第25話:金井攻略前夜祭
結局、巡川の家にいたのは6時半くらいまでで、私達は夕飯の準備とかもあるから家に帰った。
部屋を出て玄関に行くと、里奈に引き留められて少し時間を食ってしまったが、まぁ里奈も慕ってくれる分には可愛い性格だ。
本人のプロフィールさえ見なければ。
「次も!!絶対来てくださいね!!!今度はテスト期間じゃなくてもいいので!!!英梨姉も絶対来るときは教えてよ!!」
「ぜっっっったい嫌だから!!里奈の友達じゃないんだから!!」
英梨も今日で『友達』という概念をずっと身近にできたのではないかと思う。
なんだかんだそれは、里奈のおかげでもある気がする。
「まぁ、なんにしろまた来るよ!ばいばい英梨ちゃん。おじゃましましたぁ!」
「じゃあな英梨。」
「バイバイ英梨さん。」
「はい!また明日です!」
外はまだ陽が落ちだしたくらいで明るい。
こうして駅に向かい、帰宅を始めた。
家に着いた時には全員お腹も空いており、すぐに冷蔵庫を開けに行く。
すると、珍しく母が既に帰ってきていて、料理を作っていた。
「お~おかえり。今日は早く帰ってこれたんだ!だから久々のママの味だぞ~。」
私達に料理を教えてくれたのはもちろん、母である。
私達が幼い時、まだ母が今ほど帰りが遅くない時。
私と愛那と紗那は、いつも一緒に料理の手伝いをさせられていた。
だからか、味付けの仕方とか料理の仕方は、全部母から授かったもので、おふくろの味は3人が再現できるものとなっていた。
だから、ママの味なんて特別感はあまりないのだけれど、不思議なのは、それでもおいしく感じることなのだ。
「あんた達、先にお風呂入っておいで。こっちはもう少しかかるから、時間は有効活用!!」
そう言われて私達は3人でお風呂場に行く。
さっきまで『これから何作ろう』なんて思ってたから、お腹が空いている時のこの状況はかなり嬉しい。
浴槽の湯船につかり、夕ご飯を楽しみにしながらくつろぐ。
「あぁ~私も髪切ろうかなぁ。やっぱり髪が長いのめんどくさいよなぁ。」
髪を洗いながら愛那が言う。
こういったことはよく言うのだが、今日の巡川の写真を見て尚更気にしてるのかもしれない。
「私は切るのめんどくさいから今のでいいな。オラっ!!隙あり!!」
紗那が愛那の顔に、愛那の髪に付く泡立てられたシャンプーを手に取ってつける。
「うぎゃッ!!!!しみるっっ!!!!いたぁぁいい!!!」
手探りで紗那を見つけて、愛那もやり返す。
だが、紗那はもちろん読んでいたからそれを防ぐ。
すぐにシャワーから水を出し、シャンプーを洗い流す。
「うぅ…。紗那ぁぁ!!!!うりゃああああ!!」
「な、わりぃって!!ちょ…つめたっっ!!」
シャワーの冷水を思いっきりかける愛那。
紗那もさすがにこれは防ぎようはなかったようだ。
そして、ことが収まって私と愛那が浴槽でくつろぎ、紗那が体を洗う番になった。
「愛華はどう?髪…切らない?」
「う~ん。切る気はないかなぁ。愛那は切ってもいいんじゃない?」
私は髪を切る気はない。
長い髪は私を外の視線とかから守ってくれているような感じがある。
前髪だったり、後ろ髪だったり、長くないと落ち着かない。
「えぇ!?私だけ切るなんて嫌だし!!仲間はずれじゃん!」
愛那の気持ちはよくわからない。
好きなようにすればいいと思う。
でも、確かに長い髪は乾かすのにめちゃくちゃ時間がかかる。
それなのに私達は3人一緒にお風呂に入るから、お風呂上りはいつもドライヤー待ちの状態が続く。
3つ買えばいいのに、貧乏性からか、あまり手が出ない。
紗那がシャンプーを洗い流し、浴槽に入る。
と、同時に私は浴槽を出て体を洗う。
「じゃあ私もう上がろ~。」
