13 絶望
「お、おいっ! 動き出したぞっ!?」
王都の外壁にはりつき、暫しじっとしていた、黒いトカゲに似た魔物、フライ・ドレイク。
それが、突然活発に外壁をよじ登り始めたのを見て、冒険者が声を上げた。
「くそっ……、やっぱり、騎士団を待っちゃあ、くれねえか。
攻撃の準備だ! 作戦通りに行くぞ! 構えろッ!!」
鋭く号令が飛び、フライ・ドレイクの直下からやや離れた位置に固まっている冒険者たちが、それぞれ武器を構える。
ある者は弓に矢をつがえ、ある者は杖を高く掲げ、つぶやくように呪文の詠唱を開始する。
そして、そんな彼らを囲むように配置された、剣と盾を持つ戦士職の冒険者たちは、フライ・ドレイクをじっと睨みながら、腰を低く落とした。
すると、彼らの脚に、うっすらと燐光が生じる。
脚力を強化する魔法によって生じた、魔力光である。
身体強化の魔法は、炎を飛ばしたりする魔法に比べて、複雑な手順を要さない、発動が極めて容易な魔法の一つである。
故に、中位以上のランクに属する冒険者は、身体強化の魔法を習得しているものが少なくない。
今回、フライ・ドレイクに挑発の攻撃を加える者は、逃げ延びる可能性を少しでも上げるべく、特別に足が速いか、あるいはこういった魔法によって走力を上げることが出来る者が選ばれていた。
「いいかっ!?」
「はい!」
「大丈夫だ」
「よし……撃てえッ!!」
矢が、火球が、礫が、風を切る音をひいて飛んでゆく。
その多くは外れたものの、いくつかの攻撃はフライ・ドレイクに狙い違わず命中した。
中でも、一人の冒険者が放った矢の一撃が、前足に張ったコウモリのような翼膜を貫通した瞬間、フライ・ドレイクは凄まじい叫び声を上げた。
痛みに身をよじりながら、長い首を曲げ、外壁の上から眼下の冒険者を見下す。
知性を持たぬ爬虫類特有の、ガラス球のように艶めく不気味な瞳が、ギョロギョロと動いていた。
「こっちを見た……!
行くぞ、走れぇッ!!」
その声とともに、冒険者たちはフライ・ドレイクに背を向け、全速で走りだす。
魔法によって強化された豪脚で、彼らは人とは思えない速度をたたき出していたが、フライ・ドレイクの飛行速度には至らないであろうことは、全員が知っていた。
ドレイク種は、凶暴で、そして執念深い魔物として知られている。
真偽は定かで無いものの、冒険者に子どもを殺されたドレイクのメスが、三日三晩かけて山を三つ越えてもなお、逃げる冒険者を追い続けたという、ゾッとするような逸話も存在するほどである。
果たして、攻撃を受けたフライ・ドレイクも、自身を傷つけた怨敵を逃すまいと、すぐさま外壁から飛び立つと冒険者たちを追い始めた。
「くそっ、追いつかれそうだッ!!
