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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第二章 屍鬼来還 《ハロー・グール》
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第十五話 離別



柳ヶ瀬綜(・・・・)は万能じゃないんだから、そんなに驕ってちゃいけないよ」


「俺は別に――!」



 軽く挑発するような由宇の物言いに、思わず激高しかける綜。


 だが、由宇は穏やかな表情を浮かべたまま。

 まるで子供に言い聞かせるように、落ち着いた声で、静かに綜に語り続ける。



「分かってるよ、綜は純粋にみんなを救いたいだけなんだろ? でもさ、もうちょっと生徒たちを信じてあげるのも選択肢の一つじゃないのかな。ねえ綜、過保護に守っているだけじゃ、ただ理想を押し付けるだけの、自己中な教育ママと同じだよ」


「っ……」



 由宇の一言に、苦虫を噛み潰したように顔を歪める綜。



「綜がみんなを守り続けたとして、仮にそれが大成功で、全員街を出れました――って結末を迎えても、その先はどうするの? どのみちいつまでも一緒ってわけじゃないんだよ、みんなこの異世界で独り立ちしていかないといけないんだ。ただ守ってもらうばかりじゃ、彼らだって先に進む力なんて身に付かなくなると思うんだよね、ボクは」


「…………」



 由宇の話を聞き、綜はこの先の未来を想像してみる。


 確かに、一人で何もかも背負い込んで、皆をこの異世界でいつまでも守り続けるというのは、現実的にも物理的にも無理な話だろう。


 薄々は気づいていたが、改めて親友の口から聞かされると、その問題がズシリと両肩に重く圧し掛かってくるのを、綜はひしひしと感じた。







「…………分かったよ由宇……俺の負けだ」



 試合放棄したように腕を降ろし、頭を垂れ脱力する綜。


 その姿から、先ほどまで身に纏っていた張りつめた緊張感は、一切感じ取れなかった。



「ほっ、良い子だね綜……さてっと、ほらほら会長~、念のため綜はボクの方で止めてますからー、今のうちにとっととみんなを連れて移動したらどうですか?」



 一応、牽制のように空へ向けていた銃口を、くるくると回す由宇。


 だが、亜理紗には由宇のその仕草が、『綜以外はさっさとこの場から立ち去れ』と、促しているように見えた。




「……分かったわ。さあみんな、私たちはこのままモールに向かいましょう! ……それでかまわないのよね、東雲由宇?」


「ふふ、察しが良い子は好きですよ……神部亜理紗、生徒会長」



 亜理紗は目線を鋭く、睨めつけるように問いかける。

 だがそれに対しても、由宇は不敵な笑みを返すだけだった。



「柳ヶ瀬……」



 亜理紗はうなだれる綜へと視線を向ける。

 もはや彼に、生徒たちの進行の邪魔をする気がないのは、その姿からも一目瞭然だった。


 それでも尚、由宇が銃の引き金に手をかけていることに、亜理紗はもう一つの意味を考える。

 それは、不満を抱えた生徒の暴走を食い止めるためでもあるだろう。


 万が一、生徒たちが柳ヶ瀬綜に危害を加えでもしたら。

 たちまち銃口からは花火が打ちあがり、観客グールを呼び寄せるぞ、という脅しの意味があるのだということを、亜理紗は見抜いていた。



「守るだの、成長だの、話題のすり替えね……ほんと、過保護なのはどっちなんだか」



 すでに先行して公園の出口へとゆっくりと歩き出した生徒たちは、綜たちをちらちらと伺いはするが、決して近寄ろうとはしてこない。

 それは誰しも、由宇の持つ拳銃から打ち出される、秒速三百メートルで襲い来る鉛合金の弾丸が怖いからなのだろう。



「それで、東雲。あなたはどうするの? まぁ、答えは聞くまでもなさそうだけど」


「もちろん、ボクは綜と一緒に行きますよ」


「ふうん、やっぱり即答ね……まるで、柳ヶ瀬以外は無価値って、言ってるみたいに聞こえるんだけどね?」



 亜理紗の含んだ物言いに、わずかながらまなじりをピクリと動かす由宇。



「綜は……まだ本当に大切なものを見つけてないから、だから、自分の持つ善意を目につく全ての人間に振り撒こうとしてる。でもね会長、それってとても辛くて、擦り切れやすい、とても一人で賄えることじゃないんですよ、だからボクは……」