愛那が上がり、それに合わせて紗那が浴槽を思いっきり使って伸びをする。
「ふぅ~~。テスト週間も案外順調にこなせてるなぁ。愛華は今回何位ぐらいを狙うんだ?」
「う~ん…。1桁は取れたらいいけど。うちの高校って順位とか張り出されないよね?」
「あぁ、確かそうだな。張り出されるのも面白そうだけど。」
面白そうではあるが、1桁なんて取ったら今以上に目立ってしまう。
あくまでバレないように高順位を取りたいものだ。
今以上目立って話かけられたりするのはたまらない。
「まぁ私は3分の1に入ってればいいかなぁ。」
私はシャンプーを洗い流し浴槽に入る。
しっかり温まった紗那は浴槽から上がり風呂場を出る。
風呂場の外からは、まだドライヤーの音が聞こえるから、愛那が髪を乾かしている途中だろう。
私も時間差で出た方がいいだろうから、しばし浴槽で一人ゆっくりすることにした。
「愛那ぁ!風邪ひくから早く代われ!」
「邪魔だって!!!私もまだ乾いてないから!!」
外から紗那と愛那のやり取りがガヤガヤ聞こえてくる。
これもよくあることだ。
少し時間がたつと静かになったから、紗那が髪を乾かし始めたようだ。
私も浴槽から出て、体の水気をバスタオルで拭く。
リビングに行くと髪を乾かす愛那と紗那がいた。
結局二人で重なりながら髪を乾かしている。
そういう風に落ち着いたのか。
濡れた髪をタオルで持ち上げて固定する。
「ほ~い。ご飯できたぞ~。」
母の料理が完成しテーブルに並んでいく。
今日のメニューは母手製の餃子と生姜焼き、その他スーパーで買ってきただろう総菜が多数あった。
カロリーなんて考えない、適当なメニューだが、私達はこういうのが好きなのである。
一足先に髪を乾かし終わった愛那が席に着く。
紗那はまだ髪を乾かしている途中だ。
「いただきま~す。」
「いただきます。」
「お~う。食べろ食べろ。」
お腹も空いていたし、紗那を待つことなくご飯を食べ始める。
「あんた達、学校どうなの?楽しい?」
母と話す機会はないわけではないが、話す時はあまり学校の話とかはしない。
だからか、こうやってたまに学校のことを聞いてくるときがある。
「テストが近いけど、上手くやれてるかな。」
「あら、そうなの。まぁ頑張りなさい学生諸君。…あ、それから家庭訪問とか三者面談とかってあるの?私もすぐ日程とか返事できないから、予告されたら教えてもらわないと。」
そんな事は学校では一度も聞いたことないけど、佐倉先生が言い忘れているだけかもしれない。
「うちのクラスの担任どっか抜けてる変な先生だからな。もしかしたらとっくに予告されてるのに、私達に伝えてないのかも…。」
「え、ちょっと…そんな変な奴が担任なの??大丈夫なのあんた達。」
実際の姿を見てもらえれば、もっと大丈夫じゃないことが伝わると思う。
「そういう雑な人になっちゃダメよ!!絶対その先生男でしょ、しかもおっさん!!そんな人と面談とか私も嫌だなぁ~。」
母の予想が完全に的を得る。
教師に対してこんな事を言う母も母だが、あの教師に対しては許される気がする。
だが、母も結構大雑把な性格をしているから、佐倉先生と会ってみると何か面白いものが見れそうにも思うが。
「まぁ、明日聞いてみるよ。お母さん、明日は帰り遅いの?」
「ん~、どうだろ。今日がたまたま早かったんだよね~。遅くなったらまた疲れてすぐ寝ちゃうだろうから、メモでも書いといて。」
女手一つで育ててくれている母。
仕事は忙しそうだが、その分の給料は貰っているようで、母も満足している。
「ほい、愛華。ドライヤーいいよ。」
紗那が髪を乾かし終わって、交代するように私と入れ替わった。
