第29話:金井攻略4
「はい、今日から生徒委員に入ってくれた人、簡単に仕事内容プリントしてあるから、これを見るように。」
教壇に立つ男がそう言い、プリントが配られ、それに目を通す。
「はい、じゃあ1年生で部活入ってない奴、誰かいるか?」
そう聞かれたからにはと、阿原高校に入学したての男は手を挙げた。
ただし、手は頭をぎりぎり超えないくらいの小さな挙手だが。
「お前だけか。名前は…。」
「あ~、鬼塚です。」
こうして、紅は相談室を受け持つ係となってしまった。
手を挙げていたのはもちろん紅だけ。
当時の紅にとって、別に何かを任命されることは苦ではなかったのだ。
なぜなら、本気で取り組む気がないから。
「紅、1人で大丈夫?」
隣に座る槇原が声をかける。
「てめぇ母親かよ。大丈夫じゃないな。めんどくさい。」
槇原と紅は中学校も同じで、この教室では唯一コミュニケーションをとれる相手なのだ。
訂正、コミュニケーションをとる相手なのだ。
「それで、俺も今から部活だから、後は…えっと…金井さん、お願いしても…?」
教室の隅で寝る金井。
返事はない。
「…というわけで、今日は解散です。鬼塚君後は…ね?その…二人で頑張ってくれ。」
「あ、はぁ。」
紅からすれば誰と一緒にいようが、自分のペースでいるから関係ないのだ。
チラッと金井の方を見る。
寝ているし、自分に害はなさそうだ。
「それじゃあ、紅。がんばってな。部活がない日は俺も行くから。」
「あいあい。」
教室から人がはけて紅と金井二人だけになった。
「…。」
紅は黙ってプリントを黙読する。
元々話掛けたりするタイプではないから、必要性を感じない限りは1人でやる。
それが鬼塚紅と言う人間だ。
この時点で紅は、全て1人で事を進める気だった。
寝ている人をわざわざ起こして、話して、活動をするなんて、考えるまでもなく面倒くさい。
プリントを読み終え、席を立ちあがる紅。
立ち上がるために椅子の後ろに手をかけ、椅子を引く。
だが、その手が後ろの席に当たってしまった。
ドサッ!!
後ろの席に山積みされていた教科書類が大きな音を立てて落ちた。
「…ん?誰だお前。」
『しまった』と言う顔を浮かべる紅。
こうなってしまっては下手な態度をとるより、ちゃんと会話をした方が上策だろう。
「あ~、生徒委員に入った1年です。相談室に今から向かうつもりなんで、休んでてもらっていいですよ。」
最小限の会話量。
しかも、返事をまったくしなくてもいいようなものだ。
さっきプリントを読んで初めて知った『相談室』という言葉を巧みに織り交ぜた。
自身の機転の利きに心の中で『さすが』と称賛しつつ、ドアの方に体を向ける。
「へ~。じゃ、行くか。」
「え?」
「いや、相談室。行き方分かんねぇだろ?今日は私何もないから、一緒に行ってやるよ。」
「…はぁ。」
断るのもめんどくさい。
金井の申し出を簡単に受け入れて、共に相談室に行く。
相談室に着いて、紅は目を疑った。
と言うより、目が輝いた。
「すっげぇ…!!」
高そうなソファーに、飲み物の装備もある。
しかもこの空間が自分だけのものになるのだ。
最高だ!!
「…っぷふっ。あははは!!なんだお前、さっきまで仏頂面だったのに、急にかわいいな。」
そういえば、今は金井もいるのか。
別に言い返すつもりもないし、少し落ち着く。
「はぁ、久々に少し笑ったな。じゃ、個々の活動を教えてあげよう。」
そう言って金井は紅の頭をなでる。
「…なっ!!やめろよクソッ!!!」
さすがの紅もこれには反応する。
「なんだ、そんな反応できんじゃん。可愛い奴だなぁ。」
からかう金井。
「面倒くさい絡みはやめろ!!」
「はいはい!んじゃ、ここの活動はなぁ…。」
金井から活動内容を聞く紅。
こうして、二人の相談室での活動が始まったのだ。
しかし、それは週に1回あるかないかで、ほとんどは紅一人での活動だった。
金井が来たとしても、からかわれたりするだけだ。
相談者も1度くらい来たけど、適当に話を聞いて帰ってもらったし、ほとんど紅が寝る場所へとなっていた。
そんな放課後が3か月ほど続いた頃。
「う~っす。」
「…今日は何しに来たんだ?」
最後に来た日から2週間ぶりくらいに金井が相談室に来た。
あまり会ってはいないけど、もはや、紅も金井に対して慣れを感じつつあった。
紅は金井と放課後以外に会うことも、見かけることもなかったが、噂だけは耳にしていた。
『校内の不良グループに属している』『毎晩遊び歩いて周りの人に迷惑をかけている』など。
だが、紅にとってそんなことはどうでもよかった。
というより、それを聞いたところで何も変わらない。
「今日も暇だから来たんだよ。」
金井は割と、このセリフをよく言う。
普通は、あまり会話しないはずの紅が、今日はなぜか、口から出てしまった。
慣れもあったせいか、まるで仲がいい人同士のように。
「暇じゃない日は何してんだ?」
「…。」
金井に対して、何か質問をするのはこれが初めてだった。
だから、金井がどんな返事をする人かなんて想像できなかった。
それでも、この沈黙はいつもの金井と違う、何か重々しさを感じた。
「…不良。やってんのか?」