上に注意しろ!!」
無心で脚を動かし続けて数分、あるいは数秒か。
時間の感覚すら曖昧になるほどの極限の疾走を続けてしばし。
背後を警戒する役目を負った、殿を務める冒険者が、注意を叫ぶ。
間を置かず、彼らを包み込むかのように巨大な影が地面に落ちたかと思うと、ズン、と地響きを立て、黒黒とした鱗を光らせるフライ・ドレイクが、覆いかぶさるように舞い降りてきた。
「ひっ……!?」
その姿を間近で目にした冒険者のうち数人が、思わず上ずった声を上げた。
巨大。
強靭。
四足で這うように立っているにもかかわらず、その頭部は、大の大人が立ち上がったそれよりも高い位置にある。
黒い鱗に覆われた、人間の腰のように太い足が踏み鳴らされるたび、ズン、ズン、と、地面がかすかに揺れるのを感じ取れる。
一切の力を込めずとも、その腕や尾の一振りで、人体は容易に潰れ、砕けるだろう。
化け物だ。
これは、人が生身で相手をする生物では、ない。
冒険者たちは、理性よりも深い、生物としての根源の部分から、恐怖が湧き上がってくるのを感じた。
全身が末端に至るまで震えだし、カチカチと歯が音を鳴らす。
構えなくては、と、恐怖に塗りつぶされずに残った仄かな理性が、警鐘を鳴らす。
しかし、恐慌をきたした彼らの精神は、武器の構え方すらもほんの一瞬忘れてしまっていた。
結果として彼らは、フライ・ドレイクを前にして動きを止めるという、最悪の愚を犯すこととなる。
その時、一瞬フライ・ドレイクの前足――翼腕が、ぶれたような気がした。
そして次の瞬間には、眼前が黒く染まる。
「あっ――」
フライ・ドレイクの目の前に棒立ちになっていた、片手に円盾を持った冒険者が、小さく声を上げた。
◆
ゴン、と鈍い音が響いた。
フライ・ドレイクが横薙ぎに振った翼腕と、冒険者が身につけていた金属の武具が打ち合う音だ。
そして、その攻撃を身に受けた冒険者数人が、ちぎれた手足、臓物と血しぶきをまき散らしながら、まとめて紙切れのように吹き飛んでゆく。
まるで冗談のような光景だった。
「まずい! いきなり、かなりの数がやられた!!」
「やべぇぞ。あいつら多分、怯えて動けなくなってやがる!!」
悲鳴のような焦燥した声が上がった。
その言色には、絶望がにじんでいる。
待機組――フライ・ドレイクを挑発する組の行き先に待ちぶせ、挑発組を追ってきたフライ・ドレイクに一気に畳み掛ける役割を与えられた冒険者たち。
彼らは、目先数百メートルの位置で挑発組が敵に追いつかれ、そして一撃で吹き飛ばされる光景を目にしていた。
この一撃によって、挑発組の約3分の1が失われた。
戦力を欠いた彼らでは、もはや応戦しつつの逃走は不可能だろう。
作戦は、失敗したのだ。
「……くっ……!」
待機組の一団から、小柄な少女が飛び出した。
ジルだ。
彼女はすさまじい速さで、フライ・ドレイクに襲われる冒険者たちのもとへと駆けてゆく。
彼らを……助けようとしている。
彼女の行動は、茫然自失の冒険者たちに、再び、一つの行動指針を示した。
「……か、彼女に続いてくださいッ!!
作戦は変更! こちらから合流してフライ・ドレイクを叩きます!!」
武器を持たないにもかかわらず、その矜持から、待機組の冒険者と同じ所に立っていたギルド職員、ブノアが声を張り上げた。
それを受けて、ジルの後を追うように、冒険者たちは怒号を上げて駆け出した。
死闘が、始まる。
◆
風を切って走りながら、ジルは腰の剣――ファルカタと呼ばれる片刃の曲刀を抜き放ち、引き絞られた弓のように、全身に力を込めた。
フライ・ドレイクまで、あと数歩の地点に到達した時。
ジルのかかと、金属を打ちつけた革のブーツから、カチリ、と何か硬いものが噛みあうような音がした。
瞬間。
彼女の靴底から、まばゆい魔力の燐光が吹き出し、その身体を凄まじい力で押し出した。
彼女が有する切り札の一つ、加速の魔道具だ。
「シッ!!」
