第12話:高値の桜
石丸が相談室にきたその日、体育館に行った後私達は大した進展もなく家に帰った。
巡川は阿原高校には歩いて通える距離なので校門からは別れて帰っている。
石丸は電車通だが私達にくべれば全然遠くない距離だ。
まぁだからと言って途中まで一緒に帰ったりはしない。
向こうの、石丸への人目もあるだろう。
といわけで時は進み、翌日の昼休み。
私は一足先に相談室に行く。
一足先にとは、トイレに行った愛那に対して、だ。
私が着くと紗那と巡川も既にお弁当を持ってきている。
石丸はクラスの男子とご飯を食べてくるらしい。
聞いたわけではないけど、見た感じそんなところだ。
なるべく相談を感づかれないようにするためだろう、そこは私達も察している。
なので生徒委員会の4人で案を出す。
「秋山さんは昼休み教室でご飯食べてるから、紗那たちじゃあ接触しづらいと思うよ。」
「あぁ、確かにそれは難しいな。合同体育の時間にって思ったけど他に親しい人といられたらきつい。まずはほんとにどうやって接触するかだなぁ。」
「私は帰り道がいいんじゃないかなって思います!向こうから話してもらえる状況を作れば自然に近づけるんじゃないかな?」
「お、それいいね。」
「確かに、自然に接触できるに越したことはないね。じゃあ紗那と巡川さん2人でその役頼むね。」
「分かりました!!じゃあどういう状況にするかですね。う~ん。」
各々悩みながら昼ご飯を食べる。
案が色々と飛び交う中、ふと違和感に気付いた。
「…。あれ、そういえば愛那遅いな。」
「あ、ほんとだ。トイレに行くって言ってたけど…。!?!?もしかして!」
嫌な予感に気付く。
いや、気付くのが遅かったかもしれない。
3人とも弁当を置いたまま相談室を出て教室、1年5組に急ぐ。
教室に着きはしたが、そこに愛那と秋山の姿はなかった。
私達の到着に石丸が気付いたのか、男子グループをこっそり抜け出して私達の下へ来る。
「さっき愛那さんが秋山さんに何か言って体育館に行ってしまったぞ?もしかして、あれから何か作戦を考えてたのか?」
「いや、何も言ってないよ。愛那の単独行動だ。やばい、早くいかないと!」
私は体育館に急ぐ。
「石井、お前も来い!!」
「いや、石丸ですって!!」
遅れて紗那、巡川、石丸がついてくる。
愛那の単独行動がどうでるか分からないが、もしかしたらめんどくさいことになるかもしれない。
イレギュラーは私の活動キャパを大幅に超えるかもしれない。
それだけはなんとしても避けたい!!
体育館に到着して外から中をうかがう。
「もしかして、秋山さんを暴力で服従させるつもりなんじゃ…!?なんてことをしようとしてくれてるんだぁ!!」
あらぬ予想を立てる石丸。
まぁ噂がある分それは仕方がない。
「ちょ、うるさい!まだどうなるかは分からない。あ、見て、愛那が何か喋ってる。」
中には秋山と何やら話している愛那がいた。
今日は体育館の中で遊んでいる人はいないようで、2人の声しかしない。
「…愛那さん、もっと怖い人だと思ってた。呼ばれた時は何か粗相をして目をつけられたのかと思ったけど、そんなことなら私は大歓迎だよ!身長も高いしね。まずは仮入部って形でいいかな?そんなに厳しくはないけど念のためね?」
「うん!オッケー!!じゃあ入部届もまだ出さなくても大丈夫だよね?とりあえず今日の放課後からよろしくね~!」
!?
どうやら秋山と接触するために仮入部をしたらしい。
これにはこの場の全員が驚く。
いや、石丸は秋山の無事を確認出来てホッとしているな。
驚いてすぐ、紗那がニヤリと笑い、私と愛那の腕を引いて立ち上がる。
「え?」
「え??」
嫌な予感がする。
留まるために咄嗟に石丸の服をつかんでしまったためか、石丸も紗那に引っ張られる形で体育館の中へ。
「その話、私達も参加するぞ!!」
そう言って私達は秋山の前に出た。
最悪だ。
運動部なんて絶対やりたくなかったのに。
嫌でも関りを深めてしまう。
人と話さなければならない。
多分私のそういう気持ちをお構いなしに、紗那は自分の感情に従ったに違いない。
紗那は鼻息を荒立てながら、楽しくてしょうがない顔をしているし。
ちなみに、巡川は何が起こったかもわからず放心状態。
っていうか石丸連れてきてしまったけど大丈夫なのか?
