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9 冒険者

 人々から『暴風竜』の通称で恐れられる緑竜ヘルフェウスの治める広大な草原、『竜の庭』。

 イルニア王国は、そんな竜の庭の北東に位置する小国である。


「冒険者ギルドに登録したいんだが」


 イルニア王国の中央に位置する、王都カルティエ。

 その街の一角に、冒険者ギルド、イルニア王国本部は存在する。

 そこは、魔物との戦いを生業とする者が日夜出入りする巨大な石造りの建物であり、その内部には冒険者のクエスト受注を斡旋する仲介所や、冒険者が採集した素材全般の鑑定と換金を行う換金所などを擁する。

 そして今、仲介所の受付カウンターに、一人の青年が訪れていた。


 彼の容貌は、冴えない。

 生地と仕立ては良いが地味な黒シャツとスラックスを身にまとい、シャツと同色の黒々とした髪と瞳を持っている。

 身長は平均的だが体つきは細めで、冒険者よりは、頭を使う文官や魔法の研究者に適していそうな外見だ。

 顔立ちは悪くないが、さして特別に良いという訳でもなく、その表情はどこかやる気なさげにヘラヘラと軽薄な笑みを形作っている。


「――登録は、どこでできる?」


 カウンター越しに青年から質問を投げかけられた受付嬢は、しばし驚いた様子で硬直した後、それに答えた。


「……は、はい。冒険者としての登録でしょうか」

「そうだ」

「分かりました。では、係りの者を呼んでまいります」


 受付嬢はそう言って、カウンターの向こうへと消えていった。

 それから暫しして、人の良さそうな笑みを浮かべた大柄な男性が奥から現れる。


「いやあ、お待たせしました。

 冒険者登録したいとのことですが、登録者はあなたで?」

「そうだ」

「ははあ、そうですか。

 では、あちらで手続きをしますので」


 男性はそう言うと、カウンターを回りこんで青年のそばまでやってくる。

 二人を隔てるカウンターが無くなった分、ガタイの良い男性との対比で、青年の体つきは更に弱々しく見えた。


「こっちです」


 そう言って歩き出す男性に、青年は黙ってついて行く。

 見れば、仲介所カウンターからやや離れた位置に、人気のない狭いカウンターがもう一つある。

 恐らくは、あそこで冒険者登録の手続きを行うのだろう。


「おい、あいつ……」

「黒髪だぜ。地毛か?」

「黒髪か。ありゃあ、すぐ死ぬな」


 鎧をまとい、武器を佩びた男――冒険者たちが小さな声で話しているのを、青年は敏感に察知する。


「……なるほど、そういう世界観か」


 彼の発した小さなつぶやきを拾うものは、誰も居なかった。







 先ほどの仲介所カウンターからやや離れた位置にある寂れたカウンター。

 仲介所は受付とのやりとりが短いためか、カウンターの客側には椅子が用意されていなかったが、こちらには木で出来た簡素な椅子が数脚用意されていた。

 青年がその椅子に腰掛けたのを確認すると、青年をここまで先導した大柄な男性、ブノアが口火を切って挨拶を行う。


「いやあ、どうも。

 冒険者新規登録ということで……。

 あ、ワタクシは、ブノアというものです」

「ご丁寧に、どうも。

 俺は――」


 青年は一瞬、視線を宙に置き、何かを考える素振りを見せる。


「――ネロク、だ」

「……では、ネロクさん。

 冒険者は魔物との戦いを主とする仕事です。

 本当によろしいんですか?

 失礼ですが、あなたは、その――」

「……黒髪か?」


 青年ネロクがそう言うと、ブノアはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。


「ええ、はい。

 お気を悪くされたのならすみません。

 御存知の通り、髪が黒い方は魔法の適性が低いとのことで……」

「適性が低い、か。……なるほど。

 魔法が使えないと、やはり冒険者は難しいのか?」

「ああ、いえ。

 もちろん魔法なしで十分に戦える方もおりますが、やはり高位の魔物になると……難しいでしょう。

 それに何より、ネロクさん……あなたも辛い思いをされますよ?」


 ブノアの声色が一段低くなる。

 彼の目には、ネロクを案ずる純粋な親切心があった。

 ネロクはその顔から軽薄な笑みを消し、しばらくブノアの顔を見つめてから、ふと表情を崩した。


「……ブノアさん。アンタは、優しいんだな」

「えっ? あ、いやあ! はは……。

 老婆心といいますか……そういう方を何人か見てきたことがあるのです」


 そう言うブノアは、何かを想起するかのようにどこか遠い目をした後、わずかに悲しげな顔をした。


「忠告、感謝する。でも、大丈夫だ。

 それに、無理だと思ったら、素直に冒険者は辞めるさ」

「……そうですか……。

 ……はははっ! いやあ、すみません! 差し出がましいことを!

