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14 一撃

 風を切る鋭い音が飛来する。

 そしてサクッ、と、存外に軽快な音が鳴ったかと思うと。

 顔から煙を上げながら爆走していたフライ・ドレイクが、突如としてバランスを崩し、地鳴り轟かせて地面に倒れ込んだ。


「へっ……!?」

「なんだ、これ!?」

「どうしたんだ……?」


 突然の奇行に、フライ・ドレイクの周りにたかっていた冒険者達が、唖然とした様子で、互い違いに顔を見合わせた。

 すると一人の冒険者が「あっ!」と、声を上げる。

 見れば、フライ・ドレイクの左前足に、ギラギラと光沢を放つ、鋭利な金属が深く突き刺さっているではないか。


「これは……剣?」


 革の巻かれた握り。

 何の装飾もない、簡素なつば

 鈍色につやめく刃。

 それは、武器屋でよく見かける、安物の鉄剣であった。


「その黒いのが、フライドレイクか?」


 声が聞こえた。

 魔物との絶望的な死闘の場に程遠い、気の抜けるように軽薄な声だった。


「ふーん……飛竜的なモンスターってわけか」


 冒険者達があたりを見回す。

 声の主は、すぐさま見つかった。

 フライ・ドレイクから10メートルと少し離れたところから、黒髪黒瞳の人物がのんびり歩いて来ているのだ。


 ネロク。

 ひ弱な体つき、そして何より、一切の魔法が使えない黒髪というハンデを持ちながら冒険者となった、異端の青年。

 そして、FランクにありながらAランク依頼を受注するという、大言壮語を吹いた狂人。

 かと思えば、500枚もの金貨をすぐさま払ってみせる、得体のしれない財力を有する男。

 そのあまりにも強烈な印象もあって、冒険者達は、すぐに彼の顔と名前に思い当たった。


「おい、てめえ、黒髪っ!?

 なんで来やがった!! 逃げろっ!!」

「おめえじゃあ、足手まといにしかならねえ!

 早く帰れッ!!」


 怒声が飛ぶ。

 ネロクがフライ・ドレイクに殺されないようにする意図も、もちろんあった。

 だが、彼らは何よりも、無能な冒険者の参戦によって、場がかき乱されるのを危惧していた。

 この場に集まる者たちは、全員がそこそこの経験を積んだ冒険者であり、彼らは無能な味方がもたらす弊害を、嫌というほどに理解していたのだ。


「帰れとは、冷たいな。

 手助けしてやっただろうに。

 それにこのままじゃあ、俺が居ようが、居まいが、あんたらもすぐに全滅するだろう」


 まるで非を感じていないような言い草。

 冒険者たちは激しい怒りを覚え、中には激しい罵倒を叫ぶものや、ネロクへと掴みかかりに歩みだそうとするものまで居た。

 だが同時に、彼らの多くが、ひとつの疑問を抱く。


 「手助けしてやっただろうに」と彼は言った。

 手助けとは、何だ。

 視線を移す。

 左足に剣が刺さったフライ・ドレイクが、呻き声を上げながら、立ち上がろうともがいている。


 剣。

 安物の、鉄の剣。

 そういえば、この剣は、誰が刺した。

 今まで、誰も決定打を与えることの出来なかった、硬い鱗に覆われたフライ・ドレイクに、いったいどうやって、こうも深々と剣を突き刺すことができたのだ。


 再度、視線を移す。

 ネロクの腰――剣を帯びているはずの、左腰を見やる。

 そこには、剣を収める鞘だけがぶら下がっていた。

 確か彼は、剣を――安物の、鉄の剣を持っていたはず。


 まさか。


 冒険者たちのうち、幾人かが、一つの可能性に行き当たった。

 馬鹿げた話だ。

 ありえない。

 だが、この状況は、一つの事実を物語っている。


 よもや彼は、鉄の剣を投げて飛ばし、フライ・ドレイクの左足に命中させたのか。

 そして、彼の投げた剣は、鱗を貫通して深々とその脚に突き刺さり、そしてフライ・ドレイクを転ばせるに至ったというのか。

 だが、それは。

 人間業ではない。

 人を超えた、化け物の領分だ。

 それこそ、噂に伝え聞く、Sランク冒険者のような――。


「しかし少々、予定が狂ったな。

 本当は、緑竜に認められた冒険者として名を上げるつもりだったんだが……ん?

