8 標的
じわじわ書いていますが、もうちょっと時間かかりそうです。
とりあえず2章のプロローグ的な今回の話と、明日にもう一話を投稿しておきます。
「……はははっ……なるほどな。
なるほど、なるほど……」
執務室にて、ネグロは手にした資料を上機嫌そうに眺めていた。
「……いかがですか、ネグロ様」
彼の傍に立つエヴァが尋ねる。
主の楽しげな姿を見て、エヴァは幸福感から頬を緩めている。
「ああ。平たく言えば、我々、レウコン・イーリスの脅威となりうるものは、この世界にはほとんど存在しない」
ネグロはそう言って、手にした資料を机の上に放った。
そこには、賢狼族、そして緑竜ヘルフェウスから得た、この世界に関する情報が、事細かに記されている。
特に、ヘルフェウスの知識は膨大であった。
彼は千年以上を生きたそこそこ高位のドラゴンであったらしく、世界情勢や歴史、動植物や地理の知識など、多岐にわたる情報を有していた。
蘇生された直後、ネグロへと襲いかかろうとしたヘルフェウスは、ネグロの手によって再び斃され、その後賢狼族たちと同様に彼へ忠誠を誓うに至っている。
ネグロを害そうとしたことから、エヴァをはじめとするレウコン・イーリスの面々はヘルフェウスを蛇蝎の如く嫌っているが、ネグロ自身は、かの緑竜を復活させたことを大いに満足していた。
「……まあ、あのドラゴンの知識も幾分か古い部分があるし、ここから遠く離れた場所のことは大まかにしか分からないが……。
ともかく、我々がこの世界において弱者でないことは確かとなった」
賢狼族たちは、今までに何度も人間からの侵攻を受けていたが、それは全て戦士たちの手によって退けられたという。
それらの人間は、全員が同じ鎧を着込んだ数十人の――時には百人近くにのぼる統率のとれた軍団であったらしく、恐らくは国に属する兵士であると考えられた。
賢狼族が擁する戦士の数は、時期や世代によって上下するが、基本的には40に満たない。
つまり、単純計算すると、賢狼族一人あたり国の正規軍兵士二人分の強さを持っていることになる。
そして先の集落制圧の戦いから、レウコン・イーリスのワスプ・ワーカーは、1体につき賢狼族10人分以上の強さを発揮できると考えることができた。
「となると、この世界の人間は、たかがワスプ・ワーカー1体を倒すのに、20人近くでかからなければならないということだ。
あまりにも、弱すぎる」
実際には、人間がどういった武器、戦術を用いるかで結果が大きく変わってくるだろう。
しかし、少なくともワスプ・ワーカーのスペックは、人間のそれと比べて何倍にも高いことは明白である。
CoCでは低レベルの冒険者ですらソロで倒せる弱小モンスターが、この世界では相当の強者となっているのだ。
ゲームとこの世界の強さの基準は、やはり大きく違うようだ。
「とはいえ、その辺の兵士より何倍も強い凄腕冒険者というのも時々居るようだし、最低限の警戒は必要だ。
……だが、我々の武力が国を相手取っても通用すると分かったからには、こちらもそろそろ動きたいところだな」
どこかぼんやりとしていたネグロの目が一瞬、鋭く光った。
「ドラゴンと賢狼族の知識によると、この近辺に存在する国は、2つ」
そしてその2つの国は、賢狼族の集落や月光殿の存在するこの草原を領土にしようと、互いに牽制しあっているらしい。
どうやらこの草原やその北に位置する山には豊富な資源があるらしく、両国はそれを狙っているようだ。
しかし、草原には賢狼族の集落、山にはヘルフェウスの寝床があり、さらに縄張りの草原で過度に暴れられると、ヘルフェウスが山から出張ってくる。
大軍を動員せず、微妙な数の兵で賢狼族の集落をチクチクと攻撃していたのは、ヘルフェウスを恐れてのことであったらしい。
国としては、邪魔者の賢狼族をまず排除した後、草原にじわじわと人間の生活圏を広げてゆくことで対ヘルフェウス戦線を整え、最後にヘルフェウスを討つという作戦であったようだ。
当のヘルフェウスはその思惑をなんとなく察しており、人間が不穏な動きを見せたら即叩くつもりであったようだが。
だが、この草原は既にレウコン・イーリス――ネグロの手に落ちた。
彼は、一度攻略したエリアを、決して手放さない。
レウコン・イーリスの領土を欲するものが居るのならば、喰らい返すのみ。
「さて、さて……。
どちらの国から攻めようかな?」
南西の国、アールトンブルグ。
北東の国、イルニア。
ネグロの次なる標的は、この2国に絞られた。
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