第18話:そこらの宝石
愛那と紗那が教室から戻ってきて、石丸が授業中に書いていたノートを持ってきた。
そのノートを開いて中を拝見する。
描かれていたのはフロー図(流れ図)だった。
フロー図とは、上から順に条件や行動を踏まえて別の条件や行動に流れていくものだ。
簡単に例を挙げると『お昼を食べに行く』と言う行動に『ラーメンを食べる』と言う条件があれば、ラーメンを食べるなら『ラーメン屋へ行く』、食べないなら『別のお店に行く』、みたいなのを上から順に流れるように矢印と図で書いたものだ。
石丸のノートにはそれが書いてあり、とても細かに条件が分かれていた。
食事に行く場所だけでも6か所に分かれ(それでも削った上でだろう、消し跡が多数見えた)、そこからも食べるもの、食事の後に及ぶまですごく詳細に。
そして最終的にすべてが『告白する』に収束していた。
「…なんか、気持ち悪いと思うのは私だけでしょうか。」
「バカ!誰も言わないようにしてたのに!!人の本気をバカにしちゃダメだぞ!誰も言わないけど!!」
フォローにならないフォローをする紗那。
さすがにやりすぎと言うか、これを私達に見せようとしてたのか。
その勇気だけはスゴイと思う。
こんなの自作の作詞を見せてくるようなものだ。
下手したら、人によってはこっちの方が恥ずかしいと思うのでないだろうか。
愛那も引きすぎて、無言、真顔だ。
私も苦笑いしかできない。
ここであることに気付く。
「…ん?一本どこにもつながってない矢印があるよ?」
「あれ?ほんとだ。」
辿って見ようとしたとき、勢いよく相談室のドアが開く。
「ハァ!ハァ!…ちょ…、やっぱり、…俺のノート…!!」
石丸が帰ってきた。
なぜか走ってきたようだ。
息を切らしている。
「おぉ!やっと来たか石田!」
「ゼェ…ハァ…いし…まる…だって…!」
息を整えながら手で『少し待って』と言わんばかりのジェスチャーをする。
1分後。
「俺のノート!!結局忘れてたんだった!!」
そういってノートを取り返した。
顔も赤いし、見られていたことが相当恥ずかしかったようだ。
いや、勝手に見ていた私達が悪いのだが。
本人がいないところで見るというのは、いくら見せるつもりの物でも恥ずかしい物なのだろう。
「でもそれ、もう全部見たよ?」
愛那が何気なく言う。
「えぇ!?やっぱりそうだよなぁ~。今開いた瞬間とかじゃないもんなぁ~!…どうだった??」
「あ、うんよかったよ。」
真顔の愛那に戻る。
「お前ら嫌いだ!!」
崩れる石丸。
流れるような会話も終わり、本題に入る。
「で、結局いんちょー、どうするの?日曜日。」
日曜日。
秋山の本性を知った上で、行くか行かないかだ。
「…うん。行くよ。」
驚きはしない。
予想はできていたから。
「…色々知って、それでもまだ好きなのか?」
「好きか嫌いかで言われたら好きだ。そう簡単に変わらない。でも、付き合いたいかどうかで言えば、今はよくわからん。もしかしたらのワンチャンとかを狙ってるわけじゃないけど、…いや、少しだけ狙ってるかも。とにかく、今はできる限りのことをしたい。」
「私も、今は好かれてなくても好きになってもらえる努力をするべきだと思います。」
あそこまで言われて、普通なら嫌いになってしまってもおかしくはない。
それでも石丸はまだ、好きだといった。
すぐに嫌いになるような、程度の低い恋でないことは分かった。
それを踏みにじったのは私だ。
「もしかしたら、私があんなことをしなかったら、遊びででも付き合えたかもしれなかった。ごめん委員長。私の勝手な行動のせいで。実はあの時…。」
「いや、いいよ。どんな意図があったとしても、それはいつか知ることになっていたものだと思う。それをいいタイミングで知れただけだ。愛華さんを褒めたり罵ったりはしないけど、…ありがとう。」
小さく頭を下げて、続けて言った。
「俺、今まで何人か好きになった人がいたけど、気持ちを伝えれたことなんて1度もなかった。意識すると会話もろくにできないし、そんなやつを好きになってもらえるわけなくて、いつも誰かに取られて終わってたんだ。」
気持ちを伝えることは簡単なことではない。
簡単だという人は慣れているだけで、それは決して『簡単』ではないのだ。
