第十八話 絆
「このバークウェアに毎年来る移人は並行世界の同一人物なんだから、多少の差異があっても根本的には同じ存在なんだぞ、それは能力が発現しても同じことだし」
「じゃあなんで俺だけ? それに多少の違いって……! まさか、さっきの恋人ってのが――」
ハッと何かに気付く綜。
そんな綜に視線をやると、同意するようにヴィーは頷いた。
「うん、それぞれの【柳ヶ瀬綜】の能力を大きく変動させるのが、恋人の違いってヤツだぞ。過去の統計データから見ても、恋人が同じなら能力もほぼ同じだし、たぶんそれが正解なんだぞ」
改めて告げられるその事実に、ギョッとした表情で驚く綜。
「ほっ、他のヤツは? 恋人の違いで能力が変わるヤツって、この街には居ないのか!?」
「いや~そもそも恋人が替わるとか、毎回そこまで変化が多様な移人なんて、この街にはほかに居ないよ。なぜかお前……【柳ヶ瀬綜】の変動率だけが大きすぎるんだぞ。十年に一回くらいなら、とんでもない変動率を持ってる移人も他に稀に出るみたいだけど、そこら辺はアタシの権限じゃ閲覧できない情報レベルだから」
「毎回恋人を変える、兄さん……浮気者だ」
「NOォォ~~~! 誤解だ妹! お兄ちゃんはそんな軽薄な男じゃありませんよ!」
「浮気か……心が痛いねぇ、綜」
「お前までそんなこと言うなよー! 由宇!」
自分のことではない。
しかし自分に関連する事柄で、真桜と由宇の二人に冗談めかしながらも責められる。
綜自身はそのことを真剣にとらえ、悲壮感をかもしながら、ゆっくりとうなだれた。
そんな、しおれ花のような綜の姿に、ヴィーは面白いおもちゃでも見つけたかのように、楽しげに微笑みかける。
「そうだねー……例えば――正式な生徒会役員になってたら、あの生徒会長が恋人になったりぃ、サッカー部でマネージャーとイチャついたり。成績トップの柳ヶ瀬綜が――図書委員のメガネのあの娘と~……はたまた、サックス奏者の綜は――偶然ライブハウスで会った娘と、なんて様々なイベントがー、今までの【柳ヶ瀬綜】にはあったわけなんだぞ~!」
「うわーっ! 自分のことじゃないのに! なんだかスゴク恥ずかしい!!」
次々と暴露される、歴代の【柳ヶ瀬綜】の恋愛遍歴。
その事実に、顔を真っ赤にする綜は、耳を塞ごうとする。
そんな二人のやり取りを、真桜と由宇は興味深そうに聞き耳を立てながら、傍らで聞いていた。
「だというのに…………この柳ヶ瀬綜は、独り寂しく――」
「わ~っ、やめろ! もう聞きたくねー!」
「くくくっ、ハッピーエンドのフラグを逃し、エンディングは……一人だけのノーマルエンド!」
「ちっくしょー! 何となくそう言われるの分かってたけど! ちくしょーっ!!」
心底楽しげに、けたけたと笑うヴィーに、頭を抱えながら悔しげに腹の底から吠える綜。
「言ってみればアレだ、【柳ヶ瀬綜】が主人公のギャルゲーで、お前はルートと選択肢をミスった感じなんだぞ」
「やかましいわ駄妖精! ミスとか言うな! 知らねえよそんなB級ゲーム!」
「ちなみにタイトルは、『柳ヶ瀬綜の――何たられんあい、うぉんちゅー学園』ってな感じで付けるとイイぞ」
「思いっ切りクソゲーっぽいですねぇ、それ!」
「つまりお前の学園ライフはクソみたいなものだった、ということ」
「やめろ! 俺の学園生活を否定すんな!」
何気にノリが良い二人だった。
そんな二人を真桜は羨ましそうな目で、由宇は複雑な色を浮かべた目で見ていた。
「ぅう……ちくしょう……俺の人生をばかにすんなぁ……」
「は~笑った笑った、もうこれで十分だぞアタシ」
がっくりと肩を落とし、大げさにうなだれる綜を見ると、ヴィーは満足そうに自分のお腹を軽くポンポンと叩く。
そして、コントのような二人のやり取りが終わったのを見計らって、由宇は一歩踏み出した。
「……なんか、バカ話でうやむやになったけどさ、有望な人材のサポートができるってことは、過去の事例から、スキームやらオーダーが発現する人間が分かってるってことだよね」
「そうだぞ、そういった潜在的な能力者にはアタシと同じ【ヴィー】が、この世界にとって有益な人間を外に導くために派遣されてるハズだしね、アタシ達はそのために生まれた分霊だから」
「そっか、じゃあさとりあえず……これだけはハッキリさせておきたいんだけど」
「ふ~ん、何かなぁ……東雲由宇?」
真摯な表情で見据えてくる由宇に、だらけムードだったヴィーも、襟を正し向き直る。
「キミ、ヴィー・クーは……【柳ヶ瀬綜】の味方、ってことで、間違いないんだよね?」
