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4 圧倒

ひとまずキリのいいところまで書き溜めできました。

この話を含めてあと3話、0時に予約投稿してます。

「ううう……お腹痛い」

「ちょっとっ、緊張でヘマしないでよねっ!?」

「おいおい、そんなんで大丈夫かよ。……頼むぜ」


 気の抜けるやりとりをしながら、朝方の草原を歩く三人の人影があった。

 彼らは一様に黒と黄色を基調とする軍服に似た意匠のジャケットを身につけ、その上から地味な枯草色の外套クロークを羽織っている。

 一人は幼い少年の姿をしており、自身の腹部を押さえながら時折うめき声を上げている。

 ただでさえ気弱そうなその顔はさらに悲壮に歪められ、今にも泣き出しそうに見えた。

 もう一人は髪を一つ結びにした、気の強そうな少女であった。

 ジャケットと同色のズボンにゲートルを履いた他の二名と異なり、彼女のみ、ジャケットの下がスカート状となっている。

 さきほどからしきりに少年を叱咤していることから、見た目に違わぬ気性の激しさを持っていることがうかがえた。

 最後の一人は、どこか眠そうな顔つきの青年であった。

 先の二人と比べると大柄な体型で、性格も落ち着いているために、際立って大人びて見えた。


 彼らこそ、賢狼族の集落を制圧するという任を帯びた、ワスプ・ワーカーたちであった。

 賢狼族らとの戦力差をあえて小さくするために、彼らには何の支援もなく、武器として質素な長槍が一本だけ与えられている。

 実のところ、彼らの周辺には隠密行動に優れたスキルを有するレウコン・イーリスの偵察軍が大量に潜伏しているのだが、三人がそれを知るよしはない。


「あんたがそんなんじゃ、勝てる敵にも勝てなくなるわよっ!

 あたし達には、この身をもって敵の正確な強さを大総統閣下にお伝えするっていう大事な役目があるのよっ!?

