1話/おしるこもらったー
「千代ちゃん、千代ちゃん」
昼食を終えた昼休み、教室に戻ってきた陽菜がニコニコと笑って言った。
「おしるこもらったー」
胸の前で抱くのは、二つの缶。
「こら、誰に餌付けされたの」
「多賀くん」
「はあ?」
タガ、というのは、サッカー部の、だろう。
この学校には漢字の違う三名の「タガ」がいるけれど、共通の知り合いは一人だけだ。
高校に上がってからクラスが分かれたけれど、同じ中学で同じクラスだった多賀冬吏。
陽菜が好きな男だ。
「千代ちゃんにもあげるー」
はい、とおしるこの缶を手渡された。
ありがと、と礼を言いつつ、飲んだことがないそれに困惑する。見るからに甘そうだ。家に持って帰って、お父さんにあげよう。
陽菜は、多賀と話せたことがよほど嬉しいのか、えへへと笑いながらおしるこの缶を両手で持っている。ほんのりと赤くなった頬がかわいい。
「なんでおしるこ」
「自販機のところに多賀くんと東雲くんがいてね。おしるこいっぱい持っていたからどうしたのそれ、って聞いたら、お茶を買おうと思ったらこれが出てきたんだって」
「間違えて押したってこと?」
「ううん、業者さんが間違えて、お茶のところにおしるこを入れたみたい。最初は多賀くんも押し間違えたと思ったみたいで、次は間違いなくお茶を押したのに、またおしるこが出てきたんだって」
「それでふたつ?」
「ううん。マジか、ってもう一度確認してみたって」
「あはは。で、おしるこが三つ?」
「ううん、それを聞いた東雲くんが、マジで? って試してみたって」
「アホだ。それで、四つ?」
「五つ。今度は、逆におしるこのほうを押せばお茶が出るだろうって、おしるこを押してみたら、そっちもおしるこだったの」
「なにそれ怖い」
「今、自販機のところに行くと、お茶のところにおしるこって紙が貼ってあるよ」
陽菜が楽しそうに笑った。
※
「陽菜ちゃん、かわいいなー」
東雲の言葉に、俺はそれを認めつつもガクリとうなだれた。
「好きな子にあげる初めてのプレゼントが、おしるこ、とか……」
ぷくく、と東雲が肩を震わせて笑い出す。
「でもまあ、話せる切っ掛けができてよかったじゃないか」
それは正直、嬉しい。すごく嬉しい。
おしるこ感謝。大感謝。
俺は持っていた二つの缶を東雲に預け、自販機に向けてスマフォを構えた。
「おしるこ、撮るのかよ」
「陽菜の字、かわいい。待ち受けにする」
はいはい、と東雲が呆れたように苦笑した。