第13話:安値の石
率直に言って初日の放課後はフルで参加した。
校門を出たのは19時過ぎくらいだったか。
だから終わったのは18時50分くらいか。
いつもより1時間以上は遅くなっている。
部室では話すこともないし、狭い空間での目線や空気に耐えられず、着替えてすぐ帰った。
結局トスの練習とレシーブの練習だけでその日は終わった。
基礎練だけだがなかなかに疲れた。
帰りの電車はすぐに寝てしまったし、帰ってからの脱力感はすさまじく、ご飯の支度ももたつくほどだった。
これが運動部か、とひどく痛感し、これを毎日やっている全員を盛大に褒めようと思った。
思っただけ。
ちなみに紗那と愛那もかなり疲れていた。
この二人に関しては、ある程度できているのに基礎練だけさせられてたから、同じことの繰り返しに疲れた感じだ。
もちろん巡川も、言うまでもない。
石丸はというと、疲れなんてあるはずもなく、部活中は永遠と秋山を目で追っていた。
表情は、まぁ、察してほしい。
とにかく私は明日の部活をどうやって回避するかを寝るその直前まで考えた。
このままでは不登校になったとしてもおかしくない。
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そして翌日の放課後。
回避するために思い浮かべた案は全て非現実的だったりで、ここでは割愛させてもらう。
こういうのを考えるのはなぜか苦手だ。
また愛那と紗那に追いかけられるのも面倒だし、素直に体育館に向かった。
そして部室。
着替えは昨日の練習着(洗濯済)を着る。
愛那と紗那はもう昨日の疲れを忘れているようで、部活に対しての意気込みを二人して語っている。
一方巡川と言うと、意外とやる気の顔をして着替えている。
昨日はあんなに疲れていたのに。
そしてコートへ。
今日も最初は各々ストレッチをする。
「あ、あが…っ。」
また人の多さに巡川が硬直して紗那が面倒を見て…。
昨日のデジャブを見ているようだ。
そして基礎練。
秋山の指導の下、ジャンプの練習や、サーブのやり方なんかを聞く。
1回1回模範を見せてくれるたびに目の端で石丸が拍手をするのが見える。
秘める気はあるのだろうか。
練習は愛那と紗那は卒なくこなし、巡川は全くセンスがなく、私は可もなく不可もなく、目立たないようにバランスよくこなす。
そして今日の練習の最後。
部員の簡単なゲームに少しだけ参加することとなった。
はっきり言って、愛那と紗那はもう十分ついていっている。
巡川はというと、まだボール以前にメンバーに慣れていないからコート内に入ることもできなかった。
そして私が入った時。
「愛華さん!ボールいったよ!」
「…!はい!!」
ボールをセッターに返しアタックが決まり得点になった。
え、なにこれ、気持ちいい。
ということでその日の練習は終わり、着替えた後の校門までの帰り道。
「今日の愛華のレシーブスゴイ上手だったね!」
「いやいや、それだったら愛那と紗那なんてもうめちゃくちゃ動いてるじゃん!私は体力ないからまだきついなぁ。」
「3人とも羨ましいです。私も早く上手になりたい。」
「巡川はまず慣れるとこからだな!人に。」
「うぅ…。4人でできる部活だったらよかったです…。」
その後家に帰っても部活の話に花が咲き、その日を終える。
そして、翌日、翌々日…。
1週間が経過したその日の昼休み。
最近昼休みは相談室で昼ご飯を食べている。
「今日の部活さぁ、そろそろ最初のアップから参加できるんじゃない?みんなはどう?」
「私はもう慣れてきたし、部活のメニューで行けるぞ。巡川はまだ難しそうか?」
「私もまだ話したりはできないですけど、無理しない範囲ならついていきますよ。頑張ります!」
「私も愛那と紗那ほどじゃないけどついていけるよ。」
「よーっし!じゃあ今日も頑張っていこう!!おーっ!!」
紗那と巡川も掛け声に合わせ、私も小さく手を挙げた。
1番近い試合に向けてスタメンでなくても途中で参加できるくらいにはしたいと思ったその時、相談室のドアが開く。
「あ、みんな揃ってる。」
石川が入ってきてパイプ椅子に座る。
私の隣に座っていた巡川が少し私の陰に隠れた。
「最近皆部活のやる気すごいな。見ててよくわかる。」
「当たり前だよ!早くフルで試合に出たいしね!!」
「おぉ!すごいな!がんばろうぜ!…ところで、俺の相談のこと、覚えてる??」
「あ。」
「あ。」
「あ。」
「あ。」
あ。
まっっっったく忘れていた。
というか作戦すら立てていなかった。
しかも部活が楽しくなっちゃってた。
あやうく3年間バレーボール部で終わるところだった。
青春は人との関りを強くしてしまう。
そんなことを中学の時に学んでいたはずなのに…。
「そうだよ!バレーなんてしてる場合じゃないよ!」
私の望みは知り合い以内の距離感を保ったまま、学校生活を送ること。
青春のせいで気持ちが変わりかけるところだった。
他人と関係を持つなんて心底嫌だ!!