簡単ではないからこそ、価値があり、大切なのだ。
「だから、改めて、相談内容を言わせてもらう。付き合いたいなんて言わない。俺の気持ちを伝えるのを手伝ってほしい。」
「だったら、私達ができることはないよ。日曜日じゃない、今日、部活の後にでも伝えておいで。私達はここで待っているから。」
どんな形であれ、気持ちを伝えることは手伝えない。
それまでの経緯を手伝うことはできるが気持ちを伝えること自体は本人がすることだ。
告白の替え玉とか、代わりに気持ちを伝えてあげるとか、そんな甘えを除いてだが。
愛那はそれを分かってほしかったのだ。
「私達は何もできないけど、ここで待っててやるから。ダメでも慰めてやるぞ?男女差別するつもりはないが、男らしいとこ見せてみな??」
紗那の言葉に少し笑って、深呼吸をし、顔を上げる。
「よし!!部活が終わるのなんて待てねぇな。行ってくる!!」
そういって石丸は相談室を出て行った。
私達は右手を軽く上げて激を送る。
「行ってこい!!!」
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石丸がいなくなった後。
相談室ではさっきのフロー図の話になっていた。
「結局あの1本、どこにも繋がってなかった矢印は何だったんだろうな。」
「あれじゃないですか?考え途中で時間が来て、ここで続きを考えるつもりだったとか。」
「お!それあり得る!!さすが英梨ちゃん!!!」
愛那が巡川を持ち上げてくるくる回しながら褒める。
っていうかもう下の名前呼びになっていた。
「わぁぁぁぁああ!!ありがとうございます!ありがとうございます!!!」
「なにしてんの、邪魔だよ二人とも。」
私の言葉に、すぐにやめてソファーに座りなおす2人。
それを見て紗那はなんでか満足した顔をしていた。
私ならそう言ってくれると信じていてくれたのだろうか。
「結局ノートは石丸君が持って行っちゃいましたし、真相は謎のままですね。今後はあまり触れない方がいいかもですし。」
「確かあの矢印、1番最初から始まっていたよな。入り組んで見づらかったけど。愛華はどう思う?」
「そうだね。他の矢印が『告白する』にあったところを見ると、それだけは『告白する』じゃないから、だから当たり前だけど、告白しない方向なんじゃないかな。そもそも日曜日に行かないことにする、とか。」
矢印の始まりは一番最初、6件のお店に枝分かれする矢印の1つだった。
もしかしたら別のお店へと続かせるための矢印かもしれないが、終わりの方まで伸びてきていたし、一番最後に付け加えた矢印だと思う。
それなら多分、日曜日は行かずに、告白もしない、だったんじゃないだろうか。
その矢印の先の書きようがなかったというよりも、考えないようにしていた、のかもしれない。
それでもその矢印を書いたのは、石丸なりにもしもを予期したからなのだろう。
そのもしもが多分、今日のことだ。
「まぁ、もう必要ないものだし、深く考えてもしょうがないよ。それより、もし成功したらどうする?」
「え?委員長の告白が??」
予想できたはずのことだが、ごたごたしていたせいかまったく考えてなかった。
石丸には悪いが失敗すると思っていたから。
「そんなことになったら、秋山さんが今まで照れ隠しで石丸を嫌っていた発言をしていたか…。」
「秋山さんが石丸君のこと好きでもないのに付き合った、ってことになりますね。」
確かに。
でも、案外恋愛事はこの手のことが多いような気がする。
普通に考えて両方が互いに好きで付き合えることなんて滅多なことではないはずだ。
計算してないから何とも言えないけど確率的には低そうだ。
好きではなくても、告白されて、『付き合ってもいいかな』と思えばそれだけで付き合うはずだ。
「待つとは言ったけど…気になるよなぁ。…見に行く??」
親指を外に向けてジェスチャーをする愛那。
「行かないよ!!っていうかそういう邪魔は絶対ダメだって!」
「…じょ、冗談だってぇ~。当たり前だよねぇ~。…じゃあちょっとトイレに…。」
「待ってるって言ったんだし、早く帰ってこないとなぁ、愛那。」
そういいながら紗那も愛那について行こうとする。
「うっ…当たり前だし!早く行って、早く帰ってくるし!!」
