで名前まで知られちゃってたんだよね。」
「ってことは、もしかして、まだこういうことがあるかもしれないってこと?」
「う~~ん多分…。だから、そうだね。愛華にも迷惑かけるかも…。」
愛那のことを初めて聞いて、知って、ことの重大さを知った。
それと同時に、私の浅はかさも知ってしまった。
こんなことが続けば、どれだけ私は邪魔な存在になるだろうか。
ドラマや漫画のように、私が外に出ないように、なんてことはできない。
ましてや警察なんて、きっと事が起こるまで動いてすらくれないだろう。
「迷惑なんて…。」
それ以上は何も言えない。
私が軽々しく『私は大丈夫だから』なんてことは言えない。
私が愛那にできることは1つも、ない。
「ううん、迷惑かけちゃうよ。だから、私、再開しようと思う。きっともう、引き返せないとこまで来てたんだよ。向こうから来るのを待つくらいなら、私から行く。」
「…。」
いつ来るか分からないなら、こちらから。
口では簡単だが、実際にはどうなんだ。
そんなことすら、私には想像もつかない。
「…どうするの?うまくいくの?」
「大丈夫、策はあるんだ。だからさ、終わるまではきっと、前みたいに一緒にはいられないかもしれない。」
ダメだ。
情報が多すぎて、考えることが多すぎて、まったく話についていけない。
返事も、簡単なものしかできない。
「…1人でやるの?」
「いや、何人かいるよ。愛華が知っている人だと、北条…って覚えてる?」
ん?
「え?ちょっと待って。」
なぜその人の名前が出たんだ?
いや、違う。
なぜその人の名前から出た?
「紗那は?紗那は知らないの?」
さっきも他の人にも言わないといけないと言っていた。
さっきまでの話は全部、紗那と一緒にやっているのだと思っていた。
でも、違うのか?
「紗那には、ずっと話してなかった。内緒でしてたんだ。迷惑かけちゃうからね。」
と言うことは、愛那は私の知らない、全く知らないメンバーで動いていたのか。
その一人が北条。
あのよくわからないことを言っていた女だ。
「そうだったんだ。じゃあ、紗那にも言わないといけないね。」
「うん。それと、謝らないとだ。怒るかな?」
「多分ね。…。」
それに、紗那ならきっと『私もやる』って言うだろうな。
紗那はずっと、愛那についているから。
じゃあ私は…?
「まぁ、要はあれだね。しばらくは私と一緒にいない方がいいってこと。すぐ終わらせるから、それまでは…がんばっ!」
少しふざけながら、それでも愛那は私に言った。
「私も、頑張ろうと思う…。」
「ん?」
少しずつだが、情報の整理がついてきた。
私はきっと、悔しいのだ。
愛那のことを知らなかったことにも、自分が何もできないことにも。
そもそも、愛那がこんなことをしだしたのは、多分昔の私のせいだ。
でも、今の私ならきっと…。
「私も…。」
太陽が沈み始めた、夕方、午後四時くらいだろうか。
私の新たな決意を表すかのように、周りがまばゆく光るように見えた。
鳴り響く轟音と一緒に。
ガガガガガ!!!!ドンッッッ!!!
愛那が少し微笑んだように見えて、大きな音と共に、私の意識は途絶えた。




