11 闘志
盛り上がるシーンまで書いてどっさり投稿したかったのですが、上手く切れる部分がなく、投稿までにかなりの間が開きそうだったので、短めですが投稿します。
一話一万字を目安にしていますが、今後も数千字くらいの短い話を投稿することがあると思います。
「お帰りなさいませ」
月光殿、地下100階層『王の間』にて。
主の帰還を迎える声が、揃って響く。
流動する白と黒の色を持つ、霊妙なる美女、エヴァ・ドゥーケ。
赤白の和装をまとった黒髪の大和撫子、リンネ・アルビオル。
青肌に黒目金瞳を持つ、可憐にして異形の美少女、マルギット・シュメルツァー。
紳士の礼装を身にまとい、眼鏡の奥で赤い瞳を光らせる黒肌の麗人、ベルタ・ファクラー。
四名の大幹部がかかとを揃え、一糸乱れぬ動きで頭を下げる。
レウコン・イーリスの長、大総統ネグロは、それに軽く手を挙げて答えた。
「ああ、ただいま。心配をかけたな」
ネグロは、自身が出てきた『ゲート』の魔法陣を消し去ると、頭を下げ続ける大幹部らの前を通り、巨大な王座に腰掛けた。
「面を上げろ」
ネグロの声に、大幹部らはやはり一切の乱れ無く、その顔をネグロへと向けた。
彼女らの表情には、一日ぶりにネグロの姿を拝謁できたことへの抑えきれない喜びが見て取れる。
「さて。早速で悪いが、中間報告を聞こう」
「かしこまりました」
ネグロの声に答えたのは、ベルタである。
参謀隊総督たる彼女は、月光殿内における全ての情報交換、情報記録を統括している。
レウコン・イーリスが全く未知の世界に飛ばされたという現状において、この世界に関する情報収集の全てを司っている参謀隊、ひいてはその統括者であるベルタこそが、大幹部の中で最も働いている者と言えた。
「まず始めに、ネグロ様のおっしゃられていた『プレイヤー』についての手がかりは、未だに得られておりません。
ご期待に添えず、申し訳ございません……」
「いやいや、構わない。
……そうか、プレイヤーの気配は無し、と」
ベルタをはじめとするレウコン・イーリスの構成員に、ネグロが最優先で与えた命令。
それが、『プレイヤーの捜索』だった。
プレイヤーという存在について、大幹部らは、ネグロほど具体的に理解はしていないものの、漠然とその概要は把握していた。
大幹部に匹敵、あるいはそれを超えるかもしれない強者。
ネグロと同じ世界からやってきた超越者。
そして、ネグロに心労を抱かせる根本の原因。
大幹部たちは、悔しげに歯噛みした。
敬愛する、至高の創造主たるネグロに並び立とうとする不敬、そしてネグロにストレスを与えるという大罪を、今すぐに罰することのできない己の力不足に。
「まあ、見つからないなら、それはそれで良いことだ。
俺は『プレイヤーを見つけろ』ではなく、『プレイヤーが存在するかどうかを確かめろ』と命令したのだからな」
ネグロがそう言って微笑む。
大幹部たちの苦々しい表情が、目に見えて和らいだ。
ネグロが自身と同じ境遇のプレイヤーを探す理由は、言わずもがな、その存在がレウコン・イーリスにとって最大の脅威となりうるためである。
彼はこの世界にやって来る際、遊んでいたゲーム、クリエイターオブカオス(CoC)で得た強力なステータス、部下のNPCやアイテムなどを得ており、それが彼を強者たらしめた。
だが、確かにネグロはCoCを人並み以上にやり込んでいるという自負があったが、それがすなわちCoCプレイヤーの中で強い、という事実に直結することはない。
CoCはオフラインゲームであり、MODなどによるゲームデータの改造がある程度許容されている。
故に、ゲームの内容をぶち壊すことを覚悟の上ならば、いくらでも反則的な強さが実現できるのだ。
その点、ネグロは無数のMODを、中にはチートと呼ばれる反則的な能力をプレイヤーに付与するものも含めて使用しているが、ゲーム性を決定的に破壊するようなMODを入れることだけは避けていた。
例えば、プレイヤーの全ての攻撃が、無条件で最大攻撃力かつ最大攻撃範囲になるMOD、『catastrophe』。
パンチ一発で世界中のNPCが死に、破壊可能オブジェクトも余さず粉微塵になってしまう、馬鹿げたお遊びMODである。
当然ながらこのMODを入れたCoCは、一度パンチするだけで世界が滅び、それ以降のゲーム進行が不可能になるクソゲーと化すため、その状態でゲームを継続して遊ぶようなプレイヤーはほとんど居ないと言えた。
だが、もしこのMODを入れた状態で遊び続けている奇人がいたとしたら?