魔道具の力で、弾丸のように飛び出したジルは、空中で体をひねり、全身のバネを使って勢いのままにフライ・ドレイクの長い首を斬りつけた。
血煙があがる。
彼女の剣撃は、確かにフライ・ドレイクの肉を斬り裂き、かの魔物に手傷を負わせたのだ。
「くっ……」
だが、ジルの表情は冴えない。
硬い手応えだった。
鱗に刃を阻まれたか。
首を切り落とすつもりで放った一撃であったが、あれでは到底、深手には至らないだろう。
カチン、と再びジルの靴が鳴り、今度はフライ・ドレイクから逃げる向きにその身体を加速させる。
直後、彼女がさっきまで立っていた場所に、フライ・ドレイクが飛びかかった。
叩きつけるような、翼腕の一撃。
間一髪でかわしたものの、その衝撃の余波だけでも、ジルは十分に戦慄した。
力が増している。
傷を受けて、怒り狂っているのだ。
「くそっ……!」
間髪いれず、再び襲い掛かってくるフライ・ドレイクの攻撃を、加速の魔道具で避ける。
限界まで研ぎ澄ました感覚と、加速の魔道具の惜しみない使用をもってしても、その回避はギリギリである。
身体が長く、四足で動くフライ・ドレイクは、前後の移動に比べ、左右への移動、旋回が遅いという特徴がある。
ジルはそれを利用し、フライ・ドレイクの側面に回り込むように動き続けることで、辛うじて連続での回避行動を成功させていた。
「ジル、下がれッ!!」
野太い男の声が飛ぶ。
ジルはその声の主を確認すること無く、加速の魔道具を最大の出力で動かし、言われるがままに飛び退いた。
すると入れ替わるように、鉄の鎧をまとった筋肉質な男が、ジルの背後から前に出る。
「オオオッ!!」
男の持つ長大なランスが、フライ・ドレイクへと突き出される。
狙い違わず、胴に命中。
ギャアアッ! と、フライ・ドレイクが、人間の絶叫にも似た、耳障りな高音で吠えた。
「このっ……硬いなッ!?」
だが、敵はやはり頑強。
傷は浅い。
フライ・ドレイクはすぐさま痛みから立ち直り、槍の男に凶悪な顔を向けた。
「ぐッ……!?」
フライ・ドレイクが翼腕を振りかざす兆しを見せ、男はとっさに、槍と反対の手に有していたタワーシールドを構えた。
敵の一撃。
ゴウン、と鐘を打つような音が鳴り渡る。
攻撃の衝撃を殺しきれず、槍の男が吹き飛んだ。
「うらああッ!!」
遅れてやってきた全身鎧の男が、兜の中で怒号を反響させながら、巨大なハンマー状の武器――フレイルを振るう。
後ろ足に一撃が決まる。
フライ・ドレイクは、ほんの少し体勢を崩すも、すぐさま尻尾を振るって反撃を見舞った。
「うごッ!?」
吹き飛ぶ。
全身を金属で包んでいるにもかかわらず、フレイルの男は、まるで軽石のように草原を転がっていった。
「まだだッ!!」
それから間を置くことなく、次々と冒険者たちが駆けつけ、戦闘に加わる。
身の丈ほどもある剣を叩きつけるもの。
両手に持った小剣を目にもとまらぬ速さで振るうもの。
敵の鱗の隙間に狙いをつけて、細剣の刺突を繰り出すもの。
魔法の炎を浴びせるもの。
矢を射かけるもの。
しかし、いずれも決定打には至らない。
反撃を受け、骨や内臓をやられて倒れ伏すものや、四肢を失って戦線離脱するものも次々と現れはじめる。
彼らは、緩やかに全滅へと向かっていた。
そんな混沌とした戦況の中にあって、ジルは眼を見張るほどの健闘を見せていた。
Dランクの中でも、Cランクにかなり近い上位の実力を有すると目されている彼女は、足に仕込んだ魔道具による素早い踏み込みで、威力を上乗せした斬撃を放っては、再びその魔道具で離脱するという一撃離脱を繰り返し、僅かながら着実に敵にダメージを与え続けている。
だが、それもやがては破綻する。
フライ・ドレイクのもとから離脱するため、足の魔道具を発動させる。
カチン、と小さな音が鳴った後、靴底から魔力の光が生じ、自身の足を押し出す運動エネルギーが吹き出すのを感じ取る。
もはや何度目か分からない感覚だった。
このまま、押し出す力は増してゆき、一瞬だけ爆発的な瞬発力を生み出す。