 あんたのミスのせいでまともな実力も出せず敵にやられたりでもしたら、あたし達は犬死によっ! い・ぬ・じ・にっ!!」

「ひうぅ……ご、ごめん……」

「ああーっ! もうっ!!」

「おい、2番。そうやってプレッシャーかけると逆効果だぜ」

「でもっ、3番! こいつ、腑抜けすぎでしょっ!?」


 彼ら三人には、互いに呼び合うために便宜上の名前がついていた。

 気弱な少年が1番。

 気の強い少女が2番。

 大柄な青年が3番である。


「はぁー。もうすぐ敵地だ。

 1番、とりあえず深呼吸でもしとけ」

「う、うん……」


 3番の言葉を受けた1番は、2番にさんざんに罵られたために涙で潤んだ目を閉じ、小さく口を開け、両手を胸に当て、深い呼吸を繰り返す。


「ふぅーっ。はふー」

「いちいち動作が女々しいわねっ!!」

「こらこら2番」


 3番が、いかにも面倒臭そうに苦り切った顔で2番を窘めつつ、後頭部をポリポリと掻いた。

 三人の中で最も苦労しているのは、間違いなく彼である。


「……と。

 見えてきたぜ。あれが賢狼族とやらの集落だな」


 3番がはるか遠くに目を凝らすと、丘の麓にいくつかの家らしきものが立っているのが見えた。

 集落が面する丘の斜面は急激な勾配を描いており、登るのも降りるのも苦労しそうな、天然の防壁となっている。

 また集落からほど近い位置には川が流れており、川の周りには木が生い茂る小さな森のような部分も見て取れた。


「なるほどな……」

「これ以上近づくと気づかれるわね。どうするの?」


 2番が3番の横に並びたち、尋ねる。

 ここまでの短い行軍で、三者のうち最も冷静で大人びた思考を持つ3番は、自然とリーダーのような位置に収まっていた。


「真正面から挑んだら、それこそ平地だから、速攻バレて袋叩きに遭うだろうな。

 ヘタすれば集落に踏み入る前に全滅するかもしれん。

 丘を越えて集落に侵入するのが無難だろう。ちょうど俺たちには、コレがあることだしな」


 そう言って3番は、クロークを捲って背中を露出させた。

 ジャケットの背に開いた切れ込みから、畳まれた状態の虫の翅が生えているのが見えた。

 大概のワスプ系モンスターは飛行能力を持っており、彼らワスプ・ワーカーも例外ではない。

 他の蜂ワスプ系と比べるとスタミナやパワーは格段に落ちるため、重い物を持って飛んだり、長時間飛び続けることは不可能であったが、徒歩で越えることが難しい丘を登り降りするための補助としては十分だった。