もし偶然、遊び半分でこのMODを入れた瞬間に、ネグロと同じようにこの世界に飛ばされた者が居たとしたら?
そうであれば、レウコン・イーリスは、そのプレイヤーが世界のどこかでパンチを一発繰り出すだけで、壊滅状態になることだろう。
先の例は極端な話ではあるが、このように、入れるMODによっては、ネグロとその軍勢を超える力を身につけることは容易いのである。
「まあ、プレイヤーの捜索は、最優先事項とはいえ、あくまで念押しだ。
もし居たとしても、そう簡単に見つかることはないだろう」
入れるMODによって、その内容を千差万別に変化させるのが、CoCというゲームである。
そのため、互いに違うMODを入れているCoCプレイヤーの間には、ステータスやスキル、容姿などに、共通した特徴が現れにくい。
そもそも、CoC以外のゲームからこの世界に飛ばされるなど、いくらでも例外はあり得るのだ。
「とりあえず、プレイヤーの捜索は可能な限り続けろ。
ワスプ・ワーカーたちの方は、どうだ」
「はい。そちらに関しては、極めて順調です。
既にいくつかの有力な情報を得ることができました。
裏付けが取れ次第、ご報告いたします」
「そうか、そうか」
ネグロは、子どものように悪戯めいた顔で、くつくつと小さく笑った。
彼の言うワスプ・ワーカーたちというのは、先の賢狼族制圧に動いた、あの三人組のことである。
本来は捨て駒として生み出されたものの、存外に大きな働きを見せた彼らをネグロは気に入り、褒章として強力な武具といくつかのスキルを授けた上で、別命を与えたのだ。
レウコン・イーリス最弱クラスの取るに足らない存在が、ネグロ直々に褒章と命令を与えられるまでになる。
これは、未だかつて例を見ない、異例の大出世であった。
この事実は今後、レウコン・イーリスの構成員たちの間で脚色が施され、ドラマチックなシンデレラ・ストーリーとして語り継がれることになるのだが、それはまた別の話である。
「後は、あのDランク冒険者三人から得られた情報だな」
「はい。尋問結果をまとめた資料をご用意しております」
ネグロは、ベルタから恭しく差し出された紙の束を受け取ると、それを指で弾くように素早くめくり始める。
そして恐ろしい動体視力と情報処理速度をもって、ネグロはものの1分足らずで百枚以上に上る資料を読み終えると、それをベルタへと返した。
「おおむね、想像通りと言ったところか。
この世界の人間が持つ価値観を知れたのは、大きいな」
ネグロが読んだ資料には、ディダックという名の男をはじめとする三人のDランク冒険者から聞き出した、この世界についてのありとあらゆる情報が記されていた。
マリア・キアーラを筆頭とする、精神操作や情報の聴取、尋問や拷問に特化した部隊、『審問部』によって得られた、確かなものである。
ネグロの軍門に下った賢狼族や緑竜へルフェウスは、人間と異なる生活圏に身を置いているがゆえに、どうしても人間の価値観や一般常識に疎くなってしまう。
しかし、件の三人から情報を得たことで、知識の空白が大きく埋められた。
レウコン・イーリスは、今や、この世界の一般階級市民と同等の情報を有していると言えるだろう。
「その資料を簡潔にまとめた後、ワスプ・ワーカーの三人にも渡しておけ」
「かしこまりました」
「……初日からあの冒険者どもが絡んできてくれて、助かったな。
情報収集の手間が、大幅に減った」
スラックスのポケットから金属製のカードを取り出し、それを手の中で弄びながら、ネグロが言った。
鉄製のカードの表面には、"ネロク"の名と、冒険者としてのランクを示す"F"が印字されている。
冒険者ギルドに所属していることを証明する、ギルドカードである。
「黒髪というだけで、結構な連中が釣れたしな」
"ネロク"と名を偽り、冒険者として登録したネグロ。
彼は一日のうちに、ディダックを始めとするガラの悪い者に、いくたびも喧嘩を売られた。
さすがに剣を抜いて殺しにかかってくる者は、ディダックら三人の他には居なかったものの、いずれもネグロをひどく蔑んだ言動をとっており、黒髪に対する強い差別意識が見て取れた。
それらにいちいち対応していたために、ネグロは結局、一つも依頼を請けること無くその日を終えてしまったのだった。
どうやら、この世界において黒髪の人間は魔法が一切使えず、そのために劣等種として差別を受ける傾向にあるらしい。
特に血筋を重んじる貴族は、黒髪を『無能の血』として忌避する向きが強く、黒髪を持って生まれた貴族の子どもは秘密裏に"処分"され、生まれていなかったことにされることすらあるという。