愛那が変なことをしに行かないよう見張るつもりだ。
「よろしくね、紗那。」
「まかせとけ!」
相談室に残された私と巡川は話すことも特にない、と思っていたが、意外にも巡川から声をかけてきた。
「愛華さん達っていつから一緒にいるんですか?…あ、愛華さんと愛那さんはずっとってわかるんですけど、紗那さんとは…?」
「あぁ~保育園の頃に、紗那の方が隣に引っ越してきたんだ。最初の頃は全くお互いに知らなかったけど、初めて家に来た時に色々あって仲良くなったんだ。」
「喧嘩とかもしたって愛那さんが言ってました。やっぱり喧嘩できるようになると本物って感じがしますよね。分かんないですけど。」
「愛那そんなことも言ってたの?確かに喧嘩をしてもそれを受け入れられる関係はいい関係かもしれないね。それが全てってわけじゃないけど。」
「私も一つ下の妹がいるんですけど、いつもすぐ喧嘩しちゃって。でもそのたびに謝ってまた仲が深まるような気がします。」
「巡川さん妹がいたんだ。っていうか喧嘩とかするの?怒ったりもする??」
「し!しますよ!!妹にはよく怒るんですよ!!中学に上がってから好き勝手してるから。げ、げんこつだってするんですからね!!!」
「フフッ。あははは。なんだか巡川さんの意外なところを知った気がする。」
こんな風に、笑って話すことなんて紗那と愛那以外とはしないんじゃないかと思っていた。
いや、しないようにしていた。
私の中で、だんだんと巡川に対する意識が変わってきている。
これ以上はいらない、巡川だけなら少しずつ、仲を深められるかもしれない。
会話もそこそこに、愛那と紗那が帰ってきて、あとは石丸を待つだけだ。
「愛那の奴、私が目を離した瞬間に体育館に行こうとしてて本当に焦ったよ。」
「いや違うし!?私は外の光を浴びたいなって思っただけだし!」
「言い訳が苦しいぞ。巡川達は何かしてたのか?」
「私と愛華さんでお話ししてました。」
愛那と紗那が少し驚いた顔で私を見る。
私は少し恥ずかしくなって反対方向を向いてしまった。
我ながらあからさまな態度をとってしまったものだ。
「楽しそうでよかった。じゃあ、私達ともしゃべ…。」
「ただいまぁ!!」
愛那が言い終わる前に石丸が帰ってきた。
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「で?どうなった??」
石丸をソファーに座らせて、私と巡川と愛那が少し狭いが向かいのソファーに座る。
紗那は石丸の隣に。
「え~と。まず部活中だったけど休憩のタイミングを見計らって呼び出して…。」
「それからそれから??」
3人とも興味津々だ。
身を乗り出して聞く。
私を含めてここにいる人はこういう恋愛経験はないから気になるのだろう(巡川に関しては分からないけど、経験はないことにしといても差し支えないはず)。
私も気になるけど、さすがに身を乗り出すまではないが。
「呼び出して、全部話した。」
「え?」
「廊下で聞いてたことを。その後すぐ告白したよ。『それでも好きです』って。」
「おお、すごい。意外とやるじゃん。」
「意外とってなんだよ!!それで返事は…。」
「返事は?」
「もちろんNOだったわ~。」
「よく頑張った!!!!!!」
分かっていた結果だ。
それでも、石丸は頑張った。
「…秋山さんは何か言ってた?」
私のせいで嫌な思いをしたはずだ。
それを石丸に八つ当たりしている可能性も十分にありうる。
「俺が全部知ってることが分かって、変に装うことなくなってたよ。多分素の顔で断ってたと思う。」
『ごめん、その通り石丸君にそういう感情はない。』
そう言われたらしい。
「そっか。」
「まぁよかったよ。これで俺も一歩前進、できたんじゃないかな!うん!!いやぁ緊張したなぁやっぱり。はは。…じゃあ、今日はもう帰るよ。相談してよかったわ、ありがとな。」
「おう、じゃあな。」
多分石丸は初の自分の成果と、初のちゃんとした失恋に、今日はいろんな思いを巡らせながら過ごすのだろう。
私達が長く干渉することではない。
これにて、石丸の相談は終わった。
当たって砕けた石だったが、その破片はいくつもの宝石のように私は見えた。