「お、おお!!こんなに入ってくれるの!?本当に!?」
「いや、私は入らな…。」
「うん!私は橘紗那、左が巡川英梨で右は…。」
「渡辺愛華さんと、石丸邦仁君でしょ?同じクラスだからわかるよ。別に初心者でも全然かまわないから、とりあえず今日の放課後から参加してみて!!いや~同級生が増えるのはうれしいね!!」
名前を覚えてもらっていたことに感銘を受ける石丸。
だがもちろん疑問はある。
「え!?あの俺もバレー部入れるんですか!??」
「あ、石丸君は…そうだなぁ、マネージャーとか?あ、それとも男子バレー部の方に入りたかったとか?勝手に流れで女子バレーに入ってくれると思って…。」
「あ、いえ、女バレです!よろしくっす!!!」
きれいな御辞儀を見せる石丸。
それはそれは見事な90度だ。
こうして全員が秋山に接触することに成功した。
もちろん、私の中では大大大誤算なわけだが。
初日からサボろうかな、なんて考えるけどそれは愛那と紗那の誘いを断れたらの話だ。
巡川はまだ放心状態。
っていうか自分がバレー部に仮入部したことにも気づいてないのでは。
そして石丸は歓喜に震えている。
あぁ、やっぱりめんどくさくなった。
最悪だ。
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放課後になり誰にもばれないように帰ろうとする。
いや、後ろの席の愛那には確実にばれているから、引き留められる前に急いで帰ろう。
今日は相談室に行かなくてもいい。
部活の印象も最初が肝心なのだから。
下駄箱に直行。
しかし当然のように、いや予想通り紗那が立ちはだかった。
巡川と一緒に。
そして後ろから愛那が来て挟み撃ち状態。
というわけで、体育館に連行。
巡川は完全に自身の置かれた状況を把握していた。
あの昼休みの後しっかり紗那が教えてあげたようだ。
意外と乗り気なのが不思議に思ったが、こういうのを経験してこなかった巡川には楽しみなのだろう。
それにしてもこれから大人数で活動することを忘れてるんじゃないんだろうか。
後で盛大にキョドルと予想する。
というわけで、体育館に到着。
練習着なんてないけど部室に余りの服があるらしくそれを借りる。
最悪これがないことを良いことにテキトーに見学して帰るつもりだったが、しっかり人数分あった。
部室で着替える私達。
他の人はもうネットの準備とか柔軟とかをしている
「運動部なんて久しぶりだね愛華。」
「この1回だけだから!明日は絶対すぐ帰るからね!!」
「愛華さん、愛那さん、運動部だったんですか?」
「そうだよ~。紗那も入れて3人で中学の時はバスケ部だったんだぁ。」
「へ~すごいです!!確かに背が高いですから上手そうですね。私は美術部だったから運動系はずっと苦手で…。どうして高校ではしなかったんですか?」
それは
「…あぁ、うちから学校遠いから朝練とかできないなぁと思ってね。」
愛那が理由を言ってくれた。
「それより巡川、お前運動苦手って大丈夫か??練習きつかったらすぐ休むんだぞ?」
「はい!!でも、できるだけがんばりますよ!!」
気合だけは十分な巡川。
それにしても、紗那は巡川の保護者か何かなのか。
かなり気を使ってるし、やっぱり仲がいい。
着替え終わって部室からコートへ行く。
ちなみに部室は体育館の外に部ごとに用意されており、用具はまた別の用具入れ倉庫にある。
部室から出て体育館に入り、運動靴(体育館シューズ)を履く。
体育館シューズは普通体育の授業に備えて、みんな常に学校に置いたままだ。
中に入るとバレー部はランニングが始まっていて、掛け声をかけながら体育館の中をぐるぐる回っている。
石丸は体育館の隅で何やらボードに記述している。
さっそくマネージャーの仕事をしているのだろう。
「1、2、1、2、1、…ひっ!わ、渡辺姉妹!?」
1人の女子がこちらに気付き、それが伝播する。
秋山の反応でいけそうな感じではあったが、やはりこの反応が普通だ。
っていうか秋山は言ってくれていたのだろうか。
秋山の表情を見る限り言ってなさそうなのは明白だった。
「やっべぇ~」って感じで慌てふためいている。
「あぁ~ごめん。言い忘れてたけど今日からこの4人が仮入部するから。」
そういった秋山を周りの部員が取り囲み、こっちに聞こえるかどうかのひそひそ声が聞こえだした。
「え、桜子分かってんの!?あの渡辺姉妹だよ!?今じゃ1から3年生のほとんどが知ってるような不良なんだよ!?」
「冷やかしで部活に参加なんかされたらたまったもんじゃないよ!」
「最悪部活停止…!最善大会出場停止…!あぁ、目に浮かぶよ…。」