「ふむ、そりゃあアタシは柳ヶ瀬綜のサポート役だし、そいつと一蓮托生になっちゃった以上は、ちゃんと仕事はするつもりだぞ。アタシだって、生まれて早々に消えたくなんかないし」
「……ったくヒドイ言いざまだな、そんなに俺と組むのは嫌かよ?」
相変わらずうなだれた様子のまま、いじけたように上目づかいでで抗議する綜を見ると、途端に顔を赤らめ、あたふたと挙動不審になり、あわてて取り繕うヴィー。
「えっと、その……本気で嫌ってワケじゃ……んも~、そんなに拗ねるんじゃないぞ! 不満ってのはー、アタシに掛かってる【制限】がキツいってこともあるんだぞ!」
「制限? それって、ヴィー。キミには制約が掛けられてるってこと?」
見かねたようにフォローをするヴィーに、由宇は問いかける。
その言葉に苦い顔を浮かべると、ゆっくりと頷くヴィー。
どことなく言い難い雰囲気のまま、それでもヴィーはしぶしぶと口を開いた。
「う、うん……エイーシャ様がせっかくデーターベースを作ってくださったけど、アタシの権限レベルじゃ閲覧できない、ロックが掛けられてるデータが多くて、今のままじゃ碌な情報を引き出せないんだぞ……これじゃあ十全にサポートなんてできないし、やっぱり前途多難だなって」
「データって、兄さんの情報以外も……引き出せるの?」
由宇に続く真桜の問いかけに、ヴィーも表情を引き締めると、真面目な顔で返答する。
「うん、エイーシャ様が司っている【電脳】――これは、近年のバークウェアで急速に広まった概念なんだけど、その中にはコンピュータや機械製品に、情報ネットワークなんかがあるわけで、その中から端末であるアタシたち分霊は情報データを引き出せるってわけなんだぞ。とはいえ情報にはレベルがあって、分霊でも無制限に閲覧できるワケじゃないから、特にアタシは制限が多いみたいで……」
言いながら意気消沈し、しょんぼりとするヴィー。
目に見えて落ち込むその姿に、綜は思わず取りなすように声を掛けた。
「あーでもさ、ゼロからはじめるのと比べたら情報があるだけ十分マシだろ、これで贅沢言ってちゃ他の人に顔向けできないって、だからその……ヴィーも、ありがとな」
「綜……お前、意外と良いヤツなんだぞ――彼女居ないけど」
「うっさい! 一言多いっての!」
「ふふ……その、ありがとう」
つい茶化すような言い方で返してしまったが、それでも微笑む元気が出てきたヴィーは、そっと小声で感謝の言葉を綜に向かってつぶやいた。
「ようするにさ、今現在、ボクたちはふるいを掛けられてるってわけだね。高い能力と運を持ち、グールの群れを突破し、街を脱出できるだけの技量を持つ優秀な人間だけが、この世界で生きていく価値がある、てことでOK?」
「うーん、ぶっちゃけ言うとその通りだぞ、この世界にとって多すぎる移人を間引くって意味が、確かにあるんだろうけど」
由宇の問いに簡潔に、しっかりと答えを返すヴィー。
知ってる範囲であれば、ヴィーはちゃんと答える。
そのサポートがこの世界の初心者たちには有り難く、いつしか綜たちはヴィー・クーの存在をポジティブに認めていた。
「ちなみに、データによると、今まで銃を所持していた【東雲由宇】も居なかったみたいだぞ。やっぱり綜の影響なのかな? なんだか今回はイレギュラーだらけっぽいぞ」
「おい、なんでもかんでも俺のせいにするなってーの、ったく」
皮肉気なヴィーの軽口に、ジト目で返す綜。
その二人の様子からも、だいぶ打ち解けた感じが漂ってきていた。
「えっと……由宇さんも、そうなの?」
ヴィーの言葉が気に掛かり思わず隣を見る真桜。
その視線の先で肩をすくめる由宇。
「ボクに聞かれてもね……他の【東雲由宇】は知らないけどうちはほら、一応資産家で有名だからね、色々と備えはしてあるんだよ。今までの東雲由宇は、単に銃を持ち出す機会が無かっただけなんじゃないかな? 射撃訓練も、ボクは外国旅行の折には手ほどきを受けてたからねぇ」
「ふーん、ブルジョア令嬢め」
「ふふ、そんなの気にしても無いくせに」
「はっ……まあな、長い付き合いだし、そもそも俺の知ってる由宇は一人しかいないんだから、他の【東雲由宇】なんて気しても仕方ないって」
「綜……うん、そうだね」
真桜の質問を皮きりに、お互いの間に有る確固たる繋がりを再確認する綜と由宇。
そのやり取りを見ていたヴィーは、誰にも聞かれない声量でポツリとこぼした。
「確か……【銃】を使う人間なら、他にも居たんだぞ」
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