 声のトーンを落とし、綜のことを想い、どこか寂しげにつぶやく由宇の姿に、亜理紗は彼女の本音を見たような気がした。


 だからこそ、かすかな敗北感を自分が味わったことを、亜理紗はそっと自身の胸の内に押し込めることにした。



「それじゃあ東雲、あなたは、一人の男のために全てを犠牲にできる女、ということなのね」



 ちょっとだけ皮肉を込めて、口の端を吊り上げて問う亜理紗に、由宇は微笑を返す。



「いんや、ボクは綜よりちょっとだけ大人なんですよ」



 悪戯っぽく片目をつむり、殺伐とした場の空気を変えるように、軽い調子で返す由宇に、思わず吹き出す亜理紗。



「くく、確かに。柳ヶ瀬はどちらかというと子供っぽいところがあるものね、はぁ~……それじゃあ、そろそろ私も行くわ」


「へえ、てっきり抜け目のない神部会長なら、この銃を奪うくらいはしてくるかと警戒してたんですけど」


「それも考えたんだけどね」


「あ、やっぱり」



 軽く返す亜理紗の物言いに、肩をすくめる由宇。



「まあ、その銃の出所は気にしないで置くわ。資産家令嬢(・・・・・)の慰み物としては大仰すぎるものだとは思うけど、どうも東雲……あなた、胡散臭いところあるし、ちょっと怖いものね」


「これはひどい、こんなに可愛らしい娘を捕まえて」


「自分で言わないでよっ、……それに怖いっていうのはね、別にあなただけじゃなくて、武器を持つことそのものよ」


「武器を持つこと?」



 亜理紗の言葉を理解できず、由宇は知らず知らずのうちに首を傾げる。

 ポーズだけは可愛らしいが、その手に持つ【銃】を目にし、眉をひそめる亜理紗。



「銃ってのは所詮、シンプルに他者を打ち砕くためだけの道具よ。東雲、あなたは覚悟を決めているようだけど、私は皆を巻き込んでまで闘うつもりなんてないのよ」



 武器を手に入れるということは、それを持つもの、向けられる者に等しく緊張を強いる。


 集団であればなおさら。

 緊張に耐え切れず、武器を持った者などが暴走を引き起こす可能性があった。

 であるのならば、最初からリスクを背負うべきではないと、亜理紗は判断していた。



「さすが生徒会長、最後に……綜には、挨拶しなくてもいいんですか?」



 由宇の肩越しに視線が移動する。

 そこには肩を落とした綜と、その隣で立ち尽くしている真桜の姿が亜理紗の目に入った。



「止めておくわ。彼がここまでみんなを引っ張ってくれたことには感謝してる。だけどね柳ヶ瀬……今の彼とは、私は一緒に居られないのよ」


「『だって、彼に会えば辛くなるもの』――ですか?」


「っ!」



 恋愛ドラマのセリフのように、軽い調子で言い放つ由宇をすかさず睨みつけると、不満げに吐息を漏らす亜理紗。



「ふん、意外とむかつく娘だったのね、あなた。まったく、どこまで知ってるのよ……ええそうよ、好意・・を持つ相手に今更縋る所なんて見せたくないもの。背中を見送るのは私じゃない、あくまで生徒を先導する神部亜理紗が、ここに残る柳ヶ瀬綜に背中を見せたまま、去って行くだけの話よ、これは」


「やっぱり、カッコイイですよ神部会長は」


「ハイハイありがと、じゃあそういうことで柳ヶ瀬のことは、任せたわよ。……あんな騒動があった後じゃ、さすがに彼を連れていくことを皆が納得できない、これ以上ストレスを抱えたままじゃ……いずれ瓦解してしまうから」



 綜と生徒たちとの間に軋轢ができたのは、誰の目にも明白だった。

 これが普段の学生生活でなら、亜理紗はいくらでも、時間の許す限り綜をフォローしただろう。


 しかし状況は予断を許さない。

 現状で生徒間の揉め事という爆弾を抱えたまま行動するということは、双方にとってもハイリスクなことだったからだ。


 だからこそ、亜理紗は生徒たちと、由宇は綜と行動を共にする――そういう選択を二人は決断したのだった。




「本当に、しがらみが多いと大変ですね、生徒会長さまは」


「その楽しさを知らないって言うのなら、貴女もまだまだってことよ、東雲家のご令嬢さま」




 それだけを言い捨て、もはや振り返ることも無く。

 由宇に語った言葉通りに颯爽とした足運びで去って行く亜理紗。


 観る者全てが嘆息するほどの、きりっとした自然体で背筋をすっと綺麗に伸ばし。

 一切ぶれることもなく亜理紗は生徒たちの元へと向かった。


 その優美な後ろ姿を見送った後、由宇は一息つくとようやく銃を降ろし、綜と真桜の元へ向かおうとした――その時、集団の端からこちらを見つめてくる視線を感じた。



「……健瑠?」





 綜たちから少し離れたところでざわついていた生徒たちも、こちらに向かって歩いてくる亜理紗の姿を目にしたことで、ようやく落ち着きを取り戻していた。


 まるでリーダーを迎える統率のとれた野生動物の群れのような光景。

 だが、その中でただ一人。

 健瑠だけが綜たちを気にするように、亜理紗から目線を外していた。



「結局、いつも通り。あなたたちは一緒なんだ……先輩、あなたの傍にはいつも真桜さんが――」




 綜と真桜を見るその細められた目の奥に、暗く、鈍い炎が灯る。


 健瑠が抱えた、かなわぬ思慕の炎、そのことに気付く者は誰一人として居ない。


 彼の意志がどんな事態を引き起こすのか――それを知る者はまだ、ここには居なかった。




◆ ◆ ◆


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