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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第一章 都市召喚 《サイクル・タウン》
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第三話 名波健瑠


「いっそ、廃品回収されてくださいよ先輩。大丈夫ですよ、その際には僕が個人的にお世話しますので」

「ああ、ありがたいねぇ、相変わらずの俺限定の毒舌。なんか視界が潤んでくる」



 百五十三センチの小柄な体躯の健瑠は、百七十八センチの綜と並ぶと頭一つ下回る。


 そして綺麗に切りそろえられたおかっぱの髪型とくりっとした大きめの瞳は、その細身で可愛らしい容姿にも似合っている。


 見た目をさらに着飾れば。

 ファッション雑誌のモデルでも、十分通じるだけの愛くるしさの外見を持っていた。



 もっとも、その似合う雑誌は、メンズではなくガールズだったりするのだが――



「追い込まれると、相変わらず馬鹿なことをして誤魔化すのは変わりませんね、先輩」


「ったく、真桜と同じことを言うなよ。確かに、現状ふざけてる場合じゃ無いのは間違いないんだろうけどさ、もうちょっと余裕を持たないと潰れちまうだろ。そういうお前の方こそ、ずいぶんと落ち着いてるじゃないか健瑠、昔とは大違いだな」


「変わらないことなんてないんですよ。そのことを、僕はよく理解してますから」



 どこか気まずげに綜から目を逸らし、健瑠がポツリと零す。



「ほんと、いつまでも昔のイメージで見るのはやめてくれませんかねぇ……先輩(・・)


「あー、いや。そうだな、悪い」

(確かに、健瑠の言うとおりいつまでも昔のことに囚われてるのは、俺の方なのかもな)






