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イバラ ノ ナミダ

体が、静かに死んでいくのを感じる。


そうね、もう、どれだけ生きたのか考えたくもないわ。

愛おしい人たちは、面影だけ残して私を置いて行ってしまう。

でも、それでも、私はこの恋を、思いを残したいと思った。

あの人が愛した国を守りたいと、思ってしまうのよ。


人をやめて魔女になった。でも、それでも足りないのならば、次は何が良いかしら。

「何を捨てれば、私の永遠の願いを叶えることができるのかしら? 」

月に尋ねてみれば、思いもよらないところから返事が返ってきた。


「魔法は永遠だよ 」

青い少年は、微笑みながら月の光を浴びて輝いていた。

ふわりを空を飛ぶその姿は、まるで天使のようで、怖いくらいに奇麗だった。

どれだけの魔法を駆使しているのか見当もつかないほどの魔法量を感じて眩暈がする。

桁違いの魔力。人の領域を超えたこんな少年この国にはいない…。

だけど、私には一つだけ思い当たる人物がいる。


「貴方は、もしかしてエンドの敵? 」

「いやだなぁ、その言い方。違うよ、僕は彼女の…大切な人だよ。彼女が忘れているだけさ 」

「やっぱり、ファウストというのは貴方ね 」

飄々と語るその少年は、古い知人である彼女の天敵ともいう存在だ。

真紅の魔女が倒せない相手。悪魔という通り名をもつ彼は、おとぎ話のように伝えられてきた。

それこそ、私が生きている長い年月以上の伝説のようなものだ。


「貴方たちは、一体いつから、何をそんなにいがみ合っているの? 」

「彼女はこの国を愛しているんだ。でも、僕はこの国にそんな価値はないと思っている。

 だから、嫌だったんだよ。こんな集合体みたいな国を作るのは、さ… 」

ワールズが建国したのは、今から少なくとも1000年以上前のことだ。

しかし、彼は建国時すら知っているような口ぶりだ。そして、真紅の魔女もその頃にはいたという。

ならば、彼らはどれほどの時を生きているというのだろうか。


…だめだ、これ以上深入りしては禁忌に触れてしまうことになる。

ワールズの建国など、自分は知らなくていいのだ。

今、必要なのは私が何になるべきなのか、ということだけだ。

「貴方は言ったわね、魔法は永遠なの? 」

「そうだよ。魔法陣やスペルは永遠の知識として残り続ける。そして、魔法も発動してしまえば永遠に働いてくれるはずだよ 」

「意味が分からないわ 」


魔法としての知識は確かに永遠に残り続けるだろう。それは、後世に伝わり永遠と同じ時を生きる。

でも、魔法は発動したら終わりのはずだ。魔法発動の為に、魔法陣やスペルが代償として支払われるのだから。

「簡単だよ。君が魔法になってしまえばいいのさ 」

ニコリと微笑む彼は、背筋が凍るほど美しくて、ゾッとした。

「私が、魔法に? 」

そうだよ、と私の手をとり、彼は小さな針をのせた。


そもそも、魔法というのは魔力に命令としての魔法陣やスペルを与えて動かすものだろう。

ならばさ、魔力に意思を与えてやれば、それは魔法は完成するんじゃないかな。

でもね、魔力はエネルギー体であって、生き物ではない。だから意思なんて持てない。

ならば、限りなくエネルギー体に近い人間を作れればいいんじゃないかなって僕は考えたんだ。

魔力をもつ人が意思や目的だけの形に研ぎ澄まされてしまえば、それは、もう魔法だろう?

己の目的の為だけに働く魔力に君はなれるよ。その素質を、持っているのだから。


「茨姫は、君にこそふさわしい 」


淡く、緑に光る針。それに指を刺せば、私の願いは与えられるらしい。

ならば、迷うことはない。ここまできて、私は私の望みを捨てきれない。

生きながらえるという目的の為に、多くの魔法を使ってきたけれど、この体も限界が近い。

だったら私は、彼の言うとおり肉体を捨ててしまうしかない。

恋という思い出を忘れてしまわないために、私は魔法という存在になろう。


「それにしても茨姫って、王子様はいないじゃないの… 」

「そうだね、だけど、永遠の中で、もしかしたら見つけられるかもしれないよ 」

「そうね。もしも100年の眠りも、茨の壁も、乗り越えてくるような王子様が現れたら、その時は、助けましょう 」


だって、健気すぎて可哀そうだものね。


人さし指に針を突き立ててれば、その瞬間に緑の茨が全てを覆っていった。

肉体が喰らいつくされていく感覚は不思議と心地よいものだった。

もう、限界が近い体だったのだ。捨てることに未練などない。

己が一つのモノに研ぎ澄まされていくのが分かって、私は思わず笑ってしまった。

久しぶりに、こんなに満たされていく。


長い時は、私から多くのモノを奪っていった。

流す涙は枯れ果て、寂しいと思う感情は壊れた。

それでも、失くさなかったのは守りたいという思いだけだ。


何一つ忘れずに、私は永遠を生きよう。

全て忘れてしまった人の代わりに、私は永遠に全てを覚えておく。

ただ、それだけが、彼の思いが在ったという証になり、自分の存在価値となる。




「なにしているの!? 」

薄れていく意識の中、聞こえた悲鳴のような声。貴女のそんな声、初めて聴いたわ。

あぁ、どんな顔しているのか。確かめたいけど、だけど、今は行かなくては。

私があるべき場所に、帰らなくては。


守りにいかなくては。


「だめよ… 戻れなくなる! 」

真紅の魔女の足止めの魔法は全てちぎって、緑の茨はどこかへ消えていった。

残ったのは、小さな淡い緑の針だけだった。


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