そして、それは彼女が戦線から離脱するに十分な移動力をもたらす。
はずだった。
「あっ!?」
唐突に、力の噴出が弱まる。
推進力を失い、ガクン、と、ジルが体勢を崩した。
「うそっ……!?」
故障……違う。
魔力切れか。
「やばっ……」
未だかつて経験のない、魔道具を使った全速力の機動を、ずっと続けていたのだ。
それは、彼女の時間感覚を麻痺させ、魔道具の動作に必要な魔力が切れるタイミングを見失わせることにつながった。
彼女は、引き際を誤ったのだ。
不運は、更に続く。
彼女の焦りを察知したか、フライ・ドレイクが他の冒険者には目もくれず、その四足を動かして、ジルへ向かってすさまじい速さで這い迫ってきたのだ。
「このッ……!!」
何を思ってか、ジルは剣を持たない左手を、向かってくるフライ・ドレイクへとかざした。
同時、フライ・ドレイクが殺意をもって、ジルへ向けて飛びかかる。
だが、それがジルに届くことはなかった。
カチン。
ジルの手を覆う、金属の篭手。
そこから、先の加速の魔道具と同質の、何かが噛み合わさるような音が鳴った。
直後、ジルを中心とした、半径1メートルほどの空間に、仄かな燐光が生じる。
フライ・ドレイクの前足が、牙が、その空間へと侵入するやいなやの地点に至ったその時。
ジルを殺す一撃は、急激に速度を落とし、ピタリと停止した。
結界の魔道具。
使用者を中心とした狭い範囲に、フライ・ドレイクの攻撃すら退ける強力な斥力を発生させる、彼女が有する第二の切り札である。
だが、この結界は間もなく消滅することを、ジルは知っていた。
ほんの一瞬、身体を押し出す程度の力を足に発生させる加速の魔道具と異なり、結界の魔道具は、魔物の攻撃が弾かれるほどの強い力を、全方位に向かって生じさせる。
故にその燃費は極めて悪く、結界の効果時間は10秒にも満たない。
数人の冒険者が走り寄り、ジルを救おうと、フライ・ドレイクに攻撃を加える。
しかし敵は怯まず、一心不乱にジルの結界との拮抗を続ける。
まるで、今この時が、自身の首に傷を負わせた怨敵――ジルを殺す絶好の機会であると、本能で理解しているようだった。
「く、うぅ……!!」
ジルが、苦しげに顔を歪める。
目前に迫る死に、抗えないからではない。
実のところ彼女は、生き延びるための一手に心当たりがあった。
しかし、それを使った時、ジルは肉体的に生き延びようと、精神的に傷を負うこととなるだろう。
それこそ、彼女に緩慢な死をもたらすほどに、深く、大きな傷を。
ここで死ぬか、生き延びて苦しむか。
どちらに転んでも、最悪。
彼女はそれが悲しく、そして悔しかったのだ。
だが。
「……なりふり構ってられない、か」
苦悩の表情はやがて、諦めの表情へと変わった。
そして彼女は、右手に持った剣を置くと、自由になった右手を自らのえりの中に突っ込んだ。
ややあって、彼女が右手を持ち上げると、そこには細かな細工の施された、金属のペンダントが握られていた。
彼女が肌身離さず身につけ、服の中に隠し持っていたペンダント。
これこそが、起死回生のカギとなる。
ジルは迷いなく、ペンダントを自身の口元へと運んだ。
そして、ペンダントの中心にはめこまれた、小さく丸い、紅く透き通った石に口をつける。
次の瞬間、彼女は思い切り歯をたて、ペンダントにはめこまれた石を、むりやり引き抜いた。
バキッ、と、何らかの金具が壊れる音を立てて、赤い石が転がり落ちる。
それをすかさず拾ったジルは、自らの右のかかと――動力を失った加速の魔道具、その片割れへと、石を運んだ。
石をその手に持ちながら、ブーツと一体化している魔道具のいち部分を、指で強く押しこむ。
カチャン、と音を立てて、彼女のかかとの部分が、小窓のように開く。
そこには、彼女が手に有するものと同じ、赤い石がはめ込まれていた。
この赤い石こそが、魔石。
特定の鉱物に、魔力を圧縮、蓄積したもの。
そして魔道具の動力、その供給源である。
