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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第一章 都市召喚 《サイクル・タウン》
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第八話 狩りのススメ


「食料が無い、住居が足りない、そして新たな移人は、保護され安定した生活を送っている《前の【自分】》に嫉妬する。さらに新技術の台頭により、職を奪われたこのバークウェアの先住の民たちから、やがて暴徒化する人々も現れ、国の治安は一気に悪化しました」



 空に浮かび、淡々と語る巨大な女神像。

 それが今や、市民たちにとっては裁きの鉄槌を下す恐怖の象徴にしか見えなかった。



「一時の異世界特需の景気もなんのその、すでに財政も内政もひっ迫した状態に陥り……ここに至って、人々の間からは移人に対する人道的な意見も鳴りを潜め、次第に排斥案が蔓延していきました」



 エイーシャがゆっくりと人差し指を立てた右手を、地に降ろしていく。



「そんな緊張状態に世界が陥る中、決定的な事件が起こります。それが――」



 ピタリとエイーシャの手の動きが止まる、その指先に居たのは……




「丸島貴之――二番目と三番目の【あなた】が一番目の【丸島貴之】に嫉妬し、このバークウェアの技術と融合させた新技術を、極秘のうちに独断共謀で開発しようとしました。その結果、実験は失敗し……このルーギツ国の街を三つ……吹き飛ばすほどの大惨事を生んだのです」




 エイーシャが指を三本立てた瞬間、この空間に存在する全てのモニターが切り替わる。




 そこに映し出されたのは――街を襲う巨大な爆炎と光。

 そして画面内全ての建物を吹き飛ばし、上空の雲に届くほどの極大な火柱を上げた、まさに破壊の映像だった。




『うあっ! う、嘘だぁぁ!? そっ……そんなのっ、わ、私のせいじゃないだろぉ!!』


「まずい! あのオッサン……っ、死ぬ・・!?」

「――柳ヶ瀬?」



 モニターからの丸山の叫びに呼応するような、突然の綜の叫び。

 それを訝しげに見やった、亜理紗は目を細める。


 その叫びは、綜自身も無意識のうちに発した、心の底から湧き出た本能の叫びだった。



「えっ、俺? 今なに、を」


「…………いや、確かに柳ヶ瀬の言うとおり、このままではあの丸山っておじさんも理不尽な現象に巻き込まれた人々の、行き場の無い不満のスケープゴートになりかねない、ということは……」


「兄さん、会長も! それは不謹慎っ!」



 死の宣告とも言える不意の綜の言葉に戸惑いつつも、その丸山の死を予見する意見に、冷静に肯定の意を唱える亜理紗。

 そんな二人の姿に義憤を感じ、めずらしく、強い口調で抗議の声を真桜は上げる。



「あっ……と、まあまあ、落ち着きなさい柳ヶ瀬妹。誰だって不安に駆られてるのよ、そんな中であんな映像を見せられれば、ほら、分かるでしょ」


「……だからって」



 そんな妹と会長のやり取りを聞こえてはいる。

 だが、今の綜にはそれを気に留める余裕はなかった。



「アレは、あの【赤色】は……本当に、なんなんだ?」



 ほんの先刻まで、薄っすらと赤色で彩られただけだった、モニター越しのライブ中の丸島貴之の姿。

 それが爆発の映像を見て以来。

今では全身に血をぶちまけられた様に、濃い赤色で塗りつぶされている。


 色が濃くなったのはどういう意味なのか。

 綜が思考を巡らしていると、突如として全てのモニター映像が切られ、丸山の映像も爆発の映像も画面から消え去る。


 そうなると、必然的に人々の視線は空に浮かぶエイーシャへと注がれた。


 そして、人々の注目を一身に浴びながら、エイーシャの口から更なる言葉が紡がれる。



「この《異郷の大炎》と呼ばれる悲劇的な事件をきっかけに、異世界文化革命によって求心力を失っていた当時の王家と、体制に不満を持った市民、行き場のない移人団、さらにはそれぞれの国家間でくすぶっていた不信に不満、それら有形無形の思惑が連鎖反応を起こすように爆発し、バークウェアは一気に泥沼の大戦時代へと突入しました」



 モニターが一斉に同じ画像のシーンを映し出す。

 それは当時の大戦の映像だった。


 大地を駆ける近代化した武装兵士に機動兵器たち。

 そんな物々しい武器を使った泥臭い陸戦から、遠距離砲撃を行う戦場まで、スクリーンは淡々と当時の凄惨な映像を映し出していく。



「ひっ、こ……こんな、ひどい!」

「うっぷ。なんだってこんなの見せるんだよぉ、もうイヤだぁっ」

「……あ、ああ……ぁ」



 映像を見て、さらに恐慌を起こす志麻霧市の人々をよそに。

 エイーシャはただ事実だけを述べる歴史家のように、感情の籠らない、平坦な調子で語り続ける。



「さらに、長期化の様相を見せた大戦を悪化させる要因となったのが、第四、第五期の志麻霧市の転移でした」



 あくまでも明媚な微笑を浮かべたまま。

 エイーシャの言葉だけが細く、鋭く、追い打ちを掛けるように、人々の胸を射抜く。



「そして決断されたのは。当時の移人の生き残り、総計、十万弱の人々の戦場への一斉投入。ここに至って、彼ら移人を保護するという意見は、この世界のどこにも見当たらなくなってしまいました」