「うあああああ!すっかり忘れてたよ!!いんちょーなんで早く言ってくれないんだよおい!!!」
「っおぉ!久々にその表情はびっくりするって…。」
愛那の表情にビビる石丸。
「みんな練習結構集中してるし、俺も秋山さん見れて満足感あって…。相談のことはさっき思い出しました。」
「何やってんだよ石川…。そういえば私達放課後ずっとこの部屋空けてたな…。相談室のこともすっかり忘れてたわ。」
「いや石丸だから。」
「私…せっかく頑張ってたのに…。」
嘆く愛那、紗那、巡川。
私も相談室云々ではなく1週間の無駄に嘆く。
こんな言い方はするものじゃないけど、はっきりと無駄だったと言わせてもらう。
無駄無駄無駄ッ。
「…とりあえず、作戦立てよう?」
「…そうだな。」
混乱している状況を終わらせて、本題に入る。
「え~っと、いんちょーと秋山さんを話せるようにするんだっけ?」
「いや全然違うよ!!!!!だとしたらもう叶ってるよ!!俺と秋山さんが…その…付き合えるようにしてほしいんですよ。」
自分で言っていて恥ずかしかったのか口ごもる。
「でもぶっちゃけ石田と秋山さん全然話せてなくね?」
「だから石丸だって!確かに全然話せてないけども…。」
あれから石丸は目で秋山を追ってはいるが会話と言う会話はまったくしてない。
というより話しかけても声を裏返してまでキョドっていた。
このままじゃあまず恋愛対象にすらなれないのではないだろうか。
「う~ん。愛那と愛華は何かいい案浮かびそうか?この前みたいに。」
「え~。う~~~ん。率直になんかめんどいっていうか。」
「なんでそんなこと言うの!?」
私も愛那と同意見で、考えるのもめんどくさい。
というより望みがなさすぎる。
「巡川はどうだ?」
「う~~~~ん。…そもそも付き合うって何がどうなれば付き合えるんですか?」
「それはだな。…そういえばそうだよなぁ。お互いが好きじゃないなら、どうやって付き合うんだろう。」
確かに、よっぽどの遊び人でない限りそうそうOKを出さないだろう。
よく考えたら私と愛那と紗那は交際経験なんてない。
「あ、向こうはやっぱり俺のこと好きじゃない前提なのね。」
「…とにかく!!秋山に好きになってもらうようにしていけばいいだけじゃん!!よし!最初の通過点は見えたよ!!」
「そうだな。そこに向けて何をしていくか…だなぁ。」
だが好意を持ってもらうということはそうそう簡単な話ではない。
ましてや相手は可愛い女の子だ。
言ってしまえば「選べる立場の女子」なのである。
そんな子が敢えて石丸に好意を持ち、付き合うなんて、並みのやり方じゃあできない。
「秋山さんの倍率高いそうですし…貴重な1週間を棒に振っちゃいましたね…。」
「あぁ!!もっと早く気付くんだったぁ!!俺の友達も何人か『いいな』って言ってるし、誰かと付き合うのなんて時間の問題だぞ!!」
そうだ。
並みのやり方どころか、じっくり時間をかけることもできない。
何度も思うが、かなり厳しいんじゃないのか?
「まずはいんちょーと秋山さんがもっと話さないと!私達がサポートするから、とにかく向こうの頭の中にいんちょーを作っていくしかないね。」
やはり現状はその程度のことしかできない。
だがこれをしない内は何も始まらない。
「よし、じゃあ今日の放課後からやっていこうか。岩丸はなるべく私達といるようにしろよ。私達が秋山と話すときに話振ってやっから。」
「りょうか…だから石丸だって!!グレードアップさせるな!!」
「あ、私にも話振ってもらえると嬉しいです。」
おこぼれをもらうような言い方をする巡川。
最近はこんな一面もかわいく見えてきた。
小動物みたいで。
「じゃあとりあえず部活はそこそこにこなして、今日からはしっかり相談に応えていこう!!おーっ!!」
「おーーーっ!」
いつものノリで愛那に紗那、巡川、それと石丸が続く。
昼休みも終わりに近づき、私達は相談室を後にした。
とりあえず全員でやることは一つ決まった。
当面はそれをこなすだけだ。
それから
「愛那。私今日の放課後は休むよ。」
「…あぁ。了解。まぁ頑張ってね。」
「あ、引き留められると思ったよ。」
「へへへ。放課後って言うことは、放課後にしかできないことなんでしょ?大体何やるか分かったよ。」
「どこまでできるか分かんないけどね。そっちは任せた。」
愛那は微笑んで首を縦に振る。
私のやることは決まった。
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放課後。
私の今日の放課後は端的に言うと情報収集だ。
石丸の人間性や、石丸と秋山の現状のほかに確実に知っておかないといけない情報。
これなくしては作戦なんて立てられない。
それは秋山の情報だ。
