王子様の記憶
この恋が叶わないことは、知っていた。
でも、彼女が笑ってくれるならば何でもできた。
「それで、俺はまた彼女に会えるんだな? 」
屋敷の中、いきなり現れた男は、恐ろしく美しい笑みで頷く。
「そうだよ。己の魂の中に封印することで、喪失されるだろう記憶を守ることはできる。まぁ、そんな高度な魔法を使える者は限られているけれどね 」
そう言って、男はおびただしい数の魔法陣を出現させた。
「とりあえず、これらを君の体にいれておくよ。発動条件は、茨の魔女の魔法が君に向けられた瞬間にしておこう。そうすれば、魔女の呪いを受けたみたいに見えるだろう 」
これから、この身にかけられる呪いは、俺に解くことはできない。
それは神の天命に関わることだから、俺のようなものにはふれることすらできない。
「何故、お前は俺に協力してくれる? 」
「うーん…なんていうか、このやり方、僕は好きじゃないんだよね。だから、どうしたら抗えるかっていう研究中なんだ。君は、ちょうど都合が良かったから、さ 」
青い髪に漆黒の瞳の男は、なんでもないように言うが、俺にはそれがどれほど恐ろしいことか知っている。
神が定めたことに歯向かうなんて、ただの人には難しいことだ。
少なくとも今の俺は、神に歯向かう力なんてない、ただの人でしかない。
だから、彼女の傍にいることはできないのだ。
だけど、俺じゃない「おれ」ならばきっと、いつか彼女と寄り添うことができるだろう。
そのためにも、この大切な記憶を己の魂に封じてしまうんだ。
「多分、忘却術も100年が良いところだよ。それ以上の魔法は、あの茨の魔女には使えない。だから、安心して君は100年ほど眠っていなさい 」
そう言い残して、男は消えて行った。直後、ドアが叩かれる音がする。
「エリク様、お話があります 」
リムの声。緊張しているんだっていうのが分かる。気配は2つ。きっと、あの魔女も一緒なのだろう。
あぁ、忌々しい。俺にも、力があれば、この流れを押しとどめることができるのに。
リムを部屋に招き入れた瞬間、眩い光が視界を覆う。それと同時に酷い睡魔が襲ってくる。
魔女め、不意打ちなんて卑怯なこと。あぁ、リムの泣きそうな顔が見える。
泣かないで、どうか、君は待っていて。
俺は、これから眠ってしまうけど、また、君に会えることを信じている。
「約束して、リム。生き続ける、と。生き続ければ、いつか会えるから 」
何度もうなずく彼女の瞳からは、涙があふれる。
できるならば、笑顔が見たかったが、それは彼女が俺を迎えに来てくれた時の楽しみにしよう。
大丈夫、100年の眠りなんて、俺には大したことじゃない。
彼女の笑みが、また見れるならば、俺は何でもできるんだ。
宿る体を変えても、魂は変わらない。
そうすることで俺は、この恋を守ることができる。
だから、俺は静かに目を閉じよう。