 それはまだ真桜が柳ヶ瀬家の一員になる前の、幼い頃の綜と健瑠の話。


 綜と健瑠の付き合いは古く。

 年も近く家も近所ということで、小さい頃から何かと二人は一緒に遊ぶことが多かった。


 昔から面倒見が良い性分だった綜は、当時はおとなしかった健瑠を子分や弟のような扱いで、遊びに悪戯にと、何かと引き連れ回していた。


 物心がついた頃から二人のそんな関係は続いていた。


 しかしそれも、綜が小学三年生の時に父親が再婚し、新しく義妹ができたことで、その関係も様変わりしていった。




 共働きで忙しい両親に代わり、率先して無口な義妹の面倒を見ようとした綜は、必然的に自分の時間を新しい妹の方に割くこととなり、健瑠と過ごす時間が徐々に減って行った。


 当時から感情表現に乏しかった真桜。


 彼女が表だって反応を示すことは無かったことも、負けず嫌いの綜が意固地なまでに妹の世話をすることにも繋がっていった。


 しかし面倒を見るとはいえ、所詮は同じ子供同士。

 ついには癇癪を起こした綜が真桜の頭を叩いたところを父親が見咎め、その何倍もの拳骨をその矮躯に食らうことになったことになってしまった。



 ――理不尽な暴力を振るうと、さらに強い力による報復受ける。



 もちろん綜が振るった拳はまだ幼く、子供のじゃれ合いの延長のようなものだった。

 しかしこの件をきっかけに、綜は本能的に『妹や小さい子は守るべき』という信条をその身に刷り込んでいた。


 それ以降、綜は健瑠に対しても子分扱いしていたことを反省すると。

 それまでの反動で、まるで腫物を扱うような態度で接してしまい、逆にそのことが、健瑠との間に溝の様なものを作ってしまっていた。





「別に気にしてませんよ。あれですね、好きな子は苛めてしまうという、子供っぽい心理ですか?」

「お前がヒロインかよ! ていうかそれ、自分で言っててむなしくないか?」

「くっ……ほっといて下さいよ。女っぽいのは自覚してますけど、他人に指摘されるのは腹立たしいだけですから」

「お、おう、スマン」



 口が滑ったとばかりに苦々しげに吐き捨てる健瑠。


 それに対し思わず頭を下げてしまう綜。


 子供の頃とは逆転した関係が、今の二人の間には設立していた。



 どちらかというと、粗暴で人を振り回していた子供の綜は、面倒見がよく聞き分けがよくなる変化を。

 しかし幼い健瑠はそんな綜の変化に、上手く合わせることができず、また積極的に自分から関わることもできなくなった。


 結局、そんなギクシャクとした二人の交友関係は、いつしか綜に対して、ムキになって皮肉を言う健瑠という図式へと変質してしまっていたのだった。





「真桜さん、あなたもこんなお義兄さんの世話には、さぞ苦労してるんでしょうね」

「う……そんなこと、ないよ」



 そうポツリと零すと、真桜は綜の背の陰に隠れ、健瑠の視線から逃れる様に目を逸らす。


 健瑠の方はそんな真桜の態度に気分を害することも無く。

 むしろ愛想を振りまくように可愛らしく微笑むと、仕方がないとばかりに肩を竦めた。



「やれやれ、僕とも付き合いが長いんですから、いいかげん慣れてもらいたいんですけどねえ」

「まあまあ悪いな健瑠、真桜のやつは相変わらず男が苦手みたいでさ」

「はあ、分かってますよ。僕だって伊達に幼馴染やってるわけじゃないんですから」



 それなりに付き合いは長いので、真桜の性格について健瑠も把握している。

 はじめの頃はお互いに遠慮し合ってるような感じだったが、いつしか健瑠の方から真桜に積極的に接するようになっていた。



(一緒の時は余計に俺に対しての風当たりが強くなるからなぁ、健瑠が真桜を気に掛けてるのは見え見えだし、子供はどっちだってーの)



 綜の目から見ても、あからさまなほど真桜と接する時と真逆になる健瑠のスタンスに、思わず憎まれ口を内心で吐く。



「……なんですか、僕になにか言いたいことでも?」

「いやいや、なんでもねーって。お義兄さん(・・・・・)が口を挟むようなことでもないしな~」



 その皮肉な調子の綜の言葉を聞きとがめると、健瑠の顔は見る間に険しくなっていく。



「ふん、そうやって逃げて本気になれない癖、いいかげんに改めた方が良いですよ」


「なに?」


「僕の方もいいかげんむかついてるんで、ひとこと言わせてもらいますよ。ああ賭けても良い、いつまでものらりくらりとした態度を取っているから、結局あなたは何一つ、その手に掴むことなんてできなかったんですよ」


「おい、ちょっと待て! なんでそこまで言われな……って、行きやがったよ、あいつ」



 綜の投げ掛ける言葉を意にも返すことなく。


 くるりと踵を返し、もはや柳ヶ瀬兄妹に振り返ることも無く、さっさと一階に繋がる階段を下りていく健瑠。


 風を切るようなその動きを、ただ見送ることしかできなかった綜は、気まずい内心を誤魔化すように、明るく真桜に振り向いた。



「ったく、なんだろーね、あいつは? あれで外面だけは良いから女子人気も高いしなー、なんつーか、お兄ちゃんは世の理不尽を感じるよ」


「兄さんも、人気あるよ」


「ははっ、ありがとな真桜、もっともお前の人気には負けるけどなー。いっそあいつが女形に扮装して、お前がスーツ着こんで並んで立ってりゃあ、そりゃあ文句なしにお似合いのベストカップルになるっての――」


「…………は? お似合い?」



 しまった、とあわてて口を抑える綜。

 首を斜めに傾げると、虹彩の陰った眼で迫る真桜。



「スーツが? なんで、男っぽいから? それって胸のボリュームが足りないってこと?」

「すみません真桜さん、失言でした」



 鋭く殺気の籠った眼光を飛ばしてくる妹に対し、即座に頭を下げる兄。


 たとえ外見がどれだけ凛々しく見えても、心は乙女。

 思春期真っ盛りの真桜にとって、胸の話は家族間でも公認の、禁句ワードだった。


 スレンダーといえば聞こえはいいが。

 起伏の少ない自分の身体を眺めつつ、彼女が家でひそかにバストアップ体操をしてる姿や、下着を手にため息をついている姿は母や兄の涙を誘う、柳ヶ瀬家の日常の姿でもあった。



「ゴホン! いやーしかし、相変わらず慣れないか? あいつとも付き合いは長いのに」

「うん……苦手なんだよ、私」

「そっか、まあ当事者以外が口を出す問題じゃないし、今はそれどころじゃない、か」

「ん、そうだね」



 とりあえず健瑠の件を脇にやり、一呼吸置くと気分を引き締める綜。

 空気が変わったのを感じ取ったのか、真桜も真剣な表情で頷く。




 いつもと変わらない朝はすでに一変し、自分たちが切迫した異常な状況に置かれていることは、互いの言葉を発するまでも無く分かっている。



「それじゃあ行くか、真桜」

「うん、兄さん」



 すっかり閑散とした廊下を後に。

 二人も健瑠の後を追う様に、そろって階段を下りていった。


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