現段階では石丸の気持ち悪い情報量しかないわけだ。
だがこの情報がなかなかに使える。
正確には情報自体ではないのだが。
とりあえず教室でしばらく時間をつぶす。
冷静になって考えると、なんだかんだ石丸の相談に対してしっかり仕事をしている。
巡川の時は愛那が断るよりも早く引き受けてしまったから、とにかく早く終わらせたい気持ちでやっていた。
前回も今回も、できることなら私はあまり参加したくない。
100歩譲って表立ったことはしたくないのだ。
仕事を投げ出す手もあるが、そんな無責任なことは私はしたくない。
だから今回も裏方、サブパートの様な仕事を率先しようと思う。
しばらくして、私は相談室に向かった。
運が悪いと上手くいかないが、ここしばらく放課後に相談室いっていないし、多分大丈夫。
相談室のドアを開けて中を確認する。
案の定そこには居眠りをする佐倉先生がいた。
私達がいる間はあまり来なくなっていたが、1週間空けた途端これだ。
サボり場所としてまたも定着していた。
だが今日はそれで好都合。
他に誰もいないこの場がベストだ。
「…先生。起きてください。」
声をかけながら揺さぶって起こす。
なんか、はたから見ると誤解されそうなシチュエーションな気がする。
「んん??なになに?…おぉ!!渡辺姉か。脅かすなよ。ってか最近全然来なかったのに、急にどうしたんだ?…!?さてはまた先生にチクろうってのか!?」
私が職員室に報告したことをまだ根に持っているのか。
そんなことは今どうでもいい。
石丸は、あれだけの情報を持っていた。
そのうちいくつかは会話をしていないような人が知りえるようなものではなかった。
つまり、情報を提供した者がいる。
はず。
「そんなことしないですよ。ところで先生、先生はいつもなんでもめんどくさそうにしてるけど、結構生徒のことちゃんと見てますよね。」
とりあえず褒めるとこから入る。
私の勘だと石丸の情報源は仲のいい男子などではなく、もっと確信的な何かだと踏んでいる。
例えば生徒の資料とか。
だとしたらこのダメ教師が渡した可能性が一番高い。
適当におだてて私が欲しい情報を引き出そうと思う。
「え?いつもめんどくさいし、あんま見てないぞ?」
まさかの真実をそのまま返してきた。
私の思惑だと「ええ?そうかぁ??照れるっておい~。」くらいの返事だと思っていたが。
誰もが知っていることを返された。
なんだか私だけダメ教師だと思ってないみたいじゃないか。
「あ~、そうですね、はい。」
こうなったら路線変更で。
「先生、委員長に秋山さんのプロフィール教えましたよね?」
直球に攻める。
「…っ!ゴホっエホッ!!!な何のことだそりゃ!?」
分かりやすいな。
「やっぱり!!情報を流したんですね!?」
「いや!!何もなかったぞ!!俺は聞かれたけど何も言ってない!!アドバイスをしただけだ!!」
ん?
「アドバイス…ですか?」
「そういうのは自分で調べることに価値があるからな。それに石丸は好きなものとかタイプとか、俺も知らないようなことを聞いて来たからな。いいか!?あいつがこんなこと聞いて来たなんて絶対誰にも言うなよ!?石丸にも言うなって言われてんだ。」
そうだったのか。
見当違いもいいところだったが佐倉先生相手だと罪悪感が全くない。
だとしたら情報提供者は誰だったんだろう。
なんか少し怖くなってきた。
情報を渡したこと秘密にする代わりに別の情報を聞こうと思ったのに。
いや、とにかく。
今あるカードで攻めるしかない。
「じゃあ誰にも言いませんから、私1つ知りたいことがあるんですけど。」
「何だ?お前も誰かの情報が知りたいのか?ダメだ!直接聞け!!」
直接聞けるなら私だってそうしているし、っていうかそれが一番早いのは分かっている。
そもそも直接話し掛けられない。
休憩時間や昼休み、秋山はクラスの女子のグループといるし、放課後の部活や部活後はあまり話かけられる雰囲気ではない。
愛華達に代わりに聞いてもらう手もあったが、後のことを考えると直接はあまり得策ではない。
「それに『誰にも言いませんから』ってのはあまり強い脅しにはなんねぇぜ?言われたところで俺は痛くもかゆくもない!!」
やっぱりクズだなぁ。
教師辞めた方がいい。
「じゃあ…これならどうですか?」
そういって私はスマホの画面を見せる。
そこには少し前に撮った佐倉先生のサボっている様子を収めた写真を映した。
実はちょくちょく愛那が撮っていたのだ。
「…話を聞こうか。」
「ありがとうございます。」
交渉成立。
それ以上にさっきまで寝転んでいた佐倉先生をソファーの上に正座させるまでした。
ぎりぎりまで使いたくない手だったがやむを得ない。
そして私は切り出す。
「秋山さんの出身中学校と携帯番号を教えてください。」