「そうね。じゃ、ヤツらに気付かれないようにアッチから回り込みましょうか」

「そうだな。丘に着いたら、詳しい段取りを考えよう。行くぞ」


 手早く作戦会議を終えた2番と3番が歩みを再開する。

 その後ろを、慌てたように1番が追従した。


「……上手く行くかなぁ……うぅ」


 不安げな呟きは、誰に聞かれることもなく風の中に掻き消えた。







 賢狼族一の戦士であるウンクルは、日課の狩りに出かけるべく、自室に篭り、愛用の短剣を石で削り磨いていた。

 ここ数日、彼は言葉に出来ない妙な不安感を抱いていた。

 彼の狩場である草原に棲む動物たちが、どこかいつもと違う動きをしているように感じられるのだ。


 何かの兆候だ。


 動物が妙な動きを見せるとき、そこには必ず原因があった。

 川沿いの生き物たちが姿を消したときは、その後突然大雨が続き、川が氾濫を起こした。

 草原の生物たちが何かから逃げるように一斉に移動を始めた時は、その後、強力な魔物や人間の軍勢が現れた。

 しかし、賢狼族はそれらをすべて退け、こうして存続している。

 何より彼らには、『加護』があった。

 かつて、彼らの部族の始祖たる賢狼族は、この地を治める竜と盟約を交わした。

 その盟約は数百年の時を経た今現在まで途切れること無く続いており、それゆえに彼らは、この危険が多い草原地帯に堂々と住処を構えていられるのだ。


「精が出るわね」


 剣を研ぎながら思索にふけるウンクルに、話しかける者が居た。

 彼が目を向けると、部屋の入口に、雪のように白い毛並みを持った賢狼族が立っていた。


「トゥラか」


 ウンクルの妻であり、集落で一番の美しい容姿と器量を持つ女性である。


「今から狩りに行くの?」

「ああ」


 トゥラの言葉にそう返し、ウンクルは手に持った短剣を、腰に下げている簡素な鞘へと収めた。


「長老が言ってたわ。

 平原の様子がおかしいって」

「ああ。俺も違和感を覚えている」

「……人間かしら?」

「さあな……だが、少し違うような気もする」


 危険を察知した生き物たちは、それらから逃げるように、一定の方向性を持って移動を開始する。

 しかし、今回はそういった様子が見られず、生物たちは何をするでもなく、ただ落ち着かない様子を見せるばかりである。

 逃げる方向が定まらないほどに漠然とした危機感なのだろうか。

 あるいは、逃げようとすら思えないほどに巨大な危機感があるのか――。

 そこまで考えたウンクルは、軽く頭を振って、益体のない妄想を消し去った。


「何が起こるか、分からないわ。

 ……気をつけてね」

「ああ」


 短く言葉をかわした二人は、互いに顔を擦り付け合うように触れ合った後、ゆっくりと離れた。


「では、行ってくる」

「ええ。行ってらっしゃ――」


 その時、賢狼族の集落に、笛のような音色が響き渡った。

 やがて集落全体に伝播したかのように、あちこちから同じ音色が次々と鳴り渡る。


「う、ウンクル……これって……」

「……」


 トゥラが不安げな声を上げた。

 先ほどまで優しげに細められていたウンクルの目は瞬時に見開かれ、瞳孔は収縮し、壮烈な闘志を宿した狩人の目つきへと豹変する。

 彼は忌々しげに牙をむき出し、その口から低い唸り声をあげた。


「……敵襲だ」


 彼ら賢狼族は、通常用いる言葉とは別に、彼ら独自の意思疎通手段を持っている。

 それが、遠吠えである。

 喉を独特の発声で震わせることにより生じる、その笛の音のような声は、音量をほとんど損なうことなく極めて遠くまで空気中を伝達してゆく。

 賢狼族が有する高い聴力と合わせて、遠吠えによる連絡は数キロメートルの距離を隔てても届きうる。


 そして今現在、集落中に鳴り響くこの遠吠えが意味するのは、「集落に敵襲あり」。

 すなわち、ウンクルらが今居る賢狼族の集落に、何者かの侵入を許したということを示している。


「……行ってくる。

 トゥラ、お前はここに居ろ。合図があるまで一歩も外に出るな」

「え、ええ」


 怯える妻を背に、ウンクルは愛用の剣を抜き放ち、家の外へと歩み出ていった。


 外に出たウンクルは、すぐさま敵襲のあった現場を見つけ出すことができた。

 さほど広くない集落のある一点に、賢狼族たちの人だかりができていたためだ。


「何があった」


 ウンクルは片手に持った剣を手放すことなく、手近な男に事の仔細を尋ねた。


「あっ、ウンクルさん!

 人間です。人間の3人組が、丘を越えて乗り込んできたんです」

「何ぃ?」


 ウンクルは怪訝そうに目を細めた。

 まず、人間の数である。

 今までにも何度か、この集落に人間が襲ってきたことはある。

 しかし、いずれの来襲も、相手の数は十人を下らない集団だったとウンクルは記憶している。

 3人というのは少なすぎる。

 次に、丘を越えてきたという点である。

 賢狼族の集落に隣接する急勾配の丘は、鎧を着たり、馬に乗ったりした人間であれば、まず昇り降りはできない。

 できたとしてもその行軍速度は極めて遅いはずであり、集落に侵入される前にその姿を発見できたはずであった。


「その人間どもは今何してる」

「はあ……それが、さっぱり訳の分からないことを言っておりまして」

「……そいつらのところに案内しろ」


 どうやら問答無用で集落を荒らしに来たようではないようだ。

 とはいえ、賢狼族は余所者を認めない。

 彼らは、竜の加護のもとにあらゆる部外者を排除してきた、誇り高き孤高の種族である。


「ナメた連中だったら……ぶち殺してやる」


 ウンクルは静かに呟き、その獰猛な顔をより一層凶暴にしかめさせた。

 彼の持つ短剣は、かつて村を襲いに来た人間のものを、使いやすいように誂えたものである。

 その3人組とやらのもとへ向かう道中で聞いた話によると、彼らは各々、やたら作りのしっかりした槍を持っているという。

 もし今回集落に現れた人間が、少しでも敵対の素振りを見せたなら、彼らを殺してやろう。

 そして、彼らが持つという槍を、自身が持つこの剣と同じように、我らが賢狼族の武器として頂いてやるとしよう。

 ウンクルはそう心に決め、剣を握る手の力を静かに強めた。







「どうすんのよっ!

 遠吠えで仲間をめちゃくちゃいっぱい呼ばれたわよっ!!」

「ひぃぃ……」

「うーん。無事に丘を越えて集落に近づけたところまでは良かったんだがなあ」


 現場に到着したウンクルが見たものは、何やらやかましく喚く少女、涙目の小さな少年、そして困り果てた表情の大柄な青年という人間の3人組であった。

 彼らの周辺にはすでに賢狼族の戦士たちが集結しており、各々が持つ武器を3人に油断なく突きつけていた。


「おい、人間。

 何をしにここへ来た」


 ウンクルは右手の短剣をいつでも振るえるよう腕に力を充満させながら、3人に向かって問いかけた。

 彼の声に答えたのは、どこか眠そうな顔つきを持つ大柄な青年の人間であった。


「あー、アンタがこの村の偉いヒト……いや、偉いオオカミ?