 そこで寝てるのは、もしかしてジルか?」


 ネロクがふと、足元に視線を向けると、そこには一人の少女が横たわっていた。

 すらりと伸びた四肢。

 体の各部を覆う、金属の防具。

 気むずかしげな顔。

 だが、一点。

 一点だけ、ネロクの記憶と、今の彼女の姿に、食い違っている部分があった。


「お前、さっきまで茶髪だったよな。

 魔法か何かで染めたのか?」


 彼女の髪は、ネロクと同じ、黒に染まっていた。

 髪のみならず、眉、まつげに至るまで、すべての体毛の色が変化している。


「なんか、急にアジア人っぽくなったな」

「……あんた……どうして」


 涙に濡れた目をうっすらと開いたジルが、驚愕を感じさせる声色で言った。


「助けに来た、ってところか。

 フライドレイクというのを、この目で見てみたかったのもある」

「ダメ……あんたには、無理よ。

 あいつは……強い」

「どうかな。

 俺はもっと強いかもしれないだろう」


 そう言ってネロクは笑い、フライ・ドレイクへと再び歩みだした。

 既に敵は、剣の刺さった左足を使わず立ち上がり、体勢を立て直し終えようとしている。


「ダメ……! 待って……ネロク……!!」

「あ。そう、そう。

 ネロクってのは、偽名だ。

 冒険者として契約する時に、呪術系のスキルを警戒して名前を偽ってみたんだが、警戒しすぎたようだ。

 俺の本当の名は、ネグロ。

 ネグロ・グレゴリオという」

「えっ……?」


 唖然とするジルを背に、青年――ネグロは、心底楽しそうな笑顔を浮かべた。


「さて、この世界に来て初の、モンスターとのエンカウントだ」







 フライ・ドレイクが吠えた。

 冒険者たちがフライ・ドレイクから距離をとって動かない中、ネグロのみが悠々と接近してくる。

 自然、攻撃の標的はネグロに移った。


「来た来た来たッ……!」


 不敵な笑みを浮かべ、ネグロは低く腰を落とした。


 左の前足に剣が刺さってなお、フライ・ドレイクの動きは、人間では及びもつかないほどに素早く、力強い。

 対してネグロは、革製のごく小さな鎧が、申し訳程度に胸や関節を覆っているのみである。

 ジルが持っているような特殊な魔道具も見受けられず、ましてや、全身を鎧で覆った人間をやすやすと吹き飛ばす、フライ・ドレイクの必殺の一撃に耐えうるような防御力も期待できないだろう。

