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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第二章 屍鬼来還 《ハロー・グール》
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第十四話 東雲由宇


 公園の入り口方向から聞こえてきた、その涼やかな声に遅れるように。

 その場の雰囲気には場違いな、≪バスッ≫と間の抜けた、空気の漏れたような音が辺りに鳴った。



「――!」



 その奇妙な音をその場の全員が耳にした直後。

 綜と真桜の二人と生徒たちの間を隔てる、およそ5~6メートル空いた空間に、突然大振りの木の枝がまるで天から降って来たかのように、ドサリと落ちてきた。



「うわっ!?」

「きゃああ!」



 太い枝が土に落ちる音と、緑の葉がこすれ合う音が周囲に拡散すると共に、突然の音と乱入物に、それまで神経をとがらせていた生徒たちの悲鳴が重なる。


 深呼吸するように息を吐き、発声したことと、不意に枝が落ちてきた驚きが、この場の全員の思考に【間】を生みだし、それまでの異様な熱に浮かされていた場の空気を若干、冷ましてくれていた。



「やれやれ、やっと見つけたと思ったら、ずいぶんと無茶をやっていたみたいだね、綜」





 綜の耳に慣れ親しんだ、中性的なハスキーボイスが聞こえてくる。


 いつもはもっと落ち着いた口調だが、その声色の中に若干心配そうなトーンで聞こえたのは、互いの付き合いの深さから綜にも分かったことだった。



「ははっ、お前の方こそ姿が見えないままだったろ、まったく居なくなったと思ってたら、どこほっつき歩いてたんだよ、由宇」


「まあ色々ね……こっちもやることが多くて忙しかったんだよ、綜」



 綜にとっては中学校入学以来の親友、東雲由宇しののめゆうが、そこに居た。


 短めに整えられたショートボブの髪型が良く似合う、ボーイッシュな少女。

 躍動感を醸し出す健康的で活発そうな肢体に、くりくりとよく動く瞳がその表情の豊かさを物語っており。

 水色のショルダーバッグを肩掛けにし、制服のスカートから伸びた白くしなやかな足で、しっかりと芝を踏みしめ彼女は、集団から数メートル離れた場所に何の臆する様子もなく立っていた。