 ……まあいいや、ともかく偉いヤツなのか?」

「黙れ。まずは俺の質問に答えろ」


 ウンクルは威圧を込め、歯をむき出して吠えるように言った。

 人間は、こちらが下手に出るとどこまでもつけ上がる。

 ウンクルはこの人間たちを相手に、一片の譲歩も見せるつもりはなかった。

 取り付く島もない返答を受けた青年は、困ったように頭を掻きむしった後、渋々と語り始めた。


「はあ……参ったね。

 ……俺たちは、ある偉大なお方にお仕えするしもべと言うか……まあ、兵士だ。

 かのお方は、諸事情があってこの辺りの事情に疎く、お困りになっている。

 そこで、この集落に住む者たちに、我々への情報提供と協力を頼みたい」


 賢狼族にそう告げた青年――ワスプ・ワーカーの3番は、賢狼族たちの敵愾心が収まるどころか、さらに増大するのを感じ取った。

 ネグロは彼ら3人に、賢狼族の殲滅の前に、もし可能であるならば交渉できるかどうか試せ、という命令を与えていた。

 集落に入ってすぐに武器を持った賢狼族に包囲されたものの、会話の機会が与えられたために、一応ということで3番は先のような説明をしたのだ。

 しかし、交渉が成立しそうな気配はまるで無い。


「……我ら気高き賢狼族が、貴様ら下賎な人間どもの下につくとでも?