 回避も、防御も不能。

 あのネグロと名乗った黒髪の青年は、まもなく死ぬ。

 誰もが、そう思った。

 だが。


「よっ」


 そんな、ふざけているかのような声を上げて、ネグロは小さくステップを踏んだ。

 直後、彼の立っていた地面に、フライ・ドレイクの前足が叩きつけられる。


「ほっ」


 次いで、ネグロは足を折り曲げて、垂直に大きく飛び上がった。

 すると、飛び上がった彼の直下を、フライ・ドレイクのなぎ払いが通過してゆく。


「う、嘘だろ」

「避けてる……」


 遠巻きにその動きを目にした冒険者たちが呟いた。

 驚愕のあまりに、その声は震えすらともなっている。


 フライ・ドレイクが繰り出す、野生生物特有の、素早く、緩急のある攻撃。

 常人であれば、攻撃が来る、と察したその瞬間には、既に肉塊になっているであろう、回避不能の攻撃。

 しかしネグロは、未来予知でもしているかのように、さも簡単そうにその身を踊らせ、敵の攻撃の安全圏へと逃れてゆく。

 超人じみた素早さを見せているわけではない。

 その動きは、一見すると常人でも可能に見えるほどのゆるやかなものである。

 だが、当たらない。

 卓越した反射神経と判断力によって、彼は常に最善の姿勢をとって、敵の攻撃を完璧に回避しているのだ。

 かの黒髪の青年は、一体どうやって、こんな途方も無い技術を身につけたのか。

 底知れないものを感じて、冒険者たちは、戦慄した。


 一方のネグロは、先の高揚した表情から一転、どこか訝しげな、面白くなさそうな表情を浮かべていた。


「……もしかして、コイツの攻撃パターン、これだけか?」


 前足による単純な打撃。

 噛みつき。

 そして時々、尻尾による攻撃。

 ネグロは、敵の攻撃の単調さに、ある種の失望を抱いていた。


「CoCの飛竜系モンスターとは、だいぶ違うな……。

 ブレスも吐かないし、空を飛んで空中攻撃もしてこないとは。

 せっかく翼持ってるんだから、戦いにも使えばいいのに」


 戦闘の緊張感が萎えると同時に、ネグロの動きが、徐々に適当になってゆく。

 しかしそれを外部から見ていた冒険者たちは、ネグロの動きが精彩を欠きはじめたのを見て、焦燥した様子を見せ始めた。


「おい……あいつ、動きが鈍くなってきてるぞ!?」

「まずい……疲労に限界が来たんだ!!」


 あの黒髪の青年は、確かにすさまじい回避力を持っている。

 しかし彼は、武器を持たないがゆえに攻撃手段が無い。

 結果、防戦一方に陥った末、疲労がたまり、ついにその回避力にも限界が訪れ始めた。

 冒険者たちは、そんな見当違いな誤信を抱いた。


「おいっ、てめえら!!

 あの黒髪に加勢するぞッ!!」


 冒険者の一人が、はっとしたように叫んだ。

 彼がフライ・ドレイクをひきつけながら、冒険者たちが攻撃を加える。

 そうすれば、絶望的だったこの戦局に、ほのかな勝機が見えてくる。


 手に持った武器を強く握りなおし、口々に勇ましい声を上げながら、冒険者たちが走りだす。

 ネグロの超人的な身体能力に勇気づけられた彼らは、フライ・ドレイクを討ち取らんとする、強い闘志を復活させていた。

 しかし、そんな彼らの熱意をよそに、ネグロ当人の思考は無感動に冷えきっていた。


「……もう、終わらせるか」


 小さくつぶやくと、ネグロは右手で拳を強く握った。

 五指にはめられた銀色の指輪が、太陽光を反射してギラギラと金属光沢を放つ。

 そのまま、拳をゆっくりと後ろに引いてゆき、腰のあたりで構えをとった。


 フライ・ドレイクのなぎ払いが襲いかかる。


 ネグロは難なくそれを跳んでかわす。

 軽やかに空中を舞いながら、ネグロは敵の頭部に狙いを定める。

 そして、拳に溜め込んだ力を、張り詰めたように充満していた腕の力を、一気に解放した。


 ジルの剣から生じた爆発を遥かに上回る、壮絶な爆鳴が鳴りわたった。








「……」


 ネグロのもとへ駆け寄ろうとしていた冒険者たちは、思わず無言で、その場に立ち尽くした。

 唖然とするあまり、手に持っている武器を、地面に取り落としている者もいる。


 ネグロとフライ・ドレイクの戦いの場となっていた場所には、濃い土煙が舞っていた。

 やがて風が吹き、土煙は巻き上げられるようにして、空に消え去ってゆく。

 煙の晴れたその先には、悠然と立つ黒髪の青年、ネグロと。

 口から、とうとうと血をこぼしながら地面に横たわり、ピクリとも動かないフライ・ドレイクの姿があった。


「……ええええええええええッ!?」

「何だ、今のッ!?」

「す、すげえええええッ!!」


 冒険者たちの、驚愕、困惑、そして歓喜の叫びが響いた。

 それは間もなくして、フライ・ドレイクが死んだことを喜ぶ歓声に変わり、そして、それを成した冒険者、ネグロをたたえる喝采となった。


「あ……はは、ははは……」


 冒険者たちに殺到されたネグロが、肩を叩かれたり、抱きつかれたりしているのを、遠くから眺めていた少女――ジルは、乾いた笑い声を上げた。

 それは喜びとも虚しさともつかない、感情のないまぜになった声だった。


「なによ……そんなに強いなら、初めから言いなさいよ。

 ……バカ」


 起こした上半身を地面に投げだし、草のベッドに横になった彼女は、そのまま脱力し、静かに目を閉じた。







予約投稿分は以上です。

またしばらくはじっくり書き溜めます。

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