第26話:金井攻略1
中間テストの始まりまで、残り5日となった。
5月19日の水曜日。
今日から愛那は金井に接触するつもりらしい。
昨夜、家で私と紗那と愛那で何となくやることは決めた。
英梨はテスト勉強もあるし、終わるまでは私達だけでやることにした。
もちろん英梨にもそのことは伝えている。
私達はテスト勉強しなくてもいいのか、というと、はっきり言って大丈夫である。
作戦なのだが、やはり、愛那と紗那が接触していくことになった。
私はあまり親しい訳ではないし、変に空気を濁してしまうわけにはいかない。
とまぁ、こんな理由を述べて私は役から外れることにした。
もちろん愛那達は私も引き入れようとしてきたのだが、今回はなんとか言いくるめることができた。
今回は大して大変でないし、すぐに終わるだろう。
一応、今回の作戦はこんな感じだ。
まずは愛那と紗那が金井に接触し、剣道を教えてもらう。
剣道場で少し剣道をして、金井のテンションが上がったところで3年の先輩に来てもらう。
そこで3年の先輩と話して万事解決、と言うものだ。
金井は多分、話しかけられないから話さないだけなはず。
話せば打ち解けられると思うのだが。
昼休みになり、愛那が教室から出る。
「愛華、相談室にいるでしょ?終わったら向かうね。」
そういって私が朝作ったサンドイッチを持って、紗那の下に向かう。
動くだろうと思って、手で食べられる物を昼食としたのだ。
私も昼食を持って相談室へ向かう。
今回の愛那は直前で無理矢理私を連れて行こうとはしなかった。
もちろん私が昨夜、諭したからもあるけど、それ以上に愛那達が私に適していないと判断したからだろう。
私はおとなしく、相談室に行ってご飯を食べる。
***********************************
「紗那、金井さんって何組か分かる?」
「え、いや…忘れたな。そもそも知ってたかも知らん。」
愛那と紗那は3年の教室が連なる階の端っこでなかなか進めない状況にあった。
どちらも金井のクラスを知らないのである。
「え~どうするぅ。まず教室にいるかもわかんないしなぁ。」
「まぁ時間もないし、さっさと見に行こうぜ。居なかったら外探せばいいし。」
今更物怖じしたところで、時間がもったいないだけだ。
出来ればこの昼休みにある程度の接触は試みたいものだ。
3年のクラスは全部で6組ある。
愛那と紗那は1組側にいるから、そちらから覗いていくことにした。
3年1組、いない。
3年2組、いない。
3年3組、いない。
「あの、誰かに用?」
話し掛けられた。
「あ、金井って人が何組か知りたいんですけど。」
3年の先輩、しかも初対面に対してもあまり緊張しないところが愛那のすごいところだ。
もちろんそれは紗那も同じなのだが。
「え…金井さん…??…3年5組だと思うよ。」
明らかに顔を渋って教室を教えられる。
やはり、安藤や大平のように、金井は誰かと親しいというのがないらしい。
指をさして教えてくれたその先輩は『それじゃあ』と愛那と紗那にお礼も言わせない内に教室へとはけていった。
「5組だって。ラッキー。」
「クラスが分かれば、あとは楽勝だな。」
愛那と紗那は5組に向かう。
3年生になると部活と委員会はやりたい者のみがやることになっている。
もちろん、運動部の大会などはあるので、大半がそのまま続けるのだが、大会に未練がない者達は受験勉強のために部活を引退するのだ。
そのせいあってか、あまり愛那と紗那の噂は広がってないようだ。
さっきも声をかけられていたし。
知っていたとしても、名前と学年くらいで、顔までは分からないだろう。
知っている人も、まだ部活をやっている程度の人だけだ。
まぁ、愛那達本人は身バレすることをまったく気にしていないのだが。
3年5組に着く。
「…う~ん。いない…ねぇ。」
教室の中に金井の姿はない。
