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悠斗と相馬は店のホールから事務所の方へ来ると、足取りの覚束ない女性を置いてある椅子へ座らせた。女性は背もたれにもたれることもせずに、青い顔を俯かせている。自分のスカートを握っている手は震えていた。俯いている女性に何と声をかけたらいいのか分らずに悠斗はその場に立ち尽くしていた。沈黙が続いていたが、女性が震える唇からか細い声を出した。
「あ、の、すみませんでした。私のせいで、お店の邪魔を」
「いえ、そんな。気にしないでください。無事に収まりましたし」
「それに、壁にぶつかって」
「たいしたことないですよ。大丈夫です」
心配させないように笑顔でそう返したが、そんな思いとは裏腹に女性は顔を歪めると再び顔を俯かせ、小さな声でごめんなさい、ごめんなさいとくり返していた。どうすればいいんだと困惑する悠斗の横にいつの間にかいなくなっていた相馬が戻ってきていた。
「相馬さんどこに行ってたんですか」
「んー? これを淹れてたのよ」
相馬の示す手には湯気がたったティーカップがある。いい香りがするそれを女性の前のテーブルの上に流れるような動作で置いた。この店での執事歴が長いこともありとても様になっている。自分の前に置かれたカップに驚き顔を上げた女性に、相馬は綺麗に微笑んだ。
「こ、れ……」
「ハーブティーです。お嫌いでなければどうぞ。温かいものを飲めば落ち着きますよ」
相馬の優しい言葉に女性は震える手でゆっくりとティーカップを持って自分の口へと運んだ。一口ハーブティーを飲み込むと、女性の目から涙が溢れてきた。次々と零れる涙を急いで拭おうとする手を相馬は優しく止め、自分が持っていたハンカチを差し出した。
「いいんですよ、我慢しなくて。全部吐き出してしまえばいいんですよ」
「……う、ううううっ」
堪えきれなかったように嗚咽をもらして泣き始めた女性の背中を相馬はただゆっくりと擦っていた。一歩下がってその様子を見ていた悠斗は自分でもどうかと思ったが、「相馬さん普通にしゃべれるんだ……」と場違いなことを考えていた。
女性はそのまま十分ほど泣き続け、ようやく落ち着いてきたようで相馬に渡されたハンカチで目を押えている。目元が赤くなっているが、少しすっきりしたらしく体の震えは止まっていた。
「あの、ありがとうございます。少し落ち着きました」
「それなら良かったです」
「でも、ごめんなさい。せっかく淹れてもらったのにハーブティー冷めちゃって」
「いいんですよ。また淹れればいいんですから」
相馬の微笑んだ綺麗な顔を見た女性は、先ほどとは違い顔を赤らめて顔を伏せてしまった。ちょうどいいタイミングでドアが開き店長が入ってきた。
「ああ、顔色がよくなりましたね。大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
店長は女性の向かい側に置いてあった椅子に腰かけると、にっこりと笑って話し始めた。
「言いにくいことでしたら無理にとは言いません。ですが、よろしければ先ほどの男性と何があったのかお話していただけませんか?」
女性は不安げな顔をしていたが、ゆっくりと頷くと時折声を詰まらせながら話し始めた。