私はご飯の途中だったけど、中断して髪を乾かしに行く。
「紗那、この前両親帰ってたんでしょ?皆元気だった?」
「あ、うん!そりゃもう元気すぎだったよ。休みなんだし、ゆっくりすればよかったのに、久々にご飯作ったりして張り切ってた。」
「へぇ~そっかぁ。私も久々に会いたいけどなぁ。」
元々は母と紗那の両親が仲良かったのだから、母もずっと会いたがっているはずなのだ。
毎年お盆や正月にはお互いに休みになるから、その時集まっているのだが。
隣の家同士故に、会えないことが寂しいのだろう。
「…よし!御馳走様!!一番最後に食べた人がお皿洗ってね!!」
母が急ぐように食器をシンクに持っていき、その場から離れる。
「え!?マジか。愛華より先に食べ終わらないと。」
「えぇ!?ちょ、ドライヤーで全然聞こえなかったけど、お皿洗い最後の人!?」
かすかに聞こえた情報と、愛那と紗那の食べるスピードが上がったことから危機感を感じ始める。
あぁ、こんな時だけは髪が長いことを呪う。
短くしてればよかったなぁ。
「御馳走様!!!」
「私も!!愛華後は任せた!!」
愛那と紗那も食べ終わり、私達の部屋に逃げるようにはけた。
リビングにいると手伝わされると思ったのだろう。
「もう!!!」
私は髪を乾かし、つきっぱなしのテレビの音を聞きながら、余ったおかずを食べる。
ここまでくるとゆっくり落ち着いて食べることにした。
愛那と紗那は部屋に戻って、多分勉強か、ケータイいじったりしてのんびりしているのだろう。
母はお風呂に行っている。
リビングに残された私は、ご飯を残すことなく平らげて、テレビを見ながらお皿を洗った。
テレビはトーク番組を見ていて、タレントがアイドルの女の子を紹介していた。
その子が『私の妹、私に全然似てないんですよ~』と言っているのを聞いて、今日の巡川家を思い出していた。
英梨の妹、里奈は英梨とは全然タイプが違うように見えた。
英梨は、背が小さめで、大きな目にオドオドした性格。
それに対して、里奈は、背は高めで、大きな目だが場数のせいか尖った目にハキハキした性格。
笑い方やしぐさは似ていたけど、本当に紹介されるまでは妹だと断定できなかった。
英梨を見ていると、自分の妹を私達に知られたくなかったような感じだったな。
妹がヤンチャな姉の気持ちはよくわかる。
私の場合は知られたくない人なんてのがいないけど。
似ている似てないで考えてみれば、私と愛那はそっくりだと自分でも思う。
今でこそ、髪形やしゃべり方で判別できるが、昔はよく間違えられたものだ。
私達を見分けるのは母と紗那くらいしかできなかったと思う。
お皿洗いが終わったと同時にケータイの着信音が鳴る。
滅多にならないので、多少驚くが、送信元は英梨からで、生徒委員(私たち4人)のグループだった。
『今日はすみませんでした。いつもはしゃぎすぎちゃう子なのであまり紹介したくなかったのに…。妹にはしっかり言い聞かせたので、また遊びに来てくださいね。』
やっぱり知られたくなかったようだ。
かわいい謝罪のスタンプも同時に送られる。
こちらも気にしてないことを伝えるスタンプを送信する。
すると紗那からもメッセージが送られた
『あんまり妹にゲンコツするなよ。』
『しません!!!!』
「うふふ。」
少しだけ笑ってしまった。
そういえば確かに、妹にゲンコツするって言っていた。
っていうかしていた。
すぐにゲンコツしていたし、かなりの頻度でするのだろう。
でも仲良さそうだったし、姉妹愛なのだろう。
「愛那~。お皿終わった??数学答え合わせしよ~。それから、金井さんのやつも考えないと。」
部屋から愛那が呼んでいる。
私はシンクをきれいにして、部屋に戻った。




