悲劇のような始まり
一瞬のできごとだった。
穏やかな昼下がり、魔法の国ワールズにある北の塔で薬草学の復習をしていた時だった。
何か、私の制御しきれない力を感じた。それは、とてつもなく何か強い力。
よりによって、お師匠様がいないときにおこったソレ。
ソレは森に入り込んで、茨に干渉を行った。強い力は茨を浸食していき、私は茨の制御を手放してしまった。
一瞬、私の制御を離れた茨は、ありえないことに全てを壊してしまった。
私が生きて暮らした、私の大切な人たちがいる国を飲み込んで壊していった。
泣きながら、必死に制御を戻したときには、もう何もかもが手遅れだった。
国を守る為の茨の森は、全てを飲み込んでしまった。
私が守りたいと願ったものを、破壊し尽くしてしまったのだ。
「あぁ…うそ…なんで 」
床にひれ伏して、絶望に泣きじゃくった。
一瞬で数えきれない未来が消えてしまった恐怖で動くことができない。
なんで?なんで? 今まで森の制御は完璧だった。今までだってお師匠様が居ない時はいくらでもあった。
長い月日のなか、私は十分に魔女として成長していたはずだ。なのに、なんで?
そう自問自答しながらも、私は心の奥である可能性を感じていた。
もしかしたら、これは私が密かに思っていた願望だったのかもしれない。
たった一人で、国を守る役目を押し付けられたことや、全てから忘れられてしまったことへの憤り。
私はずっと、それらを抱えてきたのだろうか。
だとしたら、やはり守るべき国を壊してしまったのは私しかいない。
ずっと、ずっと、許せなかったのだろうか。
だけど、でも、それでも、こんなことは許されない。
誰か残っていないか、と神経を研ぎ澄まして茨で周囲を探る。
誰か、何か、生き残っていないだろうか。
みつけた。
たった一人。
五体満足で生きている。
国の中央。不思議と茨たちが避けるように、その人を囲んでいる。
まるで、守るように隠すように、その人を覆っているのだ。
なんだろう? こんな動きを私は知らない。
だけど、よかった。一人でも生きていて良かった。
私はそのたった一人に、償うことができる。
これからの一生をかけて謝り、その人が失った全てを償うことで、私は生きることができる。
多くの命を奪いながらも、生きることにしがみつく自分に呆れたけど、私にはもうこの約束を守ることしかないのだ。
生き続けることだけが、「彼」とのたった一つの約束だから。
だから、生きるために私は何だってできるのだ。
神聖な『森』を持つその国は美しい緑の茨に守られていました。
国に対して害意を持つ者が近づけば、その茨は固く道を閉ざし来る者を拒みます。
それ故に、その国は茨の国と呼ばれていました。
茨の国の王子様は、誰にでも優しく聡明で、魔法すらも使いこなし、国中の国民から慕われていました。
次の王として王子は様々なことを学びながら日々を過ごしていました。
己の未来について、何一つなく疑問など持たずに生きていました。
でも、たった一晩で、その茨の国は消えてしまいました。それは、ちょうど茨の魔女が忘れられてから100年目の日のことでした。
侵略者によるものなのか、天災によるものなのか、それとも別の何かわからぬまま、緑の茨に守られた国は、全て消え去り『森』になってしまったのです。
残ったのは、たった一人。
国の全ての者に愛されて慕われた、王子様だけでした。