 もはやその口から出る言霊に、人々は恐れ以外の感情を抱くことはできない。



「ようやく戦争が終結し、各国家間の新政府による国際行政機関の設立、新たなる設備設計によるインフラ整備と社会システムの構築がはじまり、それらがようやく整い始めたのが……今から四十二年前、第十四期、志麻霧市転移の前の月のことでした」



 中空モニターには、人々が戦場跡で荒れ地や瓦礫を整理し、建物を建設していく様が早送りで流されている。


 それは一見して、希望へ繋がる、街の復興のようにも見えたのだが……


 不意にエイーシャの微笑が、深く、濃くなった。




「さあっ賢明なる移人団、第五十六期・志麻霧市民のみなさーん! ここまで話せばもうお分かりでしょう? バークウェアの民はあなた方、異世界の放浪者を保護する義務を、とうの昔に放棄してしまいました! つまり、この世界において、あなた方には人権を認めないということなのでーす。これは世界法にも記されている立派なルールなのですよー!!」




 一欠けらの憐憫も無く、そして悪びれることも無く。

 ただにこやかに絶望的な宣言を突きつけるエイーシャの姿に、誰しもが不安に押しつぶされ、これからの自分の未来に絶望を感じた。



「な!? うっ、嘘だろぉ!」

「そんな無茶苦茶な!!」

「じゃ、じゃあっ、私たちどうすればいいんですか!?」



 先ほどまでゴーストタウンのように静まり返っていた街が、エイーシャの宣告と共に、堰を切ったように喧騒に包まれていく。



「おおっと、安心なさい異界の民草よ! 別にあなた方を奴隷にしようとか、剣の切れ味を試そうとか、射的の的にしようだとか、そんな非人道的な行いをするほど、この世界は無慈悲ではありませんよ!!」



 一転して、街全体に響き渡る、力強いエイーシャの救いの言葉。

 その言葉に街の喧騒は一瞬で止むと、その直後には安堵の声と共に歓声へと変わって行った。


 二転三転するエイーシャの言葉や態度にすっかり翻弄される人々。


 それが彼らから思考力や体力、精神力といったものをごっそりと奪っていることに、今はまだ誰も気づくことは無かった。



「な、なーんだ……脅すなんて人が悪いわよ、あの女神さま」

「は……や、やっぱりね。俺は最初から分かってたぜ」

「だよねぇ。人間なんだからさぁ、そんな簡単に見捨てることなんて……」



 胸を撫で下ろすように、そこら中で気の抜けた会話が繰り広げられる。

 その街の喜びの様子を満足げに見渡しながら、エイーシャは柔らかくこくりと頷いた。



「そうですよ、先ほどあなた方に人権は無いと、わたくしは言いましたが、そこにはちゃんとした抜け道(救い)はあるのです。それがこの国においての救済法、【市民権】を得るための方法なのですよ」



 満面の笑みを振りまき、改めて救済の可能性を示すエイーシャに、ほっと人心地つく人々。

 校庭のそこかしこでも歓声が上がるなか。

 ただ綜だけは、自身の視覚を襲う異状に身を震わせていた。



「うっく……いよいよなんだよこりゃあ、気持ち悪ぃ」



 困惑の声を上げる綜の視界では、先ほど画面越しに見た丸島の比などではなく。

 目の前の生徒たちが一斉に――【赤色】に――縁どられる姿が見えた。


 込み上げる不快感に思わず口元を抑える綜。

 その耳に神霊からの最後の宣託が届く。




「ルールは簡単、単純明快ですよ~! この街を抜け、外に出れたら市民権獲得なのでーす!!」




 その言葉に、人々の歓喜の声が上がり――




「それでは今から、街に《喰人鬼グール》というモンスターが放たれますのでー、見事にその襲撃・・を潜り抜け、脱出してくださいねぇ!」







「は? なによ……それ」


 慈愛の笑みを浮かべたまま、エイーシャの唇から放たれたその一言に。

 亜理紗はきょとんとした表情のまま、困惑に染められた呟きを漏らした。



「あなた方がこの世界で生きることをひたむきに望めるよう、その心意気に報いるようにきっと、グールたちも力いっぱい襲い掛かってくれることでしょう!」


「そんな、無茶苦茶……女神あれ……狂ってる?」



 傍の真桜は相変わらず表情は強張ったまま。

 しかしその頬を汗が止めどなく流れ、もはや隠しきれない小刻みな手の震えから、義妹が心底から恐怖に囚われていることを、綜は見抜いていた。



「……たぶん違うぞ真桜、単純にあの神様と俺たちじゃ、価値観(存在)が違うだけってことなんだろうさ」



 吐き捨てるようにぼやく綜。


 中空で依然、真摯な態度で語りかけるエイーシャの姿に、背筋を冷たいものが流れていくのを感じていた。




「この試練を乗り越え、みなさんがこの世界の住人と成れることを、私は心の底から祈り続け、願っていますよ!」


「……ちくしょう!」




 慈悲深く、優しげな神霊の言葉に対する、くぐもった綜の呟き。


 その声に応えるように――周囲のモニター画像から、ガサリと乾いた音がした。



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