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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第一章 都市召喚 《サイクル・タウン》
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第二話 柳ヶ瀬真桜


 身を翻し、廊下に溢れた人の間を縫うように綜は走る。


 制服の袖が廊下に溜まり、淀んだ空気を斬るのを感じながら、階段を飛ぶように降りる。

 二階奥、一―Aの教室へと続く廊下へと綜は躍り出た。


 すると綜の目に目標である少女・・が教室の出入口付近で、女生徒の集団に取り囲まれているのが見て取れた。



 女性としては大柄の百七十二センチの身長に、栗色のロングヘアーを頭頂部で一括りにしたポニーテールの髪型が、整った顔立ちにもよく似合い、凛とした佇まいを尚いっそう引き立たせている。


 そして表情を引き締めるように、きゅっと一文字に結ばれた唇と、切れ長な目元が観る人に怜悧な印象と意志の強さを抱かせる。


 そんな古式ゆかしい大和撫子の見本のような女性――


 それが、柳ヶ瀬真桜やながせまお、綜の義妹いもうとだった。



「真桜!」

「兄さん?」



 注意をひきつけるように発した綜の叫びに、真桜はすぐさま応えると、少女たちの輪の中心から振り返る。


 そのしぐさに連なるように、丈の短いスカートがふわりと浮き上がると、遅れて栗色のテールが宙を舞った。


 真桜は普段から感情の起伏の少ない表情を綜へと向けたまま振り返る。


 しかし、その硬質な面持ちの中に浮かんだ困惑と懇願の眼差しを、義兄は見過ごさなかった。



(はあ、やっぱりな)



 義妹の姿を見つけたことで安堵のため息をつきつつ、綜はゆっくりと女生徒の集団へと近づいていく。



「あらっ、真桜さま(・・・・)のお兄さんじゃないですか?」

「あ、ああ君たち悪いな、取り込んでるところ。ちょっと真桜に用があってさ、少しばかり借りていきたいんだけど……」

「え~っ、そんなぁ待って下さいよ先輩! こんな状況じゃ私たちも心細くって、真桜さまから離れたくないですよー!」

「あー……いやまあ、こっちは家族の急ぎの用事なんだよ、だからさ身内だけの話なんで、悪いね」

「そんな~!」

「横暴だー、ブーブー!」



 上級生と下級生とはいえ、ここは一年生の階層であり、綜はすでにアウェイに踏み込んでいる。


 ゆえに|上級生(部外者)である綜は、少女たちからの理不尽なブーイングも、一身に受け止めなければいけなかった。


 その様はまるで、アイドルに迫るファンたちに無理やり退去を命じる、警備員にしか見えなかった。



「みんな。兄さんと話があるから、その……ゴメン」

「あ、真桜さまがそんな~! 謝らなくてもいいんですよ~!」

「そうそう! 真桜さまが言うんじゃしょうがないですよねー、家族のお話なんですしー」

「それじゃあ、私たちは先に外に出てますので」

「……うん、じゃあまたね」



 綜に対する態度から一変。


 真桜の一言に素直に応じると一階に続く階段を、しおしおと降りてゆく淑女の群れ。

 それは綜の気力をごっそり奪う、見事なまでの掌返しだった。



 ぽつんと取り残された綜と真桜。


 一年生女子たちとのやり取りの間にも、廊下に出ていた生徒たちの大部分はすでに外の壁を見るために校庭へと飛び出していた。



「あいつら、絶対宝塚とか好きだろ」

「む……私は男役なんて、しないよ」

「いや、あ~口が滑っただけだからさ。ほら泣くな、泣くな!」

「……泣いて、ないもん」



 相変わらずのキリっとした、固い表情のまま静かに呟く真桜。

 だが間近でよくよく観察すると、その瞳がうるうると波打っているのに綜は気づいていた。




 ――そう、彼女いもうとの本質は【ヘタレ(・・・)】だった。




 歌劇団の男役をこなせるような凛々しい外見とは裏腹に、真桜の内面は、人並み以上にか弱い乙女だったのだ。


 昔から緊張しやすく、表情をつくるのも下手で口数も少ない性格だった真桜。


 本当はちょっとしたことでもパニックになりやすいのだが、真桜はその驚きすら上手く表現できず、リアクションが乏しい。


 それが結果的に彼女をどんな時でも落ち着いている大人っぽい冷静な女性であると、周囲に誤認させる結果へと繋げてしまっていた。



 そして成長に伴い、同性の女性に憧れの視線を向けられることも多くなると。

 真桜本人もいちいち訂正できるほど立ち回りが器用ではないため、いつの間にか先ほどの一年生女子たちのように、同姓から頼りにされるキャラクターを作り上げてしまっていた。


 もちろん綜や母親のような身内や、ごく親しい人たちは真桜の性質をよく理解しているのだが。



「でも……助かったよ兄さん、なんだかみんな、いつもとは様子が違ってて……」

「あの娘たちも余裕なかったんだろう、今はこんな事態なわけだし。まあ真桜が困ってるだろうと思って、俺も急いで来たんだけどさ」

「そうだね、困ってたよ」



 平坦な口調で応えつつも、外見上はまったく困ってない様子に見える真桜。


 だが綜は、眦をピクリとも動かさない固い表情のままのこの義妹が、今でも脳内ホールで絶賛パニック祭りを開催中であることを、長い付き合いから見抜いていた。


 ふと、綜の脳裏に二頭身のチビ真桜たちが、キャンプファイヤーをしている図が浮かんだ。



(ぶふっ、こうしてみると可愛いかも……)

「兄さん……変なこと、考えてない?」



 無駄な妄想が思わぬツボに入り、つい口の端を綻ばす綜。

 その義兄の姿を、ただでさえシャープなまなじりを細めながら見つめてくる真桜。


 そんな真桜に対し、コホンと一息つくと、胡散臭くも取り繕った真面目な顔を向ける綜。



「バカを言うな妹よ、お前の前ではお兄ちゃんはいつだって、真摯な紳士だぞ」

「……茶化す時は大体困ってるか、悩んでる時なんだよね」

 ――そう、この妹もまた、目の前のカッコ良くて頼りになる兄を見抜く観察眼の持ち」

「自前ナレーション無駄、兄さん無駄だよ」

「二回も言わなくていいよ! なんか俺が無駄みたいじゃん! その言い方!」



 両手を広げオーバーなリアクションを取る綜に、傍目には真桜が冷ややかな目線を送ってるいる。


 しかし、この馬鹿げたコミュニケーションで、真桜は少なからず、精神的に楽になれたことを感じていた。





「……まったく」


 あきれたように、そして安心したように呟きを漏らす真桜。

 その表情は見るものが見れば、硬さが取れていることが分かっただろう。


 そしてすっかりと人影の少なくなった廊下で、そんなやり取りしていた兄妹に近づく影が一つあった。



「こんな時に何やってるんですか先輩、コントなら家でやってくださいよ」



 不意に、階段に通じる廊下の影から聞こえてきた馴染み深い声に、綜は振り返りつつ声を上げる。



「こらっ、真桜を芸人扱いしてるんじゃないぞ、健瑠たける!」

「えっ? え……私?」

「いや、あなたじゃありませんよ真桜さん。無駄アテレコしてた、この人のことです」

「また無駄って、お前まで俺をいらない子扱いかよ健瑠」





 柳ヶ瀬兄妹に声をかけてきた男子生徒――名波健瑠なばたける


 彼は綜より一つ年下で、真桜と同い年の、二人にとっても馴染みの深い幼馴染だった。


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