「あの、すみません。金井さんってどこにいます?」
教室の中で一番ドアに近い人に聞く。
「え?金井さんは…。昼休みはいつもどこかに行くよ。最近は1人でだけど。」
1人で。
きっと前まで一緒にいた人たちは、あの日以来つるんでないのだろう。
「どこに行ったか分かる人いますか?」
「あ~…ちょっと待って。」
その人はクラスの人達に簡単に聞き回って帰ってきた。
「やっぱり誰も知らないっぽい。悪いね。」
「いえ、すみません。ありがとうございます。」
テンプレ文でお礼を言った後、愛那と紗那は金井を探しに行った。
あまり時間もないし、急ぎ足で外に向かう。
外と決めつけるのは早計かもしれないが外の方が人がいないスポットは多い。
先にそちらを潰そうという考えだ。
といっても、さすがに2人だと骨が折れる。
「手分けして探すか。愛華と英梨にも手伝ってもらう?」
「そうだね、愛華に連絡してみる。」
と、言うわけで、相談室でお昼を食べていた私と巡川も金井を探すことになった。
テスト勉強しながらご飯を食べていた中、電話がかかってきた。
『あ、愛華~。英梨ちゃんもそこにいる~?』
「うん、いるけど。どうしたの?うまくいかなかった?」
『いや、教室にはいなかったから、今から外探すんだけど、手伝ってくれない?話し掛けなくても場所さえわかれば明日につながるし。』
「おっけ。英梨さんはどう?」
「あ、私も行けますよ。…1人じゃないなら。」
「あ…私と一緒に行こうか。そういうことだから。私達体育館の方見てくるから、他のところよろしく。」
こんな感じの会話をして、私と英梨は体育館の方に行った。
英梨がかつて、連れ去られたのが体育館のステージ裏だった。
英梨にはあまり思い出したくない記憶かもしれないが、体育館の中に入るつもりはない。
あそこの中は運動している男子生徒が多いから、あまり静かじゃない。
そんなところにお昼を食べに行く人なんてあまりいないだろう、と言う発想からだ。
こちら側にはいない確率が高いから、こちら側を選んだのだ。
「見つけた後って、そのまま金井さんに会うんですか?」
「いや、今日は金井の1日の行動を知る感じかな。うまくいったら接触するみたいだけど。その辺は愛那と紗那が上手くやってくれるよ。」
多分次の私達の仕事は接触した後に3年の先輩を連れていくことになるだろう。
体育館の周辺に到着し、探索を始める。
こう言うと、まるで物みたいだけど。
体育館の周りはいくつかベンチとテーブル、雨よけの屋根があるスポットが並んでいる。
一見よく人がいそうなのだが、ここは教室から遠いのであまり人は集まらない。
昼休みも後半に差し掛かっているせいか、人の数はあまりなかった。
もちろんそこに金井はいない。
他にも正規のベンチではないがコンクリートの段差になっているところに腰掛けて昼食をとる人もいるから、そちらも見に行く。
こうして、体育館周りをぐるっと1周してみたが、金井は結局いなかった。
「やっぱりいないね、昼休みもあんまり時間ないし、もう戻ろうか。」
「そうですね。もしかしたら愛那さん達の方で見つかるかもですし。」
体育館を後にして、校舎に向かう。
帰りがけに、体育館のステージ裏の方を見てみた。
あの時、私達が割ったガラスはすっかり修復されていた。
弁償代を払わなくて済んで本当に良かったものだ。
「…気になりますか?」
私がステージ裏の方を見るのを英梨に見られた。
気を使わせてしまったようだ。
「いや、全然気にならないよ。」
「最後にあそこも確認しておきますか?私は、あの場所も今となってはいい思い出ですし。」
そういった英梨は無理している表情には見えなかった。
『いい思い出』とは言いすぎなのだろうけど、英梨の中でのあの事件は、もう片が付いている話なのだ。
トラウマでもなんでもないのだろう。
「…うん。それじゃあ。」
「うふふ。あの時は愛華さん入っても来なかったですよね。」
