第20話:初めて知る
愛那との勉強は午後2時になる前には片づけを始めていた。
勉強と言っても互いに教え合ったりすることはないから、ただ姉妹でカフェに来たついでにそれぞれ勉強してた、みたいに見えるが。
まぁ、一つのところにずっといるのは私も愛那も苦手だし、頃合いを見てカフェを出た。
「相談室に勉強の相談とか来ないかなぁ。テスト週間なんてほとんどの人放課後帰っちゃうだろうし、私らまた暇になるよ~。」
「え?私達は帰らないの!?」
阿原高校は放課後の時間の活用に力を入れているが、(委員会か部活動に必ず属し、5時までは活動をしなければならない)定期テスト2週間前からは放課後になったらすぐに帰宅してもいいことになっている。
大抵の運動部は1週間前までは部活をしているけど。
「別にいいじゃん!!相談室に残ったって!!暇じゃん!!」
「いや、帰って勉強しようよ…。」
「うぇ~~。じゃあ英梨ちゃんが帰るって言ったらそうする…。」
「私は帰るけどね。」
「話を聞いてないだと!?」
「そういえば、今日は他に何か行きたいところある?せっかくモールに来てるんだし。」
「いや、いいよ。紗那もいないし、あんまり遊びすぎると羨ましがるでしょ。寂しがり屋だからねぇ紗那は。」
歩きながら話していた私達はそのままモールを出て駅へと向かう。
秋山とは結局トイレで別れた後は会うことはなかった。
秋山もテスト週間のはずなのに勉強せずに遊んでるから成績はいい方なのかもしれない。
ちなみに、一緒にいた人は阿原高校の生徒なのか、秋山の中学の同級生なのかは私の知人の少なさからは見当もつかなかった。
駅に着いて電車に乗る。
「この前言ってたけど、巡川さんの家はどうだったの?」
「ん?あぁ犬の時か。あれは家まで入ってないよ。と言うよりスゴイ離れたところまでしか行ってない。委員長もいたし、見られたくなかったんじゃないかな?」
「へぇ~。愛那って、巡川さんにはあんまり強くいかないよね。いつもなら無理矢理にでも家に入りそうなのに。」
「えぇ~そう?私だって相手のこと考えて行動してるからねっ!!」
だったらもう少し私のことも考えてほしいものだが。
「まぁいつか行けるようになるよ。その時は愛華も来てね??」
「…暇だったらね。」
家の最寄り駅に着き、改札を通って外に出る。
私はいつもこの最寄り駅に来ると顔を伏せてしまう。
元々前髪を伸ばしてるから伏せる必要もないかもしれないけど。
学校への駅は知り合いはいないからいいのだが、ここはそうはいかない。
ほぼ確実に、90%くらいの確立で知り合いがいる。
だから私は話しかけられることがないよう、気付くことがないようにしているのだ。
愛那の方はというと、ここらでは有名な方なので大体の人が愛那を見ると避けたりしている。
だから申し訳ないけど愛那には私の用心棒みたいな役になってもらっている。
私が勝手に思っているだけだが。
「やぁ、久しぶり。渡辺愛華さん、渡辺愛那さん。愛華さんとは3週間ぶりくらいかな?愛とは…あ、これじゃあどちらか分からないね。愛那とは…さすがの私もいつぶりか忘れてしまったなぁ。あはは。」
誰にも話しかけられないと思っていたから、余計に驚いてしまった。
その聞き覚えのある声に、私は聞いただけでは誰か分からなかった。
それもそのはず。
「…北条叶江!?」
私は今初めて、愛那の口により彼女の名前を知ることになった。
巡川の初相談の次の日。
体育館へ連れ去られた巡川を助けたその日。
学校から駅までの帰り道に、その人は私に話しかけたのだ。
まるで私を、私達を知っているかのように話しかけてきた。
「愛華、会ったことあったの?!」
「うん、ちょっと前に急に話しかけられて。名前は教えてもらってなかったけど。愛那は知り合いだったの?」
初めてあった時の様に上下で揃っていないジャージを着ている。
ニット帽は被っていないが。
「知り合いっていうか…。」
「あら、私のこと話してないの?愛那。それもそうか、あまりいい思い出じゃなかったからね。なんなら私が教えてあげようか愛華さん。私達は昔…。」
「おい!!変なこと言うな。それにあんたはこの辺の出身じゃないでしょ。早く帰れよ。」
「はは。相変わらずだねぇ。今日はたまたま用事があったから来たんだけど、久々に話せて楽しかったよ。お姉ちゃん思いの愛もなかなかおもしろい。まぁ私が用事で来たってんだから、何があったかくらい勘づいてくれよ。愛のせいじゃないけど、周りは期待してるからねぇ。」
私には全然、見当つかない。
「愛那、何の話?」
「気にしなくていい。こいつのことも、こいつが言ったことも全部忘れて。」
「おいおい辛辣だなぁ。愛華さんも知りたいこといっぱいあるだろうに。一つ、私が教えてあげようか。この辺り、ここら一帯の治安は、あなたが思っている以上に良くはない、と知っていた方がいい。」
「おい!やめろって言ってるだろ!愛華が気にすることじゃないから。」
なんだ?
治安??
愛那が中学の時、不良で恐れられてたのは知っているが、そういう人達による治安のことなのか?
そういえば、私と一緒にいなかった時の愛那のことはほとんど知らない。
この人のことも、周りのことも。
でもそれは、私の気にすることじゃない、はずだ。
「…別に気になってないから、私。愛那が何してたとか、北…条さんのこととか。今の私には関係ない。」
関係ないものに関係を持たないようにする。
私はずっとそうしてきたから、そうすることは容易なのだ。
「へぇ~。そろいもそろってクレバーなんだ。でも物分かりがいいのと潔いのを履き違えるなよ。…じゃあ私はここらで失礼するよ。電車の時間も近いしね。愛華さん、また会えたら今度はもっと話そっか。…愛、また連絡するよ。」
こちらが何かを返す間もなく振り返って駅の中へと消えていった。
「…愛華。ごめん。今はまだ…。」
「さっきも言ったよ。気になってないから。」
愛那は私の方を見ずに『ありがとう』と言って、そのまま家へと向かった。
気まずいせいか帰り道の会話は全くなかった。
私も空気を呼んで声をかけなかったが。
こういう微妙な空気の時は下手に話しかけるよりは、時間にゆだねるのが得策だ。
実際、北条の話は気にならないわけではない。
でもそれはテレビ番組みたいなもので、別に知らなくても良いような情報のさわりを知ってしまったがために知りたい、と思う感じだ。
まぁ、私が何もしなければ愛那も元に戻るだろう。
『今は』ということは、いつか話す時が来るのだろう。
なぜ今はダメなのかとか、元々隠している気が合ったのかとか、そんなことは気にしないことにしている。
そのいつかを、私は待つことにした。