 では、手続きを行いましょうか」


 ネロクの声色は相変わらずと軽々しいものであったが、それを口にする彼の目つきには、強く燃え立つような意思が垣間見えた。

 それを目にしたブノアはその顔をさらに悲しげに歪めるが、それは、ほんの一瞬のことであった。

 ブノアは調子を一転させ、明るい口調で朗々とギルドの規則や冒険者としての心得を読み上げてゆく。


 冒険者ギルドとは、ミグドニアという大国に総本部を置く、巨大な組織である。

 ギルドの名を冠するものには、他にも商工ギルドや魔法研究ギルドなどが多数存在するものの、中でも冒険者ギルドは群を抜いて巨大、そして強大であり、単に"ギルドと呼称すれば、それは冒険者ギルドを指すほどにその名は知れ渡っている。

 総本部こそミグドニアにあるものの、冒険者ギルドはいかなる国家の支配も受けない、いわば国際非政府組織である。

 ここに所属する冒険者にはFからSまでのランクが付与され、その自主性、独立性をギルドによって保証される。

 冒険者ギルドには多くの依頼が舞い込み、冒険者はそれらを自由に選択して受注、保証金を支払い、冒険クエストへと繰り出す。

 依頼によって規定された条件を期限内に達成すれば保証金の返還とともに報酬金が支払われ、失敗すれば報酬は無し、保証金も帰ってこない。

 そして依頼を達成すればするほど冒険者のランクは上がり、失敗すればするほどランクは下がる。

 基本的には、ギルドのルールはそれだけだ。


 自身のランクから逸脱した依頼を請けると保証金が値上がりしたり、報酬金が低下したりするなど、ギルドは冒険者に支払う金額を操作することで受注される依頼の相場をコントロールしている。

 しかし、多額の保証金や雀の涙ほどの報酬金に目を瞑れば、どんな依頼でも請けられるし、達成すれば正当な評価が与えられる。

 だが、そんな冷酷なまでの実力主義により、冒険者ギルドにおける弱者は、ことごとく淘汰されるという現実もあった。

 Sランク冒険者の財と権力が大国の大貴族にすら匹敵するのに対し、Fランク冒険者はさながら浮浪者のような生活を余儀なくされるほどに、その格差は大きいのだ。


「……と、言うわけです」

「要するに、成果を出せばいいんだろう?」


 ひとしきり説明を終えて息をつくブノアに、ネロクはそう言って不敵な笑みを投げかけた。

 ブノアは困ったように笑ってそれを受け止めると、たしなめるような声色で言った。


「はい、極端に言えば、そうですね。

 ですが、身の丈に合わない依頼を請けて死んだり、文無しになる者は数知れません。

 ウチの支部だけでも、毎年数人は出るほどに」


 それはいわば、博打に近かった。

 高い保証金をベットして、高難易度の依頼をこなすと、保証金の何倍もの報酬が帰ってくる。

 なまじ自身の実力次第では本当にそれが実現できてしまうために、そういった"賭け"に挑む者は後を絶たない。

 時折、ランクの低いうちから高額の依頼を達成して、瞬く間に高ランクへと駆け上ってゆく本物の実力者が現れることもあり、それが低ランク冒険者たちの射幸心をさらに煽っていた。


