第五話 神霊 エイーシャ
「お、おい! なんだよアレ! あの影って、女ぁ?」
「きゃああぁ! なっ、なんなの!」
不意に校庭中に響く、霧を弾き飛ばす勢いで轟く怒号のような生徒たちの叫び声。
連なるようにそこかしこで上がる悲鳴や叫び。
その光景は学園の中だけにとどまらず、街中の至る所で見受けられた。
街中の人々の眼前で、今なお続く赤い霧による非現実――
だが今はそれを塗り重ねるほどに、さらに異常な超現象が、いままさに目の前で展開されていた。
「ちょっと待てよ。まさか……こんなこと、あり得るのか?」
「……信じられない、なんなのよ……これ……あの人って……人間?」
空を見上げた綜と亜理紗の口からも思わず漏れる、驚きを通り越し、呆気にとられたような呟き。
その二人の吐息が赤い霧に染み込み、透過スクリーンを通じるように、その上方の空へと溶けていく。
果たしてその先に待ち受けていたのは――
突如、街の上空に染みだすように現れた――超々巨大な女性の立像。
西の大空をキャンバスに見立て出現した、赤い霧を凌駕する、絶大で異常な存在。
それは、夏の空に出現する入道雲のように空に浮かぶ、超弩級の巨大な女性の姿だった。
その身が碧い燐光を発しているせいか、薄まった上空の赤い霧を無効化するように、その姿をくっきりと中空にさらしている。
およそ街のどこに居ても、見上げただけで、その荘厳な姿を目にすることができるだろう。
そして人々は童心を抱えたまま花火を見上げる子供のように、ただ一心不乱にその現象を目に焼き付けていた。
街中の人々の視線を一身に集める、その秀麗な艶姿。
腰の位置よりもさらに長く伸びる、アクアマリンの宝石のような藍緑色の髪を、赤い霧の空を払うようにめいっぱいに広げている女性像。
真白な肌を彩るように身に着けているのは、透き通るように一点の翳りも無い、白地のサマードレスと着物を足したような、和洋折衷の様相の御衣。
その姿は空をスクリーンに、照射された映像の中の女優のごとく、美しいビスクドールのような容姿を眼下の人々に示し、その目を惹きつけていた。
「いくらなんでも……ふざけ過ぎだろ、コレは。立体映像とか、そういうやつなのかよ?」
「兄さん、あっ……あの女性は、一体?」
呆けたままの綜の傍らで、さすがに声が上ずり、パニックに捕らわれたのであろう、真桜の叫びが聞こえてきた。
その直後、天に存在する巨大な女性像に変化が生じる。
「っ! 動くぞ!」
閉じられたままだった切れ長の瞼を、ぷるんとした長いまつ毛を震わせながら開き。
自然界に生い茂るあらゆる草木や植物をかき集め、凝縮したような深い翠緑色の瞳を、眼前に存在する老若男女の人々すべてへと披露した。
魂ごと吸い込まれるような魔性の瞳の煌めきに、街からは喧騒が失われる。
それはまるで旅人が風靡な光景を目にした時と同様に、周囲で感嘆の溜め息があふれかえる。
そして、女性像の発色の良い、紅い唇が緩やかに開いていく様を、人々は固唾を飲んで見守った。
果たして何を語るのか。
まったく想像できないもどかしいまでの期待と、底冷えする不安に駆られる人々を前に、眼前の超存在がついに第一声を放ち――
「あー、あーテステス。チューニング合ってるのかな? 大丈夫ですよねこれ? あー、言語認識をイジって翻訳するのは慣れたものなんですけど、やっぱり最初はいつだって緊張するものですねスピーチって……って、ちょっと、なんで皆こっちを見てるんです? あ……あれ? もう言葉通じてるのかしら? あら、あらあら、オホホホホ! ………………ええっと、五万七千とんで二十九人の志麻霧市民の皆さん、今回も初めましてですねー! お元気してますかしらー!」
その軽いテンションの口調に、それまでの神秘的な雰囲気は一変、瓦解した。