「そんなに楽しい思い出みたいに話せるのすごいな。あの時は…ごめんって。」
英梨はクスクス笑いながら言った。
「いいんですよ!今は全然、楽しいですし。えへへ。」
体育館のステージ裏の外に到着した。
外には、私達が登った用具入れの倉庫とドアがあって、ここから中に入れる。
ドアノブに手をかけて中へ入った。
「ん?何だお前ら。何か用か?」
教科書を片手にご飯を食べながら、そこにいる人は声をかけてきた。
一番ないと思っていた場所に、金井はいた。
*************************************
さっきまであんなに楽しそうだった英梨はすぐに私の後ろに隠れて金井を見る。
初対面の人によくやる怯える感じではないけど、やはりまだ接しづらいのだろう。
「ん、ちょっと待ってくれ。もう少しで食べ終わるから。」
開いていた教科書を閉じ、残りのご飯を食べる。
「あ、いや、そんな急かすような用事はないですよ。…たまたま開けてみただけなんで。」
接触するつもりではあったが、それは私と英梨の仕事ではない。
今回は、昼休みに、ここに金井が居ることさえ分かったので、収穫的には十分だと思う。
私達が金井を探していたことは伏せておいていいだろう。
「あ?なんだよ。久々に昼休み人に会ったから、驚いたわ。」
驚いているようにも見えないが。
でもどうやら、昼休みはいつも一人で過ごしているらしい。
しかも、この感じの態度は、話しかけられること自体は嫌でないようだ。
「それじゃあ、あの、失礼します。」
「おう。じゃあな。」
私と英梨はそのまま後ろ向きに歩きながらドアを目指す。
まぁ、私達が話しかけても、大して次に繋がらないだろう。
明日は愛那と紗那が来てくれるだろうし、ここで退散だ。
そう思っていた。
ドアに着いた時、金井の顔を一瞬見てしまった。
笑っている顔でも、楽しそうな顔でも、嬉しそうな顔でも、苦しそうな顔でも、辛そうな顔でも、寂しそうな顔でもない。
無だった。
それが、一人でいることが、当たり前であるかのように。
その顔を見て、デジャブを感じた。
「…あの。」
「ん??やっぱりなんかあった??」
思わず、声をかけてしまった。
同情とか、そういうのじゃない。
思わず、だ。
「今日の放課後。剣道場で待ってます。」
返事は聞かずに、私はドアを閉めて速足で歩き出す。
「あ、愛華さん。待ってください。」
英梨が遅れてついてくる。
「あ、ごめん。…なんか少しもやっとしちゃって、あんなこと…。」
勝手に決めて、無責任なことをした。
「…全然よかったですよ!私も放課後に約束付けれたこと、すごく良い展開だと思いますし。私は勉強で参加できそうにないですけど、また何かあったらすぐに手伝うので。」
「ありがとう。」
「愛那さんと紗那さんも絶対来てくれますって!」
とりあえず、紗那と愛那にこのことを言って、一緒に来てくれるかを聞かなくては。
来てくれるとは思うけど、最悪私だけが行けばいい。
でも、それだと多分、間が持たないし、作戦的にはかなり厳しくなる。
あくまで、愛那と紗那の今の関係から繋げていかないと。
私は愛那と紗那にメールで見つけたことを報告し、相談室に来るようにメッセージを送った。
私と英梨も相談室へ向かう。
「そういえば、金井さん、教科書持っていましたね。テスト勉強でしょうか?」
「確かに持ってたね。色々してたけど、テスト自体は今までも真面目に受けてたんじゃないかな?知らないけど。」
少し気になるところではある。
一応後で愛那か紗那に聞いてもらえるよう言っておくか。
大したことではないけど。
この時、私はこれ以外にも1つ、引っかかることがあった。
金井の話を聞いて、さっき金井に会って。
もしかしたら何でもないことかもしれないので、一応、誰かに言うまでもなく、私はそれを頭に入れておくことにした。