「新規冒険者登録の際は、必ず言い含めるようにしているのですが……無理な依頼は、決して請けないでください。

 依頼には冒険者と同様にFからSのランクが付くのですが、自身のランクより二つ以上ランクが上のものは、まずソロや二人組ペアでは達成できません。

 これは、我がギルドが今までに依頼に失敗した者の統計をとった結果です。

 自身より一つ上のランクの依頼を達成できる確率は、5割。死亡率は2割。

 二つ上のランクの依頼を達成できるものは、1割に満たず、死亡率は7割を超えます」

「なるほどな」


 ネロクはどこか楽しそうに相槌を返した。


「……とは言っても、やはり毎年、忠告を無視して死んでしまう人が出てくるのですが。

 ネロクさん? あなたは、自分の実力を見極められる、利口な方だと信じていますよ」

「ああ。

 無理な依頼は請けない。約束する」


 ブノアのような、親身に冒険者を気遣うような気質の持ち主は、極めて珍しいと言えた。

 ギルドはこうして忠告はするものの、厳密に冒険者の無謀な受注を禁止するような規則は決して作らず、ギルドに勤める者の大半も、さほど熱心に忠告を聞かせようとはしない。

 それは、逃さないためである。

 時折現れる、二つどころか、三つ、四つも上のランクの依頼を達成してしまうような、化け物のような傑物を。

 彼らは身の程知らずの雑魚の中から、本物の強者を、死をもってふるいにかけているのだ。


「……と。ああ、すみません。

 また説教臭くなってしまいましたかな? あはは……」


 そう言ってブノアは照れたように短く笑うと、懐からゆっくりと一枚の羊皮紙を取り出した。


「……さて。

 長々と説明いたしましたが、大まかなことは以上です。

 冒険者ギルドは、来る者拒まず。

 こちらの羊皮紙にあなたの名前と、性別や年齢などの簡単な情報を書き込めば、すぐに冒険者として登録が完了します。

 ですが我がギルドは、最低限の権利の保証を除き、冒険者になったあなたへの支援はほとんど行いません。

 依頼の失敗や、依頼中の死は、あなたの責任として処理されます。

 それでもよろしいのであれば、そこのペンをとってこの羊皮紙に名前をお書きください。

 もし代筆が必要であれば、私が代わりにお書きしましょう」

「いや、良い。自分で書くさ」


 ネロクはまるで迷うこと無く、カウンターの上に置かれた羊皮紙の上にペンを走らせた。

 彼の手がペンを動かすたびに、その各指にはめられた銀色の無骨な指輪が、カウンターの上に吊るされたランプの光できらめくのをブノアは目にした。







「無理な依頼は請けない……か」


 登録を終え、Fランク冒険者となったネロクは、仲介カウンターの横に備え付けられている掲示板をぼんやりと眺めながら呟いた。

 そこには、依頼が記された無数の羊皮紙が貼りだされている。


「一番多いのはE……いや、Dランク帯か」


 目を走らせると、貼りだされた依頼の羊皮紙はFからDにかけて徐々に数を増してゆき、そこからCランク以上になると、途端に数を減らしているのが見て取れた。

 Aランク依頼に至ってはわずか数枚のみが貼りだされており、Sランクの依頼は存在していない。

 しばし無軌道に依頼を見回していたネロクの視線は、ふと、あるAランクの依頼書に留まった。


「竜の巣、ウアラト山の山頂付近に生える薬草の採取……」


 竜の巣、ウアラト山。

 それは、かの暴風竜、ヘルフェウスの根城である。

 他の依頼からやや離れた位置に貼り付けられたその依頼書は、妙に羊皮紙がくたびれているのも相まって、どこか隔絶した空気をまとっている。

 依頼書が古ぼけているのは、それが長い間完遂されずに掲示され続けてきたためであろうか。


「……無理な依頼は、請けない……ってね」


 ネロクは、ほのかに悪戯めいた笑みを浮かべて、ゆっくりと右手を伸ばした。

 その向かう先には、Aランク依頼、ウアラト山の薬草採取の依頼書がある。

 ネロクの手が掲示板から依頼書を掴み取らんとしたその時、横合いからかかった声が、彼の動きを止めた。


「よう、黒髪の。

 おめえ、まさかとは思うが、冒険者になったのか?」


 品のないだみ声だった。

 ネロクは視線のみを声の主へと向ける。

 そこに立っていたのは、簡素な革鎧を纏い、くすんだ金髪を持つ大男だった。

 年は若いようだったが、枯れたような低い声や堀の深い顔立ちが、年齢以上に老けた印象を与える。

 鎧の色はくすんでおり、何かで切り裂いたような大きな傷や、摩耗して色が変わったりしているのが散見される。