「ちょ、ちょ、ちょ!ちょっと待って!!私もちょっと怖かったけど、ってか今もまだ少し怖いけど、でも昼休みに見た感じだと運動神経もそこそこあったし、何より噂よりは全然怖くなかったよ?一応仮入部だし、何かあっても仮中は大丈夫でしょ!先輩もどうか!ここは私の顔に免じてください!」
「そんなに言うなら。…私達も噂しか聞いてないしな。」
なんとなく話はまとまったみたいだ。
秋山が前に出て話を進める。
「あ、じゃあ私が簡単に、左から巡川さん、橘さん、そして愛那さんと愛華さんです。私が面倒見るので安心して部活してください。」
「え~と、君たち。仮入部ってことだけど、最初のアップとかはまだいいから適当に体をあっためといて。基礎練の時に桜子に聞きながら参加してみてね。それじゃあみんな続きやるよ。」
部長?のような人の掛け声で練習が再開する。
まだ走りながらこちらを見てひそひそしているが、まぁ気にはならない。
というか慣れている。
とりあえず私達も軽くストレッチをする。
「…ん?巡川、どうした?ストレッチのやり方分かんないか?」
「あ、いえ…。私…この空間、結構きついかもです。」
巡川は直立したまま、人の多さに怖気づいている。
卒倒しないだけでも成長と言えるが、予想通り、予告通りの展開だ。
「め、巡川!私と隅の方でストレッチするか!」
「はい…。すみません。動かしてもらっていいですか…?」
紗那が巡川を持ち上げて隅の方でストレッチをする。
と言うよりも紗那が無理矢理動かしてあげている。
私達はそんな情景に少し笑ってストレッチを続ける。
そこにマネージャー、石丸が来る。
「あの、接触自体はうまくいってるけどこっから先はどうするんだ?作戦立て係だったはずだろ?」
その件に関しては謝らなければならない。
「ごめんなさい。作戦を立てる前にこんなことになっちゃって…。誰かのせいで!!」
愛那の方を睨む。
ビクッと肩を震わし、あらぬ方を向いて口笛を鳴らす。
「とにかく、あの後も大した案は浮かばなかったし、相談する時間もなかったから、今日のところは接触以上のことはできないかな。委員長も変なことせずに接してね。」
「心得た!!」
石丸は体育館の隅に移動して、アップの時間を計ったりしに行く。
「ふぅ~。まぁ潜入捜査みたいなもんだと思えばテンション上がらない?愛華。それにやっぱり話せるようにならないと何もできな…うっ。」
睨み続ける私に気付いて愛那はまた目をそらし口笛を吹く。
「…はぁ。まぁ、確かにここまで接触出来たら色々聞き出せるだろうしね。その代わり、こういうのは今回だけだからね!」
「う、うん!ばっちり了解した!」
曖昧な返事に、次もしこんなことがあったら本気で怒ろうと決めた私。
「…でもやっぱり、また愛華と運動したかったから丁度良かったよ。へへ。」
「…運動なら体育でやってるじゃん。」
「部活動っていうくくりでやりたかったんだぁ。なんか部活ってなるとガチって感じするじゃん?それにバレーボールはやったことなかったしね。」
「…そっか。」
大した会話でもなく、部員の人達が基礎練に入ったあたりで秋山が来る。
「みんなアップ終わった?それじゃあトスの練習からしよっか。」
そういうとボールを人数分持ってきて、1人1球ずつ持つ。
そして手の形を作った後、模範を示し、自分の真上にトスをする練習をする。
「…巡川さん、まずは手に当てるとこからだね。」
巡川のトスは、ボールが手の間をすり抜け顔に何度も当たっている。
そして私達は
「…。驚いた。真上に上げて何度もトスできるのは慣れた人でも難しいのに。」
私達は既にトスができていたようだ。
もちろんバレーは初めてやるが、見たことは何度もある。
だがやってみて何ができたら上手いかなんてわからなかったから、普通にやってしまった。
秋山の反応を見て私はわざとミスをする。
あまりお眼鏡にかなってしまうのは良くない。
「私上手くできないようなので巡川さんと一緒にあっちで練習してますね。それじゃあ紗那、愛那頑張って。」
「え、愛華さんもうまくできて…。」
「あ、さ、巡川さん、あっちでやろう!」
こんな時だけ巡川を利用するのは悪い気がするが今日だけだ。
ごめんなさい巡川。
逃げるようにその場を離れ隅で練習をする。
「愛華さん…。これ本当に難しいんですけど…。」
「あ、えっと…。コツはね…。」
まぁここでこうして教えてあげてれば時間もつぶせるだろう。
そういえば、運動部がいつもどれくらいに終わるかはよく知らない。
いつもの私達よりは遅いのは知っているけど。
終わりの見えないゴールに、私は石丸の作戦そっちのけで、どうやって先に帰るかを考えていた。