 つまらん冗談だ。なあッ! 人間!!」


 ウンクルの腕がしなり、風切り音を立てて剣が振られた。

 その切っ先が3番の鼻先に突きつけられる。

 3番は肩をすくめ、両手を挙げて抵抗の意思が無いことを示しつつ、言葉を続ける。


「おいおい待て待て。

 協力してくれんなら、ある程度は謝礼も出すとあのお方は仰っていた。

 これは普通じゃあ考えられないくらい寛大な譲歩だぜ。

 お前たちも絶対に後悔しないと思うんだがなあ」

「ほざけ。

 我らに物を言いたいのならば、貴様らの言う偉大なお方とやらが我らの前に出向き、跪くくらいのことはせねば話にならん」

「はっ、そりゃあ……無茶がすぎるぜ」


 3番はどこかおかしそうに苦笑いを浮かべた。

 ウンクルはそれを見て、怪訝そうに目を細める。

 先程から、剣の刃を目の前にした青年が、大して恐怖を抱いていないように見えるのが気にかかったのだ。

 彼の知る人間は、こういった勝ち目のない状況になれば、みじめに糞尿を撒き散らしながら命乞いでもなんでもするはずである。

 しかし、そんな僅かな疑問は、すぐさま彼の思考の隅に追いやられた。


「……てことは、交渉は決裂か?」


 3番が疲れ果てた声色で尋ねる。

 どこか飄々とした態度を崩さない彼へ、ウンクルはその顔に苛立ちを露わにして応えた。


「当然だ。……言いたいことはそれで終わりか、人間」

「ああ、終わりだ。理解が得られなくて残念だ」

「であれば、我ら賢狼族を侮辱したその愚かしさ、行動をもって償え。

 貴様らが持つその槍を置いて行けば、命だけは助けてやろう」

「……はあっ?」


 3番が、唖然とした表情を浮かべる。

 よもや、このまま何も失わず無事に帰れるとでも思っていたのか。

 ウンクルは内心で青年を嘲笑していた。


「ウンクルさん、ちょっと良いですか?」


 そこへ、賢狼族の戦士の一人が声をかける。


「なんだ」

「実は、そっちの人間の女が欲しいって奴らが何人かおりまして」

「いや、待ってください、その隣のちっこい男の方も――」

「……チッ、好きにしろ」


 数人の戦士が、その顔に下卑た笑みを浮かべながら口にする所望に、ウンクルは忌々しげに許可の言葉を吐き捨てた。

 人間の女が欲しい。

 その言葉が意味するところは明らかである。

 誇りを重んじるウンクルからすれば汚らわしい行為に他ならないが、賢狼族の者の中には、いわゆる異種族の女を好む歪んだ嗜好を持つ者が幾人か存在していた。

 閉鎖的な集落での暮らしがその欲求不満を増長させるのか、彼らはこういった異種族と遭遇する機会に恵まれると、その性癖をむき出しにする。

 気分のいい話ではなかったが、ウンクルとしては集落に侵入した人間がどうなろうと、知ったことではなかった。


「ははっ……モテモテだな、2番」

「……」

「ん? おーい、2番?」


 目の前で、仲間を犯す算段をつけているというのに、3人は異様に静かだった。

 大柄な青年は相変わらず態度に余裕があるし、少女は何も言わずじっと立っている。

 最も気の弱そうな少年でさえ、不安げな表情を浮かべながらも、声ひとつあげずにいた。

 ウンクルはそこでいよいよ、先程から感じ続けていた妙な違和感が無視できなくなってくる。


 なぜ、いつもの人間のように泣き喚かない。命乞いをしない。

 こいつらは死が怖くないのか。

 得体のしれない不気味さを感じ、ウンクルの背筋を悪寒が走った。

 と、先程から黙りこんでいた人間の少女――2番が、何やら小声で呟いているのを、ウンクルの耳がとらえた。


「……あたし達を殺そうとするのは、良い。

 あたし達はもともと死ぬために作られたようなものだから……。

 ……あたしや1番の身体を要求するのも、まだ、許せる。

 ……でも……偉大なる大総統閣下から賜った槍を……寄越せ、ですって?

 大総統閣下御自ら出向いて、跪け、ですって……?」

「あちゃあ、キレてんな」


 3番が困ったふうに、しかしどこか愉快そうに言った。

 その様子を見ていたウンクルは、自身が抱いていた違和感が、何故か強い恐怖に変じてゆくのを感じ取った。

 漠然とした不安感が賢狼族の戦士たちを包み、彼らの動きを止める。

 すると、少女――2番に話しかけていた青年――3番が、ふと顔を上げ、賢狼族たちをゆっくりと見回しながら言った。


「……ま、俺も結構、頭にきてんだ。

 世界の全てを我がものとし、神すら従える至聖の創造主たる閣下が、こんな薄汚い犬ッコロどもに跪くってのは、冗談にしてもあり得ねぇ。

 お前らがあんまりにも身の程を知らねえから、怒りを通り越して、思わず笑っちまったよ。

 なあ、1番。お前はどうだ」

「う、うん……。

 だ、大総統閣下の偉大さを知らないとはいえ、あの発言は、ど、どうかと思う……よ。

 僕、罰とかよく、分からないけど……。

 不死の薬を飲ませて、永遠に死ぬほどの苦しみを与え続けるくらいはしないと、だめ……なんじゃ、ないかな」

「はははっ!

 お前、けっこうエグい性格してるんだな!

