オウジサマ
彼は、奇麗な緑の瞳をしていました。
その瞳で見つめられると私は、ぼぅっとしてしまって目を合わせることすらできませんでした。
初めて彼と会った時のことは、今でも覚えています。
飛ばされた洗濯物を追って、普段は行かない北側の塔へ行った時のことです。
北の庭で、ようやく見つけた洗濯物の隣。芝生に寝転んで一休みをしている彼がいました。
静かに眠る彼を見た時の、私の驚きと言ったらありませんでした。とにかく、奇麗でキラキラしていて、えぇ、本当にびっくりしたんです。
森の妖精にでも会ったのだろうか、と驚いて、ぼぅっと見とれていました。
そんな私の不穏な気配でも感じたのでしょう。彼は目を覚ましました。
見とれる私を不審に思うでもなく、すぐに状況を察した彼は、隣の洗濯物を私に手渡してくれたんです!
お礼の言葉を言えば、満面の笑みで返してくれた彼は、本当に奇麗で美しくて眩くて、私も思わず固まってしまいました。
それから彼は私に話しかけてくれました。でも、何を言われても上手く返せない私。そんな私に呆れることなく、彼は微笑みながら話を続けてくれました。
よほど私の呆け顔が面白かったのか、それとも不憫に思ったのか、彼はまた話をしようと言ってくれました。
今度は、森で会おう、と言ってくれたのです。
それが彼とのハジマリです。だから、どうかその時のことから全て消してしまってください。
あの日から、彼の中に私の存在が入り込んでしまったのです。
本来ならば会うことすらなかったのに。話すことすら在りえなかったのに。
笑顔なんて、見られるはずが、なかった、のに。
だから、どうか、全てを正しい形に戻してください。
そのためならば、私は何にでもなります。
だから、どうか魔女様。
私の、この恋だけは、守らせてください。
* * *
そう言って、儚げに笑う彼女の決意に私は酷く胸を打たれた。
忘れられることは、辛いことだ。それは、生きながら死んでいくことだから。
それなのに、彼女は迷いもなく選んだ。
これは、代償だ。彼女が私に差し出したたった一つのもの。
ならば私は、対価を与えなくてはならないのだろう。
彼女は、何を守りたいのか。何を望むのか。
あぁ、それくらいは、聞いてあげてもいいんじゃないかしら、とあの時の私は考えたのだ。
それが果たして正しかったのかは、長い時が流れた今でもよく分からない。
「見届けなければ、ならないのでしょうね 」
深いため息をついて、真紅の魔女は誰もいない研究室を飛び出した。