第二十九話 過去回想
「……でもさ」
マガイの助力を得られないことで、一様にうつむいていた彼ら。
その中から綜は一人、顔を上げ真っ直ぐに前を見つめ、声を掛ける。
「それでもさ、昔のマガイ達みたいに突破できた前例はあるんだろ、なら……俺たちにもできないってワケじゃないはずだ! なあ、真桜! 由宇!」
「兄さん、そんな簡単に……」
声を張り上げ、消沈している真桜や由宇を鼓舞する綜。
あくまで不安げな表情を崩さない真桜に、綜は強がりつつも満面の笑顔を返す。
「他の【柳ヶ瀬綜】がすでにやったことなんだろ、それなのに肝心の俺自身がここで怖気づいてちゃ、恥ずかしくって、自分の名前すら名乗れなくなるっての」
「違いは、恋人がいないこと……か」
「うっさいな由宇! だけどな、その代わりってワケじゃないけど、お前たちが居るだろ。二人の援護があれば、俺はきっと戦える……それとも、俺一人で突貫しろってのか?」
「ふふ、そんなワケないよ綜。もちろんボクは最後まで付き合うさ」
「わっ、私も! 兄さんと一緒、だよ」
軽く拗ねたような口調で、皮肉気に笑って二人に問いかける綜。
その言葉に、由宇と真桜も迷いを振り切り同行を決める。
そこには確かに絆があった。
そんな三人の様子に目を細め、過去を偲ぶように軽く微笑を浮かべるマガイ。
「オッケー、皆まとまった所で詳細な話を続けるわよん」
マガイが仕切り直しと声を上げる。
三人はマガイの方に向き直り、一斉に頷くと、続きの言葉を待ち構える。
「そうね……解錠都市には八個の門があって、それぞれが外に繋がっているわ。その一つは開かずの門と呼ばれてる――綜にぃたちは、残りの七つの出口のどれかから、出口を塞いでいる門番を突破して、外に出なきゃいけないってことなのよ」
「俺が迷宮を抜けることで……ヴィーは霊力の補給を受けられるんだよな」
「ええ、ようは|神霊(雇い主)に『この端末は使える』って、思わせればいいのよ。目的を達成する。宝物を手に入れる。何でもいいから神霊にとって有益になることをしてりゃあ、目を掛けたくなるのは人間も神霊も同じだからね。あのエイーシャ・ヴィーシャって神霊は『観察』することを目的として分霊を造ってる。なら派手なイベントでも見せてやれば、相応のボーナスを付けてくれるってことよん」
「目指すは一等賞! ……ってやつか。正直ここで足止め喰ったのは痛かったけど、車があってこそのアドバンテージだしな」
この先の道のりを知り、行動指針がはっきり決まったことで、綜の心には少なからずの余裕ができる。
その余裕がここまでの道程を振り返らせた。
「そもそもヴィーが庇ってくれなきゃ、あの略奪者たちに襲われた時点で俺はリタイアだったんだしな、それを考えれば、まだこうして先に進めるだけありがたいよ」
「兄さん……」
横たわったままのヴィーに優しげな眼を向ける綜。
その姿を切なそうに、悔しそうに真桜は眺める。
――その視線の意味を、マガイは知っていた。
(周りの女性に嫉妬して、力の無い自分に憤る……か。やっぱり、昔の私と同じだねぇ)
感情を伴う記憶は、マガイの意識を過去へと誘った。
それは、最愛のパートナーを失った、辛い記憶。
「この分霊も……自己犠牲、か」
「え?」
ひっそりと静まり返っていたホールに、マガイの呟きが重く響く。
情念の籠った言葉に、綜たちは自然とその声が聞こえてきた方へと視線を巡らせる。
そこには、どこを見ているのか焦点の合わない眼差しで、睨むように空中を見つめるマガイがいた。
「そう、【自己犠牲】。それが……それが、気に食わないっ!」
「!」
突然激高したように叫ぶマガイ。
その気迫に当てられて、びくりと身を震わせる面々。
「綜にぃが【死んだ】のも、そのせいで――!」
「えっ、俺が?」
マガイ口から漏れた言葉に、思わず反応する綜。
その綜の声が耳に入り、ハッと顔を上げ辺りを見回すマガイ。
「あっ! ――と、ゴメン! 悪いねぇみんな……ハハッ、ちょっと、昔を思い出しちゃってさ」
「あ……いや、それはいいんだけど」
マガイが力を抜いたことで、張りつめていた空気が軽くなり、綜たちの肩にのし掛かっていた重圧も解ける。
どことなくみんな、察知していた。
【柳ヶ瀬綜】の恋人だったと言った、マガイ。
【柳ヶ瀬真桜】、彼女が独りでここに来たことを、綜に会いに来たという意味を。
それは――
「……私の恋人、だった――綜にぃは、私を庇って……死んだんだ」
「っ……!」
悪い推測が、確信に変わった。
その事実に掛ける言葉を失い、口をつぐんだままでいる三人を見て、苦笑交じりに軽くため息を吐くマガイ。