 んじゃ、ご丁寧に向こうから喧嘩を売ってくれたことだし、始めるとするか」


 そう言って3番は、背負っていた槍を抜き放つ。

 棒の先についた針のように細長い刃が、陽の光を受けてギラギラと輝いた。

 彼を皮切りに、2番、次いで1番が抜槍する。

 その僅かな動作だけでも、賢狼族の戦士がたじろぐほどの気迫があり、彼らが女子供とは思えないほどの使い手であることが窺い知れた。

 全員が槍を手にしたのを確認した3番は、手にした得物を慣らすかのように、何度かすさまじい速度で槍を振り回した後、構えの姿勢をとって停止する。

 その動きは、賢狼族たちが今までに見たどんな戦士よりも力強く、流麗であった。


「てめえらが欲しがったこの槍はな、ハード・スピアってんだ。

 頑丈さ以外は大したことのない平凡な低級アイテムだが、まともな防具も持たねえてめえらを殺すには、これで十分だ。

 集落を落とせるかどうかは分からねえが……大総統閣下を散々に侮辱してくれたてめえらには、少なくとも9割は死んでもらわなきゃあ、収まりがつかねえ」


 3番が低い声でそう告げた。

 先ほどまでのふざけた雰囲気は欠片もなく、そこにあるのは、膨大な殺気を人の形に凝り固めたような禍々しさだった。

 彼の視線に射抜かれた賢狼族の戦士たちが、怖気から全身の毛を逆立てた。


「……かっ……かかれぇッ!!」


 やや上ずったウンクルの号令を合図に、レウコン・イーリス最初の戦争の幕が、切って落とされた。







 なんだ、これは。

 ウンクルは、呆然と立ち尽くしていた。

 眼前に広がる光景が、あまりにも荒唐無稽であったためである。


「ぎゃひいいいぃっ!!」

「た、たすけっ……!?」

「あがあああっ!? 痛えぇぇッ!!」


 戦士たちが。

 強く、誇り高き賢狼族の猛者たちが、ゴミのように貫かれ、切り裂かれ、次々と倒れ伏していく。


「ウンクルさんッ!! たす――」


 ウンクルのもとに助けを求めて駆け寄ってきた若い戦士――先ほど女の身柄を欲していた男が、その額から槍の穂先を生やし、彼の目の前で絶命した。

 頭から血を流しながら、若い戦士は膝から地面に崩れ落ち、そのまま倒れ伏して二度と動かなくなる。

 死体の後頭部から槍を引き抜いた少女――2番は、つまらなそうに吐き捨てた。


「なによ、こいつら。

 どいつも、こいつも……めちゃくちゃ弱いじゃない。

 せめて、あたしたちのうち一人は殺すくらいの気概を見せなさいよ」


 2番は手に持った槍を素早く振るう。

 刃に付着した、先ほどの戦士の血や脳漿が、地面へと飛び散った。

 そんな光景を目にしてなお、ウンクルは恐怖から動くことができなかった。


「……な、なんなんだ、お前らは」


 震える声で、ウンクルが問いかけた。

 声だけでなく、彼は手足の末端に至るまでを弱々しく震わせている。

 自身が賢狼族一の戦士であるという誇りは、もはや跡形もなく砕け散っていた。


「だーかーらー。

 あたしたちは偉大なる大総統閣下にお仕えする下僕だって、さっき言ったでしょうが」


 そう答える2番の視線が、ウンクルを射抜いた。

 彼女の瞳には、無限の殺意と狂信が渦巻いている。

 それを目の当たりにした彼は、まるで戦いを知らない幼子のように、ビクッと身体を震わせた。


 ウンクルの胸中には、今になって、計り知れない後悔が押し寄せていた。

 あの時、協力を承諾していれば。

 あの時、彼らの主を侮辱しなければ。

 あの時、槍や肉体を要求しなければ。

 あの時、あの時、あの時――。


 彼らは、ただの人間ではなかったのだ。

 ウンクルの知る人間という種は、精神、肉体ともに脆弱で、そのくせやたらと小賢しく、群れることで己の弱さを誤魔化す、下等で卑劣な存在だった。

 だが、彼らはどうだ。

 たった3人で、何の策も用いず、手にした槍のみで賢狼族の屍の山を築いている。

 身体は大きいが大して肉のついていない、ひ弱そうな青年が。

 枝のように華奢な体つきの少女が。

 槍を振り回すどころか、持つことすら到底無理に思える幼い少年ですら、戦士たちが束になっても敵わない。