実のところ、魔法研究者や冒険者を志すならともかく、実生活で魔法を使う機会はほとんど無く、ただ魔法が使えないだけの体質は、さほどの欠点ではない。
しかし黒髪を排斥しようとするこういった貴族の影響を受け、今や平民でも、黒髪を嫌うものは多い。
「……許せないわね。
闇夜のように美しいネグロ様の御髪を侮辱するとは」
「うむ。審美眼が曇っているでは済まされぬ」
「ネグロ様。許可をいただけるのであれば、その戯けた者どもを、一人残らず殺してご覧に入れますが」
ベルタの背後に控えるエヴァの言葉を皮切りに、マルギット、リンネと、大幹部たちが口々に怒りを露わにする。
彼女ら大幹部は、ネグロがその黒髪に文句をつけられたという事実を、偵察軍を通じて聞き及んでいる。
その時の彼女らが見せた憤怒は凄まじい物で、それによって生じた殺気の余波を受け、近くを通りかかった関係ない者が、泡を吹いて倒れるという事態まで生じている。
事前に「ネロクとして行動している間は、表立って手を出すな」という命令がなければ、彼女らはレウコン・イーリスの全兵力を動員し、ネグロを侮辱した者を国ごと消滅させにかかっていただろう。
物騒な言葉を並べ立てて殺戮を進言してくる大幹部たちを見て、しかしネグロは微笑ましい物を見るかのような目つきをしていた。
部下たちは、純粋に自身を慕うがために、こうして怒りを見せてくれているということが、ありありと分かるためである。
彼女らがたぎらせている絶対零度の殺意は、侮辱に対する報復にしては明らかにやり過ぎな気迫を持っていた。
しかし、ステータスの上昇によって高い精神力を得て、無駄に豪胆になったネグロは、その膨大な殺気を見事にスルーして、ただただホッコリしていた。
「お前たちの忠誠は、嬉しく思う。
だが、まだ動くべきではない」
「それは、敵の戦力が未知であるため、でしょうか」
「そうだ。今日得られた情報からして、イルニアには大した強者は居ないようだ。
恐らく、あそこを落とすことは難しくないだろう。
だが、帝国や連合王国といった強国が気にかかる……」
ベルタの言葉を肯定したネグロは、さらに言葉を続ける。
「俺は冒険者ギルドで、"竜の巣に潜り込み、薬草を採取する"という依頼を見かけた。
その依頼のランクはA。
つまり、竜と戦う可能性のある依頼ですら、Aランクということだ。
だとすれば、Sランク冒険者はもしかすると竜より強い可能性もある」
竜と聞いて、大幹部の四人は、賢狼族の集落において戦闘になった、緑竜ヘルフェウスを思い起こした。
エヴァによって武器すら使われることなく殺されたかの竜であるが、レウコン・イーリスと敵対したものの中で、ヘルフェウスが桁外れに強力な存在であることは確かだった。
人間や賢狼族はともかく、ヘルフェウスほどの存在と対するのであれば、さすがにワスプ・ワーカーなどの非戦闘員では話にならない。
戦闘局に属する戦闘員を動かした、"本当の"戦いとなることだろう。
「具体的な数や強さは分からないが、帝国などの国には、Sランク級の冒険者や、それに劣らない実力を持った騎士や魔法使いが、ゴロゴロ居るらしい。
そいつらが徒党を組んで月光殿に侵攻してくれば、さすがにこちらも被害を受けかねない。
Sランク級の連中の中に、プレイヤーが混じっていた場合なんかは、最悪だ」
故に、Sランク級と呼ばれる者の実力を把握するまでは、レウコン・イーリスは表舞台に出ない。
ネグロは、そう結論した。
そんな言葉を受けて、大幹部の四人は粛々と頭を垂れ、ネグロの言葉に従う姿勢を見せた。
内心では、ネグロの慎重すぎるとも取れる方針に、疑問や不満を抱かなかったわけではない。
至高の存在たるネグロによって、至高の業をもって生み出された被造物であると自負している彼女たちは、レウコン・イーリス以外の者に対して、相応に高いプライドを有しているのだ。
しかし、他ならぬ造物主であるネグロの決定に異を唱えるなどという選択肢は、初めから持ち合わせていない。
それに彼女たちは、ネグロの表情に、怯えや不安といった気弱な色が一切無く、猛然とした闘志がたぎっていることを理解していた。
「あとはもう一つ、理由がある。
むやみに殺してしまっては、後々、我々に隷属する者が減ってしまうだろう?」
彼は、ネグロは、依然としてこの世界を支配するつもりなのだ。
たとえ、プレイヤーが敵になろうとも。
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