「当時の私たちはさ、綜にぃ……【柳ヶ瀬綜】を中心にグループを作り、出口を求めて長い間戦っていたんだ。車や銃器なんてあの時は用意できなかったし、能力に目覚めるのもバラバラだったからね、代わりの武器を調達したり、寝床や食事を用意するのに煉獄都市でしばらく仕事をしたり、結局脱出までにはずいぶん時間が掛かったんだよねぇ」
今まで独り、胸の内に秘めていた想い。
それを吐き出す場をようやく見つけたのか、とつとつと語りはじめるマガイ。
「そして私たちあの日――解錠都市の、南西に位置する迷宮の門番、『南西のトロメーア』の元に辿り着いたのよ」
「トロメーア……モンスターの名前か」
綜の問いにマガイがコクリと同意の頷きを返す。
真桜と由宇は聞き入っているのか、神妙な態度で身じろぎ一つしない。
「私たちは、『南西のトロメーア』と呼ばれるカロンに挑み、そして――倒した」
簡潔に、結果だけを告げるマガイ。
だが――次の瞬間には、その眼が凍りついたような鬼気に彩られる。
「だけど……その後に、あの裏切り者が! 私に……っ、襲いかかったんだ!」
こぶしを固く握り締め、周囲に凍えるような殺気を放つマガイ。
「えっ!? 襲うって? 仲間同士でかよ!」
「そうだよっ……! あっちの方は仲間と思っていたかどうか知らないけどねぇ……綜にぃのことでも、ずいぶん私を恨んでたみたいだし」
自分の中の昂ぶりを鎮めるように、深呼吸するように大きく呼気を吐き出すと、マガイは話しを続ける。
「恋人同士になってからも、周りの女性陣から密かに風当たりは強かったからさ。煉獄都市で共同生活してた時なんて、そりゃあもう周囲の視線がイタイイタイ。まったく……何気に綜にぃはモテてたからなぁ」
「え? あ、いや……俺じゃないッスよね……」
思いも掛けない言葉に、つい反応を返す綜。
それが自分とは違う【柳ヶ瀬綜】なのだとと瞬時に悟ると、恥ずかしげに顔を背ける。
そんな初心な綜の態度に、マガイの張りつめていた気持ちも、こころもち柔らかくなっていた。
「ふふ、そういう鈍い所も……同じだよね」
「っ……!」
ちらりと、綜から真桜に視線を移すマガイ。
なにかしら意味を含む視線を感じた途端に、目を逸らす真桜。
その様子に薄く微笑むと、マガイは当時を思い返すように目を閉じた。
「あの時……門番を倒し、気が抜けてたんだと思う。それに当時の私は全然弱かったから、あいつの積もり積もった憎悪の一撃が、私を襲うのに気付けなかった……それを身を盾にして防いだのが……私の『恋人』だったってわけ。……今でも目に焼き付いてるよ、血を吹き出しながら、胸に大穴を空けた『彼』が、倒れていく姿は」
当時の情景を思い浮かべながら、大切な人の名前を呼ぶのが辛いのか。
マガイはわざと代名詞を使い、固有の名前はボカしたままで言葉を紡ぐ。
「そのあとは記憶があやふやでね、あまりにも凄惨で飛んじゃったのかなぁ……結局、集団の要だった『あの人』を失い、残された仲間たちも錯乱して仲間割れ。私も同じようなものだったから、その場は一気に同士討ちに乱れ撃ちの、殺戮コロシアムに様変わり――正気に戻った時には、私一人を残して全滅しちゃってたってワケよ」
「……っ!?」
「な……あ……っ」
あんまりと言えばあんまりな凄惨な結末に、綜たちは絶句する。
「後を追うことも、ちらっと考えたんだけどね……『恋人』の命を代償に生きながらえたこの身なら、そう簡単に投げ出すこともできない――なんて、思い返してね。よくよく考えて、強くなることを決心したんだ、今度は守る暇も与えないくらいに……強く、ね」
肩をすくめ、そう話に区切りをつけるマガイ。
「これで私の話はおしまい! 重っ苦しい気持ちを押し付けて悪かったけど……吐き出せてちょっとスッキリしたよん、ゴメンね~」
すっかり重くなった場を取りなすように、明るい調子で声を掛けるマガイ。
その態度には、これ以上話すことは無いという、マガイの意思表示があった。
どことなくマガイとの間に壁を感じつつも、同じ時間を生きていない綜たちには、これ以上踏み込むことはできなかった。
だからこそ、あえて由宇はマガイに問いかけること無く、場を締めようとした。
「そうだね、明日からは新しい街に入るんだから、今日はゆっくり休もうよ、今日だけでも色々あって、ボクもちょっと疲れちゃったしさ」
「……ああ、どのみちカロンってモンスターを越えなきゃならないのが分かったんだ。あとは英気を養うために休むってのも、必要だよな」
「うん……そうだよ、兄さん」
こうしてそれぞれに抱えた思いを胸に、異世界での二日目の夜は過ぎて行った。
◆ ◆ ◆