 人間とは、もっと弱く卑しい生き物ではなかったのか。

 思えば、はじめから彼ら3人は、今までの人間とは様子が違っていたではないか。

 何故、気づかなかったんだ。

 何故。何故――。


「……って、何、泣いてるのよ」


 2番の声を受けて、ウンクルは自分が涙を流していることに気づいた。

 愚かな。

 何を被害者面して泣いているのだ、ウンクル。

 貴様のせいで、貴様が彼らへの対応を誤ったせいで、集落の戦士たちは皆死んだのだぞ。

 そんな自責の念が、とめどなく溢れ出る。


「ま、形はどうあれ喧嘩売ってきたのはそっちが先だし……悪く思わないでよね」


 2番はそう言って、ゆっくりと槍を構えた。

 その穂先は、まっすぐにウンクルの方を向いている。


 ああ、俺は死ぬのだな。

 ウンクルは漠然とした確信を抱いた。


 いつの間にか、武器の打ちあう音や、戦士たちの悲鳴は聞こえなくなっていた。

 もうウンクル以外が皆死んでしまったためか、あるいはウンクルの耳がおかしくなったためかは分からない。

 槍を構えた2番が、四肢に力を込めてゆくのが見えた。

 そして彼女は、放たれた矢のように、槍を突き出してウンクルへと突進してくる。


 来る。

 かわせない。

 だめだ。

 死ぬ。

 怖い。


「――ウンクルッ!!」


 どこか懐かしい、女の声がした。

 その瞬間、死を受け入れかけていたウンクルの意識が静かに、しかしすさまじい速度で覚醒してゆく。

 耳鳴りで何も聞こえなくなっていた聴覚が、とたんに明瞭になる。

 戦いはまだ続いていた。

 あちこちで怒号のような戦士たちの声が聴こえる。

 真っ白に染まりかけていた視界に、急速に色がついてゆく。


 槍を持ち壮絶なスピードで迫る2番と、ウンクルとの間に、白い何かが飛び込んでくるのを、彼は見た。


「うわっ!?」


 2番はそれにつまづき、身体を空中に投げ出す。

 先ほどまでウンクルが死神のように感じていた2番の顔は驚愕に歪み、今だけは歳相応のただの少女のようであった。


 チャンスだ。


 ウンクルの脳が凄まじい速度で回転する。

 手足の末端に至るまで感覚は鋭敏に研ぎ澄まされ、1秒が永遠に等しい時間にまで引き伸ばされた。

 彼は全身の筋肉が千切れるほどに力を込め、短剣――死を目前にしても右手に握りしめ続けていた己の武器を、空中の2番へ向かって全力で投擲した。

 短剣は狙いを過たず、風を切りながら2番の心臓に向かって飛んでゆく。


 殺った。

 ウンクルがそう確信した瞬間、空中にあって動けないはずの2番の身体が、グン、と急加速して、上へと持ち上がった。


 短剣は2番の胸を貫くことなく、彼女の太ももに浅い切り傷を付けるだけにとどまった。

 驚愕に見開かれたウンクルの目は、風で舞い上がった2番の外套クロークの奥に、虫のような翅が生えているのをとらえた。


 ああ、彼らは――人間ではなかったのか。


 ズン、と、ウンクルは激しい衝撃を腹部に感じた。

 それから間もなくして、彼の全身からは瞬く間に力が抜けてゆき、立っていられなくなる。

 地に倒れ伏す直前にウンクルが見たものは、槍を投げ放った姿勢のまま空中に浮かんで静止する2番と、自身のもとへと駆け寄ってくる白い毛並みの賢狼族の姿だった。







「弱くね?」

「弱いですね」

「弱いですわ」


 ネグロの呟きに、エヴァとグレーティアが追従した。

 3人はネグロの執務室にて、机の上に置かれた巨大な水晶体を注視していた。

 水晶体は、磨き上げられた大きく平らな面をそなえており、そこには集落を制圧し終えて、戦後処理を行う3人のワスプ・ワーカーの映像が映っていた。

 彼らは魔法によって、ワスプ・ワーカーが集落に住む賢狼族の戦士たちを全滅させる一部始終を観察していたのだ。


 集落の住人が、戦士職とその他に分かれていたのは想定内だ。

 ワスプ・ワーカーが7割のダメージで勝利するというネグロの予想は、敵の集落のうち3割が武器を持つ戦士職であり、かつワスプ・ワーカーたちが集落の各地に散らばって賢狼族の戦力を分散させて戦うという前提のもとに計算された。

