茨姫の結末
今、目の前にいるのは王子様の姿だけど、中身はエリクな青年。
でも、エリクは100年前に全てを忘れて人として生きて死んだはず。
なのに、どうして、彼は全てを覚えていて、あの頃みたいに自分を呼ぶのだろう。
「リム、どうして俺がいるのって顔しているね 」
「…なにも、わからないんです 」
何か奇跡のようなことが起こったというのはわかる。しかも、国一個を失くしてしまうほどのこと。
知らないうちに何かが成されていたのだ、と酷い疎外感を感じながらリムはそう、結論付けた。
じっと、目の前の王子は静かに笑っているだけ。顔は違うけど、その笑い方はエリクと同じ。
「リム」と呼ばれる声も記憶の声とは違えど、呼び方はあの頃を思い出させた。
「でも、貴方は、やっぱりエリク様なんですね 」
その瞬間、リムは顔を歪めて涙を落した。初めて、生きていて良かったと思ったのだ。
涙が枯れそうだった。悲しいと思う感情が壊れそうだった。
それでも、必死で生きてきたのは、エリクの言葉があったからだ。
生き続ける、という約束を守ることは、心を守ることと一緒だった。
長い時の中で、いつか壊れてしまうだろう自分の心を守る為の約束。
そのためだけの約束だったはずなのに、なのに、
「貴方も、私との約束を、守ってくれた 」
「当たり前だ。リムとまた会うためならば、俺は何にでもなれる 」
そうして、2人は改めて再会の口づけを交わしたのだった。
* * *
「茨の森は、どうなる? 」
代譲りした茨の魔女こと、グレナは、不思議そうに真紅の魔女に尋ねた。
「何も変わらないわ。巨大な魔法が存在するというだけで、この世界に大きな影響を与える。だから、管理者さえしっかりしていれば、それでいいの 」
でも、きっと と、真紅の魔女は曖昧に微笑む。
「茨は、リムという魔女で、終わりになるかもね 」
「…それは、どういう意味だ 」
酷く憤慨した様子でグレナは、問い詰める。そんな姿を見て真紅の魔女は、嬉しそうに答えた。
「だって、茨になった彼女も、やっと、王子様を見つけたんですもの 」
私は覚えているわ。
貴方の、その美しい緑の瞳を、彼女だってきっと覚えていた。
だからこそ、貴方は選ばれたの。
「知っている? 茨の魔女というシステムが認知されたのはね、貴方の代からなのよ。それまでは、私が管理をしていたの。 」
「何故? 何故…私が… 」
「言ったでしょう。貴方が、王子様だから。彼女が守りたいと願った恋の象徴だったから 」
流転する魂の流れを留めることはできない。
それでも、いつか、また巡り合うことは、在りえるのだ。
「この巡り合わせの為に、彼女は魔法になったのね 」
「…私には、まったく分からない話だが… 」
そう言いながら、グレナは茨に触れた。その瞬間、茨は優しく彼女の指に絡みつく。
愛おしげに巻きつく茨を撫でながら、グレナは何故だが懐かしさを感じた。
「私は…ここで暮らしても良いか? 」
「えぇ、かまわないわ。貴女はもう茨の魔女でもない。だから、好きなところへ 」
そうか、と返しながら、グレナは絡みつく茨に慈しむようなキスをした。
その瞬間、やっと会えたわ、と泣きそうな声が森に小さく響いた。
そうして、優しく静かに茨は微笑んだのだ。
最後まで、ありがとうございました。
詰めが甘すぎるとは思いますが、ひとまずこれにてエンドマークをつけさせたいただきます。
次話に、蛇足的な解説あります。