 体つきも隆々として、冒険者としての腕はそこそこ以上に立つと見えた。


「なあ、ナメすぎだろ、おめえ。

 テメエみてえなヒョロヒョロが、まして黒髪がやっていけるほど、冒険者ってのは甘くねえんだよ」


 彼は、顔に嗜虐の色を浮かべ、見せつけるかのように、腰に帯びた刃幅の広い片手剣に右手を添えながら言った。

 ネロクと男の周囲にまばらに立つ冒険者達は、面白いものを見るかのような目つきで、静かに二人を傍観している。

 威圧的に低く響く男の声に、しかしネロクは飄々と返した。


「やってみなくちゃ、分からないだろ。

 案外、すぐにアンタよりも上のランクになるかも知れない」

「……はっ」


 大男は小さく息を漏らして笑い、そしてすぐさま、その顔を牙を剥いた猛獣のように歪めた。


「殺すぞ、ガキ。

 テメエみてえな奴がギルドに居ると、不愉快なんだよ」


 カチン、と音を立てて、男の腰に下げた鞘から、剣の刃が顔を覗かせた。

 それを見たネロクは、愉快そうに笑みを浮かべる。


「面白い。このあたりで、"この世界"の対人戦を経験しておくのも悪くない。

 ……ん? そういえば、冒険者同士で殺し合いとかしても良いのか?」

「ダメに決まってるでしょ」


 ネロクの呟いた疑問に、どこからか快活な女の声が答えた。

 見れば、相対しているネロクと大男との間に、一人の少女が立っていた。


「ディダック。

 まさか、ここギルド支部のど真ん中で、同業者殺しの罪を犯すつもりじゃあ、ないでしょうね?」

「……チッ。

 このナメたガキに軽く教育してやろうとしただけだ」


 ディダックと呼ばれた大男は、剣を鞘にしまうと、大股で足音を響かせつつ歩き去ってゆく。

 去り際、彼は一瞬振り向いて、ネロクへと憎々しげな視線を飛ばした。


 それを見送ったネロクは、ディダックを窘めた少女へと目を移した。

 彼女は、外見はネロクとさほど変わらないほどの若さだった。

 深みのある茶髪を後頭部で一本に縛っており、飾り気のない服の上から、ブレストプレートや篭手などが要所要所を覆っている。

 その装備は、先の男、ディダックと比べると、幾分か質が良いようだった。

 顔立ちは整っているものの、目を怒らせてネロクを睨みつけるようにしているためか、可憐さや美しさよりも、威圧感が先立つ。


「アンタもね、もう少しうまく言葉を返しなさいよ。

 いちいち喧嘩を買ってたら、そのうち死んじゃうわよ。

 ……いや、アンタなら一度喧嘩を買っただけで殺されそうね」


 ネロクの姿を見渡しながら、少女はそう言って不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らした。

 優しいのだか厳しいのだか、よく分からない気質である。


「……一応、助けてもらったことになるのか?

 俺は、ネロク。アンタは――」

「ジルよ。

 今回はこれから同業者になるよしみで助けてあげたけど、次からは自分でなんとかしなさい。

 ……まあ、アンタが強いのなら余計なお世話なんだろうけど、どうみても弱そうだし」


 ジルと名乗った少女は、そう言ってネロクの間近に顔を近づけて、その風貌をじっくりと眺めた。


「……あれ? アンタ、武器は?」


 観察を終えたジルが不思議そうに言った。

 シャツ一枚を羽織ったネロクは、外見上は一切の武装をしていないように見受けられる。

 鎧はともかくとして、短剣の一本も持たないのは、冒険者としてはありえないことである。

 が、ネロクはさも平然として。


「武器? ああ、素手で戦うつもりだ」


 そう言うと、握った拳を幾度か素早く突き出してみせた。

 ジルは彼の言葉が意味するところが一瞬理解できず、目を見開き、思わず思考を止めて硬直してしまう。

 その拳速は、ひ弱そうなネロクの外見からすれば意外なほどに速く、様になってはいた。

 また、彼の指に注目すれば、十指全てに無骨な銀色の指輪がはまっており、それがナックルダスターとなることで、拳の威力を上げているのが見て取れる。

 素手同士の対人戦なら良い線まで行くだろう。

 だが、それまでである。


 魔物という存在は、時に人間の数十倍の膂力を持ち、巨大な身体や長い尻尾、その他数々の武器と技を持つ、闘争の生物である。

 それに素手で挑む者は、身の程知らずの狂人か、あるいは死にたがりの狂人に他ならない。

 力や体格に優れる巨人族や、人間を大きく超える瞬発力を持つ一部の獣人族などであれば話は変わるのだが、ネロクの身体特徴はどうみても人間のそれであった。


「ばっ……、馬鹿じゃないの!?

