茨の魔女の回想
本当に愚かしいことだったの。
次代の魔女候補が恋をするなんて、本当に愚かしいことだった。
愛おしい愛弟子は、本来ならば恋なんてものに目もくれず森の事だけ考えていれば良かったの。
私が与える「魔法」の全てに酔いしれていれば良かったの。
なのに、あの小僧が、私の愛おしい子を攫って行った。
心の全てを、攫って行った。
あぁ、憎らしい。
だから私は、呪いをかけたわ。
全てを忘れてしまう呪いを、100年続く忘却の呪いを。
100年後にあの小僧が生きている保証はない。でも、それでも、念には念を入れておくもの。
永久の忘却術なんて禁術だからできないけれども、100年あれば普通の人ならばいなくなっている。
その頃には、愛弟子も目を覚ましている頃でしょう。
ただの人間に意味など無いということを。
私たちが愛すべきは森であるということを、身を持って感じている頃でしょう。
私は魔女。
神聖な森を守る、茨の魔女。
そして彼女は、次の茨の魔女。
私は、彼女に全てを伝えなくてはならない。
茨の森という、呪いのような大きな力の使い方を教えなくてはならない。
そのためにも、小僧には、消えてもらいましょう。
* * *
天命とやらにとらわれたのは、私だった。
公爵家のメイドとして、静かに暮らしていた私はある日、庭先でその赤い魔女に出会った。
嬉しそうに微笑む彼女は、静かに私に告げたのだ。
「リム・ワーズ…「茨」が貴女を呼んでいます 」
ワールズの魔女を見てはいけない。なぜならば、彼らは見た者を攫って行ってしまうから。
それが真実とは違うことを知ったのは、そのずっと後のこと。
かれらが姿を現すのは、その人物をワールズへ招くため。
魔法という稀有な素質を持つ者の前にだけ現れるのだ。
茨の国にも魔法はある。この国を覆う茨は、実は魔法そのものなのだ。
一体、いつから茨に守られているのかは分からない。
それでも茨は外よりくる敵から、この国を守っている。
でも、その茨にこんな真実があったなんて、知らなかった。
「茨の魔女が代替わりするたびに、この国は全てを忘れていくのよ 」
淡々と語る魔女は、全身を赤で包んでいた。
装飾品も、服も、髪も赤い彼女は、たった一つ、瞳だけは緑だった。
「天命をもってして、私たちはこの巨大な「茨の森」という魔法の力を手に入れる 」
それは、とても素晴らしいことなのよ、と空を見上げる魔女の緑の瞳がとても奇麗で、私は何も考えずに頷いてしまった。
それが、彼との永遠の別れになるなんて、思いもしなかった。
グサリ、と突き刺さる感触にリムは顔をしかめる。
「まったく…一体いつになれば、着くのかしら? 」
目的の場所に近づくにつれて、茨はより複雑に絡み合い行く手を阻んでいた。
いつもならば、魔法によって茨を動かすことができるが、今は魔法を使うことはできない。
魔力を探知されれば、すぐにでもワールズの追手がやってくるはずだ。
来るとすれば、それは師匠である今の茨の魔女の可能性が一番高い。
しかし、彼女が近くにいるならば、自分もすぐにわかる。
茨たちがこんなに静かにしているはずがないのだ。
だから、今はまだ大丈夫。たしか、師匠はあと3日は帰れないはずだ。
自分と師匠以外に、住居である塔に入る者などいない。
ふぅ、と一つ息を吐いた。静かに目を閉じれば、茨がどれほどの範囲を覆っているか、目的の場所までどれほどかが、分かった。
茨の魔女としての特性。感覚同化は、けっして魔法ではない。これは契約の代償だ。
祖国から離れて、忘れられて、そうして得ることができた力だ。素晴らしい力、なのだ。
「ただ、私が無力だっただけ… 」
この惨状に対しての償いは、一体何をすれば良いのだろう。見当もつかない。
見当もつかないけれど、自分が今なすべきことだけを考えよう、と先を急いだ。