茨の代替わり
長い長い眠りから目覚めた者は、それからどうした?
「国なんてもの、最初から私は大切だなんて思っていなかったわ 」
そう師匠が言い放つから、私はただ曖昧な返事しか返せなかった。
え?だって、茨の森の存在理由って、国を守るために…
「そうね、茨たちは確かに守る為に在った。でも、その対象は国ではなかったのよ 」
そう言って微笑む魔女は、あの真紅の魔女だという。
ワールズという国の中で彼女の名を知らない者はいない。
なぜならば、彼女はワールズそのものだからだ。
「はじまりに真紅があった」を序文としたワールズの建国記は魔法学校で一番最初に習うものだ。
見た目はほんの少女のよう。果たして彼女は長い長い時の中で何代目の真紅の魔女なのだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、私を抱きしめる腕が強まった。
「なんであれ、俺はもうリムから離れない。これで、俺の願いは成就されたのだから 」
勝ち誇ったように笑う王子ことエリクに、茨の魔女は悔しそうに表情を歪めた。
なんの力もない、長い時の中で忘れられ消えていくはずだった男。これが、執念というものなのか。
ふぅ、と溜息をついて茨の魔女は「いや、もういい」と答えた。
茨の制御が完全にこちらから離れてしまっている。ということは、茨は次の管理者を見つけたのだ。
ならば、もう自分が師匠としてやれることは終わっている。
「あとは、リムが決めることだよ。その男と共に在りたいと願うならば、その方法を教えてあげよう 」
「師匠…良いのですか? 」
100年前のあの時、師匠はエリクを酷く嫌っていた。彼の存在全てを嫌って憎んで、消そうとまでしていた。
そうならないように必死に止めたのは自分だ。どうせ彼は全てを忘れてしまうのだから、となんとか説得したのだ。
「もう、森はお前を管理者と認めた。私にとって重要なのはね、この茨の森が在りつづけるということ 」
そのために、お前には私の全てを授ける必要があった。
しかし、今は、もう、なにもかも終わったことだ、と茨の魔女は少し悲しげに微笑んだ。