 しかし、実際には集落のうちおよそ半分が戦士職であったし、ワスプ・ワーカーたちがその戦士らに完全包囲された状態で戦いが始まった。

 ネグロの設定した前提条件と比べると、あまりにも不利である。


 ところが、すわ全滅かというネグロの予測に反して、結果は圧勝。

 こちらが受けた損失は、少女型のワスプ・ワーカーである2番が、脚に軽傷を受けた程度である。


「ワスプ・ワーカーたちの性能は、俺が指示した通りだよな?」

「はい。間違いなく」


 ネグロの問いかけに、グレーティアは自信を持って答えた。

 彼ら3人のワスプ・ワーカたちは、レベルは生み出された当初の初期レベルのまま、所有ジョブは最低レベルの『ランサー』ただ一つだけで、所持スキルも僅かばかりの攻撃・回復スキルのみ。

 武器は最低クラスのゴミアイテムを渡し、性格や体格も、あえて三者がかみ合わないようバラバラにしろ、とネグロは指示を与えていた。

 彼ら3人は、賢狼族を相手に徹底的に苦戦するように設定されていたのだ。

 にもかかわらず、そのハンデもまるで問題にならなかった。


「となると、勝因は士気か」


 見たところ、賢狼族たちは仲間が次々と死んでゆくのを見てひどく混乱しているようだった。

 もともとCoCには『恐慌』というバッドステータスが存在しているのだが、それはごく一部の威嚇系スキルなどを食らった場合にのみ発生する、一時的な状態異常にすぎない。

 しかし、現実ではそういったスキルを使わずとも、圧倒的な恐怖を与えれば相手は当然パニックになる。

 3人が想像以上に強かったのを目の当たりにして、彼らはただのバッドステータスではない、本当の『恐慌』状態となったのだろう。


 さらに、ワスプ・ワーカーたちが死を恐れていないという点も大きかっただろう。

 彼らはネグロに仕え、死ぬまでネグロの役に立つことこそを最高の誉れとする。

 ましてや今回はネグロから直々に「死んでこい」と捉えることのできる命令を受けていた。

 であれば彼らは、嬉々として死ぬ。

 一見すると戦闘を恐れているように思えた、幼い少年型の1番も、実のところネグロから命じられた「敵の戦力を明らかにする」という命令を完遂できるかどうか不安がっていただけであり、死そのものには全く忌避感を持っていなかった。

 保身を一切考えない殺戮マシーンと化したワスプ・ワーカーと、死ぬのを恐れて混乱状態に陥った賢狼族。

 この両者の士気の差は歴然であり、ステータス的には拮抗していようと、戦ってみればまるで勝負にならないというのも、分からない話ではない。


「まあ、予想よりも簡単に勝てたのは、良いことだ。

 では、ワスプ・ワーカー3人に帰還命令を――」

「……ネグロ様、ご報告がございます」

「――ん? どうした、エヴァ」


 先程からネグロの横にじっと立っていたエヴァが、唐突に口を開いたかと思うと、ネグロに耳打ちするように語りかけてきた。

 彼女の表情はわずかに曇っており、ネグロに伝えようとしている情報が芳しくないものであることを示している。


「先ほど、参謀隊からスキル『テレパス』による情報が入りました。

 賢狼族の集落に向かって、北方の山の方角から、巨大な生物が高速で接近しているとのことです。

 この巨大生物の詳細は調査中ですが、恐らくドラゴンであると思われます」

「……何?」


 戦いはまだ、終わっていない。







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