 アンタ、魔物舐めすぎよっ!!」


 ジルの怒号がギルドに響いた。

 それから間を置かず、彼女は「ちょっと来なさいっ!」と厳しい声を上げ、ネロクの腕を掴み、彼をギルドの外へと引きずり去っていった。

 ジルとネロクが去り、妙に静まったギルドの受付カウンターは、やがて冒険者の話し声で再び満たされてゆく。


「珍しいもん見たなあ」

「ああ。ジルがあそこまで初心者に世話を焼くとはね」


 Dランク冒険者、ジル。

 冒険者ギルド、イルニア王国本部において、極めつけの無愛想で知られる少女であった。







「だから、初心者は槍みたいな長柄武器ポールウェポンを使って、魔物から距離をとって戦わないといけないの!!

 ちょっと、聞いてるの!?」

「お、おう」


 石と漆喰の壁にを持つ建物が立ち並ぶ、イルニア王国が王都、カルティエ。

 その大通りを、二人の男女が並んで歩いている。

 壮烈な剣幕で初心冒険者の心得を講釈する、常にどこか不機嫌そうな表情をしている茶髪の少女、ジル。

 そして、ジルから矢のように飛んでくる罵倒混じりのアドバイスに戸惑いを見せながらも相槌を打つ、黒髪黒瞳の少年、ネロクであった。


 先程まで黒いシャツ一枚をはおり、武器らしい武器は十指にはめた指輪くらいだったネロクの風貌は、今やいかにもな冒険者のそれとなっている。

 関節部には、なめし革を重ねて作った肘当てクーター膝当てポレイン

 腰には小さなホルダーがいくつも備え付けられた太いベルトが巻きつけられ、腰からは鞘に入った小さなナイフがぶら下がっていた。

 いずれの装備も使い古しのアウトレット品ではあるが、作りはしっかりしており、十分に使用に耐えるものである。


「にしても、悪いな」

「何がよ?」

「色々教えてくれただろ?」


 ネロクの身につけている装備は、いずれもジルの意見をもとに選んだものであった。

 これは腕の動きを阻害するので、武器に慣れていない者が身に付けるべきではない。

 これは補強の作りが甘く、すぐに駄目になるため、買うべきではない。

 何かと役に立つので、小さなナイフは持っておいた方が良い――。


 ネロクはどこか釈然としない顔をしつつも、彼女の言に素直に納得を見せ、そしてそれに従って装備を買い揃えたのだ。

 ジルの第一印象では、ネロクの振る舞いは傲慢不遜の馬鹿そのものであった。

 しかし、今の彼は、その印象に反して忠告は何も言わずに聞き入れ、また自ら不明な点を質問する勤勉な姿勢を見せている。

 言葉を交わした印象では頭も悪くないようで、少ない言葉をかけるだけで彼はすぐさまその意を察し、理解してみせた。

 今だって、彼は曇りのない感謝を言葉にして伝えてきている。

 ジル自身ですら要らぬ世話だと自覚しているこの行為に、文句の一つも言わず礼を言うその姿は、先ほど素手で魔物を倒すとうそぶいていたのとは似ても似つかない。

 妙にチグハグな人物だ。

 ジルは眼前の少年の本質を捉えきれずにいた。


「……たまに、いるのよ。

 アンタみたいなド初心者が。

 そんで、アンタみたいな人は、数日もしないうちに魔物に食われて死ぬの。

 そうなったら、ちょっと気分悪いって、それだけよ」


 少年の問にそう返すと、ジルはツンとそっぽを向いた。

 それを見たネロクは、面白そうに、僅かに目を細めた。

 視線をよそに向けつつも、背後のネロクが愉快そうに笑っている気配を感じたジルは、ごまかすように口を開いた。


「……あ、あとはメインの武器だけねっ!

 水薬ポーションとかもできれば欲しいところだけど、Fランクの短期依頼なら、別に無くても問題はないわ。

 ……何、さっきからニコニコしてるのよ」

「ああ。なんか、冒険者だなー……って思ってな」

「……はあ?」


 怪訝そうに眉をひそめるジルだったが、ネロクはそれ以上何も言わずに歩みを進めてゆく。


「俺みたいなド初心者にオススメの武器屋ってある?」

「……え? ええ、それなら――」


 楽しげな少年と、それに引っ張られる少女。

 いつの間にか初めとは逆の立場に身をおいている二人は、そんな会話を交えながら、イルニアの王都を並び歩いていった。







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