ジルは、加速の魔道具にはめ込まれている魔石を取り出して捨て、そこに先のペンダントを破壊して取り出した魔石をはめ込むという作業を、まるで流れるような素早さでこなした。
そして作業を終え、ジルが剣を拾った直後、結界の魔道具が活動限界を迎える。
左腕の篭手から生じる魔力光が減衰し、侵入を阻む斥力の領域が消滅。
待ちわびたとばかりに、フライ・ドレイクが迫る。
同時に、ジルは右手の剣を敵に向かって突き出した。
魔道具で加速した上で斬りつけても、まともに攻撃が通じなかった相手である。
迫る敵に対し、真正面から剣で迎え撃とうとするジルの行動は、自殺に等しい。
だが、彼女の持つ剣――ファルカタにこそ、最後の秘策が仕込まれていた。
カチン。
剣の刃とフライ・ドレイクの鼻先が触れ合う直前。
ジルは、剣の握りから飛び出ている"引き金"を引いた。
パァンッ! と、耳を打つ爆音と、目を焼く閃光が生じた。
すさまじい反動が、ジルの剣を持つ手を、上に引っ張る。
鼻先に壮烈な熱と衝撃を受けたフライ・ドレイクが、叫び声を上げながらのけぞった。
第三の切り札、爆発の魔剣。
引き金を引くことで、切っ先に魔法による爆発を生じさせる機構が組み込まれた剣。
魔剣としては極めて構造が単純で、安物の部類に入る。
だが、敵の肉に刃を深く抉りこませた状態で引き金を引けば、その爆風は敵の内臓をでたらめに撹拌し、ドレイク種ですら一撃で死に至らしめる、恐ろしい性能を秘めていた。
じかに体内で炸裂させたわけではないが、その爆風を顔面で受けたフライ・ドレイクは、いくら頑強といえども、かなりのダメージを負ったようだった。
すかさず、ジルは右足の加速の魔道具を始動した。
片足だけに急激な推進力が生じ、一瞬よろめく。
しかしすぐさま体勢を立て直すと、彼女は魔道具の力を借りて、大きく飛び退いた。
魔石の魔力をすべて使い切る覚悟で、推進力を全開にしての、大跳躍である。
10メートル以上の距離を跳び、そのまま地面に転がるように着地した。
「……はっ……はぁ……はぁっ」
荒く息をつく。
地面に手をついて身体を起こそうとするも、上手くいかない。
さながら生まれたての動物のように、関節が弱々しく震えている。
身の裂けるような緊張から解放されて、急激に身体の力が抜けてしまっていた。
幾人かの冒険者が、自身へと驚愕の表情を向けているのを、ジルは感じ取った。
剣の切っ先を爆発させる技を見た驚きも、少なからずあるのだろう。
しかしきっと、彼らの驚愕は、概して自身の"この姿"に向けられたものだ。
「はぁ……これで、社会的に死んだわね。私」
だが、これで窮地は脱したはずだ。
ジルは呼吸を整えながら、フライ・ドレイクの居るであろう方向へと目を向けた。
「えっ……!?」
彼女の眼前には、一直線に自身へと向かってくる、フライ・ドレイクの姿が映った。
「そんな……」
爆風を受けた頭部から、煙を振りまきながら、フライ・ドレイクは滅茶苦茶に足を動かし、しかし確実にその距離を縮めてくる。
それは、ただでたらめに暴れた末の結果か、あるいは敵の執念か。
いずれにせよ、ジルは、その身に絡みつく死の因果から、逃れきれなかったのだ。
加速、結界、爆発。
彼女が有する三種の魔道具は、全て使い切った。
今度こそ、為す術はない。
「あ……」
死ね、と。
その時ジルは、誰からか、そう言われたような錯覚をおぼえた。
自分を殺そうとする、神の意志だろうか。
あるいは、かつての記憶から生じた、幻聴だろうか。
「あ……はは……」
ジルは抵抗の意思を捨て、そのまま大地に脱力して寝転がった。
絶望の沼底に、彼女の精神は静かに沈んでいった。
ゴミのように、みじめな人生だった。
死を目前にして、そこには感慨の一つもなく。
怒りか、悲しみか、虚しさか。
自分でもよく分からない、ひどく苦しい感情を覚えて、ジルはそっと涙をこぼした。
――。
「ん? そこで寝てるのは、もしかしてジルか?」
なんだかひどく聞き覚えのある、やる気なさげな青年の声が聞こえたような気がした。
◆