第十九話 山荘
市街地から離れた郊外の丘陵。
その奥深くに建てられた、木々に隠されるように佇む東雲家の別荘の一室。
そこでは綜とヴィーによる話し合いがなされていた。
「あ~やっぱりマンホール潜って、地下を進むってのはダメなのかー」
「うん、あくまで転移したのはバークウェアの地形と一致した、志麻霧市の地表の部分だけだから、蓋を開けても地面がすぐにこんにちはーするだけだぞ」
「まぁグールが這い出てこないだけマシだよな、それじゃあ――」
公園でのヴィーとの邂逅から一行は由宇に連れられて、この山荘へと移動した。
車一台分が通るのがやっとの、細く荒れた山道を経て、周りを帯状に杉の木で覆われ、人の目につかない場所に立てられていた山荘。
年季の入った見かけとは裏腹に、その内部は開放感のあるラグジュアリーな吹き抜けのリビングに、一階と二階で洋室と和室が混在している四LDKの部屋と、内装もかなり豪華さで広さも中々のものがあった。
すでに時刻は、日付も変わった夜中の三時。
見張りのために二人交代制を取り。
今は真桜と由宇が就寝し、先に仮眠を取っていた綜とヴィーが起きている番だった。
山荘の家具や寝具は、マンスリーマンション程度にしか必要最低限しか置かれてなかったが、食料の備蓄は豊富であり、二人は夜明けまでに焦ることも無く、じっくりと今後についての案を練っていた。
「それじゃあ、川に沿って行くのはどうかな?」
「河口部分はこの国の河川に繋がって、そのまま人工の貯水池に直結するようになってるらしいぞ、施工工事とシステムは地球産で……それじゃあ――試してみるか?」
「……いや、『川』って口にした途端に、視界に赤いフィルターが掛かった。どうもそこはヤバイみたいだ」
綜の視界の縁は、薄い半透明の赤いリングが掛かったように、紅に染まっていた。
それは気付かなければ見過ごしてしまうほどの、ほんのわずかな赤みでしかなかったのだが。
「これは却下だな、行ったら碌なことなさそうだ」
そう決断すると、まるで同期するように、今度は潮が引くように、赤で彩られていた視界が正常に戻る。
(これが……俺自身の危機を、感知した場合の能力発現。――ってことなんだな)
ヴィーとの話し合いの中で、自身の【危険予兆】に発動したスキームもこれで三回目。
はじめの頃はその視界の異様さにあわてふためき、ヴィーをも驚かせたのだったが。
今は内心の動揺を表に出さないように、自身をコントロールできるくらいには、納得もして、落ち着くこともできていた。
「そう……それが正解だぞ。水の飲める場所はモンスターも集まりやすいし、それに対抗して警備も厳重になってるみたい」
「検問はただで通しちゃくれないか……ふう、ちょっと知恵を絞るのも疲れたな。由宇が何か考えてるらしいし、もうそっちのプランまかせで行く方がいいのかもなぁ」
「……あの子も、大概イレギュラーなんだぞ。今までの【東雲由宇】の概要データとは明らかにズレがあるし、銃を持ちだす東雲由宇なんて、該当件数:ゼロなんだぞ」
「あの銃には、お前もビビってたもんな」
「べっ、別に銃なんて恐がってないぞ! ふん、アタシがちょっと本気出せば、弾丸なんて止められるんだからねー!」
小さい腕を振り回し、ムキになるヴィーをからかう綜。
その光景を、もしも無関係な第三者が見ていたら、まるで子犬と子供の無邪気なじゃれ合いを見ているかのような、穏やかな心象を抱いたかもしれない。
それほどに今の二人は、気安い間柄に見えていた。
「またまた~、最初に銃を向けられたときのヴィーのリアクションったら、プププ」
「むぎぎ~! ほんっとに、弾丸なんて片手で止められるぞ! う~……ただ――」
それは綜の誰に対してもマイペースなスタンスと、ヴィーの子供っぽい性格の相性が良かったということもあり。
お互いに膝を突き合わせて遠慮無い会話を進めるうちに、短時間で良好な関係が自然と構築されていた。
「ただ……ほら、アタシって保有する霊力が少ないって言ったじゃん。だから、単に無駄遣いしたくないだけなんだぞ、いやホント」
「あ~……そういやそう言ってたっけ、えっと……それはやっぱり前の【俺】が、もっと優遇されてたからなのかな~なんて、ははは……」
だが、どれだけ仲が良くなろうと、お互いに付き合い自体はまだ浅く。
会話中に相手の地雷を踏むことを避けることは、未だままならなかった。
そして不意に落ち込んだヴィーを見て、あわてて話題を変えようと不器用にも愛想笑いを浮かべながら、目を逸らす綜。
だがそんな綜を、ヴィーは下からじっとりと三白眼で冷たく見上げる。
「そりゃあ……やっぱり、綜のパートナーの有無で期待値も変わるんだぞ、実際歴代の分霊のデータと比べると、アタシに割り振られてる霊力分って、本当に少ないし」
「やっぱ、彼女が居るのと居ないのとじゃ具体的に評価も違うワケかー。はぁ……なんか悪いな、俺のせいで」
目の前で意気消沈してるヴィーを見て、なんとかフォローしようとするものの、上手く言葉を紡ぐことができず。
綜はただバツが悪そうに、表情を歪めることしかできなかった。
「……いいわよ別に、アタシもアンタも味噌っかす扱いされてるってのは、生まれた直後に分かったことだぞ。ハハッ、これからは出来損ないのハズレくじ同士、慣れ合って行けばいいんだぞ」
「…………」
それまでの軽口とは色合いが違う、自身を安く見る皮肉気な口調。
そんなヴィーを見て、綜は不意にもやもやとした苦い塊が胸の奥からせり上がってくるのを感じた。
その息苦しさを催す不快な感覚が、喉元にまで突き上げてくると、綜は目の前で減らず口を叩いてるヴィーを、大声で怒鳴りつけたくなるような衝動に駆られる。
だが――その鬱積した不満の塊を、想像上の自身の拳で握りつぶす。
「はんっ! 馬鹿言ってんじゃねーよ!」
「え?」
今はそんなくだらない衝動よりも、目の前で項垂れているやつを元気づけるのが先決だと綜は自分に言い聞かせると。
静かに、力強く、相手に伝わるようにと言葉を紡いだ。
「出来損ないってのはさ、まだ【未完成】でもあるってことだろ! ようは、これから何にでもなれるってことじゃないか! だったらヴィー、お前もあの神霊を見返す位、デカイことを見せつけてやればいいんじゃねーの。そうしたら他の分霊のデータなんて気にもならなくなるってもんさ、そうだろ?」
思いもかけぬ励ましの言葉に、ぱっと顔を上げ、目を見開くヴィー。
目の前には熱のこもった瞳で見つめ返して来る、自らがサポートすべき相棒の姿があった。
その浮かべる微笑に力強さを感じたヴィーは、つられる様に自身も口の端を吊り上げる。
「……はは、なにそれ。やっぱり他の【柳ヶ瀬綜】とは外れすぎなんだぞ」
「上等だろ、誰とも違うってんなら、そいつは嬉しいことさ」
「ん、でもまぁ……ありがとう」
憑き物が落ちた様に、微笑を浮かべて礼を返すヴィーに、柔らかく表情を崩す綜。
「なんだかんだ言っても、俺はお前が来てくれて良かったと思ってるよ、ヴィー・クー」
「それを言うならアタシも同じだぞ、第五十六期・柳ヶ瀬綜」
しっかりとお互いの目を見て、二人は微笑みあった。