 その東雲由宇が、今はさくさくと芝を踏みしめながら、綜と集団の間に割り込むように近づいてくる。



「これって、ふ~ん……本当にボクが居ない間に、色々あったみたいだね」


「まぁな、って。由宇! お前――ソレ(・・)は!?」


「ひぃ! な、なんで【銃】なんて持ってるのよ! こいつ!」



 近づいてくる由宇の姿を目にして安心した直後。


 綜は驚愕し、生徒たちは一斉に悲鳴を上げると、距離を取るように一様に、由宇から二、三メートルの距離を取り後ずさる。


 由宇の右手には、誰しもがその存在を恐れ、その威力は子供でも理解している。


 黒光りした暴力装置――いわゆる【拳銃】が握られていた。





「おっ……お前! まさか枝を落としたのって? ほ、本物なのかよその拳銃(・・)!」


「あはは、効果はてきめんってやつだねぇ。そうだよー、あの枝はボク(・・)が撃ったんだ」


「いやぁ! う、撃たないで!」



 男子生徒が上げた問いに応えるように。

 無邪気な顔で、その存在を誇示するように、【銃】を掲げ、右手をふりふりと動かす由宇。


 途端に湧き上がる悲鳴と怒号。

 しかしその武器の怖さを知っている生徒たちは、足がすくんでしまい。

 誰一人として動くことはできなかった。



「ばか! 銃を人に向けるな! ったく……どこで手に入れたんだよそんなの、ていうか……由宇は本当にこの状況を理解できてるのか?」


「そりゃあこの状況を見れば大体はね、ボクが察するところ単純な話。彼らが望む進行を綜は妨害したい、お互いそれでケンカになってる――ってことだけの話なんじゃない?」


「いやまあ、それで大体合ってはいるけどさ、言っとくけど俺は……みんなを助けたいんだぞ」



 ――そうして由宇に、これまでの事の経緯を簡潔に伝える綜。


 その間にも、生徒たちは、由宇が手に持つオートマチックの拳銃――【ベレッタM92】が恐ろしいために、余計な口を挟むことはできず。

 一様に顔をこわばらせたまま、身じろぎ一つしないで、二人が話し終わるのを沈黙したまま待っていた。




◆ ◆ ◆




「……ふ~ん。危険、ねえ。それじゃあこの場合……やっぱりこうするしかないかなぁ」


「ばっ! だからっ、銃をコッチに向けるな――って。由宇、お前どういうつもりだ!」



 手にした武器を、今度は迷うことなく綜に(・・)向ける由宇。

 その姿に静観していた周囲の生徒たちも、一斉にどよめく。



「悪いけど、ボクは綜を止める方に回ることにするよ。たぶんこれが、一番ベターな選択だと思うんだよね」


「……あなたたち、どちらも正気じゃないわね」



 照準が綜へと逸れたことにホッとして、気を持ち直した亜理紗が嘆息しつつ呟く。

 その上で亜理紗は、由宇の手の中の銃を改めて観察してみた。


 由宇が持っている銃の発射口には、丸型の細長い筒が取付られている。

 それは映画や刑事ドラマなどで良く目にする、消音機サイレンサーと言うものだろう。

 なるほど、それで先ほどは派手な銃声音が聞こえなかったかと、亜理紗はここで理解できた。



「……本気なのか、由宇?」


「綜の方こそ本気なの? よく考えてよ、ボクがそちら側についたって、これだけの人数をさすがに二人で止められるワケないじゃん。仮に何人か撃ったところで、どうせ逆上した集団にボッコボコにされるのがオチだってことは、分かり切ってるでしょ」



 由宇は銃口を綜に向けてはいるものの、本当に撃つ気があるわけでは無く。

 ただ綜の安全を念頭に、脅しと説得の手段として銃を向けただけだった。



「そう言われて諦めるとでも? 俺を撃つ気が無いのなら、さっさとどいてくれよ」


「……はあ、せっかくボクが心配してやってるのに……そうですかそうですか……まったく、くそ! ホンっとに面倒くさいなぁ、柳ヶ瀬綜ってヤツは!」



 まったく臆することの無い綜の態度に業を煮やし、思わず荒っぽい口調で毒づく由宇。


 互いに助けるために行動しているはずなのに、何かが二人の間では根本的にずれていた。





「あーそうかい、だったらボクも、遠慮なくやらしてもらうよ! こんな風にね!」


 構えていた銃を手元に引き戻すと、由宇は消音機に手を掛け、きるきると金属の擦れる音を立てながらそれを取り外し、素早く左手に銃を持ち直すとその銃口を――空へ(・・)と向けた。



「東雲由宇! あなたなにを……、っ! まさか?」


「おっと、生徒会長ははやくも気が付きましたか? そうですよ~、もう消音機を外しちゃったからー、ボクがこのまま発砲するとどうなっちゃうのかなー? ほらほら、ちょっと考えてみてぇ………………まあ当然、【発射音】が辺りに響き渡るわけですけどね」



 茶化した風な台詞とは裏腹に、その発想は凶悪で恐ろしものだった。



「ちょっと待ってよ……そんな大きな音がしたらアイツらが……もしかしたら、グールが来るんじゃ?」

「っ、やめてぇ! 何考えてるのよあんた! ふざけないでよっ!!」



 由宇の持つ拳銃の発砲音が鳴り響いた後の光景を想像し、その場にいた由宇以外の全員が恐怖に身震いし、血の気の引いた顔を晒していく。



「まさか! 本気でグールを呼び込む気なのか? 由宇、お前正気かよ!」


「はあ……その科白、君にだけは言われたくないよ。そうだね、ボクがここで一発空に向けて発砲するだけで、グールが寄ってきて、みんな死に物狂いで逃げ出すのは確実だろうね」


「お前!」



 自ら身体を張って生徒の行く手を遮ろうとしたことで、綜の視界内では、それまで生徒たちを彩っていた、赤い死の予兆を示すマーカーは若干薄らいではいたのだが。

 この由宇の行動によって、再び生徒たちの姿は染め直されたように、赤い色が濃くなってしまった。

 そのことに気付き、声を荒げる綜。

 対照的に由宇は、ただ訥々と語り続ける。



「そうするとさ綜、ここにはキミが気に掛ける生徒の姿は一つもなくなっちゃうんだよ。だから今ここで、綜がどれだけ頑張ってもボクは無意味にできるってわけ、お分かり?」


「ぐっ……!」



 あっさりと、なんでもないように綜の覚悟を覆す由宇。

その宣言に声を出せず、唸ってしまう綜。


 急変した状況に焦りを浮かべる綜と、作ったような薄笑いを浮かべたまま、そんな綜を見据える由宇。

 ここに至って、場の流れを掴む天秤は、急速に由宇へと傾いていた。







「俺は……みんなを助けたいだけなんだよ、由宇」



 どう転んでも自分に分が悪いことを自覚して、なんとか由宇の感情に訴えかけようと、綜は自分の気持ちを正直に吐露する。



「知ってるよ。でもボクは身近な人の方が大事だからね……だからこそ、ここで綜を止めるんだ、大切だと思ってるからこそ、ね。だからさ綜……この気持ち……分かってくれないかなぁ?」



 だが由宇はその言葉を意に介さず。

 逆に、これ見よがしにと銃の撃鉄をガチリと起こすと、硬質な残響音を空に響かせる。


 あくまで由宇の口調は柔らかかったが、そこには、綜にも負けない、有無を言わせぬ意志の強さが確かに存在していた。



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