ストレートに聞く。
というより、沈黙に耐えられず、思わず口に出た。
会話することは、普段しないから苦手なのだ。
「…っぷ、あははは!!!!ほんと、ズバッと言うなぁ鬼塚。まぁ、そんなとこだよ。おもしろいか??」
笑いながら言う金井。
「ん~、まぁ、笑えるところはなかったけどな。」
「…たまには、私も吐き出さねぇとな。」
そう言って紅が寝るソファーの向かいのソファーに座る。
「え…。それ、俺じゃないとダメか?」
急に面倒くさくなった紅。
そんなに長くなるとは思っていなかった。
「なんだよ!!聞けよ!女の子が話聞けって言ってんだぞ??」
「うっせぇ不良女!俺は今から寝るつもりだったんだ!!」
「…それでな、私…。」
「ほんとにしゃべんのかよ!!」
「…実はさ、交換条件なんだよ。」
話が始まっていく金井。
紅は諦めて聞くことにした。
「交換条件って?」
「私がグループに入らないと、私の周りに危害が加わってたってこと。まぁ、もう向こうもそんなこと忘れてると思うけどね。」
「…へぇ。元々不良じゃなかったのか。」
「不良か…。やっぱりそうだよなぁ。ここに来るのも結構目を盗んでんだよ。ここ以外休めるとこねぇからなぁ。」
予想はできたけど、やっぱり結構重い話だった。
「来年抜けりゃいいだろ。3年なんだし。」
「んな簡単じゃないんだよぉ~。なんか入って分かったけど結構でかいチームなんだよ。この地域じゃかなり有名なチームだし。まぁ数が多いから個より団で評価されっから、私のことはこの学校内くらいで止まってるんだけどね。」
不幸中の幸い。
金井と言う人間の評価自体は学校外には出てないようだった。
「大丈夫なのか?」
「ん?なにが?」
さすがに言葉が簡易過ぎた。
「ここに来てること。」
「あぁ、大丈夫だよ。っていうかもうどこに行ってもいいんだろうけど、なんか怖いってだけ。もしもがあるとね。あ、ここは周りの奴がいないとき来てるから大丈夫。」
「…なぁ、俺が…。」
「あ、電話だ。招集かも。今日はもう帰るわ。あ、一応誰にも言うなよ?」
「…言わねぇよ!!言うほど話さねぇし。」
「あ、そ。あはは。んじゃね、鬼塚ちゃん。」
「…ッチ。早く帰れ。」
金井が消えた相談室で、紅は当初の通り、ソファーで寝ようとする。
気の迷いだったか、話過ぎたのだろう、少しだけ、恥ずかしいと思った。
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「…ん~~~~。」
パイプ椅子に寝転んで紅が腕を組みながら熟考する。
ただし、顔は穏やかに、目を閉じていた。
はたから見れば寝ようとしている人が適当に相槌を打っているようにしか見えない。
「ちょ!!コウさん!!早く思い出してくださいよ!!」
熟考している理由は、紅が金井のことをほとんど覚えていないからである。
「待てって!!今考えてんだから!!」
「じゃあもっと考えてるポーズしてくださいよ!!」
「う~~ん。」
愛那に言われて少し眉間にシワを寄せる。
「あ、確か、つるんでたチームはここの辺でかなり有名とかなんとか…。」
ようやく私達が欲しかった情報が出てきた。
「あ、もう無理。」
紅は考えるのをやめた。
「おい!!コウさん!!!頑張れ!!」
理不尽な呼びかけをしながら紅の体を揺らす紗那。
「あぁぁああ分かったから!!え~~と………。確か、交換条件?って言ってたな。」
「交換条件???」
「確か…周りの人を守る?みたいな?」
「やっぱり、金井さんは剣道部の治安を交換条件にしてたんだ!」
「っていうことは…それを今も気にしてるって線はかなり有力だぞ。」
「でも、金井さんはもうそこから抜けたんじゃないんですか?」
「え?なに?どういうこと?全然話が分からないの俺だけ?」
英梨の言う通り、金井は既にグループから抜けている。
だとしたら、気にしていることは
「制裁…?」
「え?」
「金井さんに対して制裁があるかもしれないから、それまでは他の人と絡まない、とか?」
「ありそう!!分からんけど。」
「だとしたら、私達どころか大平さん達でも手の打ちようがないよ。」
金井の問題だ。
「他にあるとしたら、金井自身がやっぱり剣道をやりたくないのか、部活動をしたくないのかだね。」
可能性としては3つ。
金井の先輩に脅されている可能性。
金井が剣道をしたくないという可能性。
金井が部活動(大平たちとの剣道)をしたくない可能性。
「ここまで来たら、もう直接聞いた方がいいだろ!行くぞ!今すぐ!」
紗那が掴んでいた紅をその場に落とし、提案する。
「でも、聞けたところで私達が何かできるかって言ったら…。」
「いいんだよ!!ただ気になってしょうがないだけなんだから!!」
愛那のただの好奇心だった。
「不完全燃焼、ですよ!!」
英梨も乗り気だ。
「じゃあ、行くぞ!!手分けして探して見つけたら聞くってことで!!もう帰ってるかもしれないけど…。」
紗那の言葉に合わせて、私達は相談室から出た。
なんだかんだで、私も真相が気になっていたのだ。
「え?これ、俺も行っていいやつ?」
「お前はここにいろよ。俺寝るから、誰か来たら対応してくれ。」
石丸と紅は留守番で。




