指の窓
喫茶店のテラス席に座り、彼女を待っている。
彼女が遅れているのではなく、ボクが早く来すぎたのだ。
いつもならば彼女も早めに来ているのだが、今日は珍しく時間通りに来るようだ。
フラッペをすすりながら外の空気を堪能しつつ、ヒマな時間をもてあましていた。
そんな退屈を紛らわせるために右手をテーブルの上で遊ばせる。
人差指と中指を足に見立ててテーブルの上を動かす。
人差し指が左足、中指が右足だ。
テーブルの上をトコトコと歩き、観葉植物のつたを登り、鉢の上へと移動し、ドリンクのストローへと飛び移る。
「がおー、狐だぞー」
いつのまにか彼女がボクの後ろにたっていた。
親指、中指、薬指の先端を合わせ、人差し指と小指を立てるようにして右手でキツネを作っていた。
そのキツネのクチが、ストローからコップへ飛ぼうとするボクの指を捕らえる。
指を軽くばたつかせるがどうにも離してくれそうにはない。
「なに飲んでるの?」
「モカフラッペ、クリーム増量のキャラメルシロップがけ」
指による抵抗と会話をしながら、気づかれぬように自由な左手を彼女の死角へと持っていく。
「おいしい?」
「すごく」
言葉と同時に指で彼女のわき腹を軽く突いた。
甲高く小さな悲鳴をあげる。
とたんに、キツネのクチもゆるむ。
その隙に、指は脱出することに成功した。
指がテーブルに見事な着地を決める。
これで終わりにするつもりだった。
しかし、彼女の作ったキツネを見て思い出したことがあった。
ボクも両手でキツネをつくる。
それを彼女は宣戦布告と受け取ったらしく、構えるようにボクの前でぐるぐると自分のキツネを回しながら威嚇をしてくる。
「シャー」
キツネは『シャー』なんて言わない。
無視して、自分のキツネを向かい合わせてお辞儀をさせる。
右キツネを内側へ九十度回転、左キツネを外側へ九十度回転。
そのまま近づけて互いの小指で互いの人差し指を抑えあう。
さらに中指と薬指を人差し指の裏で伸ばし、その指を親指で抑える。
組まれた指の真ん中に四角いスキマができる。
『キツネの窓』だ。
「なにそれ、指折れそう」
彼女も真似をして『キツネの窓』を作ろうとするがまったく出来そうになかった。
ボクは右目の前に『キツネの窓』を置き、そこから彼女を見る。
変に指を組ませる彼女と、その背後にボロボロの甲冑を身に着けた落ち武者が立っているのが見える。
落ち武者も『キツネの窓』を作ろうとして作れずにいる。
ボクは指を離し、彼女と落ち武者に見せ付けるようにひとつひとつの動作をゆっくりとおこない『キツネの窓』をつくる。
完成した『キツネの窓』からふたたびのぞき込んだ。
彼女はいまだにできないが、落ち武者は見事に完成させていた。
落ち武者が自分の指の『キツネの窓』からこちらを覗き込み返してくる
視線がボクにむけられ、そのままボクの上辺りへ移動する。
見上げた瞬間、落ち武者の動きが止まった。
そのまましばらく固まっていたが、突然大きく身震いを起こして明らかにおびえ戸惑うような表情を見せる。
のぞきこむ落ち武者の目に大きな穴が開き、そこを中心として渦巻くように姿を消した。
「出来たッ!」
落ち武者の消失におどろくボクを気にすることもなく彼女が声を上げた。
ボクを見て、落ち武者と同じようにボクの背後を見上げた。
彼女はすぐに指を解いた、だが、遅かったようだ。
胸の真ん中に穴が開き、朽ち果てるように彼女は消えた。
ふたりが見上げていたところをボクも『キツネの窓』越しに見る。
が、なにかがボクの窓を貫いた。
覗き込んでいたボクの右目の、黒目の直前で止まった。
その距離は一ミリもない。
それに阻まれてマバタキすらできないほどだ。
二人もこれを見たのだろうか?
窓をそのままにした落ち武者も消え、窓を解いた彼女も消えた。
ボクはどうすれば助かるのだろう。