【5分間novelシリーズ】空が見える日
ここは、大きな工場が立ち並ぶ街。
この街の住人の大半は、そのどこかに従事し、物を作って生きている。
かつては、そこで働く者すべてが、まるで家族のように笑い、悲しむ関係を築いていた。
そんな街も今では少し変わって、工場労働を嫌う若者は、次々と違う街に流れ、それを補うかのようにオートメーションの工作機械やロボットアームが工場の中に置かれるようになった。
数名の労働者に多くのロボットアーム。僕も、そんな工場で働く中の一人だった……。
僕の仕事は、コンベアで流れてくるパーツに、違うパーツを接合する事。
毎日、数百というパーツを接合し、次の工程に送っていく。
単純な作業の繰り返しと思われるかもしれないが、僕から言わせれば、そうじゃない……。毎日、微妙に違うパーツを上手く接合させるのは、簡単な話ではない。
何も知らない人から見れば、単純で面白くない仕事。でも、僕はこの仕事が好きだ……。
そして、僕には夢がある。一生懸命に働けば、きっと、夢は叶うはずだ。
だから、僕は休憩も抜きで働いている。たまに主任が僕に飲み物を持ってきてくれる。
ここの人は、みんな優しい……。
僕は人と話すのが苦手で、いつも仕事が始まる前からコンベアの前で始業のベルが鳴るのを待っている。他の人達は休憩室で、煙草を吸い、テレビを見、世間話に華を咲かせて、ベルが鳴る少し前に入ってくる。
話の輪に加わらない僕は、冷たい扱いを受けてもおかしくないのだろう。
けれど、ここでは違う……。ラインの方を向く僕の背中を誰かがポンと叩いてくれる。
それが毎日の習慣。僕は、だから頑張れる。
そんなある日。
僕の後ろの方で、話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか?ここの工場と神戸の工場、統合するらしいぞ」
その言葉に、数人が手を止め、僕の周りに集まってきた。僕もライン作業をしながら、聞き耳を立てる。
「お前、それ誰から聞いたんや?」
チーフは、そう言うと、僕に手を止めるようにとポンと背中を叩いた。僕が手を止めると、いつも大きな音を響かせている現場は、急に静まり返った。
「本社の偉いさんと製造長が事務所で言いよるのを聞いたんや。規模の縮小をするって……」
その言葉に、皆はざわめき、不安が現場内を包み込んだ。規模の縮小。それはこの工場の閉鎖を意味する。それをみんなは知っていた。最近、この工場で作る製品は、他の会社の新規格製品に押され、会社のお荷物になっている。
「俺らは、どうなるよ?」
そんな言葉が飛び交う中、現場の異変に気付いたのか、製造長が、僕たちの所にやって来た。
「すまん……。どうにか解雇だけはと、掛け合ったんやが」
現場は静まり返った。みんな悲しい顔を浮かべていた。僕も悲しかった……。すごく、すごく……。
けれど、僕が覚えているのは、ここまで。この後、僕は大変な事をしたらしい。
<その後、休憩室で>
「で、どうするよ?この不況で、次っていっても……」
チーフと古株の作業員が、そんな話をする中、若い作業員が、現場から慌てた様子で飛び込んできた。
「チーフ、ロボットが暴走しよる!」
チーフが現場に駆けつけると、確かにロボットアームが何を考える様子も無く、パーツをコンベアから、叩き落とし、アームを右に左に振り回していた。
「電源は切れ!背中のところにブレーカーがあるやろうが!」
チーフの言葉に作業員は、必死にロボットアームに近づこうとするが、暴走しアームを振り回すロボットに、誰がブレーカーまで辿り着けるだろう。
そんな中、古株の作業員は、手元の大きなハンマーに手を伸ばすと、ロボットアームから伸びるコードをガンガンと叩き始めた。
すると、ロボットアームは、まるで頭を叩きつけられたように、ガンと動きを止めた。
チーフは完全にアームが止まった事を確認すると、背中のブレーカーボックスを開いた。
「こりゃ、あかん!完全に焼け付いとる!」
チーフが開けたボックスからは焦げ臭いが漂っている。
「これも長く使ってるからなぁ。おい、製造長に工場統合するなら古い機械、修理するんか、処分するんか聞いて来い」
僕は、この日、初めて外に出た。青空の下に置かれ、多分、夢は叶ったんだろう。
これまでの僕には、人間のように、空は見れなかったから。
「僕には夢がある。僕は人間になりたい」