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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第二章 屍鬼来還 《ハロー・グール》
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第九話 侵攻のはじまり


 周囲のモニターに映るのは、俯瞰から見た現在の志麻霧市の縮図。

そこに写るのは、依然として街を覆うように連なる赤い霧のカーテン。


 エイーシャの宣言の直後。

 それら霧のカーテンベールが内側から食い破られるように、モゾリモゾリとかすかに蠢きはじめる。



「な、なに? あれ……」



 ふと誰かが発した疑問に応えるように、モニターの画像が徐々に蠢く霧へと近づき拡大していく。

 すると、底知れぬトンネルの影を思わせる赤い霧の向こう側から、ぞろりぞろりと【何か】が大量に湧き出してくるのが見て取れた。



「ひ、ひゃあっ!」

「うえっ、く……腐ってやがる! 化け物!」



 それは、巣穴から大量に湧き出してくる虫の集団のように。


 ガサガサと、大量に密集したモンスター。

 喰人鬼グールの群れが――画像スクリーン目一杯の迫力で迫ってくる。


 そんなおぞましくも異様で、不気味な有り様を、人々は見せつけられた。



「そのグールと呼ばれる【モノ】は、E級モンスターの一種です。あなた方にはホラー映画のゾンビのようなもの――と、説明した方が理解しやすいんですよね」



 ずるりずるりと赤い日光の下へと、次第にその全容を現してくるグールの群れ。


 その身体から垂れ下がる、異様な濃緑色でボロボロの皮膚。

 そして瞳孔の無い白く濁った眼球を見開きながら、それらの異形の怪物たちが迫りくる様は、確かにエイーシャの言葉通り。

 ホラー映画に出てくるゾンビを見るように、モニター越しでも分かりやすい、恐怖の映像といえた。



『ひっ、ひいいい!』

『く! 来るなぁ!』



 そして、グールたちが出てきたところに近い位置にいた街の者が、一斉にグールの波に飲みこまれ、血飛沫を上げていく惨劇の様子が、モニター全てに流される。


 あわてて逃げ惑う生者たちに追いすがる、人喰い鬼の群れ。

 悲鳴と怒号、血と咀嚼音、そして絶命する人々。


 次々と目の前に積み上げられていく死体の山を足蹴に、グールと人間の狂走的な追いかけっこがはじまった。






「まって、あのグールって……あの【洋服】って、グールってもしかしてこの街の――」


『そっ、そんな! まさか、母さん!?』



 亜理紗の推論を肯定するように、モニター越しの映像の中では、グールに向けて叫ぶ一人の男性の姿が映し出されていた。


 それは……モニター越しだからこそ、客観的に見続けることができた映像なのかもしれない。


 擦り切れてボロボロのカーディガンを羽織った、濃緑色の肌を持った初老の女。

 一目でグールと分かるその異様を眼前に、母と呼んだ相手の凶行を目の当たりにしながらも、目を見開き一歩も動けないでいる男性。



『やっ、やめっ! やめてくれぇ! かっは……か、かあさぁん……!』



 そして男性はグール(母親)に圧し掛かられ。

 喉笛を噛みつかれたまま引きずられると、モニター外へと消えて行った。






「そうです、あなた方を襲うグールの軍団を構成しているのは、そのほとんどが【過去の志麻霧市民】――文字通り、あなた方は過去の自分自身を乗り越えなければいけないのです」


「っ、これも試練っていうつもりかよ……無茶苦茶だろ!」



 モニター越しに映像を見ることで、非現実的なホラー映画を見ているように。


 どことなく作り物めいた他人事のような感覚で、綜を含め、誰もが恐慌を起こさないよう、パニックになりそうな自分自身をごまかしていた。


 しかしそのライブ映像が進むにつれ、人々はエイーシャの言葉を耳にし、目にしている凄惨な映像が自分たちが慣れ親しんだ町並みが舞台であり。

 それが血と絶叫に彩られていく様を否が応でも見せつけられる。


 しかも犠牲者である人間と襲撃者であるグールが、実は同郷の移人であるという皮肉めいた、耐え難い現実リアルにも今まさに直面させられた。



「うっぷ!」



 目の前の惨劇描写に耐え切れず、校庭を汚すように、嘔吐する生徒たちが続出する。



「まずいわ……どんどん勢いを増してるじゃない、このままじゃここにも……」



 亜理紗の言う通り、映像の中のグールの進行は着実に街の中心へと伸びており。

 その魔手は確実に自分たちにまで伸びてくることが分かる。


 そのことに気付いた生徒たちの顔からは、さらに血の気が引いていき、一様に青ざめた顔をさらしていた。


 空中にある無数のモニターからは、赤い霧のカーテンの向こう側から、いまだに途切れることなく、大量のグールの群れが激流のように湧き出してくる様子が、ありありと映し出されたままだ。



「さあ! あなた方の生命力をこの世界に示してください! 目の前の敵を打ち倒し! 地べたを這いずってでもなお、己の尊厳を守り続けたものだけが! たとえこの現世が地獄の窯の底に成り果てようとも、生きる力を得るのですよ!」



 荘厳なエイーシャの声が空気を震わせ、街の端々全てにまで響き渡る。



「うっせ! 余計な御世話だっての、そんなこと! ――っ!」



 耳障りな空から響く声に思わず毒づいた綜の眼が、モニターの一つに釘付けになる。


 モニターの映像は、ついに綜たちが居る学校周辺の見慣れた建物を映し出した。

 そこではすでに、グールが逃げ出した学生を襲っている姿が映っており……



「見事この苦境を突破し、試練の境界を越えた時! あなた方は移人としてでなく、真にバークウェアの民であると、神霊の御名において認めましょう!」


「兄さん!」

「くそっ、ここもヤバイってことか! 真桜っ、会長!」

「え……ええ! わ、分かってるわ! みんな、集まって!」



 恐慌状態に陥った生徒たちが散り散りと一斉に逃げ出すなか、離れ離れにならないように真桜と亜理紗に声をかける綜。

 亜理紗も周辺の生徒に大声で呼びかける。

けれども、聞く耳を持つほどの余裕がある生徒は、もはやほとんどいない。



「さあ行きなさい! あなた方が心の底から生を望み、精神と肉体の壁を凌駕した時!」



 モニターではなく、実際に綜がその肉眼でグールの姿を確認した時。

 ついに校庭の一角で、血煙りが上がった。



「この世界はきっと……あなたを認めてくれるでしょう」




 女神により新たな神託を受けた人々は未だ、逃げ惑うことしかできなかった――




◆ ◆ ◆



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